第2話明星栞里は、答える。

 僕は、徒歩で学校に通っている。家から近いからと言う理由で通い始めた千種学園だが、部活動の成績に関しては、勉強の成績よりも重視している。

 休日返上で、運動部は毎日のように部活動。あまり公に出ない文化部も、毎日のように部活動。


「夜は雨が降ったから、水は少なめかな」


 そして園芸部は、文化部の中で一番活動しているだろう。毎日のように担当の場所の植物の管理をしないといけない。勿論、正月とお盆は休みになるが、基本的に毎日のように学校に顔を出さないといけない。


「今日晴れるんだから、いっぱいやった方が良いんじゃない?」


 そして、僕は明星に気に入られてしまったので、更に学校に顔を出さないといけなくなってしまった。

 人生謳歌部の部長、明星栞里は、僕よりも先に学校に来て、校門前で待ち伏せしていた。何やら、早速俺と共に活動しようとしたらしいが、園芸部の活動があると言う事を説明して、明星と離れようとしたが、明星は僕について来て、僕の背後で水やりする姿を見ていた。


「植物も、僕たち人と一緒。食べ物をたくさん摂取したら、早死に――っと、誰だろう。こんな所に空き缶を捨てる人は……」


 僕が丹精込めて育てている植物の傍に、ゴミを捨てるのは納得できない。空き缶、紙くずが捨てられている事が時々あり、これも園芸部の活動の一環となっている。


「待った!」


 捨てようと思った空き缶を拾おうとすると、明星が食いついた。


「人生は、たくさんの選択肢を選ぶ事で成り立っているの」

「どう言う事?」

「その空き缶に、3つの選択肢があるの」


 僕よりも先に空き缶を拾い上げた明星は、代わりに捨ててくれるのかと思ったら、明星は地面に空き缶を再び置いた。


「1つは、小松島君がやろうとしたちゃんとゴミ箱に捨てる」

「それ以外に、何か出来る?」

「出来るわ」


 そして明星は、ドヤ顔でこう言った。


「2つは、誰が飲んだかを予想する。もしかして憧れの先輩かも? そう期待して、間接キスする!」

「誰もしないと思うよっ!?」


 空き缶を捨てる時点で、恐らくやんちゃな生徒だと予想できる。と言うか、憧れの人がポイ捨てをするなんて考えたくない。


「3つは、缶蹴り。あの生徒会長のバカヤローって、思いながら缶を蹴飛ばせば、きっとスッキリすると思うわ」

「もしかして、部活動の認可されなかった……?」

「ホント、上に立つ人たちって、堅物だらけよね」


 やはり、昨日のことの事があったせいで、人生謳歌部は正式な部活とは認めないらしい。そんな非公認の部活に、僕は入部させられたようだ。


「生徒会長のハンコで、勝手に押したのがまずかったみたいね」

「そりゃあ、そうなるでしょ」


 それだったら、誰も承認しようと思わないだろう。


「小松島君。これが人生謳歌部の活動。身の回りには、色んな選択肢がある。たくさんある選択肢の中で、いかに後悔の無い選択を出来るか。後悔の無い選択をして、たった一度きりの人生を楽しむのが、この部活なの」


 そして明星は、地面に置いた空き缶を拾い上げると、その空き缶を俺に手渡そうとした。


「ごみ箱に捨てる。妄想して間接キスを捨てる。そして缶蹴りをする。さあ、人生謳歌部の部員、小松島君はどの行動に出る?」

「僕の答え。それは」


 明星から空き缶を受け取った僕は、一旦中庭を離れて、そして自販機の傍にあるごみ箱に空き缶を捨てた。


「ごみ箱に捨てる、一択だけど?」


 明星の他の選択肢。間接キス、缶蹴りは、基本的にはやろうとは思わないだろう。今の空き缶は、昨日見た時にはなかったから、恐らく一晩外に放置されていた。決して地面がきれいとは言えないので、もしかしたら虫、細菌が繁殖しているかもしれないので、口をつけたらお腹を壊すかもしれない。

 そして缶蹴りは、やりたいとは思わない。高校生が缶蹴りで楽しんでいる姿を、世間がどう見るかだ。


「それじゃ、小松島君は後悔する」

「じゃあ、どうするの?」

「あたしだったら、全部やる」


 まっすぐな目で、僕にそう答えると、明星は自販機で飲み物を買い、それを一気飲みして、缶の中を空っぽにした。


「あたしが飲んだから、誰と間接キスするかは分かっているから、あとは缶蹴りした後に、ゴミ箱に捨てる。それで、この時間に悔いはないわ」

「いや、普通に明星が缶蹴りやりたいだけじゃ……」

「たった一度のこの時間を、思いっきり楽しみたいからよ……!」


 そう言うと、明星は体を震わせ、恥ずかしそうに頬を膨らませていた。単に缶蹴りがやりたいなら、そう言った方が良いと思うんだけどな。




「生徒会長のおたんこなすーー!!」


 じゃんけんにはめっきり弱い僕。あっさり明星とのじゃんけんに負け、そして明星が生徒会長の悪口を思いっきり叫びながら、遠くまで缶を蹴飛ばした。

 鬼は、蹴られた空き缶を探さないといけない。飛んで行った方向に空き缶を探しに行ったら、外に設置されているゴミ箱の中に見事に入っていた。もう目的は達成されているので、このまま明星を放置して、教室で寝ようかと思ったけど、流石に明星が気の毒だと思ったので、空き缶を回収し、中庭に戻ろうとした時。


「その様子だと、見事に明星に捕まったようだな」


 朝練で、早めに学校に来ていた一応の親友、鳴門海里とばったりと出会った。鳴門はタオルを首にかけて、爽やかな汗を流していたので、少し外で涼んでいたのかもしれない。


「何か、明星に気に入られちゃってね……。今も、明星と相手しているんだよ」

「何をしている?」

「缶蹴り」


 俺の状況を知った鳴門は、どんな部活なのか悟ったのか、首を頷かせていた。


「確か、身の回りには色んな選択肢があるとか、いかに後悔の無いような間接キスをする――」

「何だ? 悠真は、もう明星をそんな目で見ているのか?」

「難しい話をしたから、印象的な言葉だけがで出来たんだよ!」


 間接キスの印象が強すぎて、僕と明星はそんな関係だと、鳴門に思われてしまった。まあ、女の子と間接キスはしてみたいとは思うけど……。


「つ、つまり。これからの人生、どんな事があるか分からないから、今、この瞬間を後悔しないように、最高の選択肢を選んで、生活を充実させる部活らしいよ」

「成程な。どうやったら悔いの無いように明星と付き合えて、キスまで持ち込めるかって事か……」

「全然分かっていない……!」


 他人事がと思って、僕の話をへらへらと笑って聞いている鳴門。


「冗談だ。つまり悠真は、明星の都合に付き合わされたって訳だ。明星が満足するまで、相手にするしかないって事――」

「海里ー! キャプテンが呼んでるー!」


 遠くの方からから、部員の鳴門を呼ぶ声がした。

 僕とは違って、鳴門はちゃんと部活動で人生を謳歌している。部活漬けの生活を送りたいとは思わないが、鳴門は部活が辛いとか、辞めたいなどの言葉は聞いた事無い。こういう事が、人生を謳歌しているというのかもしれない。


「ま。1日の会話が植物だけって事は無くなって良かったじゃないか。悠真なりの部活を楽しんで来いよ」

「そう思って、僕に話しかけてくれる事に、感謝しますよーだ」


 そして鳴門とは別れ、僕も空き缶を片手に中庭に戻った。



 中庭に戻ると、明星の姿は無い。隠れる範囲は中庭のみ。この中庭のどこかに明星が潜んでいる。明星がズルをしていなければ、すぐに勝負が着くだろう。

 隠れる場所は限られている。木の後ろ、低木の後ろ。ベンチの下に潜むぐらいしか、隠れる場所が無いはずだ――


 『ガサガサッ』


 成程ね。明星はアジサイの後ろにいるようだ。物音を立ててしまうなんて、明星も愚かだ。この勝負、中庭のガーディアンと裏でバカにされている、僕の勝ちだ。


「明星。見つけたーっ!」

「ひゃい⁉」


 アジサイの後ろで潜んでいると思って、明星の名前を叫んだら、長い髪の毛の、人形のような小さな女の子が隠れていた。

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