第56話 謝罪

 レイ達は、入れ替えで拓に魔力を送り続けた。

 しかし、零人が言っていたとおり、拓は魔力の効率が悪く、一向に好転する気配はなかった。

 レイ達の魔力も無限ではない。魔力が少なくなるにつれ、視界が歪んでいく。額には嫌な脂汗がこびりつき、動悸が早くなる。


「はぁっ……はぁっ……」


 魔力量が残り少なくなり、めまいがする。吐き気と共に、自分の命が消耗されているのを感じる。お世辞にも良い感覚とは言えなかった。


「もう……少し……」


 レイは、自分の体に異常があると知っても、さらに魔力を流そうとした。


「ミルさん……!鼻血が……」

「えっ……」


 レイは自分の鼻下に手を当てると、赤い液体が指についていた。そして、そのことに気づいた瞬間、意識がフッと途絶えた。


「レイさん!?」


 ミルが、気を失ったレイの体を支えようと手を伸ばしたが、それよりも先に零人がレイの体を支えた。


「どうやら、無理をしすぎたようだ」


 そう言って、拓の隣に寝かせた。


「魔力は、生命を維持する必要最低限がある。それを超えて消費しようとしたら、まぁこうなるよね」


 零人は、レイの顔に掌を近付けると、淡い光がレイの体を包んだ。その瞬間、苦しそうだったレイの表情が和らいだ。


「君たちもこうなりたくなければ、もうあきらめる事だね」


 そう言って、零人はミル達に手を振り立ち去ろうとした。


「待ってください!」

「ん?」


 しかし、ミルがそれを止めた。

 ミルも、拓に魔力を流したから体の自由がきかない。アスレも同様だ。だから、この中で拓を助けられるのはただ一人ーー


「拓さんを助けてください……お願いします」


 零人に頭を下げた。深く深く。


「なっ!?」


アスレは、ミルのその行動が信じられなかった。

 アスレは、レイとミルが零人に殺されそうになった事をこの目で見ていた。だからこそ、自分を殺そうとした人物に頭を下げることが出来るとは思わなかった。


「断るよ。僕になんのメリットもないし」


 それに……と零人は続けた。


「それって、僕に貸しを作ることにある。いいのかい?」

「……承知の上です」


 零人に貸しを作るのはリスクが高い。だけど、その貸しを作ってでも、拓を助けたかった。


「仕方ない。今回だけだよ」


 そう言って、拓の顔の前に手をかざした。

 その瞬間、レイの時のように淡い光が体を包むと、拓の顔色が良くなっていく。


「これで直に目を覚ますと思うよ」

「……案外、あっさりとしてくれるんですね」


 正直、助けてくれるとは思わなかった。零人の言う通り、何もメリットもないし、借りが出来るといっても、助けようとは思わないだろう。


「そんな警戒するなよ。助けろって言ったのは君達だろ」


 何を企んでいるのか。それを警戒せずにはいられなかった。だけどーー


「助けてくださって、ありがとうございました」


 零人が拓を助けたのは紛れもない事実。それに対しては、感謝を示さなければならないと思った。


「意外と律儀なんだね。君」


「意外とは余計です」


 零人は、フッとキザったらしく微笑え、その場から立ち去った。

 ミルは、そんな零人の後ろ姿を眺めながら、苛立ちを覚えていた。


◇◇◇


「んっ……ここは?」


 零人が立ち去ってから数分後、拓レイが目を覚ました。そして、拓にも今までの事を説明すると、拓は申し訳なさそうにしていた。


「ごめん……迷惑をかけた」

「そんな……!気にしないでください!拓さんは十分頑張ったんですから!!」


 ミルは拓を励ますが、それでも申し訳なさそうにうなだれていた。


「レイもありがとね」

「いえ……目を覚ましてくれてよかったです」


 真っすぐに感謝され、レイは顔を赤くして目を逸らした。拓は、そんなレイの反応を微笑ましく見ていた。


「おっと……」


 拓は立ち上がると、足元がふらついていた。まだ力が入りきれていないのだろう。ミルは、そんな拓に肩を貸した。アスレは、レイに肩を貸していた。


「すみません……お手数をおかけします」

「きにしないで。今回、私は何もできなかったんだから」

「そんな事……」

「あるよ。いくら血を作れたからって、生命力を作ることが出来ないで、拓さんも衰弱させてしまったしね」

「それは違うよ」


 自分を責めるアスレを、拓は否定した。


「アスレちゃんがいなければ、僕は失血死していたかもだし。それを救ってくれたのはアスレちゃんに他ならない。僕は、アスレちゃんに救われたんだよ」

「ありがとう……」


 アスレは微笑んだが、納得はしていないようだった。それが気がかりだったが、拓はそれを追求しなかった。


◇◇◇


「具合はどうですか?」


 僕達は、ミルとアスレに手伝ってもらいながら、宿にへと向かった。フラフラな状態で帰ってきた僕達を、宿屋の店主は驚きながらも迎え入れてくれ、空きの部屋を用意してくれた。


「うん、まだ体はだるいけど、しばらく休めば治ると思う」

「……同じくです」

 僕とレイは、心配そうにしているミルにそう話すと、少し安心した様子で微笑んだ。


「では、私は念のために医者を連れてくるので、安静にしていてくださいね」


 ミルとアスレはそう言い残すと、部屋から出ていった。

 僕はミルの言う通り、ベッドで横になると、レイも同じベッドに入ってきた。


「あの、レイさん?隣にもう一つベッドありますよ?」

「……」


 無言。レイは僕に抱きついてきて、おでこを僕の胸にぐりぐりと押し当ててくる。え、何この可愛い生き物。普段のクールなキャラも相まって破壊力がやばかった。


「……本当に、死んじゃうかと思った」

「----」


 レイは、目の前で両親を失った。今回も、僕が死ぬかと思って、とても怖かったはずだ。


「心配かけて、本当にごめん」


 レイを、そっと抱き寄せ、頭を優しく撫でる。しばらくすると、すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえ始めた。それがとても愛おしく感じながら、重くなる瞼を閉じた。

 そのあと、帰ってきたミルにすごく怒られたのは別のお話。

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