第53話 急変
体がとても重い。まるで、沼の中を歩いているように、体の自由が利かない。
「っ……」
体を引きずるように歩いていたせいか、小さな小石に躓き、バランスを崩してしまう。
「ーーありがとう、レイ」
「いいえ、それより、大丈夫ですか?」
倒れる瞬間、横にいたレイが僕の肩を支えてくれた。そして、ミルも反対の肩を支えてくれる。
「一度死にかけたんです。無理しないでください!」
「ははっ……、心配かけてごめん」
今回は、本当に死ぬんじゃないかと思った。不意打ちとはいえ、腹を刺され、血が足りなくなったのに、こうして生きているのは本当に奇跡と言わざるを得ない。
「拓さん、本当に人間ですよね……?」
「やめてよ!自分でも自信なくなっているんだから!」
まさか、転生した時に人外にされたとかじゃないだろうな……と、適当な態度をとっていた女神を頭に思い浮かべる。
「……拓様を救えたのは。アスレさんのおかげですよ」
レイは、そう言ってアスレちゃんに目を向ける。
アスレちゃんは、びくりと大きく肩を震わせ、顔をこわばらせた。
「……アスレさんは、『錬金術』というスキルを持っているんです。私の血と布を変換して拓様の血を作ったんです」
「へぇ、『錬金術』ねぇ……、レイの血……血ィ!?」
僕は、重くて上手く動かせていなかった体を捻り、肩を支えてくれている反対の腕を見る。そこには、痛々しい傷と、傷口から未だに滲みでている血液が、肌を伝い、地面に垂れている。
その光景を見た瞬間。血の気が引いた。血が少なかったからか、同時に眩暈がした。
「……この程度の血で大袈裟です。拓様の方が重症だったんですから」
「でもっ、それはっ、えっと……!」
そういう事ではないと言い返そうとしたが、レイに血を分けてもらった自分が言っても、全く説得力がない。
「とのかく止血をっ!!包帯は……持ってきてないし、そうだ!ポーション!」
たしか、ポーションを何個か買っておいたはずだ。それなら、レイの傷も治るはず!
「……!あの、えっと、そのですね……」
そこで、レイは何やら気まずそうに目を逸らした。
ミルが、持っていたカバンの中を確認すると、「なるほどね……」と、苦笑しながらレイを見た。
ミルは、持っていたカバンを逆さまにすると、空き瓶の山が音を立てて地面に転がる。それがポーションの空き瓶だと理解するのに、数秒かかった。
◇ ◇ ◇
レイが、本当に申し訳ななさそうに謝ってきたから、僕は全力でそれを阻止した。
レイは、僕を助けてくれたのだから、謝る必要はない。逆に、僕が土下座して感謝をしなくてはいけないレベルだと思う。
ミルにも感謝をしなければいけない。時間を稼ぐためとはいえ、囮という危険な事をさせてしまったのだから。
そしてもう一人。僕は感謝をしなくてはならない人物がいる。
「アスレちゃん。僕を助けてくれてありがとう」
二人に担がれているという、なんとも格好のつかない姿だけど、ちゃんとお礼を言いたかった。
「私は、別に……。お母さんを見つけるっていう約束もあるし……」
アスレちゃんは、少し照れ臭そうに目を逸らした。僕は、そんなアスレちゃんの態度に微笑んでーー
「……?拓さん?拓さん!!」
ミルの声を遠くで聞きながら、僕は意識を手放した 。
◇ ◇ ◇
「なんで!?傷も塞がっているし、血も足りているはずなのに!」
ミルは困惑した。何の前触れもなく、拓が動かなくなった。息はある。だが、呼吸は浅く、どうみても正常ではない。体温が異常に上がり、汗が止まることなく噴き出ている。
「ちょっとこれ、ヤバイんじゃない……?」
アスレが、不安そうな声でそう呟く。それは、レイもミルもわかっている。だが、急なことに、ミルは脳の処理が追い付いていなかった。今、何をすればいいか、何が最善か。
無暗に動かさないほうがいいのか。それとも、一刻も早く病院に行ったほうがいいのか。
グルグルと、答えのない問題を解いているような気分になった。
「……ミルさん、落ち着きましょう。冷静さを欠けば、助けられるものも助けられません」
「……そうだね」
その一言で、ミルは少し落ち着くことが出来た。焦る気持ちや不安な気持ちが無くなったわけではないが、何故か、レイがいれば大丈夫だと思えた。
「……とりあえず、私達で対処するのは危険です。専門的な知識があるわけではありませんので」
レイは、常識的な知識ならあるが、『この症状の時は、このように対処すればいい』みたいな専門的な知識はない。
「だね。アスレちゃん、近くの病院に案内してくれるかな?」
何かできることがないかとオロオロしていたアスレに、ミルは声をかける。アスレは「こっち!」と言って、右の道へ駆け出す。
「次は、私が助けてみせる……!」
囮でしか役に立てなかったミルは、その決意を胸に抱き、拓を担いで歩き出した。
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