人生謳歌部~人生は楽しんだ者勝ち!~

錦織一也

第1話明星栞里は、動く。


「それでは、昨年度の部活動の功績を発表していきたいと思います」


 高校生活2年目の春。桜の花は散り始めている中、僕は通う千種ちぐさ学園は始業式を迎えていた。

 学園長の自慢話、新しく就いた生徒会長の抱負を聞かされた後、次は新入生にこの学校がすごいんだぞと言わんばかりの、部活動の功績を発表していた。


「男子バレー部。春高予選で……」


 この学校は、部活動が盛んだ。野球部は甲子園に何度も出場し、サッカー部も全国大会に何度も出場して準優勝。吹奏楽部もコンクールで優勝。美術部も絵画コンクールで優秀賞を取っているほど、部活動には凄く力を入れている。

 ライフル射撃、登山、自転車、料理、漫研、俳句部など。マイナーな、変な部活があるほどたくさんの部活が存在しているのだが、僕は部活動に入っていない。

 ただ通学に困らない、徒歩で行けると言う理由で、この学園を選んだわけだが、僕は失敗だったようだ。

 この学園の生徒は、必ず部活動に所属しないといけない、帰宅部は認められないと言う事なので、特に実績を上げなくていい、園芸部に入っている。ただ単に、振り分けされたエリアの植物に水をやり、植物の手入れをしていればいいと言う、まだ楽な部活だ。そしてこの部活の生徒は、スパルタな指導に耐えられず、逃げて来た負け犬の生徒が多くいる。


「以上で、昨年度の部活動の功績の発表を終えます――」

「ちょっと待った~!」


 勿論、僕が所属する園芸部が表彰される事無く、始業式が終わろうとした時、体育館の後ろから司会者を呼び止める生徒がいた。


 そいつは明らかに校則を破り、髪を脱色し、頭にはど派手に飾ったウサギの耳のようなのリボンを身に着けた女子生徒が、司会進行する生徒からマイクを奪い取って、全校生徒の前に立った。


「在校生の皆さんはこんにちは。そして新入生の皆さんは初めまして。あたしは人生謳歌部の部長、明星あけぼし栞里しおりっ!」


 人生謳歌部。そんな奇抜な名前があったら、部活に無知な俺でも名前ぐらいは知っているだろう。だが、そんな名前は聞いた事は無い。


「この学園は部活動が盛ん。ポピュラーな部活からマイナーな部活まであって。その中で、あたしは人生謳歌部を――」

「明星っ! 何をやっている! 今すぐバカな行動はやめろっ!」

「バカじゃないわ。ほら、ちゃんとした申請書。ちゃんと生徒会に印鑑を貰っているの」


 怖いと評判の先生にも臆せず、明星は部活動登録書を怒鳴った先生に紙飛行機にして渡した。


「……こほん。名前から想像できると思いますが、人生謳歌部は、人生を謳歌、つまり楽しむって事。これからの高校生活を楽しみたいなら、学校が終了後、中庭に集合して頂戴。詳しい活動内容を説明するわ。以上っ!」


 手応えありと言ったようなにやけ面で、明星はマイクをちゃんと司会進行の生徒に返し、体育館の後ろで移動し、どやぁと言った顔で、腕を組んで立っていた。



 2年生に進級し、そして今日からは新しいクラスメイトと過ごす事になる。僕の目には新たな光景が映るかと思ったが、そうではないようだ。


「今年も一緒だな」

「そうらしいね」


 新たな担任がこれからの行事の説明をして、軽く自己紹介をされた。それで今日の学校は終わり、園芸部の部活に意向かと思ったが、学校で唯一の話さないといけない生徒、鳴門なると海里かいりが話しかけてきた。

 1年の時、体育の時間でペアを無理やり組まされて以降、鳴門は馴れ馴れしく話しかけてくるようになった。嫌な奴ではないが、爽やかスマイルで話しかけてくるので、僕とは真逆な性格だ。


「びっくりしたな」

「あれをびっくりしない奴がいるなら、僕はそいつを見てみたいね」

「と言うと思って、俺が来たわけよ」


 僕はそう答える事を予測してから、鳴門は話しかけてきたようだ。


「1年で同じクラスだった女子が、まさかあんなになるとは」


 中学校をつい最近卒業した奴が、よくもまあ先生と先輩に喧嘩を売る事が出来るなと思ったが、まさかの2年生だったとは。


「そんな奴、1年の時にいた?」

「覚えてないか? いつも席替えの時は、窓際の一番前の席を指定して、休み時間は自習していた女子の事。それが明星栞里」


 僕はあまり他人と関わるのが好きではないので、あまり人の顔と名前は覚えない。そのせいか、1年の時のクラスメイトは、この鳴門以外にあまり覚えていない。


「そんな奴が、どうしてあんな行動に出たんだろうな」


 クラスで、僕以上に目立たない生徒が、どうしてそんな奇行に走ったのか。春休み中に頭でも打ったのだろう。


「話していたいた事が本音なら、地味な自分が嫌になったとかだろうね」

「一理あるかもな」


 鳴門もそこまで関心ないのか、すぐに時計を確認した後、スポーツバックを担いで、僕から離れようとしていた。


「中庭が悠真ゆうまの担当だっけ? 園芸部、頑張れよ」


 気の毒にと言ったような、憐れむような顔で俺にさよならする鳴門。

 そう言えば、人生何とか部に興味がある生徒は、中庭に集合とか言っていた。何で僕は、中庭の担当を引き受けてしまったのだろうか。



 小さな噴水、ベンチが設置されている、普段と変わらない光景がある中庭。中庭に咲くアザレア、アンズ、スミレの花。葉桜になっているソメイヨシノ。約一年の歳月をかけてやって来たので、この中庭に咲く植物に、僕は愛着がある。


「……本当にいる」


 そして桜の木の下に、目を閉じて腕を組んで待っている明星がいた。だが、明星の周りには生徒の姿は無く、ただ静かに待っているようだ。

 あー。この様子だと、俺は明星に関わる事になりそうだ。今日は体調不良と言う事で、部活を休もうか。


「人の気配……っ! って、誰もいない?」


 僕の気配を察知したのか、カッと目を開いた瞬間、俺はアジサイの低木の茂みに隠れた。

 ヤバい。このままだと、僕が明星の話に興味を持って、体験入部しに来たと思われてしまう。


「成程。あたしを試しているのね。新入部員を獲得するのも、この部活動の活動って事も分かっているのね」


 低木の後ろに隠れた事が失敗だったようだ。見つかった瞬間、僕はヘンテコな部活を掛け持ちする事になるようだ。


「かくれんぼで、たった今の時間を楽しむのね。そう言う事なら、あたしも真剣で探す」


 この中庭に隠れている生徒を探そうと、動き出した明星。赤いリボンをぴょこぴょこと揺らしながら、徐々に俺が隠れているアジサイの低木に近づいて来た。


 待てよ。もしかすると、こうやって気配を殺して身を隠している方が誤った判断なのだろうか?


 この状況は、明星のかくれんぼに付き合っているとしか思えない。俺は園芸部の活動として、この中庭に来たんだ。別に隠れる必要もないし、ただ声をかけられても、『園芸部の部活です』と言えば、逃れられるのではないのだろうか。それなら、僕はすぐに行動に移し、明星の前に姿を現すと。


「何で勝手に出てくるのっ⁉ 入部希望なら、かくれんぼを最大に楽しまないといけないじゃない! 30秒待つから、あたしが見つけるまで、ちゃんと隠れていなさい!」

「あ……はい……すいません……」


 詰め寄られた明星に屈してしまい、僕は素直に明星に謝ってしまった。

 明星は再び桜の木の下に移動し、僕に背を向けて1から数え始めていた。

 ちょっと待て。こうやって僕から目を離しているなら、この隙に逃げれるのではないのだろうか。水やりは明日の朝にやるとして、今日はもう早退しよう――


「隠れるのは学園内じゃ狭いし、この町全体、日本の中のどこでもいいわ。どこに隠れても、あたしは貴方を見つけ出す。例え、地の果てまでもね」


 つまり、逃げたら容赦しないって事だ。今日は部活をサボるのが正解だったようだ。


「29……。30……! さあ! 彼はどこに……ほうほう。周りの景色に同化する。悪くない判断ねっ!」


 逃げても無駄だと思い、直立不動で一歩も動かないでいると、かえって明星に関心を持たせてしまったようだ。


「入部する前に、テストしようかと思ったけど、貴方には不要のようね」


 ニコニコしながら、明星は僕の前までやって来て、そしてにっこりと微笑んで、僕に手を差し伸べて来た。


小松島こまつじま悠真ゆうま君! 部長のあたしが歓迎するわ。ようこそ、人生謳歌部へ!」

「どうして僕の事を知っているのかな……?」


 さっきの自己紹介の時でも、「こんな生徒いたっけ?」と。一瞬クラスがざわついたほど、僕の影が薄いはずなのに、明星は俺の事を知っていた。

 僕が明星に気に入られ、動揺していると、明星はケロッとした表情でこう言った。、


「どうしてって、1年の時に一緒だったから知っているに決まっているじゃない」


 鳴門は嘘をついていなかった。本当に、クラスの隅っこで自習をしていた地味な生徒が、どうしてこんな奇行に走ったのか。僕は予想が付かなかった。 

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