第3話明星栞里は、述べる。


「あ、あわわわわ……」


 僕が怖がらせてしまったのか、小さな女の子は、その場で硬直していた。この学校の制服を着ていたので、間違いなくこの学校の生徒だ。中学生が間違えて、忍び込んだようではないようだ。


「新入生の子かな? もしかして迷子?」


 まだ汚れが見当たらない新品の制服。もしかしたら、昨日入学してきた新入生かもしれない。この学校は、無駄に敷地が大きいので、迷子になる新入生も多いと聞く。

 それは僕も体験済みで、1週間は、泣きながら通りかかった先生に、自分の教室を尋ねたほろ苦い思い出がある。


「く、熊と出会った時の対処法は……」

「怖かったなら、素直に謝るよ?」


 この子みたいに、小さな女の子からすると、僕は大きな熊にでも見えてしまうのだろうか。地味にショックだ。


「背中を見せずに、徐々に後ろに下がっていく……」

「日本語を話す熊をおかしいと思わないのかな?」


 パニックになっているのか、それとも冷静に行動で来ているのか。この子にとって、僕は大きな熊にしか見えていないようで、じわりじわりと後ろに下がって行き、僕が追いかけて来ないと分かると、あの子は一目散に逃げだしていった。

 女の子に嫌われる感情って、こんな感じなんだ……。大切にしていたプラモデルを、親に壊された時の気持ちと似ている気がした。


「あの子は、人生謳歌部に入る素質がある。小松島君もそう思わない?」


 ショックを受けていると、明星の声がした。けど、辺りを見渡しても明星の姿は見当たらなかった。


「姿を隠す方法。小松島君は、物の後ろに隠れるぐらいしか思いつかないようね」


 普通、姿を隠す方法なんて、それぐらいしかないだろう。僕は、中庭の低木の裏、ベンチの下など、身を隠せそうな場所を探したが、明星を見つけることは出来なかった。


「小松島君に教えてあげる。身を隠す方法のもう一つ。それは、人が考え付かないような場所にいる事よ」


 まさかと思い、僕は噴水の中を覗いてみたが、明星の姿は無い。


「声、どこから聞こえる?」


 声は上から聞こえるので、僕は目線を空の方に向けると。


「明星、見つけた」


 明星が、中庭にある外灯によじ登って、天辺にいるなんて、誰が思うのだろうか。よくあんな高い所を、悠々と座っていられるなと思った。


「意外な場所にいた方が、盛り上がるでしょ?」


 缶蹴りはまだ継続されているので、念のために明星の名を言った後、僕は缶を踏んでおくと、明星は外灯の上から飛び降りてきて、僕と合流した。


「小松島君の勝ちね。賞品として、その空き缶を贈るわ」

「ゴミを押し付けられただけじゃないですか」


 どこかスッキリした表情の明星は、缶蹴りが出来て満足のようで、ただ缶を蹴飛ばして、鬱憤を晴らしたかっただけのようだ。




「小松島君。今から活動よ!」


 鳴門は、早めに昼食を食べて、バスケの自主練に行ってしまったので、僕は一人で昼食を食べていると、何故かウキウキしている明星に話しかけられた。


「何ですか? もしかして、昼休みを最大限に楽しむ方法を考えるとか言いませんよね?」

「流石、人生謳歌部の副部長。ようやく部活の在り方が分かってきたようで、あたしも嬉しいわ」


 いつの間にか、僕は副部長に昇格してしまったようだ。明星は人生謳歌部の副部長と言う言葉を、教室中に聞こえるような大きな声で言った。


「今から、今朝出会ったあの子を探すわよ」

「……まだ食べているから、もう少し待ってくれないかな?」

「1分待ってあげる」


 昼食の残りを無理やり口に詰め込んで、僕は明星について行くことにした。

 本当は、昼休みの時間で机に突っ伏して寝ていたい気分だったけど、今は教室を出たい気分だった。


『気の毒に』

『あんなおかしな奴に関わって、あいつも可哀そうだ』


 理由は、僕と明星とのやりとりを見ていたクラスメイトの視線、会話が気になったからだ。明星と関わったら、高校生活が終わる。そんな声までもが聞こえた。

 明星と僕に向けられるクラスメイトの冷ややかな視線に、僕は教室に居づらくなったので、明星に付き合う事にした。


「あたしたちには、2つの手段があるわ」


 教室を出て、明星の後ろを歩いていると、明星はそう言ってきた。


「一つは、こうやって地道に廊下を歩き回って探す。人生謳歌部、部員募集中って言いながら歩けば、あの子だけじゃなくて、部に入りたい人が現れるわ」

「恥ずかしいので、それは止めて欲しいな……」


 明星の事だから、本当にやりかねない。そんな事をしたら、僕は肩身を狭くして廊下を歩くしかないだろう。


「もう一つは、廊下で缶蹴りをする」

「どんだけ缶蹴りやりたいのっ⁉」


 これはただ単に明星が缶蹴りをやりたいだけだろう。そもそも缶蹴りなんて、廊下でやったら危ない。


「副部長の小松島君。貴方なら、あたしがどうするか分かる?」

「……全部やるとか?」

「正解」


 にこっとして、明星は制服の上着から取り出した空き缶を廊下の真ん中に置いた。


「みんな注目っ!!」


 大きな声で、明星は缶を踏みながら廊下を歩く生徒の注目を集めていた。


「あたしは人生謳歌部の部長、明星栞里! 今から部活動として、この場で缶蹴りを行いたいと思うわ! 参加したい人は、あたしの所に集まって頂戴!」


 奇想天外な行動に出た明星の様子を見て、廊下を歩く生徒は、明星に目を合わせないように、この場から立ち去ってしまった。


「明星。これが現実だと思うよ」

「それはどう言う意味かしら?」

「変な人には、誰にも関わらないって事」


 僕だって、明星を普通の人だとは思わない。変わった人だと思う。昨日のあの行動、そしてこの場でいきなり缶蹴り宣言。みんな思う事は同じで、変な人には関わらないようにするのが、普通の行動だ。


「誰か一人がやった事も無いような事をすれば、みんな嫌悪するに決まっているじゃない。小松島君は、ガリレオは知っているわよね?」

「まあ、名前ぐらいなら」


 恐らく歴史の人物だと思う。けど何をしたか分からない。


「昔は、天動説が一般的な考え。けどガリレオは、研究によって、本当は地動説が正しいと発見した。それを世間に公表した。けど、誰も信じてもらえない――」

「ちょっと待って」

「何かしら?」

「てんどーせつって、何かな?」


 話に全くついて行けないので、僕は明星に質問すると。


「一般常識よ? そんな事を知らないで、よく今まで過ごせたわね」


 とにかく僕は明星にバカにされている事だけは分かる。


「勉強はあまり得意じゃないからね……」

「けど、小松島君はラッキーよ。あたしと共に行動したから、小松島君は更に賢くなれた。教室で後ろ指を指す人たちよりも、小松島君は賢い過ごし方をしたと思うわ」


 僕は、あの教室に居づらくなって逃げたような物だ。どう考えたって、マイナスなイメージしか持たれないけど、明星はそれをプラスな考えに受け止めた。目の前のことしか考えていない人かと思っていた。けど僕は勘違いをしていたようだ。意外と先の事、そのまた先の事も見ている。


「天動説は、地球は宇宙の中心にあり静止していて、全ての天体が地球の周りを公転しているとする説の事。地動説は、地球は他の惑星と共に太陽の周りを自転しながら公転している考え。昔は地動説を唱えたガリレオを、異端者扱いして、そして裁判沙汰にもなって有罪にもなった。けど、ガリレオは自分の考えを正しいと貫いた。貫いた結果が、今のあたしたちの常識があるの」


 そう言って、明星は空き缶を拾い上げて、それをまた僕に投げ渡してきた。


「あたしの考えが絶対正しいとは思っていない。けど、小さな事でも地道に活動していけば、どこかで賛同する人が現れるって思ってる」

「こうやって、ずっと空き缶を投げ渡し続けたら、僕が納得すると思ってる?」

「間違っていないわ」


 今度から受け取らないでおこうかな。そのうち、明星が僕の事をゴミ箱だと思い込んでしまうかもしれない。


「あなたもそう思うから、あたしの話を聞いていたんでしょ?」


 そう言って明星は後ろを振り返った。明星の背後には、今朝、僕が見つけた、低木の後ろで隠れていた小さな女の子が立っていた。

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人生謳歌部~人生は楽しんだ者勝ち!~ 錦織一也 @kazuyank

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