イジメられっ子ボク。ヤンキー女神からタバコとチートスキルをもらい、ツンデレ悪役女帝と共に魔王ボコす

@abierta

第1話 はじめてのキスはマルボロの味

  ある晴れた昼下がり。僕は学校の屋上にひとりで立っていた。


 ここから街が見渡せる。ずっと向こうには線路が並んで、電車が西から東へ走って行く。右を見ると住宅が密集し、子ども達の遊ぶ声が聞こえる。左には雑居ビルが並び、スーツを着た男が忙しそうに歩いている。今日はとても穏やかな日曜日。ふと空を見上げると、澄み切った晴天が続いていた。雲の流れは速い……どうも風に急せかされてるな。


「ヨイショっと」


 僕はクツを脱いで柵を乗り越えた。下をのぞき見るとグランドの白線がある。ずっと見ていると、吸い込まれそうな、引き込まれるような、魅力的な力を感じる。それは苦しみの解放かもしれない。


「さて、それじゃあ行こっか」


段々と意識がぼんやりとしてきた。僕はそのまま、一歩を踏み出そうとする。その時だった。


「オイ。どこに行くんだ?」


 後ろから声が聞こえる。誰だろう?と振り返ると、柵さくの向こうには、ギリシア女神のように綺麗な人が立っていた――純白のベールにエメラルドの瞳。腰までとどく長い髪は赤くて滑らかだ。


「オメーよ。そっから先は『暗がり』だぞ」


ん、オメエ?美人なのにしゃべり方がちょっとヘン。ひょっとしてヤンキーな人かな?


「んだよ?さっきから人の顔ジロジロ見やがって……見えるんか?あ!ひょっとして、アタイが美人だか見てたのかい?それならそう言えってコノ」


でも今度は頬を赤くしてクネクネしはじめた。


「っとこんな事してる場合じゃなかった。ちょ、ちょっと待て。そこに行くから。な?」

「来ないで」

「分かってるさ、今いくよ」


 女性は目を細めて優しい声で言う。その眼差しを向けられると、僕は身動き一つできなかった。そして柵をスッとすり抜け


「ま、アタイが聞いてやっから。話してみいよ?」


 はにかんだ笑顔で、とても優しい声だった。すると、目が熱くなり頬に冷たさを感じる。これは涙?そうだこれは涙だ。僕は泣いたんだ。泣き方さえ、もうずっと昔に忘れてしまっていた。気がつけば、ここに来た理由を彼女に話し始めていた。


 ――学校でイジメられていること、

 先生は見て見ぬ振りしてること、

 両親が死んだこと、

 親戚から白い目で見られて、どこにも行けないこと

 施設はいっぱいで受け入れ先がないこと

 そしてもう……お金が無いこと

 今まで誰にも話せなかった

 話せる人がいなかった

 話せる人がいなくなった。



 だから気持ちが次々と溢れ出てしまっていた……



「そか、大変だったな。打ち明けられる人も、頼れる人も、もういないもんな……」


 赤髪の女性は優しく言う。そして気がつくと、ギュッと抱きしめられていた。胸の柔らかさに包まれる、髪から甘い香りがした。


「え?ちょっと!」

「んだよ?別にいいだろ?減るもんじゃなし」


 けどタバコの匂いもしてきた。あ、クサ!


「いや、そうじゃなくて。ヤ、ヤニ臭いです」

「おう、いい度胸だコラ。ほっぺたスリスリの刑だ」

「あうー、お姉さんってタバコ好きなの?」

「吸ってみるか?こりゃマルボロのメンソールだぞ」


 リシューユはポケットからタバコを一本取り出して僕に渡す。受け取ると、彼女は人差し指から火を出していた。


「口につけて、思いっきり吸うんだ」

「う、うん」


言われる通り吸ってみる……けどニガ!


「ゴホッゴホ、何これえ?マズイ」

「ハハハ、この世界の人間がときどき供えてくれるんだけどな。そかタバコはニガイか」

「お供えって、お姉さん人間じゃないの?」

「一応神さまだよ、それも違う世界のな。アタイの名はリシューユ=マズダ。光の女神と呼ばれてる」


 本当に女神だったんだ、でもどこか納得できる。さらっと髪をなびかせる姿は、まるで美しい絵画を見てるようだ。

 気がつけば夕陽が街並みの彼方へ沈もうとしている。僕と女神は屋上で、足をプラプラしながらおしゃべりしてた


「ふうっ。ここも良い景色だな。ちいとばかし空気はワルイが」

「ねえ、リシューユ。君のいる世界ってどんな所?」

「そうだなあ、ドラゴンやドワーフ、妖精がいるぞ。分かりやすく言えばコッチは科学、アッチは魔法だ」


へえ……剣と魔法の世界か。何だか楽しそう。


「でもな、空は同じなんだぜ?お天気の日もありゃ、雨の日もある。でも夕焼けは美しい。それだけで酒は美味いのさ」

「お酒も飲むの?僕のイメージする女神とちがうね」

「ううーよくも人が気にしてる事を言いやがって、コノ。アタイはどうせ女神にみえねーぜ」


コメカミに拳をグリグリされる。


「はは、でも嬉しいよ。こうして誰かと話せたのって千年ぶりだ」

「うん、僕もお話しできて嬉しい」

「シシシ」


二人で夕焼けを眺める。すると彼女は不意に


「生きたい?…死にたい?」


 と聞いてくる。単純だけど、女神とおしゃべりできて、やっぱり生きてみようかなって思えてきた。もし、このやり取りを見ている人がいるのなら、きっと『その程度で心変わりするなら、はじめから死のうとするな』って思われるかもしれない。


 でも、僕にとってその程度なんかじゃ決してない。ただ、誰かが傍にいて話を聞いてくれるだけで、こんなにも心がポカポカするものだったんだ。だから僕は女神に言う。


「生きたいかな。ううん、違う……生きたい。僕は生きたい」

「そか……よかった。ホントによかった」

「ゴメンね。心配かけて」


 和やかな空気に包まれる。でも、あれ?リシューユはヒザに手を当ててモジモジしはじめた。何だろう?


「リシューユ、どうしたの?」

「な、なあ。その……今のタバコ、最後の一本だったんだ。だから、お返しが欲しいんだけど……お願いしていい?」

「うん、いいよ。僕にできることなら何でも言って」

「ほ、ホント?じゃあ言うよ。アタイの世界を救ってくれ!頼む!」

「はい?え?世界を救え?何言ってるの?」

「いやな……じつは今チョーヤバイんだよ。人間は悪魔に襲われてるし、人間同士も争ってるし、アタイは霊体だから何もできないし、オメーにしか頼めねえ」

「でも、世界を救うって、そんな力……僕に無いよ」

「そんなことない!こうしてアタイと会話できる人間なんて、こっちにも向こうにもいなかった。自分でも気づいてないかもしんねーけど、オメーは特別なんだ」


 目をつぶり、パチンと手を合わせられる。ウソを言ってる様子じゃなかった。本当に心の底からお願いされているんだ。必要とされてると思うと胸が熱くなった。


「……分かった」

「ふえ?」

「いいよ、君の世界に行く」

「そか……じゃあアタイとひとつ契約してくれ」

「契約?」

「『死ねない呪い』って言うんだ。戦う度に強くなり、果てしない力を得ることができる。でも代償として永遠に死ねない」


 タバコ一本の見返りが壮大になってきた。永遠に死ねないって、一見魅力的だけど、よく考えるとヤバそう。……でも受けてもいいかな?まあいっか。魔法の世界の方が楽しそうだもの。


「いいよ。その呪いを受けるよ」

「マ、マジ?ウッシ!じゃあ……するぜ?」


 え、するって何を?うわ!リシューユの顔が近づいてくる。長いまつ毛、瞳は潤んで頬は赤い。唇はほのかなピンクだけど、グングン迫ってきて。あ、僕と……重なった。


「――ッ!」


 シシシと女神は腰に手を当てて笑う。タバコの種類ってよくわからないけど、ファーストキスはマルボロの味になっちゃった


「じゃあ、行こうか」


 リシューユがサッと手をかざすと、宙に魔法陣が浮かび上がった。魔法陣の中はブラックホールみたいにグルグル回ってる。ここに飛び込むの?うわ。何だかチョット怖いかも。僕が躊躇していると


「ハハハ、大丈夫だって。ほら?手を握ってやんよ」


 ニカッと笑って女神は僕の手を握ってくれた。共に魔法陣へ飛び込む。そしてサヨナラ世界と夕陽に別れを告げた。




 …………………


 ……………


 ………


 …


「う、うーん」


 気かつけば視界は真っ暗だった。どうも意識を失っていたようだ。身体中にゴツゴツとした硬い感覚がする。でも僕の額に、何か柔らかいものがかすめる。そよそよと撫でるように優しく、そして懐かしい香りがする。これは草の匂いかな?


「お?気がついたか?」


透き通った声が聞こえる、目を覚まし見上げるてみるとリシューユが顔を覗きこんでいる。


「ホラ、立てるか?ヨッと」


リシューユの手を借りて立ち上がる。そして辺りをグルっと見渡してみた。


「わあ……」


 どこまでも続く草原だった。黄緑のカーペットが風になびいて揺れている。地平線には木々が並んでいて深い緑色。奥には入道雲が山のように連なっていた。見上げると青空が草原よりもずうっと広がる――でも空の色は同じなんだ。と思った時


「グオオオン」


 あそこの空に何か飛んでいる。だんだんと近づいて来た。大きな爪に二本の翼とキバ。ゴツゴツした岩肌のようなウロコと、ギョロとした目をしてる。まるで大きなトカゲが、空を飛んでるぞ。ひょっとして……



「わああ!ドラゴンだ!」


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