第16話 放課後の彼女 その2

 姫佳はベンチから立ち上がり、体を反転させつつ響に目を向けた。


「付いてきて」


 彼女は一言そう告げると、公園の奥へと向かい始めた。響も彼女の後に続くように歩き出す。

 響はこの公園に殆ど来たことが無いし、前回来たのがいつだったかも覚えていない。高校生なので、そもそも公園に行くことが無いと言うのもあるが。

 しばらく緑に囲まれた小道を歩いていくと、急に視界が開けて、街を見下ろせる場所に出た。そこはちょっとした広場になっていて、立ち止まってゆっくりと景色を眺められるようになっていた。


「へぇー、こんなところがあったのか」


 自分の街を眺める事なんてそうそうないので、なんだか新鮮な気分になる。…今日はこんな気分になりっぱなしな気が。

 姫佳の方は、木製の柵に肘をついてボーっと景色を眺めている。彼女はどうしてここに連れてきたのだろうか。


「こうやって見ると、結構綺麗な街だよね」


「…そうだな」


 響も姫佳と同じようにボーっと眺めながらボソッと呟くように答える。彼女に連れられて来なかったら、自分からわざわざ見に来ようとはしないだろう。けれども、眼下に広がる整然とした街並みは目の保養になった。

 目の保養と言えば―――響は顔を横に向けて姫佳を見る。彼女だって普通にしてたらかわいい女子高校生なのだ。


「なに?」


 響の視線を感じて、姫佳は怪訝そうに顔を向け合う。


「いや、倉十も普通にしてたら結構かわいいんだなと」

「はぁ!?」


 あまりにも唐突に響の口から褒め言葉が出たものだから、姫佳は驚きを交えながら顔を赤くする。


「変態!!」

「変態は言い過ぎだろ!」


 捨て台詞のように言い放ってぷいっとそっぽを向く姫佳。言われた方はストレートに心に突き刺さってしまい、褒めたのに何でここまで言われなければならないのかと戸惑ってしまう。


「ごめん言い過ぎたけど…、急すぎ」


 少しは落ち着いてきた姫佳は一応詫びるものの、唐突過ぎるその褒め方にはやや不満があった。でも、それをはっきりと伝えることができない。落ち着いたはずなのに、のぼせそうなほど体が熱い。

 こういう時こそ、目の前に広がる景色を眺めて心を冷やさなければ。


「倉十ー。おーい」


 それを邪魔するように横から声が入ってくるが…我慢。今はとにかく、自分の心を冷やすことに全集中。響の方は、さっきからずっと無言で景色を眺め続ける姫佳の注意を引こうと声をかけている。彼自身まったく悪気は無いのだが、姫佳は彼のその天然な行動に惑わされ続けている。


「おーい」

「ちょっと静かにして!」


 しつこい響に痺れを切らし、姫佳は勢い余って手を響の口に押し当ててしまった。ワンテンポ遅れて自分が取った行動に気付き、せっかく下がってきていた体温が再び急上昇してしまう。これ以上今の自分を見られたくない―――そう思った姫佳は一目散に逃げ出した。


「あっ!おい!?」


 突然走り出した姫佳に響は驚いて引き留めようとするが、彼女は聞く耳持たずに逃げていってしまった。




 姫佳の心に冷静さは微塵も無かった。熱くて熱くて仕方がない心をどうにかしようと必死だった。むしろそれしか考えていなかったばかりに、いつの間にか見覚えのない場所へと来てしまった。

 ようやく今の状況を理解した姫佳は立ち止まって辺りを見回す。緑に囲まれた景色は公園の中なのか、隣接している森の中なのかもわからない。勢い任せで走って来たばかりに、彼女にしては珍しく場所がわからなくなってしまった。


「本当にこれを飲めば能力者になれるのか!?」


 不意に聞こえてきた、興奮気味の青年の声。姫佳は反射的に耳をそばだてる。姿は見えないが、声の大きさからしてすぐ近くにいるようだ。

 気になるのは男が言っていたセリフだ。飲めば能力者になれる…?何を飲めば能力者になれるというのか…?

 姫佳はいつの間にか冷静さを取り戻し、姿が見つからないよう、物音たてずにそっと辺りを見回す。


「そうだ。取引に嘘は無い。君が代価を支払えば、異能の力を手にできることを保障しよう」


 別の男の声が聞こえてきた。こちらは対照的に落ち着いているというか、抑揚の無い機械的な声だ。話の内容から察するに、こちらの男が能力者になれる“あるモノ”を売りつけようとしているようだ。

 なぜこんな人気のないところで取引しているのだろうか。…それは恐らく、他人に見られるのがまずいからだ。

 今、自分のすぐ近くで良からぬ取引がされている―――そう思うと、姫佳の足が自然と動き出した。

 声を頼りに足を進めると、前方に2人の男の姿を発見した。


「そこで何してるんですか?」


 2人の男の前に姿を見せた姫佳。そして、逃がすまいと睨みを利かす。――1人は中肉中背の20代前半くらいの青年。もう1人は灰色のスーツ姿に黒いサングラスをかけた男だった。こちらは身長180センチ以上はありそうな高身長で、サングラスと相まって威圧感のある風貌をしている。だからといって姫佳は尻込みしたりはしない。


「なんだよおまえ!?さっさと失せろ!」


 突然の邪魔が入り、早く“アレ”が欲しい青年は苛立ちを見せている。待望の異能の力が手に入るまであと少しという、一番邪魔が入ってほしくない場面で姫佳が現れたのだから、青年の反応は自然と言える。一方、サングラスの男の方は無言のまま、顔色一つ変えずに姫佳に視線を向けている。


「何を取引しようとしていたのか教えてください」


 姫佳がそう問いかけると、意外にも、サングラスの男が躊躇うことなく懐からあるものを取りだした。

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