第60話 最悪の事態
私たちは走り続け、スラム街まで戻ってきた。
街に着いたころには、すでに日は傾いており、周りは薄暗くなっていた。
「とりあえず、こっち来て」
アスレさんは、私たちの腕を引き、裏道へと入っていく。
路地裏を進んでいくと、三方に壁があり、どこにも抜け道がない場所辿に辿り着く。
「あの……?」
「こっち」
アスレさんはそう言うと、右側の壁の前に置いてあった石を横へずらした。すると、壁に穴が開いており、アスレさんはその穴を潜り抜ける。
「穴小さいから気を付けてね」
穴は私たちがギリギリ通れるぐらいの大きさで、私たちが通り終えると、アスレさんは穴から手を通し、石を穴の前まで持ってきて隠す。
穴を通り抜けた先は、ところどころが崩れている家の庭だった。すでに持ち主がいないであろうその家に近づくと、アスレさんはすでに窓ガラスが無くなった窓の格子をずらして中に入り込む。
「勝手に入っていいんですか……?」
「私たちみたいなスラムの連中は、早い者勝ち精神なんだ。誰が所有してようと、奪われた奴が悪いで終わりだ」
それは、スラムという過酷な環境で生き抜くための知恵と言うべきなのか。ここに来る時の穴を塞いだのも、そういう背景があるのだろう。
私とミルさんは、恐る恐る窓から中に入り、壁際に腰を下ろす。
「……拓さん、大丈夫かな……」
「……分かりません」
今も戦っているであろう私たちの英雄を思い浮かべる。傷を作り、血を流して、私たちを逃がすために敵と対峙している。
そして、共にいると決意したのに、私は敵を前にして臆してしまった。あの日が脳裏で再生され、足が動かなくなってしまった。そして、逃げてしまった。拓様を置いて。
「私は……最低です……」
「レイさん……」
腕に顔をうずめ、涙をこらえる。だけど、感情がどんどん湧いてきて、抑えることができない。
「あんたの判断は、間違っていなかったと思うよ」
静かに、アスレさんは呟いた。
「あいつはやばいって、私も分かっていた。拓も、それを察して私たちを逃がしたんでしょ。あの場に残っていたら、逆に邪魔になってたと思うし……。きっと、これが正しい判断だったんだ」
「それに」と続ける。
「拓も、隙を見て逃げ出しているはず。こんなところで死ぬほど弱くない」
それは、棘はあるものの、確かな信頼を感じた。アスレさんが拓様を信じているのに、私が信じないでどうする。
「きっと、宅様は帰ってきます……」
自分に言い聞かせるように、何度もその言葉を呟く。
「少し休んでおいた方がいい。こっちにベッド……といっても、埃まみれだけどね」
案内された場所は、もとは寝室として使われていたようで、ベッドの他にクローゼットや姿見鏡などが置いてあった。
「結構大きいね……!」
ミルさんがそう驚くのも無理もない。まるで王族が使うようなそのベッドは、余裕で五人は寝れるほど大きかった。部屋の大きさともあっておらず、無理やり入れられた感があった。ベッドより前に置かれていたであろう姿見鏡やクローゼットは、ベッドに圧迫され、もはやその役目は果たせていない。
「多分、盗品だろうね、これ」
この家に、そもそも子のスラム街にこんな大きなイベッドがある時点で不自然だ。そういえば、窓があった部屋にも、変な置物や衣服でごちゃごちゃになっていた。統一性のないそれらは、『盗品』という言葉で、全てつながった。
「でも、それならこのベッドを盗んだ人すごいよね。こんなの、十人いても運べるかどうか……」
「何らかの魔法か……、それともスキルかな?身体能力向上みたいな能力があれば、思っている以上に楽に運べるよ」
魔法やスキルは、この世界に生きるものを豊かにしてきた。しかし、その反面、利私欲のために魔法やスキルを使い、犯罪に手を染める者も少なくない。
盗品と分かりながら、そのベッドで眠るのは多少抵抗あったのだが、アスレさん曰く「今は誰の物でもないし、気にしなくていい」とのこと。
私たちは、広々としたベッドにも関わらず、三人固まって眠りについた。アスレさんは遠慮しようとしていたので、ミルさんが捕まえ、逃げられないように私とミルさんで挟んで眠った。
◇◇◇
拓様は、次の日になっても帰ってくることはなかった。
安否を確認しようにも、連絡手段はなく、距離も離れているため容易ではなかった。
しかし、私とミルさんは、拓様のスキル『武器化』とリンクしており、生死は確かめることはできた。しかしそれは、生死だけであり無事かどうかは判断できない。
次第に、私たちの会話は減り、ただ座っているという状態が続いた。
私とミルさんは、いつスキルとのリンクが切れるか分からないという状況に、精神が徐々にすり減っていくのを感じていた。
「明日まで待ってみよう。それでも来なかったら、捜しに行く」
「そう……ですね」
拓様は私たちを必死に逃がしてくれた。それなのに、また私たちがあの場所に行ってもよいのだろうか。拓様の覚悟を裏切る行為ではないのか。そんな葛藤にミルさんが気付いたのか、そっと私の手を握ってくれた。
「日がーー暮れるね」
外は、茜色に染まっており、日が半分くらい隠れていた。あと1時間もすれば、完全に日が見えなくなるだろう。
そしてーー。
夜が更け、朝が来た。
目覚めた私とミルさんは、あることに気づいた。
「ぁーー」
そして、後悔することになる。なぜ、すぐに拓様を助けに行かなかったのかと。
震える体を抱きかかえ、何とか言葉を紡ぐ。
「リンクがーー切れた」
拓様の存在を、確認することができなくなっていた。
武器使いと武器少女 高良 トウ @Nametou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。武器使いと武器少女の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます