第58話 膝枕

 なかなかハードだった1日が明けた。

 申し訳程度に窓にかかっている生地の薄いカーテンは、その役目を果たすことなく朝日を室内へ照らす。

 朝日が僕に直に当たり、徐々に意識が覚醒する。


「だるぅ〜……」


 すごく体が重い。38度の熱が出た時もような気怠さだ。

 結局、レイとミルが一緒のベッドに、僕とアスレちゃんが同じベッドに寝ることで落ち着いた。二人は少し……かなり不服そうだったけど、あのままじゃ、いつまでも寝れなかったから仕方がないよね。


「ん?」


 起き上がろうと体を動かそうとしたら、お腹当たりで何かにひっぱられた。

 ちらりと見てみると、アスレちゃんが僕の服を掴み、丸まって寝ていた。

 獣人特有の獣耳がピコピコと動いており、以前飼っていた猫を思い出し、微笑ましくなった。


「ちょっとだけなら……」


 少し魔が差した。飼っていた猫を思い出したのもあるけど、何より目の前で動いている小さな猫耳を触りたい欲求に勝てなかった。


「おぉ……!」


 これはなかなか……!!滑らかな毛先に、モフッと心地よい弾力。これは癖になりそうな触り心地だ。

 夢中になって触っていると、アスレちゃんがピクンッと小さく跳ねた。

 思わず触っていた手を離し、様子を窺う。「ん〜……」と唸り声を上げながら、僕のお腹に顔を擦り付ける。

 ……起きて、ないか?

 耳だからといって、勝手に触っていたら怒られそうだしね。

 これ以上触っていると、アスレちゃんが起きそうだったから、耳を触るのを渋々ながら終えた。

 僕の服を握り締めているアスレちゃんの手をそっと外し、ベッドから抜け出した。

アスレちゃんの耳を触っている間に、体の不調もそれなりに回復していた。

 軽く伸びをして、バッグの中身を整理する。ポーションの類は昨日使い切ったから、整理するほど道具は多くないけど。


「んっ……」

「あ、起こしちゃったかな?」


 背後から音がして振り向くと、レイが眠そうな表情で体を起こしていた。

 絹のように綺麗な銀髪は、寝起きだというのに寝癖は一切なく、窓から差している朝日が反射し、より一層煌めいて見えた。


「いえ……、それにしてもお早いんですね。今日はゆっくり休んでは?」

「いや、今日は少し行きたいところがあってね。出来ればレイにも来て欲しんだ」

「私ですか?」

「うん。レイの【鑑定】のスキルで探して欲しいものがあるんだ」


 僕は、マラさんから受けた依頼の内容をレイに話した。


「なるほど……たしかに、私のスキルが役立ちそうですね」


 話を聞き、レイも準備をし始めた。

 すると、ミルやアスレちゃんも起き上がった。


「おふぁようございます〜……」

「……」


 二人とも、寝起きだからかとても眠そうだ。アスレちゃんに関しては、まだはっきりとは目が覚めてないな。


「ふたりとも、どこかに行くんですか?」

「うん。前にマラさんからの依頼あったでしょ。いつまでも待たせるのは悪いし、今日から行こうかなって」

「わ、私も行きます!」


 ミルはベッドから飛び起き、軽く身支度を始めた。


「……私も行く」


 眠そうな目を擦り、アスレちゃんも身支度を始める。まぁ、最初からみんなと行こうと思ってたから、そんなに急いで順準備をしなくてもいいんだけど……。

 みんなの身支度も終わり、僕たちは北にある渓谷を目指した。

◇ ◇ ◇

「結構遠いんですね……」


 王都を出て数時間。代わり映えのしない草原を、僕たちはひたすら歩いていた。

 僕は、身体能力を底上げしてもらってるからそこまで辛くはないが、レイ達には疲れが見えてきた。


「そろそろ休憩しようか。あそこに丁度良さそうな大きな木があるし」


 大きな草原に、ポツンと聳え立つ大きな木。あそこなら日陰も大きいし、休憩には丁度いいだろう。


「ふぅ……疲れたぁ〜」


 ミルは相当疲れていたのか、木の下に着いた途端に地面に身を投げ出した。


「ミルさん、はしたないですよ」


 レイがそう言いながら、気の幹に上品に座る。確か、レイは家で勉強をしていた。そこで立ち振る舞いなども学んだんだろうか。

 アスレちゃんは、大きなあくびをしながら、木陰でうたた寝を始める。


 「僕も、少し休もうかな」


 気の幹に背を預け、澄み渡る青空を眺める。程よい風も吹き、僕も疲れていたのか眠気が襲う。

 いくらここが穏やかな草原でも、魔物が出る可能性もゼロではない。眠るわけにはいかないと思うも、一度来た眠気を払い除けることが出来ず、アスレちゃんと同じように、うたた寝をし始める。


「私が辺りを見ておくので、拓様はお眠りください」


 レイが、微笑みながらそう言ってくれた。


「でもーー」

「拓様はやみあがりなんです。無理をなさらないでください」

「ーーん。ありがと。何かあったら、すぐに起こしてね?」

「分かりました」


 僕は、レイの言葉に甘え、ゆっくりと眠りについた。

 ◇ ◇ ◇

「ーーーーん?」


 風が肌を撫でる感触に、僕は目が覚めた。

 だけど、目が覚めた瞬間に、違和感を感じた。


(柔らかい……?)


 眠る前には感じなかった柔らかい感触に、僕の後頭部が乗っている。それに、微かにだが甘い香りがーー


「えっ、な、なにこの状況?」


 目を開けると、僕の目の前にはレイの顔があった。どうやら僕は横になって、レイは僕を覗き込んでいるようだ。

 そして、それを囲むようにしてミルとアスレちゃんも僕を覗き込んでいた。その表情が少し不満そうなのは何故だろう?

 というかーー


「え、これ膝枕?」


 この天国のような寝心地は、噂に聞く膝枕ではないだろうか。

 高級枕なんて使ったことないけど、多分こんな寝心地なんだろうなと、ぼんやりと考える。

 本当なら今すぐ頭を上げるべきなんだろうけど……


「これは人をダメするなぁ……」


 僕の本能が、頭を上げたくないと言っている。もう少しだけこの極楽な気持ちを楽しむことにした。


「「…………」」


 その間、二つの視線が痛かったけど。


 

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