解き放て!

流々(るる)

一撃

 アレックスは私の後ろへゆっくりと廻り込んだ。

 

「1番の頭を打ち抜くことだけを考えるんだ。いいな」


      *


 まだ、この場には誰も来ていない。

 彼だけが教官として付き合ってくれている。


「まずは構えを確認しよう」


 彼の言葉に黙ってうなづく。




 対象ターゲットを正面に見るように立ってから、右足を半歩引く。

 先端を支える左手は伸ばし過ぎず、やや肘にゆとりを持たせる。


「左肘はもう少し曲げた方が良い。反動フォロースルーに備えるんだ」


 右手でグリップを握り、左肩越しに狙いを定める。


「もっと脇を締めろ。脇が甘いと狙ったポイントが外側にずれるぞ」




 一連の動作を始めから繰り返す。


「グリップを強く握り過ぎると、体全体に力が入ってしまう」


「そう、いい感じだ。上半身をもう少し起こして」


「左手はしっかりホールドした方が良いかもしれないな」


 自分でもしっくりくるようになった頃、アレックスに肩を叩かれた。


「それじゃ、本番だ」




 並べ終えると彼が離れた。

 再び廻り込んで、私の左後方に立つ。

 視界に入らないよう、配慮してくれたのだろう。


 練習の通り、一つずつチェックしながら構えていく。

 顔を上げると【1】と書かれた文字が迫って来るかのように見えた。


「いいか、ターゲットが動くことはないんだ。落ち着け」


 見透かされているかのように、アレックスからのアドバイスが聞こえる。

 そうだ、向こうは動かない。

 大丈夫。出来る。

 狙いを定めていく。


 駄目だ。

 緊張してグリップを持つ右手が小刻みに震えている。

 いったん構えを解いて一歩下がり、大きく息を吸った。


「時間はあるから。気にするな」


 彼の声を合図に、もう一度構えに入る。


「1番を見るな。狙いさえ合っていれば必ず当たる」


 構えたままうなづき、手前のポイントへ視線を移した。

 グリップを握る右手の人差し指を伸ばす。


 いけーっ!








 カーンッ!


 乾いた音が響く。

 固まっていた色とりどりのボールが緑のラシャの上を一気に散っていく。


「いいショットっだったな。7番も落としたし」


 キューを突くとき、人差し指を浮かせ気味にすると余分な力が入らない。

 そう教えてくれたアレックスの言葉通りだった。

 苦手にしているのを見かねて助けてくれた、彼に感謝しなくては。


 あの音、ボールが散る様こそ、ブレイクショットの醍醐味だ。

 んー、カ・イ・カ・ン。




               ―了―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

解き放て! 流々(るる) @ballgag

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ