七夕飾りに願いを込めて
どうか、父さんが幸せでありますように。
「やれ、年を取ってから学校に通う羽目になるとはな」
体をいくらか動かしている方がマシだとスーフはペルカイダの学校から居住地としている施設への帰り道、ぼやいていた。しかしながら、通うことによって、気の合う知人ができたのもまた事実。
「いや、この体ならば、違和感はないのか」
体は少年。心は老人。どこかの探偵にいそうだとスーフとラソを結んだ青年――天河が言っていた言葉だ。
ぶつぶつと一人考察しながら帰宅すれば、子供たちが慌ただしく何か飾りつけをしていた。ぽとりとおちた飾りをみて、スーフは首を傾げた。
「あ、スーフ、おかえり」
「ん、あぁ、ただいま戻った」
近くにいた年少の子フポに声をかけられ、そう返事をする。そして、フポにこれは何だと問えば、彼は笑いながら七夕の飾りだよと答えた。
「七夕飾りか、それにしても、こちらではこのような紙でするのだな。儂がいたところでは女子らが一生懸命刺繍などをしておったが」
「んとね、これね、トトの故郷でやってる七夕飾りなんだって」
すごいよね、一枚の紙で作れちゃうんだよと嬉しそうにはしゃぐフポ。小僧の故郷のなと零し、飾りをフポに返そうとしたのだが、飾りを受け取らず、スーフの手を取った。
「フポ」
「向こうで作ってるから、スーフも行こう! 楽しいよ」
「いや、儂は」
遠慮すると言いたかったが、フポの勢いに流され、子供たちと混ざって七夕飾りを作ることになってしまった。しかし、楽しそうに飾りを作っている子供たちの姿にまぁ良いかなどと感想を抱く。
「あれ、珍しいね、スーフが皆と混ざってるなんて」
「フポに連れてこられたものでな」
「ふふ、確かにフポは楽しいことが好きだからね。スーフにも楽しんでほしかったんだよ」
「まぁ、気持ちだけは受け取っておこう」
笹をとってきたらしい天河は子供たちの中に混ざっているスーフに声をかけ、会話を交わす。そして、天河が持っている笹について尋ねられれば、七夕飾りを飾る笹だよと説明。それから、ついでに短冊に願い事を書いたらいいよと伝えれば、苦い顔をするスーフ。正直、叶わぬ願いというものはあるが。願ったところでなにもならないとわかっているからスーフは願う気にもならない。
「願いというより、ただただ誓いとしてココを守るというだけだ」
「なら、それを書けばいいよ。願い事は自由だし、皆は早く大きくなれますようにとか結構単純なものが多いから」
「いや、だがな」
「はい、これ、スーフのね」
「……フポ」
「ほら、フポが折角持ってきてくれたんだし、書こう」
天河と話していると短冊を作り終えたらしいフポがスーフのと短冊を持ってきた。それにはスーフも断るに断れず受け取り、天河は笑う。やれやれというスーフに書道道具を渡し、天河は持っている笹を立てに向かった。
「……」
「スーフはお筆で書くの? ペンもあるよ?」
「いや、筆の方が落ち着くのでな」
「そっか。トトもね、お筆の方が落ち着くっていってた。なんか、スーフとトトって似てるね」
「そうでもないだろうがな」
この世界に来て、筆で何かを書いたことがあっただろうかと思案するも、フポの無邪気な言葉に天河は恐らく、どこか自分に似てると思って書道道具を渡してきたのだろうと考えた。渡された書道道具は普段天河が使用しているもののようで使い込まれていた。
「ぼくはなんて書こうかな。うーんと、どうしようかな」
スーフの隣に来てうんうんと悩むフポに笑みを零しながら、スーフは墨を用意し、短冊に筆を滑らせた。小僧たちを守ると。
夜の修練後、スーフは庭に立てられた笹を眺めていた。手作りされた七夕飾りと短冊が風に揺られ、笹はさわさわと鳴いている。
「……!」
子供たちの可愛らしい願い事などに微笑み、一つの短冊に目を見開いた。少し高いところにあるその短冊をしっかり見ようと近くの部屋から台座を持ってきて、その短冊を手に取る。
『どうか、父さんが幸せでありますように』
スーフと同じように筆で書かれたその文字はひどく懐かしく、ひどく苦しいものだった。息子の字に似たその字。フポの言葉からすれば天河が書いたものなのかもしれない。こんなところまで自分の息子に似てなくていいのにと思いつつ、彼の実父に向けてあるだろう言葉に肩を落とした。
「あれ? スーフ、短冊みてたの?」
「あぁ、そうだ。ん、小僧が持っておるのは」
「いやー、願い事が中々絞れなくてさ、ようやく書けたんだ」
「……書いたのはそれだけか」
「そうだけど、どうかした?」
「いや、なんでもない。気にするな」
天河が持っている短冊に目を落とし、答えを聞くとスーフは複雑そうな顔をして、台座を降りた。気になった天河が尋ねようとしたが、スーフはさっさと部屋に入ってしまったため、聞くことはできなかった。
「……ごめん、スーフ、嘘ついた」
スーフが見ていた短冊を外し、持ってきた短冊を代わりに吊るしながら天河はそう零した。外した短冊もつけた短冊もどちらも天河が書いたものだった。でも、あの顔を見たら、嘘の方がいいと思った。嬉しそうな悲しい顔。
「どんどん、言うタイミング逃していきそう」
この短冊をきっかけにしようと思ったのにと言いつつ、ポケットに仕舞い、予備で持ってきていた白紙の短冊にペンで殴り書きをする。らしくないけど、気持ちが落ち着かなかった。そして、書けたものは一番上の短冊たちに隠れるように吊るしておいた。
『いつか、テェンファのことを話せますように』
ペルカイダの記録 東川善通 @yosiyuki_ktn130
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