第57話 騒がしい夜
ミルが連れて来た医者は、僕とレイを診察した。補聴器を腹や胸に押し当てたり、光魔法で光源を出し、喉奥を見たりした。
「異常は見られないね。だけど、呼吸が通常より浅い。苦しさなどを感じたなら、安静した方がいい」
「分かりました。ありがとうございます」
医者の診断を聞きながら、僕は不安を感じていた。
異常がない。それは、本来なら喜ばしい事だ。だけど、僕は素直に喜べなかった。
「あれだけ衰弱して、異常がないか……」
医者が帰った後、もう一度自分の体を眺める。
異常がない事が異常。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。元の世界だったなら、間違いなく僕は助かっていない。だけど、アスレのスキルで、皆の魔力で僕は助かった。元の世界にはない方法で。もし、このスキルや魔力がなかったら……。ポーションがなかったら……。
柄にもなくこんな事を考えてしまったのは、死を一番身近に感じたからだろうか。
前世では、自分の意志で身を投げた。だけど今回は、自分の意志に関係なく命が消えていくのを感じた。
「っ……」
自分の手が震えているのに気づく。あの時感じたのは、恐怖だった。死への恐怖。僕は……
「……大丈夫ですか?どこか具合が悪いところでも?」
「大丈夫だよレイ。少し考え事をしていただけだから」
僕は、レイに心配をかけまいと、笑顔を取り繕う。だけどレイは、顔を近づけて僕の目をじっと見つめてきた。
「えっと……?」
「……無理はしないでくださいね」
しばらくするとレイは、顔を離して、それだけを言い残し、荷物の整理をし始めた。
年下を心配させるとは……。情けなさを感じたと同時に、先ほどまでの恐怖が薄れた事に気づく。そして実感する。僕は、レイ達と過ごすことで、前世からも、自分の弱さからも救われているのだと。
「--」
「アスレさん?」
そんな事を考えていると、アスレちゃんの様子がおかしい事に気づく。ミルとアスレちゃんが医者を連れてきてから、アスレちゃんはずっと入り口付近に立っていた。
こころなしか、アスレちゃんの頬が紅潮しているような……?
「あ……」
「あ?」
「あんたたちって、そういう関係だったの……?」
……何を言っているんだろうこの子。
場の空気が凍る。誰も微動だにしなかった。
だが、そんな空気がずっと続くわけもなく、アスレちゃんを除く、僕達三人は、どうするのかと視線で訴え合う。
「昔お母さんが、抱きしめ合うのは、相手に好意を示す行為だと聞いた……。まさか、拓とレイさんが付き合っていたなんて……」
誰かこの純情乙女を止めてくれ。僕は、切にそう思った。
「……あの、あれはそういう事ではなくて……」
レイが動いた。だけどレイ。そんな真っ赤な顔で、アワアワしながら言っても説得力ないよ。ほら、アスレちゃんが確信を持ったような表情しちゃった。
どうやら、レイは不測の事態に弱いらしい。
そこで、ミルと視線が合った。目で「ここは任せてください」と言っているような、凛々しい目をしていた。ここはミルに任せよう。
「アスレさん、抱き合うのにも色々理由があるんですよ」
「いろいろな理由?」
「はい、おそらく拓さんとレイさんは、お互いの無事を喜びあって抱きしめ合ったのでしょう」
「じゃあ、二人は付き合っているとかじゃないって事?」
「そういう事です」
さすがはミル。完璧な解説だ。ようやく、この気まずい空気を収まるーー
「じゃあ、なんでミルさんは、あんなに取り乱していたんだ?」
「ふぇ!?」
まさかのカウンター……!?ミルは良い言い訳を考えているのか、「えっと、、、あの、、、、、」と視線をさ迷わせている。
この場を収拾させるのは、僕しかいなくなってしまった。この場を収拾させるには、事実を話すのが一番だと結論付けた
「アスレちゃん。僕はレイとは何もないよ。ただの仲間だ。もちろん、ミルもアスレちゃんも」
「そうか……。早とちりしてしまったようだ」
ごめんと、アスレちゃんは僕達に謝った。罪悪感があったのか、シュンと項垂れた。それと同時に、アスレちゃんの頭に付いている耳も同調するように項垂れた。なにこれ、めっちゃ触りたい。触った瞬間すごく怒られそうだけど。
「えっと、二人ともどうしたの?」
レイとミルに視線を向けると、とても複雑そうな表情をしていた。
「別に……」
「……なんでもありません」
口ではそう言ってはいるが、なんでもないような顔には見えない。
「えっと……そろそろ寝ようか。レイも安静にしているように言われているし」
幸いにもベッドは二つ。レイはゆっくり寝てもらうために一台使ってもらうとして、ミルもアスレも一つのベッドに二人で寝ても余裕だろう。
僕は床に寝ることになるけど、女の子を床に寝せるなど言語道断。僕が床で寝るのが妥当だろう。
「じゃあ、僕は布団を借りてくるから、皆は寝てて」
「拓さんはベッドで寝ないのですか?」
「さすがに女の子と一緒に寝るのは……」
「……前の宿では一緒に寝ましたよね?」
「なっ!?」
「えっ!?」
まさかの反撃を食らった。アスレちゃんも、その言葉に顔を赤くする。
「……拓様、こちら開いていますよ」
「わ、私の方も開いてます!」
「「……」」
レイとミルは、お互いに睨み合う。アスレちゃんは「やっぱりそういう……!!」と、また暴走し始めた。
落ち着きのない夜。だけど、僕はこの空気を、とても心地よく思っていた。
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