第55話 助けるために

 零人の言葉に、三人は凍りついた。


 「おぇ……」


 レイは、吐き気を催した。

 殺す。死。命を奪う行為。それは、拓が、レイが一番嫌い、一番嫌悪する行為だ。

 拓が強くなることを決意したのも、レイが付いていくと決めたのも、あの出来事がきっかけだった。

 目の前で父が死に、村が燃え、何もかもを失ったあの日。その光景は、レイの瞼に、記憶に、心に、まるで呪いのように刻み込まれていた。


「なに……それ……」


「言った通りだよ。人は生命力の塊だ。そして、命を落とした瞬間、一気に外へ溢れ出す。吸血鬼や淫魔は、この生命力を吸っている。だから、殺してから食事を開始する」


 淫魔や吸血鬼。魔が住まう大陸に生息しているといわれる悪魔。レイ達は、そのような場所に行った事はないので、実際に見たことはないが、話には聞いていた。


「淫魔や吸血鬼は知っていたいけど、生命力を吸うなんて聞いた事ない。それは本当なの……?」


 淫魔は男性の煩悩を、吸血鬼は言葉通り血を吸う悪魔だと聞いている。生命力を吸うなど、聞いたことがなかった。


「本当さ。この目で見てきたんだら」

「この目でって……まさか、魔の大陸に行ったことあるの!?」


 魔の住む大陸は、普通の冒険者はもちろん、手練れの冒険者さえ立ち入るさえできない。そして、勇者である零人でさえ、魔の大陸に入ったという情報はなかったはずだ。


「確かに、淫魔や吸血鬼は魔の大陸にしか生息していない。だけどね。僕が見たのは、魔の大陸でじゃないよ」


「魔の大陸じゃない……?それはどういうーー」

「アセルル地方だよ」

「なっ!?」


 アセルル地方。魔の大陸に一番近い国【カセリア】が治める地域の一つであり、最も魔の大陸に近い地方だ。


「既にアセルル地方は、魔王の手によって全滅。街を守っていた兵も、住んでいた民間人も、全員死んだ。そのあと、アセルル地方には瘴気がかり、誰も立ち入れなくなった」

「なん……で……?食料とかを献上しているうちは攻め込まないって……!!」

「さぁな。誰か魔王軍にちょっかいでも出したんじゃないか?」

「っ……!!」


 レイの脳裏に、拓とデュランとの戦闘がフラッシュバックする。たしかあの時、デュランと魔王は会話しててーー


「……まぁいい。それよりどうするんだ?早くしないと、そいつ死ぬぞ」

「どうするかなんて、決まってます……」


 肩に担がれている拓を見て、三人は決意する。

 たしかに、人を殺したほうが、簡単に、確実に拓を救うことが出来るだろう。だけど、そんな事をしてまで、拓は助けられたいと思うだろうか。人を殺し、拓を救ったところで、拓に胸をはれるだろうか。


「教えてください。生命力の与え方を」


 ◇◇◇


 もう一刻の猶予もない。

 拓を路肩に寝かせ、安全を確保する。

 生命力とは、体内に秘められているエネルギーだそうだ。そして、そのエネルギーは、魔力として還元される。

 つまり、生命力を与えるという事は、魔力を与えると同義。なら、やるべきことは明白。拓に自分の魔力を与えればいい。

 しかし、ここでレイは疑問に思った。拓のステータスを見たとき、拓には魔力が一切なかった。そんな拓に、魔力を与えても良いのかと。


「そいつはイレギュラーらしいね。生命力が魔力に還元されていない。還元されていない生命力はおそらく、人間の体中で常に循環している血液に含まれている」

「もしかして、血が増えても回復しなかった理由って、血液に生命力がなかったから……?」

「おそらくね」


 所詮作り物の血液。量より質。生命力が足りない拓に、生命力が含まれていない血液では意味がなかったのだ。


「つまり、血液に魔力を流し込めれば、生命力は与えられる。だけど、さっきも言った通り、君達だけでは人一人分の魔力を補えるかどうかもーー」

「……やってみないと、分かりません」


 人は、通常の二分の一以上の魔力を失えば、命の危機にさらされる。そして、まだ成熟しきっていない女の子三人合わせても、魔力が足りるかどうか。

 それでもやらなければならない。でなければ、拓は死んでしまうのだから。


「……では、いきます」


 拓には申し訳ないと思いつつ、レイは拓の手の甲にナイフで傷を付ける。手の甲に血が伝う。

 レイ達は、その傷口に触れる。そして、一人ずつ魔力を流し込んだ。


 まず流し込んだのはレイ。魔力を流し込む感覚は、正直言って良いものではなかった。自分の力が徐々に抜けていく感じだ。そして、次の瞬間、一気に疲労感に襲われ、眩暈がする。

 しかし、魔力を与えたからなのか、拓の表情が少し和らいだ……気がした。


「やはり、三人では無理がある。見た感じ、五分の一も達していない。こいつの燃費が悪すぎる」


 まだ成熟してないからといって、レイの魔力量も少ないわけではない。しかし、その二分の一を流し込んだのにも関わらず、拓の生命力は、三分の一どころか、五分の一すら溜まらなかった。


 仮に、三人の魔力を与えたところで、拓を助けることはできない。


「やめろ。それ以上はーー死ぬぞ」


 それでも、レイ達はやめなかった。レイの次はミルが、ミルの次はアスレが。レイは、二人が魔力を流し込んでいる間に、少しでも休んで魔力を回復させることに集中する。少しでも、拓に流し込める魔力を増やすために。

 零人は、それをただ眺めていた。必要上以上に肩入れすれば、どうなるかは身をもって知っているから。優しさとは、自分には必要ない。優しさだけでは、守れないものがあると知っているから。なのにーー

 零人は胸の中が、気持ち悪くなるほどざわついていた。

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