第2話 魔王にヤキ入れにゃあなんねえ

「わああ!ドラゴンだ!」


 思わず頭を伏せてしゃがみこむ――耳をつきぬける轟音と、全身を貫くような激しい風が流れこんできた。しばらくすると収まり始める。

 立ち上がって見上げると、翼のあるトカゲが彼方の空で悠然と泳いでいた。港を飛んでゆくカモメのように、しなやかに、堂々と……


「アッハッハッハ、ドラゴンを見るのは初めてか、そりゃビックリするよな?アッハッハ」


 後ろから声が聞こえる。振り返るとリシューユがお腹を抱えて大笑いしていた。目に涙を浮かべながら手を差し伸べて言う。


「魔法の世界へようこそ。シシシ」


 ドラゴンが空を飛んでいるなんて……ここはもう学校も、テレビも、インターネットもない。僕の知ってる世界じゃないんだ。


「本当に魔法の国なんだね」

「そういうこった。ま、とりあえずよ、アタイん家に行くか?」


□□


 リシューユに連れてこられたのは、森の奥にある神殿だった。入口には石柱が規則的に並んでいる。石で造られた建物だけど、スキマからはツタが生えていて、とても古そうに見える。所々、はがれたタイルや石が地面に落ちていた。門は大きなアーチ状になっていて、縁ふちに細やかな装飾が施されている。


「うわぁ……すごく大きな神殿だね」

「だろ?ま、遠慮せずに入れよ」

「うん。おじゃましま……」

「あ!いけね、ソージがまだだ。ちょっとそこで待ってくれ」


女神はバタバタと忙しなく中に入っていった……しばらく入口で待っていると、汗だくになって出て来た。


「ゼーゼー。待たせたな、まあ上がってけよ」


 友人を家に上げるノリで女神は親指をクイクイっとする。神殿の廊下をしばらく進むと、赤い絨毯が敷しかれた大広間についた。


 中央には両手を合わせた女性の石像が置かれ、柔らかそうなソファーと、白色の大きなテーブルがある。石造りでできた部屋だから、少し声を出すだけで音が反響する。天窓からは陽射しが差し込んでいた。


「自分ちだと思って、くつろいでいいんだぜ」

「う、うん」

「まあまあコレでもどうぞ」


 女神が指をパチンと鳴らす。すると、テーブルの上にお茶とお菓子が出てきた。まるで宝石箱のように、赤青黄緑の美味しそうなチョコレートがコロコロと敷き詰つめられている。


「い、いただきまーす。ん?オイシイ!」

「だろう?食いものはこの世界の方がウマいんだ、シシシ」

「へえーそうなんだ。二つの世界を行き来できて羨ましいな。神さまって良いなー」

「そう思うだろ?ちげーんだよ。神サマなんて商売かったるいんだぞ。アタイは人間が羨ましい」

「ええーそんな事言わないでよ」

「ま、オメーも神になったら、アタイの気持ちも分かるさ」


 リシューユはボトルを取り出した。瓶の中にある液体は真っ赤に染まっていて、まるで葡萄のよう。


「あん?これか?これは魔法の水だ」


これはぜったいお酒だ。ていうか昼間から呑むの?なんだか僕の想像する女神と実際が、どんどんとかけ離れて行く。


「ねえ、リシューユ。この世界を救って欲しいって言うけど、具体的に何をすればいいの?」


女神はチョーヤベーという言い方をしたけど、全然分からない


「具体的にといえば……魔王にヤキを入れて欲しい」

「ヤキ入れるって……つまり魔王を倒すってこと?RPGに似てるね」

「説明はカンタンなんだけどな、実際はムズカシくてゲームのようにはいかない。これは追い追い説明するよ」

「うん」


 リシューユは構わずドンドン呑み進めていく。少しずつ頬が朱色に染まっていき――ホウと息をついた。


「ふうー、さってと。オメーの名前も変えなきゃな、何にする?」

「え、変えるの?」

「オメーはもうこの世界の住人だ。前の世界の名は捨てなきゃいけねえ」

「うーん、どうしよ」

「よく考えろよ?名は体を表すからな」


女神から世界を救ってくれって言われちゃったけど、それって勇者みたい。あ、そうだ。


「ブレイブ……というのはどう?brave(勇者)という意味だけど」

「お!いいじゃねえか、まさにその通りだ」


よく考えろと真剣な表情で言われたけど、 スグに名前が決まっちゃった。


「じゃあ次は上の名前だ」

「うーん。あ!ねえ、リシューユ=マズダのマズダってどういう意味?」

「叡智を指す。オメーのいた『科学の世界』に昔いた、神の名だよ」

「じゃあ僕もマズダで良い?君と同じ名を背負いたいな」


そうだ女神が僕を必要としてくれているなら、この世界では彼女の名を名乗りたい。


「良いんじゃないか?ブレイブ=マズダ、勇気と知恵で世界を救う。ピッタリだ。アタイは好きだよ」


 リシューユはシュッと足を組む。丸い肩とスカートから伸びる太もも、スラっとした彫刻のような鼻筋とバラのような赤い髪。……いや、百合ゆりと薔薇ばらが競っても女神には勝てないと思う。テレビで見たスーパーモデルより綺麗きれいだ。


「うん、僕の名前はブレイブ。ブレイブ=マズダ!」

「んじゃあブレイブ、名前も決まった事だしさっそくはじめるか?」

「はじめるって何を?」

「決まってんだろ?魔王を倒すための修行。リシューユ姉さんの猛特訓だ」


□□ 一限目 パンゲアの国語


「まずはコイツだ。ホラッ」

「え?何?この本」

「光の女神の聖典だ。全部で十巻ある。アタイの教えが載ってるありがたーい本だぜ」

「ええー僕こういうのあんまり好きじゃない。ん……いや。ちょっと面白いかも」

「書いてることを上っ面の言葉で読もうとせず、心で理解しろよ」

「あ、この種蒔きの詩って、恋愛がテーマなんじゃない。ひょっとして君のこと?」

「そのページは読まないでえ!」



□□ 二限目 パンゲアの歴史



「で、あるからして皇帝は帝国を一つにまとめたのであった」

「グガー」

「王国はタシンキョウとミンゾクをホウカツした?えーっとレンポウセイであり?あー、そのケイザイとカクサから様々なムジュンが生じており…ッチ、んだよコレ?」

「すぴー」

「コラッ、ブレイブ。授業中に寝るなんていい度胸してんじゃねえか」

「もー何話してるのか分かんない」

「ま、アタイもよく分かってないんだけどな。シシシ」




□□ 三限目 剣術の基礎



「オラ!ブレイブ脇があめーぞ」

「うおお!ちょっとタンマ」

「タンマもマンマもあるかい。いいか、剣は足さばきが大切だ。足で敵との間合いをはかるんだ。ただ、相手も同じことをするから、なめらかに動けるようにしろよ?あと、剣筋も途中で変えれるように練習しておけ」

「はーい」

「ふう汗かいたな、もういい時間だし一緒に風呂入るか」

「え?ええ!」

「大丈夫だって、変なことしねーから」

「何言ってるの?」



□□


 そんなこんなで僕と女神は神殿の浴室にいる。中庭に面したところが大浴場だ。


 大理石でできた白い床、前方にはガラスが一面に張り巡らされていた。ここから中庭を一望できて、庭は人口でできた池と、橋がかけられ手前の木々に小鳥たちが羽休めしているのが見える。

 空を見ると黄昏の色だった。雲の筋からは夕陽がカーテンのように差し込んでいた。室内の湯船は広く。龍の口からお湯がザザザと流れて温かくて、一日の疲れなんか吹っ飛んでしまうくらい気持ちいい。


「ぷふー、ゴクラクゴクラク」


女神は上機嫌そうに肩を回しながら言う。よっぽど肩が凝っていたんだろう。ゴリゴリッガキン!と鈍い音がする。


「お、どうした?アツーイ眼差しでアタイの身体をみて、ムフフを想像してんじゃねえのか?オイ、このヤロー」


 リシューユの裸体はヴィーナスのように美しい。白い肌は蝋のようにスベスベしてる、汗ばんだ鎖骨。丸い肩に豊満な胸元。むっちりとした太もも。

 凄く綺麗な女神なのに……口調はまるでオヤジだ。昼間からお酒も呑むし。なんか残念というか、モッタイナイというか。

 あ!しかも、今両手で鼻を押さえて『カーッペッ!』と排水溝に流したぞ。絶世の美女の裸のヴィーナスがタンツバを吐いたぞ。


「いや、リシューユってホントにキレイだなーって思って」

「ブハッ!お、おめー、そんな臭いセリフ、真顔で言うなって!」

「お世辞じゃないよ?でも……なんか、もったいないなー」

「あ?何かいったか?オメー」

「ん?ううん!何でもない。あ、そうだ!ねえ。明日は魔法を教えてよ」

「いいぞ、やっぱ魔法の方が興味あるもんな」


魔法か何だか明日が楽しみになってきた。


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イジメられっ子ボク。ヤンキー女神からタバコとチートスキルをもらい、ツンデレ悪役女帝と共に魔王ボコす @abierta

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