第17話 狂戦士の誕生

 サングラスの男が懐から取り出したものは、掌サイズの小さなポリ袋だった。姫佳はそれをまじまじと見つめる。ポリ袋の中には少量の白い粉末が入っていた。


「それが!異能の力が手に入る魔法の薬!」


 青年は再び興奮し始め、早くくれと言わんばかりに手を伸ばす。邪魔が入って中断したが、取引はまだ終わっていない。サングラスの男は姫佳から青年へと視線を移し、もう片方の手を差し出した。


「先にお代を貰おう」


「わかった!こ、これだ…!」


 青年は一転して緊張したように手が震えだし、その震えた手でポケットから札束を取り出して男に手渡す。サングラスの男はお札の枚数を淡々と数え、金額が足りていることを確認すると、代わりに白い粉末の入ったポリ袋を青年に渡した。

 姫佳という目撃者なんてお構いなしだ。あたかもこの場には2人しかいないかのようにやり取りがされていく。


「よし…!ついに手に入ったぞ…!これで俺も能力者だ!!」


 あとはこの粉末を飲むだけ…。そうすれば、念願だった能力者へと変貌する。青年にとっては重い負担となる大金を費やしてでもなりたかった能力者。一体どんな異能の力を得られるのだろうか。楽しみで楽しみで仕方がない。

 ――しかし、その楽しみをまたしても邪魔する者がいた。


「ちょっと待って!その薬は何!?どうやって作ったの…!?」


 姫佳は動揺を隠せないでいた。異能の力は、ごく一部の人間が突如として使えるようになるもので、その発現要因は不明…。姫佳自身もどうして使えるようになったのかわかっていない。…しかし、1つだけ言えることは、それが人為的なものではないということだ。

 あの薬は…今、青年が持っているモノは…、異能の力を人為的に発現させられるようだ。姫佳はそれに…嫌な予感を感じた。

 しかし、青年は姫佳の問いかけなどに構わず、粉を口の中に入れ、ペットボトルに入った水を流し込んだ。そして、サングラスの男は姫佳に目を向け、見下ろすように冷徹な視線を浴びせた。


「なんだ?おまえもほしいのか?金さえあれば売ってやろう」


「いらない…!」


 姫佳は冷や汗を垂らして一歩後ずさる。この男……何かやばい…。だが、ここで逃げたら…真相を掴めなくなる―――そう思った姫佳は、勇気を振り絞って掌をかざした。


「私は能力者!質問に答えて。さもないと攻撃する…!」


「…なるほど。天然モノか」


 攻撃されようとしているのに、サングラスの男は態度を微塵も変えようとしない。…それが尚更姫佳を戦慄させる。

 ――その時、茂みを慌ただしくかき分ける音が聞こえてきた。


「倉十!やっと見つけた!何やってんだ!?」


 そこに現れたのは響だった。姫佳が逃げ出してから必死に捜し回り、ようやく見つけ出したのだ。しかし、見つけて早々響は動揺する。姫佳が掌をかざしているからだ。それはつまり、炎を放とうとしているということ。

 状況がまったく飲み込めていないので、手っ取り早く姫佳に説明してもらいたい。そう思っていると―――


「ハァァーーーー!!」


 突然、青年が発狂し出したのだ。響と姫佳はビクッとして青年に視線を向ける。


「おいおいおい!なんだか力がみなぎってくる…!この感覚はーーー!!」


 青年はそう叫ぶと、傍にあった木に向かって拳を突き出した。


 バキィ!!


 瞬間、木の幹がいとも簡単に折れてしまったのだ。木の幹は直径50センチはあろうかという太いものだ。普通の人間が殴っただけで折れるわけがない。


「異能の力が発現した…!あの薬を飲んで…!」


「発現した!?薬!?なんのことだよ!?」


 姫佳の言った意味がわからない。何一つわからない。…けれども、今はそればかりを気にしている場合ではない。姫佳の方も響の質問に答える余裕などなかった。


「なっ…!?」


 姫佳はハッとする。青年が倒した木をまるごと持ち上げたのだ。…まずい。投げつける気だ。


「茂みに逃げるよ!!」


 姫佳はそう叫び、響の手を掴んで一目散に茂みに飛び込んだ。


「オラアァァァ!!」


 青年は雄叫びと共に、大木をやり投げのように勢いよく投げ飛ばした。大木は響たち目掛けて猛スピードで吹っ飛び、突き破るように森の木々をなぎ倒していく。


 ドスン!!


 大木が地面に激突し、重苦しい衝撃音が鳴り響く。幸運にも響たちは間一髪かわすことができた。


「逃がすかよォォォ!!」


 青年は再び似つかわしくない雄叫びを上げると、響たちを仕留めるべく、突進するように追撃を始める。

 密集した木々が行く手を阻む―――が


「オラオラオラァァ!!全部なぎ倒してやるぜェェ!!」


 青年はサンドバッグを殴るように次々と大木をなぎ倒していく。そして、響たちとの距離を次第に縮めていった。


「ぶっ殺してやるゥゥゥ!!」


 青年は血走った目で狂ったように叫び、森を破壊していくのだった。

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