第54話 思わぬ再会

 レイとミルは走る。自分達が担いでいる人を助けるために。

 アスレも、自分が知りえる病院への近道を案内しているが、どうしても数十分かかってしまう。それに加え、意識のない男を担いで移動しているから、より時間がかかってしまうだろう。

 五分ほど進み、やっとの思いで大通りへと出る事が出来た。しかし、これでも、病院までの距離はあと半分。


「はぁ……はぁ……」

「呼吸がさらに浅く……!」


 しかし、拓の衰弱が思っていたよりも早い。早すぎる。拓の生気が、命が、存在が、徐々に消えていく。手のひらから、少しずつ、零れ落ちていく。


「死なないで、死なないで……!」


 レイとミルは、足を止めない。止めることは許されない。刻一刻と消えていく命を、この世に留めさせるために。

 じわりと、ミルの目頭に熱いものが溜まる。心では救うと、体では間に合うと、そう自分を鼓舞しても、頭がそれをどこか否定する。お前では救えないと。間に合わないと。

 うるさいと、頭の中に響いている雑音を、頭を振って振り払う。今、こんなことを考えたくない。今考えるべきなのは、一つだけで十分だ。

 涙で視界が歪む。だけど、涙を拭う余裕は、ミルにはなかった。そのまま走り続けてーー


「っ!すみませ……ん……」


 ドンと、ミルの肩が誰かの体に当たる。当たってしまった相手に謝ろうと、振り返りーー足が止まった。

 大通りで人通りが多く、加えて、周りへの注意が散漫となっていた今の状況では仕方のない事だった。

 しかし、ミルが足を止めてしまうほどに衝撃を受けたのは、その誰かが


「すみません……って、君は確かさっきの……」


 勇者零人だったからに他ならなかったからだ。


◇ ◇ ◇


「っ……!」


 アスレは、零人を見た瞬間、耳を逆立て、威嚇するように睨みつける。しかし零人は、アスレの様子にそれほど気にしていないのか、完全に無視を決め込んでいる。


「てか、そいつどうしたんだ?派手にやられているようだが」


 零人は、レイ達の肩に担がれている拓を指さしながら、そう尋ねてきた。


「これは、えと……」


 ミルは、説明しようとしたが、ミル自身も、何故こんな事になったか分からないから、上手く説明できない。


「お前には、関係ないだろ」


 そんな時、横からアスレが食って掛った。おそらく、零人にとっては小動物に威嚇されているのと同じだろう。それは、威嚇してるアスレ自身にも分かっていた。


「……もしかして、さっきの爆発と関係ある感じ?」


 さっきの爆発とは、スラム街を爆破された時のことだろうと、すぐに理解できた。という事は、零人は、あの爆発に気づいていたという事になる。


「なんで……助けに来てくれなかったんですか……」


 レイは、絞り出すような声でそう呟いた。


「……爆発に気づいていたのなら、何故駆け付けてくれなかったんですか……!あなたがいれば、拓様がこんな事になることは……!」


 普段口数が少ないレイが、声を荒げたことで、ミルはビクリと肩を震わす。


 だが、その通りなのだ。もし、零人があの爆発を見て駆けつけてくれたのなら、拓が刺されることも、ミルが囮になることも、そして、拓が意識を失うこともなかった。


「責任を押し付けないでくれ。こいつが倒れたのは、こいつが弱かったからだろ。それに、こっちもこっちで、いろいろあったんだ」


 よく見れば、服の所々が切れている。しかし、切り傷などはなく、治療は済んでいるようだった。


 だが、それで「それでは仕方ありませんね」とはなれない。レイは聞き分けのあるだけで、割り切る事が出来る大人ではない。


「それでも……!」


 レイも、すでに分かっていた。零人には何の非もない事ぐらい。分かっている。しかし、心のうちにあるドロドロとした感情が、追及をやめてくれない。


「まぁ、僕も鬼じゃないからね。いい事を教えてあげるよ」

「いい事……?」

「多分、そいつを医者に見せる気だろ?無駄だと思うよ。そいつが衰弱している理由は他にあるんだ」


 零人がそう言うと、拓の右手に人差し指を当てた。


「ここから生命力が漏れ出している。まるで、穴の開いた風船のようにね。病気じゃないから、医者では治せない」


「それじゃ、どうすれば……」


 零人は、指を二本立てて見せた。


「方法は二つ。一つは、誰かに生命力を誰かから譲渡してもらう事。でもこれは、あまりお勧めはしないかな。生命力を譲渡するって事は、自分の命を危険に晒すってことだからね。それに、君達はまだ年端も行かない女の子だ。年上の、それも男で生命力が極端に少ないときている。3人で頑張っても、ぎりぎり足りるか足りないかぐらいかな」


「そしてもう一つ。こっちの方が簡単だけど、難しいかな」


 簡単で難しい。その矛盾した言い回しが気になった。そして、続く零人の言葉で、その意味を理解した。理解してしまった。


 その方法がーー


「もう一つの方法。それは、人を一人殺すことだよ」


 表情一つ変えず、そう言った。 





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