書庫の獣と記録するもの
飛び込んだ研究者
世界には穴があるという。何のために存在するのか、何の意味があるのか、様々な学者たちが研究をしたが、どれも成果を得られることはなかった。そんな彼らが分かることは、突然、ぽかりと空いた穴に人が消えるということだけ。どんなに研究や考察を積み重ねようともそれくらいしか知ることはできなかった。
【天啓を受けし者】【神子】【選ばれし者】【兇徒】【咎人】など地域、土地、世界で穴に消えた者たちの呼び名は様々。選ばれるものが決まっているのかと思えば、聖人から罪人まで様々な人が消えたと調査で分かった。では、穴の出現に秘密があるのではとも考えたが、出現する日時、場所はその時々で違った。食事中に目の前で消えた。一緒に歩いていて振り返ったらいなかった。穴に飛び込んだ。目撃者たちはそう語る。そして、穴に消えた者たちの安否は不明。どこに行ったかすらもわからない。
「誰か一人でも生きて戻ってきてくれれば……」
それは学者たちの口癖。生き証人がいれば、証言とはいえ、少しは研究が進む。謎の解明ができる。そう思うも、昔も今も誰一人として、世界に戻ってきたものはいない。
「戻る方法は見つかっていないと」
自らを検証のために使い、穴に飛びこんだ研究者は落ちた先――ティエラで研究を続けていた。
元々穴について研究をしていただけあって、自身が体験できることは僥倖だと思った。しかし、落ちてわかったことは帰る方法がわからない。戻ってきたものがいないのだから、当然のことだった。
「縄を体に括りつけて落ちてみるべきだったか」
「だが、落ちた先はすぐ空だった上にすぐに穴は消えたのだ。どちらにせよ、無理だったのでは?」
穴の出現に驚くあまり、検証という検証をせず、飛び込んでしまった二人――ショフェルとコフェル。
彼らは獣人と呼ばれる人種であるが、動物の頭をしているなど動物らしい特徴を持つ
「うむ、どちらかが飛び込んでいたとしても、連絡の取りようがないか」
「同様に文明が発達しているか、互いにその世界の存在を認識しているかにもよるかもしれないのだ」
元の世界は正直、別の世界が広がっているなど考えてはない。いや、人によってはもしかしてと推測を立てているかもしれないが、それを立証できる方法はないだろう。はぁと溜息を吐く二人の頭の上で耳がぺたんと垂れ下がった。
屋敷にある食堂でショフェルとコフェルの獣人二人に屋敷もとい書庫守の
輝夜はティエラの人間であり、東洋の人種の特徴を持っていた。だた、少し普通の人と違う点を言えば、ペルティエで両目の下あたりにそれぞれラソの結びつきの証でもある狼と狐の紋があるということだろうか。勿論、この紋はラソを結んだペルカイダのショフェルとコフェルにもそれぞれ同じようなところに存在する。
サラクは前述通りペルカイダであり、エルフと呼ばれる種族である。長い白緑の髪をもち、中性的な容姿。それもあり、本人も性別に関してこだわりがないこともあって、性別は不明。ただ、輝夜、双子共に便宜上、“彼”ということにしている。初代より代々の書庫守とラソを結び、現在まで若々しい姿のまま生き続けている。
「で、何か新しい発見はあったかい?」
「「…………」」
「ないようですね。まぁ、私が生きている間も進展はそれほどありませんでしたから、当然と言えば当然かと」
研究の進展が気になった輝夜の一言にショフェルとコフェルは無言で目をそらし、サラクは残念でしたとばかりにそう言って、紅茶を口にする。
「酷いのだ、心にグサッと来たのだ」
「だが、サラクの言うことも間違ってはいないが」
言葉の刃が突き刺さった二人は項垂れ、あれがどうでこれがこうでとぶつぶつ研究の資料や検証結果などを呟き始める。どこかにサラクにとって新しい発見はないだろうかと考えているようだ。暫くブツブツ言ったかと思うと、徐に立ち上がり、食堂を出ていった。恐らく、研究や検証に行ったのだろう。
「サラク、意地悪は良くないな」
「彼らの反応があまりにも面白くて、ついですね」
「あと嘘も良くないな」
「えぇ、それについては後で謝っておきます」
ペルカイダの研究は他の場所に比べれば、いくらかマシなのだ。様々な現象をペルカイダの目線で観測することができる。更に言えば、やろうと思えば直接聞きに行くこともできる。
「面白い例が目の前にいるのにショフェルとコフェルは忘れてるからな」
「まぁ、しょうがないでしょう。そもそも普通に生活をしていた期間も少ないみたいですから」
からからと笑う輝夜にサラクはそう返す。書庫での生活が彼らの中で普通になってるから、そこにある異質に気づいていない。もし、彼らが外を見て回ることがあれば、もしかしたら気づくかもしれない。
「今度、適当に旅行に出かけてみるか?」
「よいのでは」
「あぁ、勿論、サラクも一緒だぞ? 君も今のティエラを見て見るといい」
「……それもそうですね。楽しみにしておきましょう」
そう言ったサラクに輝夜は嬉しそうにするとちょっと待っておれと言って、食堂を出ていった。そして、暫くして戻ってきた時にはその腕の中にいろいろなパンプレットから旅行雑誌などを手に戻ってきた。
「さぁ、どこに行きたい?」
「そうですね」
机の上に広げられたパンプレットや雑誌に苦笑いを零し、サラクはそれらに手を伸ばす。さて、これにでもしてみようかとしたところで、どこにいったのだ!? と叫ぶ声が上がった。
「ん? コフェルの声のようだが」
「あ」
「サラク?」
「いえ、その、彼らの研究資料を拝借していたのを忘れていました」
泣きそうな叫び声にもしかしてとサラクが告げれば、輝夜は間違いなくそれだろうと溜息を吐きながら顔を覆う。
「謝るついでに返してきます」
「うん、それがいい。今度から貸出票でも作るかい?」
「その必要はないでしょう。そのうちに、きっと……」
輝夜の提案にサラクはそう言ってコフェルの所に資料を返しに行った。輝夜は食堂で一人パンフレットを捲る。
「気持ちはわからなくないがね」
彼が言葉にしなかった部分は悲しみ。今は騒がしくともいつかは残される身になるとわかっているからの言葉。
今のうちに沢山楽しい思い出を作ってしまえばいいと遠くで叫ぶ声を聞きながら、気合を入れ直す輝夜。コフェルとショフェルはどこがいいだろう、楽しめるだろうと考えているとちょっと涙目のサラクが戻ってきた。
「盛大に怒られたようだね」
「思いっきり拳骨を落とされました。こうも痛いものなのですね」
痛いと言いつつも少し楽しそうな様子のサラクに輝夜は苦笑いを零し、氷嚢を用意する。あまりに長く生きすぎているせいか、怒られることおろか人と関わること自体なくなっていたサラクにとって、怒られるにしろ今の生活が楽しいのだろう。
「怒られる時に笑ってたらダメだよ」
「えぇ、そのようですね。思わず笑ってしまったら余計に怒られました」
案の上だったようでそう言ったサラクに既にやってたかと苦笑いを零した。
「で、旅行に行こうと思うのだが」
「「ん? 留守番か?」」
「いや、お前たちも行くんだよ」
「研究がしたのだが」
「旅行に行っている間の時間が惜しいのだ」
「そうか、ペルカイダのいるお宅に泊まらせてもらう予定だったのだが」
「「行く!!」」
「よし、それでは日程についてだが――」
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