第19話 恋する乙女は筒抜け

 響は呆然と立ち尽くしていた。青年の姿は忽然と消え、残っているのは草木が焼けた後だけ。森の姿は変わり果ててしまったが、そんなことお構いなしだと言わんばかりに、いつも通りの静けさを取り戻していた。

 青年は炎の壁に囲まれて明らかに逃げ場などなかった。無理矢理炎を突っ切ったのだろうか。…いや、そんな素振り見受けられなかった。姫佳が火球を放った時までは姿を確認できたのに、マジックのように姿を消した。

 青年の能力は筋力が大幅に増大するというものだったから、能力を使って消えたとは考えづらい。…とはいえ、能力を使わずに逃げたとも到底思えない。――ということは。


「まだ近くにいるかも知れない」


 一方、姫佳は辺りの気配を探っている。まだ青年を逃がそうとは思っていないようだ。


「倉十、もう諦めよう」


「なんで!?あいつを野放しにはできない!」


 響から予想しなかった声が上がったので、姫佳は勢いよく体を向けて反論した。彼女の正義感は人一倍強い。異能の力を悪用する危険な能力者を放っておけば、またどこかで危害を及ぼすかもしれない。そんな見て見ぬふりをするなんて彼女にはできないのだ。

 響も彼女の気持ちはわかっている。…それでも深追いはやめるべきだと彼の心が訴えている。


「もう1人…スーツの男がいただろ?もしかしたらそいつの能力かも知れない。どっちにしろこれは別の能力者のしわざだ。倉十の能力は確かに強いけど、相手の動きがわからない今はここから離れるべきだと思う」


 響の表情は真剣だった。姫佳はその表情を見て頬を赤らめ、視線を下げてしまう。


「猪苗代がそこまで言うなら…」


 先程までの威勢はすっかりなくなり、恥ずかしそうにボソボソと話すと一歩響に近付いた。


「忠告してくれてありがと…」


 そしてボソボソとお礼を言う。――その様子を見て、響もなんだか恥ずかしいようなよくわからない気分になった。



 その後、2人は無事に森を出て市街地まで戻ることができた。姫佳は歩きながらチラッと響の横顔を見る。…なんだか、いつになく頼もしく見える。そして、胸の鼓動が速くなる自分がいる。

 そんな状態でボーっとしながら歩いていると、響が声をかけてきた。


「倉十、もうここまで戻って来たぞ」


 姫佳はハッとして顔を上げる。いつの間にか、2人がバイト帰りにいつも別れる十字路まで来ていた。2人は立ち止まって互いに目を向けあう。


「今日は付き合ってくれてありがと。また明日」


 姫佳は微笑みを向けながらそう告げると、小さく手を振る。


「気を付けて帰れよ」


「もー、保護者みたい」


 響のセリフに姫佳は困り顔を浮かべる。とはいえ、心の中では心配してくれているのが嬉しくて仕方が無かった。

 ――そして、2人は別れてそれぞれ家に向かう。響はしばらく歩くと、立ち止まって傍の電柱に手をつき、大きく息を吐いた。


「はぁーー…。やばい…、なんか倉十が本当にかわいく思えてきた…」


 そう言葉を漏らすと、心を落ち着かせて再び歩き出した。




 翌朝、姫佳が登校していると、今日は後方から元気いっぱいな声が聞こえてきた。


「姫ーー!!」


 声の主はすぐにわかる。美那だ。声質でもわかるし、朝からこんなに元気なのは知っている限り美那しかいない。

 振り返ると、案の定美那が満面の笑みで走ってくるのが見えた。


「おはよーー!!」


「美那、朝からうるさい。おはよう」


 鬱陶しいくらいに元気な挨拶だが、姫佳は慣れている。これが美那の持ち味と言えるし、自分と違って誰とでも分け隔てなく楽しく話ができるから羨ましくも思える。

 美那は姫佳の隣に並ぶと、早速彼女の顔を覗きこむ。


「うんうん、今日は一段とかわいく決まってるね!なんだか誰かを意識している感じ」


 ギクリ……

 姫佳は一瞬取り乱しそうになる。意表を突くにしては鋭すぎる気が…。ここはだんまりで紛らわすことにしよう。


「サイレントでも筒抜けだよー姫。猪苗代くんでしょ」

「!!」


 その名前が出た瞬間、さすがの姫佳も動揺を隠せなかった。そして思わず足を止めて一歩引いた。美那はその反応を見ていじわるそうににやける。


「やっぱり~。確かに優しいもんねー。っていうか、同じバイトしてるのに好きになるの遅いでしょ」

「しぃーー!!」


 姫佳は人差し指を口の前に当てて美那に迫る。そして辺りをキョロキョロ見回す。幸いにも誰もいなかった。


「誰もいないって。まったく~恋する乙女はかわいいの~」


「もぉー美那!おちょくるのやめて!」


 姫佳は顔を赤らめて文句を言う。だがそれも美那には意味無し。彼女は恋する乙女を前にして微笑ましそうにしている。

 姫佳は視線を逸らし、悪あがきの一手を打つ。


「別にあいつのこと好きじゃないし」


「そんな嘘つかなくても。正直になった方が気持ちが楽だと思うけどなー」


 どうやら悪あがきも意味がないようだ。それにしても、美那の一言が不思議と頭にこびり付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気づいた時には能力者 揚げパン大陸 @agerupan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ