第18話 怒りの炎

 ひっそりと静かなはずの森は、1人の狂った能力者によって無残な変貌を遂げていた。何のためらいも無く木々をなぎ倒していくその姿はまさしく狂戦士。しかし、森が荒らされていくのを憤る暇はない。ほんの少しでも立ち止まったら自分達の命の方が危ないからだ。

 響は逃げながらチラッと後ろに目をやる。…さっきよりも近付いてきている。それはそうだ。こっちは密集する木々を避けながらジグザグに逃げているのに対し、向こうは問答無用で邪魔な木々をなぎ倒しながら、まっすぐに突き進んでいるのだから当たり前だ。このまま逃げ続けてもいずれ捕まるし、それ以前に吹っ飛んできた木に当たる可能性もある。

 ――響がそう考えて、どうしようか思考を巡らせていると、先に姫佳が動きを見せた。彼女が急に立ち止まって体を反転させると、素早く掌を突き出して炎を放ったのだ。しかも、一方向ではなく後方一帯に向けて炎を放ち、炎が壁状に燃え広がった。

 青年は急ブレーキをかけて立ち止まり、炎の先の2人を睨み付ける。


「ちっ…!炎の能力者かよ。いや…炎が何だ…!今の俺には炎なんてどうってこと…」

 ボゥ…!!


「うわっ…!」


 青年が自分に言い聞かせていると、突然、炎が形を変えて青年に迫った。青年は慌ててかわすが、威圧的な炎を前にして先程までの威勢が衰えようとしていた。

 対する姫佳は、炎を越えられない青年を見て勝機を見出す。しかし、この能力者を倒す前に訊きたいことがあった。


「今から訊くことに答えて。じゃないと容赦しないから」


 姫佳は青年を睨み付けながら掌をかざす。その目つきからは、抗えば本当に攻撃しそうな気迫が感じられた。

 なんと心強いことか。姫佳はまだ能力者になって日が浅いのに、もうかなり使いこなしているし、掌をかざしてから炎を放つまでのタイムラグもほとんどなくなっている。驚異的な力を振るう狂戦士でさえ、彼女が自在に操る炎の前では苦戦を強いられてしまうのだ。

 …なのに、響は事態に不安感を抱いていた。自分達は何か…やばいところへ足を踏み入れてしまっているのではないかと…。

 逃げる前、姫佳は“薬を飲んで異能の力が発現した”と言っていた。つまり、目の前の狂戦士は人工的に生まれたのだ。それが良いか悪いかの判断はできないけども、もしも薬が蔓延したら、異能の力を悪用する能力者が急増する危険性がある。

 そんな容易に予想できることをしているのだから、善良な人間がやっているとは考えられない。……だから、このことに足を踏み入れるのは危険なのだ。


「さっき飲んだ薬のことはどこで知ったの?」


 姫佳は問いかけつつもじっと青年を睨み続けている。ちょっとした動きでも見逃せば命取りになる。…まったく、彼女はいつからこんな殺伐とした空気に慣れてしまったのだろうか。


「偶然さ。街をぶらついてたら偶然出会ったんだよ、さっきのスーツの男に。そんでそこから話を聞いた。異能の力を発現させる素晴らしいモノがあるってな」


 青年はおとなしく問いかけに応じた。別に答えたところで自分に害はない。それよりも彼女を倒す機会を見つけるのが先決だ。

 姫佳は話を聞いて確信した。元凶は先程いたスーツの男のようだ。この青年は男に大金を渡していた。異能の力を餌に薬を高値で売って、あちこちから大金を手に入れているのだろう。


「詳しいことはあっちに訊いてくれよ」


 どうやらスーツの男を問い詰めるべきのようだ。今の姫佳はより詳細な情報を欲しているので、危険なことに足を突っ込むなんていう感覚は無いに等しかった。


「じゃあ、あんたに訊くことはもうない。…それで、あんたが荒らした森はどうやって再生させるの?」


「知らねぇよ!そんなもん!」


 青年はどうでもいいと言わんばかりに突っぱねた。―――それが姫佳の心に怒りの火をつけた。


 ゴオォォォオオ!!


 瞬間、炎の壁がさらに燃え広がり、瞬く間に青年の周りを取り囲んだ。とてつもない高熱が青年に襲い掛かる。


「あつい…!あつい!!食らってもないのに熱すぎる…!」


 青年の体中から汗が噴き出す。もはや普通に行動できる温度ではない。このままでは炎を食らわずとも高熱で気を失ってしまうだろう。

 状況からして響も同じく灼熱地獄を味わっているはずなのだが……、なぜか少しも熱を感じなかった。姫佳が自分の力をコントロールしているのだ。響にまで高熱を浴びさせないように。

 すると、姫佳の掌の先に球状の炎が発現し、拳大の大きさになると―――勢いよく青年に向かって放たれた。

 次の瞬間、響は目の前が紅蓮の世界に支配された。耳をつんざくような激しい爆発音と溢れるような猛烈な炎。今までにない凄まじさに響は圧倒された。


「倉十…!もうさすがに大丈夫じゃ…」


 響が後ろから声をかけると、姫佳は頷き、目を静かに閉じた。――すると、激しく燃えていた炎がろうそくの火を消すようにシュッと消えてしまった。


「なっ…!?」


 途端、響の驚く声が聞こえたので、姫佳はなんだと思って目を開く―――と、彼女も目を見開いた。


「いなくなってる…!?」


 なんと、青年の姿が忽然と消えていたのだ。

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