第4話 過去の盟友と未来の希望−2


「遅かったわね。男二人で何をしていたの?」


 ロウと俺が看板もなにもないレンガ調の建物に入ると、カウンターの中に一人、流した茶髪とエメラルドグリーンの瞳が特徴的なエルフの女性が座って飲んでいた。彼女がここ『BAR Fortune』のマスター、女性エルフのレベッカだ。見た目は二十代後半の美貌を誇っているが、実際はここの誰よりも年を喰っている。そんなこと本人の前で言ったら、半殺しじゃ済まされないだろうな。


ここで一つ、ここの解説をしておこう。


 『BAR Fortune』–ここもこの下層を統治する組織の一つだ。

といっても、ロウの商会とは少し役割が違う。ロウ商会は傭兵やあぶれた軍人の受け皿として大人を囲う組織だった。それに対して『BAR Fortune』は俺の戦友の一人が大戦による戦災孤児を集め、手に職をつけさせるために作った店及び組織の名前だ。そしてこの職人たちは俗にいう『中層(ミドル)』、『上層(ハイ)』で人気であり、人材の引き抜き・取り合いになっている。マスターのレベッカはそのことに対して『それもまた本懐』なんて言いながら嬉しそうな、悲しそうなどっちつかずの表情を浮かべていたが。

 またこのBARが密会の場所に適しているとして、政治家のセンセイ達があまり世間様に話せる内容ではない会合をここで行なったりするらしい。こういったこともあり、レベッカは情報通であり上の層のパイプ役も担っている。


とざっくり言えば、武のロウに対して知のレベッカがこの下層(スラム)を統治しているってことだ。レベッカ自身にはそのような気は無かったらしいが、それでも人の役に立っているあたり立派にやっている。それに比べて俺は・・・


「なーに、暗い顔になってるのよ。久しぶりの部隊(なかま)の飲み会でしょ!」


 気持ちの針がマイナスに振り切ろうとしていたところで、レベッカの声で現実に呼び戻された。気づけば俺の頭をナデナデしている。一応言うが俺は今年で二十三歳になり、頭を撫でられているより、撫でる方の歳だ。早急にやめていただきたい。

 そう言おうとするがレベッカは制す。彼女はクイッと少し呑んで物憂げに飾ってある写真立てを見る。


「本当ならあの子もここに居るはずだったのにね」

「あぁ、そうだな……」

「惜しいやつを無くしたな……」


写真には五年前の俺とロウ、レベッカとも一人写っていた。名は『柊悠真(ヒイラギユウマ)』。ソイツは俺と同じ【ヤマト】と言うより、日本出身の人間だ。魔法やら銃弾が飛び交う戦場を大太刀小太刀で駆け回るという奇抜なスタイルを持つ男で、俺たちの間でも一目置かれていた。しかし最後の戦いにおいて彼は忽然と姿を消したのだ。


「死体も上がってないんだ。アイツはどこかで元気にやってるさ」


 俺はジンジャーエールをズズっと飲みながら呟く。アイツはどんな戦場でもケロッと生きて帰ってきやがった。それが今回長くなっているのだろ。……今の俺にはあまりに無力で、見つけ出して助けるなんてとても言えたもんじゃない。自分の想像が正しいことを証明できない自分が歯がゆかった。


「アラタよ、テメェはその……アイツの連絡先とか繋がりとかねぇのか?」


 また後ろ向きの考えになっていたところ、ロウがそんなことを言ってきた。よく見たら、ロウの毛が少し逆立っている。獣人が酒で酔っ払っている兆候だ。


「んなわけねぇだろ。そんなもん持ってたら、真っ先にここに連れてきてる。酔いすぎだ、バカ」

「ハイハイ。ここにいない人の話はここまでよ」


 レベッカはロウに水を渡して、パンパンと手を叩き話を止める。そして彼女はニヤニヤしてこう言い放った。


「アラタ、あなた『決闘』するって聞いたわよぉ」

「なぜそれを⁉︎」


 俺は驚きを隠せず、カウンターの上に乗っていたジンジャーエールのグラスを倒してしまう。今日の夕方決まったことをなんでこの人知ってんだよ⁉︎ 情報通ってそんなレベルじゃねぇぞ⁉︎ レベッカは俺に布巾を渡しながら


「Fortune(ウチ)の情報収集力をナメるんじゃないわよ。といっても今回は生徒さんがこれをばらまいていたらしいけど」



レベッカはピラッとチラシらしきものを見せてくる。そこには『世紀の一戦‼︎ 英雄vs美少女教師 この決闘を見逃すな‼︎』と赤く大きな文字で書かれていた。



「なに……これ……」



 俺の口から言葉が漏れる。穴があったら入りたい。なんならここにあるピックで自殺も選択の余地に入るくらい恥ずかしい。とりあえず覗き込んで「なんだよこれ! お前もこんなマッチ組んで貰えるくらい出世したんだな‼︎」なんて抜かしている狼男の後頭部をしばいておく。それよりこれを作ったやつをとっちめなければ。というのか、まず明日学園に行けんのか? あぁ‼︎ もうわけわかんねぇ‼️ こんな問題は後だ!


 結局考えがまとまらず、ヤケクソになった俺は目の前の料理を搔っ食らう。


「ん? 美味い。……前とは違うな」


出されていたのはエビチリだった。前食った時は辛味のほうが強かったが、今回はほんのり甘味の後にピリっと辛味が来る。一概に甲乙つけがたいが美味いことには変わりない。


「ほー、アラタはあの子の味は気づいたか。それに比べてそこのバカ犬は」

「流石にな。そこのアホ面かましてるやつと違って」

「二人とも、そこはかとなくバカにするの辞めてくんねぇか?」


 そんなこと言ってフォークでエビをモグモグ頬張って、マヌケ晒しているロウ。『味より量』というような奴にとっては、そこら辺の微々たる差異には関心がないのだろう。俺とレベッカはコイツを放って置くことにした。


「味が変わったってことは、またヘッドハンティングされたのか?」

「そうねー。彼女は料理に関して一級品の腕を持っていたから、ちょっとばかし上の料理人の目について……ね。嬉しいけどちょっとね」


 彼女としては実の娘のようなものだ。感覚としては嫁に出した気分であろう。その子を抜き取った料理店のオーナーは彼女を丁寧に扱った方がいい。じゃないと本気で殺されかねんからな。昔は俺と同じく軍部にいた一級の魔導師だし。


「そしてここの料理人が変わったってことか。スマンがシェフに美味しかったって伝えといてもらえるか」


俺が労いの意味も込めてそうレベッカに伝えると、奥の方で小さな声と大きな金属が立て続けに起きた。レベッカは事情を察して、ため息をつく。


「あの子も腕はいいのだけど、おっちょこちょいというかドジというか……。それがなくなればいいんだけどね」


苦笑を浮かべているが、内心では育てがいがあると燃えているのだろう。俺もそうやって彼女に育ててもらったからよく分かる。一癖も二癖もあるような子の方が彼女も腕がなるのだろう。

 そうして時計を見たらいい時間になっていた。


「申し訳ないけど、この料理包んで貰えるか」


そう言って残っている料理と『プレゼント』と称してもらったまかない料理を持った俺は、呑んだくれの盟友達と別れを告げ『家族』の待つ家の帰路に着いた。


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