拳に誓いを握りしめるもの

ココに居る理由

 穏やかだ。庭ではしゃぐ子供たちを眺め、そう思う。親がいない、家庭の事情でと集まったとはいえ、そのようなことを感じさせないくらいに明るい。


「スーフ、君も一緒に遊んできたらどうだい?」

「やれ、毎度ながら言わせてもらうがな、儂は子供ではないぞ」


 スーフと呼ばれた少年は全くと声をかけてきた青年――天河に訂正をする。しかし、天河はいつものことだとえへらと笑ってそれをかわした。


「子供の姿だから、言ったんじゃないよ。遊ぶことに大人も子供も関係ないからね」


 さて、僕はあそこに混ざってくるよ、そういうと窓に手をかけ、飛び出した。そして、裸足のまま、駆けていく。その姿を呆然と見送ったもののすぐに気を取り戻し、スーフは「なにやっとんだ、あの馬鹿者は」と溜息を零す。まるで、昔自分が殺してしまった一人の弟子――息子のようだと考えて首を振った。あれは息子ではない。この施設に住む子供たちを守るための相棒だ。混ぜるな、と己に言い聞かせる。


「スーフ! またチェンファ、教えてー!!」


 窓の外で手を振り、スーフに呼びかける子供たち。それにスーフは「すぐに行くから、待っておれ」と声をかけると天河の靴を片手に子供たちの許へと向かう。


「わー、持ってきてくれたんだ。ありがとー」

「靴ぐらい履いていかんか」

「いや、だって、小言を言いつつもスーフが持ってきてくれるし、いいかなって」

「……子供より手のかかるやつよな」


 天河に靴を放り投げれば、えへらと嬉しそうな笑みを浮かべる。それにスーフは全くと溜息を零す。幸せが逃げちゃうよとも言われたが、誰のせいだとばかりに睨んでおいた。


「では、始めようとするか」


 大人しく天河とスーフのやりとりを眺めていた子供たちに向き直り、足は肩幅に開きと型の実演をしながら、説明を行う。人取り説明を終えると今度は子供たちに型をとらせる。


「ここは手をこうだ。間違った癖はつけるな。怪我のもととなるぞ」

「「「「はーい」」」」

「うむ、良い返事だ」


 子供たち一人一人の型を見、直すべきところは指摘し、良いところは褒めてやる。そして、ふと、見なければいけない子供を思い出した、スーフはそちらに目を向け、溜息を零した。


「なんだ、それは」

「え、あれ、こうじゃなかったっけ?」

「トト、違うよ。見てて、こうだよ」


 スーフの教えていた型の原型もないポーズに子供たちからは笑いが起こる。そして、しょうがないなと一人の少年がこうしてねと天河の前で型を披露する。それに天河は、そっか、こうだねと正しい型をとる。それをみて子供たちからは出来るじゃんと声が上がった。さっきまでは分かんなかったんだよと言い訳をする天河に子供たちはこれはこれはと習った型を問う。


「よいよい、小僧も型をとれているようだし、一通り皆でやってみようか」

「「「「はい!!」」」」


 全員で一通り型をとり、スーフによる特別授業は幕を閉じた。




 子供たちが寝静まる夜。庭には大きな影と小さな影が拳を交えていた。地面を擦る音、拳を放つ、受ける音、互いの呼吸が響く。程なくして、大きな影が地に倒れ込んだ。


「もう、ぎぶあっぷか」

「はは、流石にもう無理。疲れたよ」

「全く、まだまだ鍛えが足りんなぁ」


 小さな影――スーフの言葉に倒れ込んだ影――天河は荒く息を吐き、投了を告げる。


「ねー、スーフ」

「なんだ、もう一度するか?」

「今日の手合わせはもういいよ。お腹いっぱい。そうじゃなくてね、僕にココを守れるかな」

「やれ、くだらんな。“守れるかな”ではなかろう。“守る”それだけのことよ。それに何も小僧だけではなかろう。儂は今、そのためにココに居る。なにがあっても今度こそ守りきってみせようとも」


 何の因果か元の世界と同じようにココには自らが教える子供たちがいる。かつてのように殺させはしない。今度こそ守ると拳を握る。


「スーフ、僕は君と出会えてよかった」

「ふ、それは小僧だけよ。儂は大から小まで手のかかる子供に囲まれて、後悔しとるからな」

「嘘つきだなー」

「そう、喋る余裕があるのならば、もう一勝負行こうじゃないか」

「あー、遠慮しまーす。僕はもうお風呂入って寝るよ。それじゃ」


 スーフもある程度にして寝なよ、といって天河は逃げていった。スーフはやれやれと溜息を零し、空を見上げる。


「この魂にかけて、小僧諸共守ろう。儂にできることなぞ、これくらいだからなぁ」


 スーフはそう言って、己が殺したも同然の弟子たちにそう誓いを立てた。こうして、あの天河に出会ったことも、ココで生きることになったのもきっと弟子たちが与えてくれたものだと感謝して。





「テェンファ」

 掌にある象形文字らしいラソの証に小さく息子の名を零した。自分にはこれしかないのだと。

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