第59話 遭遇。そして罪悪感
「何も、ありませんね……」
「おかしいなぁ……」
場面は変わり、僕たちは渓谷へと辿り着いた。
しかし、辿り着いた場所は、薬草はおろか植物さえひとつも生えてはいなかった。
てっきり、そこら中に生えてる物だと思っていた僕は、肩透かしを食らった。
「……もっと先かもしれません」
「でも、奥に薬草が生えている気配はありませんよ?」
たしかに、これ以上進んでも薬草が生えているような環境があるとは思えなかった。
この渓谷は、岩が剥き出しになっており、乾燥した大地という感じだ。
「でも、あの人が嘘を言うわけないしなぁ……」
というか、嘘をついていると思いたくなかった。いい人そうだったし、あれで僕達を騙そうとしているなら、今後僕は間違いなく人間不信になるだろう。
「というか、何か変じゃない?」
「変……?」
アスレちゃんが、怪訝な表情で辺りを見渡していた。
「この渓谷、魔物が多く生息しているって聞いてたんだけど、今は一匹もいない」
「……たしかに、変ですね」
不気味なほどに静かな渓谷を眺め、何か嫌な予感に襲われる。
「……今日は一旦帰ろう。マラさんに報告して、依頼を続けるか相談しないとーー」
その瞬間、僕の嫌な予感が、現実となってしまった。
「こんにちは、武器使いさん」
その男は、突如として、僕達の前に現れた。
微笑んでいるその男は、一見爽やかそうに見える。タキシードに身を包み、渓谷とのアンバランス感を除けば、至って普通に見えるだろう。
だけど、僕達は今までにないほど警戒をした。なぜならーー
「いったい、どこから現れたんだ……」
僕達以外、少なくとも見える範囲には人影などなかったはずだ。
それが、たった数十秒で僕達の目の前へと現れた。それだけで、僕達が警戒するには十分な理由となっていた。
「……武器使いって、僕のこと?」
「他に誰がいるんだい?巷で噂になってるよ、様々な武器を使いこなす男がいるってね」
そんな噂、初めて聞いたが、少なくとも僕の情報はこの人に筒抜けって事か。
「何の用ですか?」
「そんな怯えないでよ。ちょっと遊びに来ただけさ」
「ぇーー?」
刹那、僕の右頬に何かが掠った。
男は、レイピアを前に突き出しており、そこでようやく僕は、頬を斬られたの
だと理解した。
「っ……!?」
僕は、思い切り背後に飛び、男から距離を取る。
腰から剣を引き抜き、男の一挙一動を警戒する。
「ふ〜ん……こんなもんか」
男は、剣先に付いた血を布で拭いながら、残念そうに呟いた。
(剣を抜いたのが、見えなかった……)
気付いたら、レイピアの剣先は僕の頬を掠めていた。
警戒していたはずなのに、剣を抜いた事すら気付かなかった。レベルが違いすぎる。
「みんな……今すぐここから逃げて。少しくらいなら、時間を稼げると思うから」
「で、でも、それだと拓様が……!!」
「大丈夫だよ。みんなが逃げた後に、僕もすぐ離脱するから」
あの男が逃してくれるかも分からない。
本当なら、武器化してくれるレイ達がいた方が、心強いのだろう。だけど、武器化していない方を守りながら戦えるかと言われれば、自信がない。それなら、僕が足止めした方が、みんなが生き残れる確率は上がるだろう。
「早く行って!」
「っーー!!……死なないでください」
レイには分かっていた。自分が今ここで出来るのは、拓の邪魔にならないようにする事しかないと。
なら、拓を信じるしかない。そう思い、来た道へと走り出した。
「二人とも、こっちです!」
「う、うん……」
ミルは、男と対峙している拓を何度も見ながらも、レイの後を追った。
僕は、それを確認して、改めて目の前にいる男に向き直る。
「さぁ……僕が相手だ」
◇◇◇
どれくらい走っただろう。
私達は、気づけば来る途中に休んだ大きな木の場所まで戻ってきていた。
ここまで来れば、あと少しで王都に着く。
王都まで戻れば、マラさんや、もしかしたら勇者の方も拓様を助けてくれるかもしれない。
あの男は、到底私達が敵う相手ではなかった。それを、私と拓様知っている。
1ヶ月前、私の村が消滅した時。
仮面をした男と同じものを、あの男から感じた。
絶対的強者。体の芯からの恐怖が、あの男の前で抑える事ができなくなっていた。
拓様も同じ事を感じていたのか、剣を持っている手が震えているように見えた。
もし、あの場にみんなで残っていたら、私達だけでなく、拓様も死んでいただろう。
何も出来ない私達が残っても、拓様の邪魔になるだけだから。
拓様が死ぬなんてあり得ない。いつも何とかしてきたから。
ーー本当にそうだろうか?
私はただ、あの場所から逃げ出したかっただけではないか?
自分を正当化しようとしてないか?
私はーー
「レイさん、大丈夫?」
「私……私はーー」
私の目から、何か熱いものが溢れた。それが涙だと気づくのに、しばらくかかった。
私に判断は間違ってなかっただろうか。本当にあれが最善だったのだろうか。
罪悪感で押しつぶされそうな胸を押さえながら、私は自問自答を繰り返し続けた。
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