第15話 放課後の彼女 その1

 朝、響は学校に向かっていた。今日は何事も無く終われるのか……運試しのような気分にさせられる。つい最近まではこんな心配なんてしたことなかったのに…。


「おはよう」


 響が視線を下げ気味で歩いていると、不意に後方から声をかけられた。響は立ち止まって顔を横に向ける――と、タイミングよく声の主である姫佳が横に並んできた。


「おはよう…」


「眠そうだね」


 響の声と表情は気怠さが満載だ。別に朝に弱いタイプでもない響がこんな状態なのは昨日のせいだろう。入院はしなかったが、1回目と同じくらい精神的にも体力的にも疲労していた。

 しかし、そんな響とは裏腹に、姫佳はいつも通りだ。風紀委員らしく身だしなみもしっかりしていて、整った表情からは眠気を感じさせない。


「今日はバイトもないし、学校終わったら家帰ってダラーっとするんだ」


 今日の響は省エネモードだ。それをわざわざ姫佳に宣言するのは、彼女が下手に非日常へ首を突っ込まないよう、暗に釘を刺すためだ。

 姫佳も響が言わんとしていることはわかっているし、そう言いたくなるのも当然だろうと思っていた。


「私も今日はバイトないんだー。だってお店が休みだし」


「知ってる」


 別のバイトをしているならともかく、同じところでバイトしているのだから当然知ってるに決まっている。彼女にしては意外なほどツッコミ待ちのセリフだ。

 もともとそんなに話す間柄ではなかったし、接する機会もバイトがほとんどという感じだったので、今の雰囲気はなんだか新鮮だ。そもそも登校中に彼女から声をかけられたのも初めての事である。


「今日は天気も良くて気温もちょうどいいし、お出かけ日和って感じしない?」


「お出かけなら学校だけで十分」


「それはお出かけとは言わないでしょ。放課後、家でダラーっとするのと、私と出かけるのと…どっちが良い?」


「前者」


 響が変わらぬ冷めた口調で、何の迷いも無くそう答えると、姫佳が不服そうにムスッとした。

 なんだろうかこの感じ…。今までの冷たいツンケンした感じとは違う…彼女のこの不機嫌そうな顔。


「ふーん…。猪苗代は私なんかと出かけるくらいなら、家でくつろいでた方が良いんだ」


 響の選択はそう思われても仕方ないのだが、口に出されると強烈な罪悪感がのしかかってきた。


「間違えたっ!後者だ後者!」


 その罪悪感に耐えられるほどタフではないので、響はすぐに折れて姫佳と出かけることを選んだのだった。



 美那は昇降口で上履きに履き替えて教室に向かおうとしていた。そこで姫佳の姿を目撃し、後ろから声をかけようとする――が姫佳に続いて響が姿を見せ、姫佳の隣に並ぶのが目に入った。その意外な組み合わせに、美那は声をかけるのも忘れてボーっと眺め続けた。

 教室に辿り着くと、2人は各々自分の席に向かう。ここから先は普段通りの学校生活が待っている。響は席について、待ち受けていた貴志と早速中身の薄い話を交わしていく。今となっては、学校こそ日常が確保されている安心の場とさえ思える。


「今日の倉十はいつになく機嫌が良さそうだな」


 貴志がふと、姫佳を眺めながらそう呟いた。響も釣られるように彼女に目を向ける。丁度クラスの女友達と会話しているところだった。特に意識してなかったが、確かに今の彼女は表情が柔らかいように思える。


「いつもあれくらいだったら、素直に可愛い女子だって好感持てるのになー。正直、顔はこの学校でもかなり上位に入る部類だし。まぁ、小川原さんほどじゃないけど」


 貴志にとっては、姫佳のツンケンした態度に難があるとはいえ、顔自体は高く評価しているようだ。しかし、最後に美那を持ってくるあたり、彼はゾッコンである。


「小川原さんのファンクラブでも作れば?」


「マジそうしたい。ってか会員になりたい奴いっぱいいるだろ」


 告白しろよではなく、ファンクラブを作ればと提案したことにツッコんでもらいたかったが、貴志にとっては高嶺の花のようだ。




 放課後、学校を出た響は貴志と途中で別れて、姫佳との待ち合わせ場所へと向かう。――そこは学校から少し離れた丘の上にある公園。平日の午後だが、子供たちの遊ぶ姿も無くひっそりとしていた。

 響が辿り着くと、先に着いていた姫佳がベンチに座って待っていた。


「ちゃんと来てくれたんだ」


「俺が約束を破るようなひどい奴に見えるか?」


 響は少し不満そうな表情を浮かべる。正直のところ、約束を破ったら焼かれそうだったから、怖くて破るわけにはいかなかったのだ。


「さぁ」


 響に問いかけに対し、姫佳はわざとらしくとぼけた回答をする。


「そこはとぼけるなよ…」


 響が肩をガクッとさせて呆れると、姫佳はおかしそうにクスクスと笑った。

 ……なんだか新鮮だ。彼女がこんな風に笑っているところを見るのは。

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