メアリー・スーはとまらない。【自主企画参加用短編】

天野平英

はじまりの一歩

 ―― 本編 ――


 齢八つにしてメアリー・スーは決意した。

 必ずや両親の首をこの手でカッ切ると。


 メアリーはスー家の血をひく女である。

 スー家は五百年の伝統を誇る王国に於いて伯爵位を賜っている名家であった。

 その来歴は実に華々しい。

 初代当主は開国王と共に戦場を駆け、国土を切り開いた豪傑。

 二代は治まりきらない国土を鎮撫するために幾度となく国土中を駆け巡った猛者。

 それ以後もスー家は王国の守り手として武門の誉れを示し続けてきた。

 しかしながら、いかに素晴らしかろうと五百年という年月はものを腐らせるに充分であった。


 メアリーの父親はジャックという。

 このジャック、スー家直系の男でありながら一切全ての武が不得手であった。

 それだけならばまだよかった。

 建国より五百年、隣国とはそれなりに良くやっている。

 今、必要とされているのは武官ではなく文官であった。

 だがジャックは文も不得手であった。

 これはもうどうしようもない。

 彼はそういう人間であったとしか言えないのだが、彼の周囲がそれを許してくれるはずがなかった。

 血族からは武の不出来を罵られ、同期の貴族達からは無能を揶揄される日々。

 彼の性格はひん曲がり、1度癇癪を起こせば誰かを殴り殺さねば治まらぬという凶暴振り。

 しかも悪いことに血族達はそんな醜聞堪らぬとジャックの凶行を握りつぶすのが常日頃。

 ジャックは己が貴族で特別だから凶行を行っても良いという妄念に取り憑かれるのは自明であった。


 そんな凶人と化したジャックの元に一人の女が下女として現れた。

 その女、アーリと名乗り、巧みにジャックに取り入った。

 ジャックが癇癪を起こせば、その類い稀なる艶やかな女体で彼を鎮めることに成功し。

 ジャックが領地のことで苦難すれば、その知謀でもって領地の危機を救ってみせた。

 ただ唯一、アーリも武はからっきしであった。

 だがそれが逆にジャックの安心を買った。

 ジャックはずぶずぶとアーリに依存していった。

 だからジャックとアーリの間に子供ができたのは必然といえる。


 メアリーはこのジャックとアーリの娘である。

 血脈からしてスー家直系なのだが、残念ながら嫡子とはされなかった。

 というのも、アーリがただの下女、侍女ですらない、というか平民である。

 詳しく調べれば流民だと判り、更にしつこく調べれば隣国の工作員という面白い経歴が洗い出せたろうが、そんな策謀に於いて有能な者はスー家に存在しない。

 スー家は武門の名家であるが、悪く言えば脳筋の血筋ということなのだ。

 さて、メアリーに話を戻すが、彼女は良くも悪くもスー家の女であった。

 つまり、脳筋の血脈である。


 アーリは初め、メアリーに己が策謀術数を教え込もうとした。

 しかしながら己の娘はずいぶんと考える頭が弱いとわかってしまった。

 それでも、育てれば少しは、と期待したのだが一向に芳しくならない。

 ここでアーリが視点を変え、自身にできないことを教え込み始めていれば未来は変わったのかもしれないがそうはならなかった。

 というのもアーリは武を軽んじていた。

 考える頭を持つ者特有の傲りであったとも言える。

 アーリは武がからっきしだったため、己が頭脳のみで生きてきたという自負もあった。

 だから、メアリーに武を教えるなど一寸たりとて考えが浮かばなかった。


 そうしてメアリーは齢八つになる日、捨てられた。

 メアリーの心に渦巻く思いは「なぜ?」というもののみだった。

 父親から愛を受け取ったことはない。受けとれるとも思っていなかった。だからそれはよい。

 「なぜ?」と思うのは母親が己を捨てたことだった。

 今までの厳しい教育は愛故だと思っていたメアリーからすれば捨てられるなど青天の霹靂。

 あの厳しき日々は愛ではなく、ただの人材育成であったと認識した瞬間、メアリーは金槌で頭を殴られたような衝撃を受けた。

 己が父は凶人、己が母は情を知らぬ。では私は何なのか?

 メアリーは考えられぬ頭でもって考えた。スー家の頭は考えられるようにできておらぬ。よって結論は単純明快であった。


 ――よし、殺そう。


 愛をくれぬ父などいらぬ。愛を知らぬ母などいらぬ。

 己を捨ててくれた両親を許しはせぬぞ。

 必ず殺す。どうなろうと殺す。いつになろうと殺す。


 メアリー・スーという“スー家の女”が誕生したのはこの時と言っても過言ではない。

 そして、メアリーが捨てられたのがスー家領土の山麓に位置する孤児院だったのは神の導きだったのかもしれぬ。


 そのスー家所有の山には世捨て人が一人、棲んでいた。

 人との付き合いを考えるのが面倒だと放言したその世捨て人は元スー家末端の男だった。

 脳筋を拗らせた世捨て人は己が剣で解決できぬ全てを面倒くさがり、ついには人の柵を越え山暮らしをするという極致に至った。

 大剣一本で万事解決する男の名をジョンと言ったが、もはやその名を覚えているのは麓の孤児院の者達だけである。

 というのも、この世捨て人、でかい獲物を獲った時に限り無駄にせぬよう孤児院に獲物の残りを分け与えに降りてくるのだ。

 人の間で暮らすのは煩わしいと思いつつ、そうして人に分け与えにいくのだからこの男は優しい。


 メアリーがこの世捨て人と出会ったのは山中であった。

 とかく親を殺す術を身につけねばと山中で試行錯誤していたメアリーは大剣を軽々振るい、大きな動物を仕留める男と遭遇した。


「む? 何やつ?」


 と、男が問えば。


「メアリー。強くなりたい」


 と即答した。


 なにかが“かちり”と噛み合った瞬間であった。


「如何なる強さを求めるか?」


「人の首を一撃で刈り取る強さを」


「どのような人であるか」


「貴族。現スー家当主とその情婦」


「如何なる場を求めるか」


「正面より威風堂々と乗り込み二人の首を刈り、これぞ貴族これぞスー家の血脈と胸を張り退去したい」


「なるほど美事(みごと)。まさにスー家の所業。あっぱれなことだ。スー家ならば万事潔くてはならぬ」


「では?」


「万事承った。万難を排し、貴殿の願望全て叶うよう手解き致そう」


「感謝致します」


 それからメアリーはひたすらに山を駆けた。

 親が視界に入った瞬間、間合いを詰められるよう、とかく一瞬の加速を極めた。

 それと共に刺突剣の一突きにて獲物を屠ることを日々続けた。

 なぜ刺突剣にしたかと問えば、王国においてフェイシングは貴族の嗜みであったからだ。

 メアリーにとって刺突剣は見慣れた物であった。触ったことはなかったが。

 孤児院にも一振り飾られているほど、王国では身近な刀剣である。

 さて、メアリーの山中修行は四年に及んだ。

 いや、四年で済んでしまったと言った方が正しかろうか?

 さすがは武門の誉れ、スー家直系の血脈である。

 才能があり、執念があり、教導まであったのだ。修められぬわけがない。


「行って詣ります」


 その日は雲一つ無い晴れ渡った空をしていた。


「うむ。何も言うことはない」


 齢にして十二歳。美少女に花咲いたメアリー・スーは実家へ向かい一歩を踏み出した。

 それは同時に、五百年続いた王国崩壊に至るはじまりの一歩でもあった。

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メアリー・スーはとまらない。【自主企画参加用短編】 天野平英 @Hirahide_A

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