Rage?エイス怒りの鉄槌
「あらら~、ついに始まってしまいましたねぇ~」
「なにがっすか?」
「魔法使い同士の戦いですわ~」
「別に今に始まったことじゃないっすよね?今までにも何回もありましたし」
「だけど、数が減るほどの戦いはこれが初めてですわ~」
「あー、そう言われたらそうっす?」
「うふふふふ、本当に楽しみね~、最後に勝ち残るのはいったい誰なのかしら~」
「悪趣味っすねえ、コーレイ」
「マムカは気にならないの~?」
「自分は、みんなが仲良く暮らしていたらいいんじゃないかって思うっすよ」
「つまんないわねぇ~、ライミと一緒のこと言っているわ~」
「うへ、あれと同じっすか……」
「ところでマムカ、あなたあの世界に介入したそうじゃない~?」
「ナンノハナシッスカネ?」
「とぼける必要は無いわよ~、みんな知っていることだし~」
「まぁ、そうでしょうね」
「童帝様も――ね。ねぇ、どうしてあの2人を戦わせなかったの~?どうせいつかは争うのに~」
「いつかそうなるなら、別に今じゃなくてもいいじゃないっすか」
「あなたらしい答えね~。ま、今回は童帝様も安堵しているみたいだし、良いんじゃないかしら~」
「そうなんすか?」
「ええ、だって片方が退場しちゃったら(・・・・・・・・・・・)、効率が下がっちゃうもの(・・・・・・・・・・・)~」
「“効率”っすか」
「ええそうよ~」
「やることは分かってるんすよ、あの世界から魔法使いの数を減らす。ただそれだけの話っす」
「ええ、そうね~」
「だけど、一体なんの為なんすかね?自分たちには目的を知らされていないっす」
「世界の崩壊を防ぐためじゃなかったかしら~?」
「それはあの人にだけに言ったことっすよね?他の人には言ってないっす。なのに、全員にやってくれと言ったことは(・・・・・・・・・・・・・・・)、本来は同じ(・・・・・)――魔法使いの数を減らせ。いったいなにをしようとしているんすかね?」
「さて、どうかしらね~。と含みのある言い方してみたけど~、ワタクシも知らないのよね~」
「でしょうね、同じ情報しか開示されてないはずっすから」
「お姉さま方ならなにか聞いているのかしら~?」
「かもしれないっすね。自分たちには教えてもらえそうにないっすけど」
「結局、ここで茶飲み話しているのが一番なのよ~」
「あの人たちには悪いっすけど、そうっすよね」
「まぁ、精々足掻いてもらいましょう~、仮初の舞台の上でね~」
「なんか黒幕みたいな台詞っすけど、そんなことないっすよね?」
「どうかしら~、あ、また魔法使い同士の戦いが始まるわよ~!!」
「ただの観客になってるじゃないっすか……」
飛んで帰ってきましたウィーロの街。懐かしいな、あの旅立ちの日を思い出すと胸にこみ上げてくるものがあるな。まさか俺に第二の故郷が出来てしまうなんてな、感慨深いぜ。次に帰ってくるときは、錦を飾る時だと思っていたもんだが、こんなに早くなっちまうとはな。
あれ?突っ込みが来ない。いつもならハイディさんの切れ味抜群の突っ込みが来るのに。寝てるのかな?
「うぅぅぅぅぅ……」
呻き声が聞こえた。まさか、どこかに魔物でもいるのか!?しかし、発生源は思ったより近く――脇の下からだった。
うん、そうだね、ハイディだね。完全グロッキー状態。酔いやすい体質だったのか?いや、馬車に乗っていた時は普通にしていたし、なにがダメだったのか。
「着いたなら早く降ろして!!」
「ウス」
どうやら高所がお気に召さない様で。おかしいなぁ、俺なんか魔法の実験していて一番楽しかった瞬間なのに。だって空を飛べるんだぜ?一度はやってみたいやん?
しかし、本気で参っているようなのでいざ地上に。
ちなみに、上空から見た感じではウィーロの街に異変はあまり見てとれなかった。普通に住民が歩いていたし、商売も行われているように見えた。ある一部を除いてはだけど。
「やっと地に足が着いたわ……ありがとう重力……」
大袈裟だな。よし、ここの事件が片付いたら次の街には飛んで行こう。ハイディさんにも慣れてもらわないと。今後、空飛んでの移動も視野に入れるとするか。
さて、ここからどうするかだけど――ハイディの体調の回復を待つのもあれだし、パパッといって片付けちゃうか。いくら魔法使いだと言っても、まさかスオウ程のやつが出てくることもあるまい。
「よし、俺がパパッと片付けてくるから、ハイディは教会に行って皆の無事を確認してきてくれ」
「はぁ?何言ってるのよ!?私も着いていくわよ!!」
元気じゃねぇか。
「その調子じゃ無理だろ?大丈夫だって、すぐに終わらせてくるから」
「あ、ちょ!!待ちなさい!!」
と言う制止の言葉も聞かずに、俺は上空へ。そして目指す先は――明らかにおかしい建築物へ。
あれ、ゴーシュの館があった場所だよな?すなわち街の中心部なのだけれど、あんな禍々しい建物じゃなかったはずだ。
つまり、ザインってやつが建てたってわけか。拠点のつもりか?悪趣味すぎる。デザインセンス無さすぎだろ。前衛芸術って言われたらそうなのかも知れないが、あんなSAN値削られそうなデザインは景観によろしくない。取り壊そう。
そして俺はそのまま街の中心部へ向かう。そこに何が待ち受けているかも知らないまま。
「もう、エイスったら。私を独り置いて行くなんて酷いじゃない」
しかし、また空を飛ぶのは御免被りたかった。そして、教会の人たちの安全の確認をしたかったのも事実。
空を飛びながら、ウィーロの街で何が起きているのかを掻い摘んで説明されたんだけど、正直あまり頭に入っていない。何を言ってたかしら?
大体、無理な話なのよ。だって足が地面についていないのよ?ジャンプするとかそんな軟なモノじゃないのよ?
一応、空を飛ぶ魔術は存在する。しかし、その魔術ではエイスほど高くは飛べなく、エイスほど速く飛ぶことはできない。
「本当になんでも有りなのね、あの娘」
魔法使いの底知れなさを身を以て思い知ったわ。
愚痴っている内に体力が回復してきた。少しは動けるわね。
それにしても、誰かに襲われたらどうするつもりなのかしら?そんなことさせるつもりはないけど。
私は恐る恐る、街に入ってみた。素通りで来た。
「あら?普通に入れたわね。そういえば、門番の人がいないような?」
早速異変と出くわした。どういうこと?いつもなら門番がいて、身元確認と言うか、そういった類の事があるはずなのに。もしかして街の防衛が機能していない?
そのまま街へ繰り出すも、普通に住民はそこにいた。
「あら?普通にいるじゃない」
商売もいつも通り行われているわね。何人か知った顔があったわ。
だとしたら、どういうことなのかさっぱり分からない。
この街を侵攻してきた魔法使いはザイン。
ザイン・デイカ。エイクの街の魔法使い。
確か、あの魔法使いは街の外どころか(・・・・・・・・・・・・・・)、部屋の外すら出ない(・・・・・・・・・)とも言われていた、引き籠りの魔法使いじゃなかったかしら?
そのザインがウィーロを侵攻?俄かに信じがたい話だわ。
しかし、聞けばシエンさんも動揺を見せていたってエイスから聞いた。そんな感じのことを言っていたようなおぼろげな記憶が甦ってきたわ。
それほどの魔法使いだったのかしら?シエンさんの強さは闘技場で見ただけでも、かなりのものだと思う。
なにか心境の変化があったのか、目的があったてのことなのか。今の私には知る由はないわね。
「そこのお嬢さん、どちらに行かれるのかね?」
「え?」
知らないお爺ちゃんに話しかけられた。あら?いつの間にか取り囲まれているじゃない。余計な考え事をしていたせいだわ。
それにしても、取り囲んでいる人たち、見事にバラバラじゃない。老若男女って言うのかしら?色んな人たちがいるわ。それになんだか怪しい雰囲気。適当に言葉を濁して立ち去るのが賢明ね。
「ええ、ちょっとそこまで」
てんでバラバラの人たちだが、共通点があった。
あれはカミラ神の紋章だわ。体のどこかにカミラ神を奉る紋章を付けているのが分かった。
そして、あの眼をかつて私は見たことがある。あれは狂信者たちと同じだわ。思い出したくもなかったけど。
「おお、ならば我々が着いていきましょう。なに、遠慮することはありません。これも神の思し召しと言うもの」
「いえ、私一人で大丈夫ですので」
どうして着いてこようとするの?脱兎の如く逃げ出したいけど、囲まれている。そうよ、囲まれていたわ。逃げ出せないじゃない!!
「あのー、私そろそろ行かなくちゃいけないので、通してもらえませんか?」
「なんと慎ましいお嬢様だ。皆の者!!このような可憐な少女こそ、我らの司祭様へ献上すべきではないでしょう!?」
「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
献上?司祭様に?
「冗談じゃないわよ!!」
「あ、逃げたぞ!!」
逃げるわよ!!逃げるに決まっているでしょ!!
いくら囲まれているとはいえ、隙間はある。そして私はまだ子ども、すり抜けて走り去ることくらい造作もないわね!!
「って、追いかけてきてる!?しかもすごい早い!!」
「待ちなさい!!ぜひ我らの司祭様への供物となってくれい!!」
供物!?ふざけるんじゃないわよ!!そんなものになるものですか!!
しかし、悲しいかな、足の長さの差か。どんどん差が詰まってくる。あのお爺ちゃん、どこにそんな速さを秘めていたのよ!?
路地に入ったりして撒こうとするも、上手くいかない。いや、数は順調に減ってきて――増えてない?
他の住民と合流して私を追いかけている。そこまでするの!?
ダメ、このままじゃ捕まっちゃう!!
「こっちだ、小娘!!」
私の腕を掴み、更なる路地裏に連れ込んだその人は――
「あ、あなたは――」
「ふーむ、これはまた本当に悪趣味な建物だなぁ。住んでいる奴の顔を拝みてぇよ」
半壊したはずのゴーシュの館のなれの果てがそこにあった。なんか動いているぞ?やべぇもんで出来てるんじゃねぇか?SAN値チェック入りそう。
よし、とっとと破壊しよう。こんなもん、一秒でも長くあっちゃいけないな。
と思っていたが、下の方に人が集まってきた。
知った顔が無かったので、ザインと一緒にやってきた連中かもしれない。この街の住民全員の顔を知っているわけじゃないけど。
明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。あんなやつがウィーロに元々いたら気が付くわな。
こちらを指差し、なにか叫んでいる様だが俺の耳には届かない。うーむ、流石に一般市民を巻き込むのは気が引けるな。
このまま館に飛び込むか。どうせ中にいるだろ。
そう思っていたら、白い衣を着た恰幅の良い男が出てきた。じゃらじゃらと装飾を施したその服は地位の高さを表しているのか。しかし、似合わなねぇな。
とりあえず会話できる高度まで降りるか。
「おお、なんという美しき乙女!!ついに吾輩の下に姿を現せてくださったのか!!これぞ天啓のおかげ!!素晴らしきかな!!我が悲願は成就せりぃぃぃぃ!!」
うわー、頭イっちゃってるやつが来ちゃったよ。なにあれ?宗教?宗教系?それとも電波系?友達に欲しくないタイプTOP10に入るやつやん……
はぁ、ちゃっちゃとぶっ飛ばして今回の話は終わりにするか。
「あんたがザインって魔法使いか?」
一応確認しておく。これで人違いだったら可哀想だし。できれば人違いで合ってほしいんだけど。
「吾輩の事を知っておいでになるとは、恐縮の至り!!吾輩こそが魔法使いのザインでございます、麗しき黒髪の御使いよ」
「御使い?」
シエンがそんな言葉を使っていたな。確かサポートセンターのやつらのことをそんな風に呼んでいたな。俺をそいつらと間違えている?
「ちげぇよ、魔法使いだ。『魔法少女』のエイス、アンタをぶっ倒しに来たぜ」
「魔法――少女ですと?御使い様ではなく?」
「ああ、ちげぇな」
ぷるぷると小刻みに震えだしたザイン。俺が御使いじゃなくて怒っているのか?それで怒るのはお門違いなんだけどな。
しかし俺の予想とは裏腹に、ザインは怒っているのではなく――感涙にむせんでいた。
「素晴らしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!おお、神よ!!わが主、カミラ神よ!!有難うございます!!この奇跡の巡りあわせに感謝いたします!!まさしく、まさしく神がお与えくださった至上の造形!!これほどの方に出会えるとは思えませんでした!!天啓に従い、ここまでやってきた甲斐がありました!!有難うございます!!有難うございます!!」
「あの……ザインさん?」
ここまでぶっとんでいる人間と出会うのは初めてだ。あ、嘘、昔会ったことあるわ。
元の世界でだけど。久々の休日に街を歩いたら逆ナンされたことがあった。浮かれていたのと、頭が回っていなかったんだろうな、そんな誘いにほいほい着いて行ったらアレですよ。宗教勧誘。あれすごいよね、言葉通じないもん。同じ言語使っているはずなのに、全然通じない。彼女らはきっと別の世界の人間なんだって思ったね。
今、眼下にいるやつにも同じ感想を抱いたわ。
「はぁ、もういいや。えーと、あ、一応名乗っておかないと。『魔法少女』エイス、ここに参上★」
「む?代行者よ、なぜ吾輩に敵意を向けるのだ?」
「なぜって言われても、あんたが魔法使いで俺も魔法使いだからだよ」
コイツは何を言っているんだ?向こうもそんな感じに言ってきたけど。本当に会話できねぇな、こいつと。それに代行者ってなんだよ?
「そうか!!さては悪しき魔法使いに心を汚染されているのであるな!?なんという卑劣な手を使いよる!!このような可憐で華奢な少女に毒牙をかけるとは!!許せん!!断じて許すまじき行為!!安心召されよ、佳麗なる少女を!!吾輩がその心を浄化してみせようではないか」
ダメみたいですね、これは。見れば、他のやつらもザインを応援しているようだ。こんなやつばっかり集まっている宗教か、やっべぇな。ここで滅んだ方が世の中のためじゃないか?
会話の途中も貯めに貯めていた魔力をいざ、解放!!
「天光満つる処に我は在り――」
「ああ、吾輩も名乗っておきましょう。『触腕触手』ザインである」
は?触手?あの?
ザインが名乗るや否や、突如俺の背後の空間から何かが飛び出し、伸びてきた。
「あぶねぇ!!」
詠唱が中断され、貯めていた魔力が行き場を失い爆発した。
その爆発の影響か、焦げた肉のような臭いのした物体が煙幕から地面へ落ちていくのが確認できた。
「おいおいおいおい、マジもんの触手じゃねぇか!?」
「言ったであろう?これこそ吾輩の魔法である。そして、触手は一本だけではない!!」
四方八方に魔法陣が展開され、そこから触手が飛び出てくる!!その一本一本が確実にこちらを狙ってくる。しかし――
「なんだ、熱にも電撃にも斬撃にもよぇな」
こちらの繰り出す魔法で順々に対処をしていく。これは楽勝だな。無詠唱魔法に切り替えていくことにする。
「まだまだ、吾輩の触手地獄はそんなものではありませんぞ!!」
地獄って言っちゃったよ。しかし、言葉通りに出るわ出るわ、触手の山。倒しても倒しても次々と追加で襲い掛かってくる。
「しつけぇな!!」
物量で攻める戦法かよ!!魔法使いのやる事じゃねぇ!!
呪文詠唱をしたいが、避けるのに必死で唱えられない。無詠唱で出せる魔法では触手を完全に屠れない。あれ?手詰まりじゃね?
いや、だったら――
「上空に逃げる!!」
「そう来ると思っておりましたよ!!」
上空に巨大な魔法陣が展開され、そこからも無数の触手が現れた。
動きが読まれた!?と言うか、あんな上空にも触手出せるのかよ!?
乱数飛行で躱そうとするも、ついに触手の一本に一瞬触れてしまった。
「しまっ――なんだこれは!?」
ガクッと体から力が抜ける感覚があった。どういうことだ!?あの触手になにか特別な能力でも備わっているのか!?
「ほほほ、追い詰めましたよ、魔法少女殿?」
「な――やっべぇ!!」
眼前に迫りくる数多の触手群。魔法で押し返そうとするも、思うような効果が出ない!?威力が下がっているだと!?まさか、あの触手にエナジードレインの類いの力が?
「そら、捕まえましたぞ!!」
「がっ!!」
ついに触手にからめ捕られてしまった。すると、体からどんどん力が抜けていく感じがした。
そのまま、ザインの目の前まで下されててしまう。
「てめぇ……エナジードレインとか卑怯だろ……」
「何か勘違いしているようですが、あの触手にはそんな能力はございませんよ?」
「なん……だと……?」
エナジードレインの能力は無いだと?だったら現在進行形で奪われているこれはなんだよ?
「ご自分で仰っておりましたよね?あなたは『魔法少女』だと」
「それが……どうした……?」
「古今東西、『魔法少女』は触手に弱いモノでしょう?そう相場は決まっていますよ?」
「あ」
今の俺はありとあらゆる魔法少女の集合体。ならば、薄い本で触手にやられる魔法少女もまた、俺の姿でもある――んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁ!!そんなところまで網羅してりわけねぇだろ!!しかし、事実力が全く入らない状態。
え?そんなふざけた弱点あんの?うせやろ……
と言うかコイツ、ちゃっかりこっちの話聞いてやがったのか!!
「ご安心くださいませ、漆黒のご令嬢。あなたに危害を加えるつもりはございません。先ほども申しあげたとおり、吾輩はあなたを救済したいのでございます」
「救済……だと?」
「ええ、そのためにもあなたの存在が必要なのですよ。おい、お前たち。このお方を神殿にお連れするんだ!!」
「「かしこまりました、司祭様!!」」
「ぐふふふふ、これで吾輩の天命達成までもう少しである」
神殿?まさかこの悪趣味な塔は神殿だっていうのか!?どんな神を祀ったらこんなもんが建つんだよ!!
それに救済だと?こいつ、いったい何をしようとしているんだ?
体力をごっそり奪われ、薄れゆく意識の中、最初に考えてしまったのは――
「ハイディになんて言い訳しよう……」
「あなたは、ゴーシュ!!生きていたの!?」
「勝手に殺さんでくれるか」
私の手を引っ張り路地裏に連れ込んだのは、かつてのこの街の領主――あ、今もだったわね――ゴーシュだった。
おかしいわね、エイスからは、ザインにやられたって聞いていたのだけれど。
「だからって殺されるとは限らんだろうが」
それもそうだわ、エイスったらややこしい言い方するんだもの。困っちゃうわ。
「まったく、街を子ども独りでふらつくなんざ、なんて命とりなことを。危機管理がなってないぞ。ん?もう一人の忌々しい小娘はどうした?一緒じゃないのか?」
「今は別行動中よ。え?この街、そんなに物騒になってしまったの?」
「誰のせいだと思っている……」
えぇ……私たちのせいなの?領主権限はゴーシュに与えてあるんだから、街が荒れたのはゴーシュの責任だと思うのだけれど。
「誰かさんたちのせいで魔法が使えなくなったからだよ!!クソっ、魔法さえ使えたらあんなデブ、簡単に追い払えたものを……」
それは確かに私たちの責任だった。でも、まさか魔法使いが他の街に侵略してくるなんて思わないじゃない。事実、ここ数年この街には侵攻が無かったのだから。
「ゴーシュ、あなたザインになにかしでかしたのではなくて?今まで親交すら無かった街の魔法使いが突然攻めてくるなんて異常事態だわ」
「お前らがそれを言うか?」
もう、それはいいでしょ!!御免なさいね!!でも悪いことをしたとは思っていないけど。
「確かに、ここ数年は平和そのものだったよ。あのクソデブめ、よりにもよってこんな辺境の街にまで歯牙にかけやがって。まぁいい、俺様にもまだ運は残っていたな。あの小娘もこの街に来ているんだろ?だったら、あいつにザインの野郎をぶっ飛ばしてもらえりゃ、こっちのもんだ」
トラの威を借りるなんとやらね。
「それならもうあの塔?館のあった方向に飛んで行ったから、ザインと戦っていると思うわ」
「おお。仕事が早いじゃないか!!こっちが言わないでも、仕事をこなす。いいビジネスマンだな!!」
なんだか上手く使われたようだけど、利害関係は一致しているから良しとしましょう。
「それにしても、お前を独り置いて行くとは不用心だな。もしかして、この街の現況を知らないまま来たんじゃないのか?」
「ええ、ザインが攻めてきてゴーシュを倒したって聞いたくらいなのだけれど――なにがあったの?」
「お前を追いかけていた連中や街の様子を見て、何か異変に気が付かなかったのか?」
異変……異変……
「門番がいなかったこと?」
「ああ、それもあるな。軍は今全く機能していない。解体されて詰所に軟禁状態だ」
だから門番がいなかったのね。それにしてもやりすぎじゃないかしら?
「領主権限を使ったんだよ。あれには一般市民は逆らえん」
「そう。んん?それ“も”?」
他にもまだ異変があるの?あの変な塔がある事?
「それもだけど、お前を捕まえようとした連中を思い出してみろ」
あの人たちを?老若男女、いろんな人がいた気がするけど――あら?そう言えば、
「子どもがいなかった?」
そうよ!!私を取り囲んだ人たちも追いかけた人たちも私よりも背が大きかった。年齢も上の人が多かったわ!!それに走っていた間も、私は子どもを誰一人として見ていない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)!!
「そういうことだ。あの金髪デブ、どういう訳か街中のガキどもを攫ってあの神殿に連れ込んでいるみたいだ」
「神殿……神殿?」
「俺様の館があった場所に建っているあれだよ」
「あれが神殿!?」
嘘でしょ!?あんな悪趣味な神殿見たことないわよ!!いったい何の神様祀ったらあんな神殿を作ろうと思うの?それか美的センスが狂っているのかしら……
それにしても、だから私をどこかへ連れて行こうとしていたのね。子どもを攫うなんていったい何を考えているのかしら?
スオウの件で少しは魔法使いを見直した所だったのに、また好感度が下がった気がしたわ。元が低いから、そんなに変化はないけど。
「だから不用心だというんだよ」
「ええ、本当にね。助けてくれてありがとう、ゴーシュ」
「ふん、様を付けろ、様を。俺様は領主なんだぞ?」
「そうだったわね」
「それにしても、あいつが動いたなら速効でケリがつくと思っていたが――まだか?」
確かにそう思てしまったけど、スオウ戦のことを考えれば、対魔法使い戦は一筋縄ではいかないのではないかと思うわ。
「お館様、ただ今戻りました」
「おお、戻ったかトトリ」
「誰!?」
いえ、本当に誰!?突然現れたわよ!?
「お初目にかかります、拙者トトリ・アーンズと申します。一応、お館様――ゴーシュ様の秘書を務めております」
「おい、一応ってどういう意味だ?」
「秘書?そんなもの雇ったの?」
「誰のせいだと思っていやがる、誰のせいだと。言っておくけどな、自慢じゃないが今の俺様には戦闘能力なんて皆無に等しいんだぞ?そんな俺の身を誰が守ってくれるというんだ!!」
「本当に自慢じゃないわね」
「全くです」
でも、確かにそういったアフターフォローが欠けていたかしら?ゴーシュのように魔法以外何も出来ない魔法使いから魔法を奪ったら何も残らないもの。もしどこかで恨みをかっていたら、身の危険を感じてしまうわ。これ由々しき問題かしら?
でも、スオウはあの格闘術があるし、傍にはマインさんもいるわ。あっちは大丈夫そうね。一応、頭の片隅に入れておきましょう。
「それで、ザインの様子はどうだった?」
「それなのですが、魔法少女と名乗る少女と交戦しておりまして」
「エイスだわ!!」
「ほぅ!!もう戦闘に入っていたか、なら――」
「残念ですが、その少女はザインに捕まり、神殿の中へ連れていかれました」
「なんだと!?」
「うそ……」
嘘でしょ……あのエイスが負けた?なんで?どうして?ありえないわ!!だってあのエイスなのよ!?自信満々で飛び立って行ったあのエイスが負けるなんて信じられないわ!!
「お気を確かに」
「あいつが負けただと!?ありえんぞ!!あいつと一度戦った俺様だから分かる。あいつは化け物だぞ。いくらザインの魔法が特殊でもあいつに敵うようなものじゃないはずだ!!」
「拙者には分かりません。ただ事実を述べているまでです」
エイス……どうして……
違う、違うわ。私はこんなことをしている場合じゃない。私はただ待っているだけの女じゃないって、着いていくんだって決めたのよ!!だったらそんな私がこんなところで立ち止まっている場合じゃないわ!!エイスがピンチなら、今度は私が助ける番よ!!
「クソっ!!いや、外部の力をあてにしていた俺様も悪いのかもしれないが。これからどうすれば良い!?」
「力を貸して、ゴーシュ、トトリさん」
「なに?」
「エイスを助けに行くわ」
「正気か?ただの小娘が行ってなにが出来るっていうんだ!?」
「それをこれから考えるのよ!!」
ええ、そうよ。確かに今の私にはなにも作戦も思いついていないわ。でも、立ち止まっている場合じゃない。進まなきゃいけないわ。そのために何でもいい、誰でもいい、力を借りたい。使えるものなら何でも使ってやるわ!!
「そんな目で俺様を見るな、クソっ。ああ、その目!!思い出したくもないものを思い出させる」
「お館様」
「分かった、分かっている!!ここで何もしなかったら俺様は本当に敗北者になる。それだけはゴメンだ。やってやろうじゃないか、あの小娘を助け出して、ムカつくタヌキジジイの鼻を明かしてやる!!やるぞ、トトリ!!」
「申し訳ありませんが、契約外ですよ?」
「えぇ、そこで断る……?」
雇用関係が上手くいっていない様子ね。
契約外と言うなら私が雇えば問題ないのかしら?
「トトリさん、私があなたを雇うと言うのはどうかしら?」
「おやおや、拙者はお館様に雇われている身。その契約関係が切れるまでは主を変えるなんてとてもではありませんが――」
「これでどうかしら」
「拙者はお嬢様のイヌでございます、なんなりとご命令を」
「おいこら」
私の有りっ丈の持ち金を契約金として、トトリさんを雇い入れた。ナイムで稼いでおいて良かったわ。
「まず提案なのですが――ここから離れませんか?」
「え?」
見るといつの間にか人が集まっていた。その人たちは――
「こいつら、ザインの狂信者たちか」
私を追い回していた人たちだった。不味いわね、どんどんと人が集まっていくわ。
「失礼します、お嬢様」
「え?きゃあ!!」
急にトトリさんに抱えられた。この態勢すごく恥ずかしいんだけど!!
「それでは、ゴーシュ様。拙者たちは一足先にあの場所に(・・・・・)向かいますので――頑張って逃げてください」
「お、おい!!俺様も一緒に運べ!!」
「重量オーバーです、ダイエットの良い機会ですよ。それでは」
「きさまあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ゴーシュの非難の声を尻目に、建物と建物の間をぬって飛ぶトトリさん。この人もまた、普通の人じゃないのかしら?
それでも構わないわ。やれることは全てやってやる。待ってなさい、エイス。私たちが必ず助けに行くから!!
「これは意外な結果っすねぇ」
「そうでしょうか?どうにも相性が最悪だったようですので、この結果は当然なのでは?」
「いやいや、相性最悪って言うなら前のスオウ様戦の方が最悪っすよ。いやあれは全ての魔法使いにとって天敵だったか」
「天敵……ではザイン様は彼女にとってなんでしょう?」
「そうっすねぇ――宿敵っすかね?」
「宿敵――では、勝てない相手ではないと?」
「そうっすよ、普通に戦っていればザイン様が勝てる要素はあまり無かったっす」
「では、どうして彼女は敗北を?」
「おや、気になっちゃうっすか?やっぱり自分の担当者の行く先が気になっちゃうっすか?」
「いえ、それほど気になりませんが――ただ」
「ただ?」
「最後まで勝ち残るのが彼女だと思っていましたので」
「ははは、それが気になるっていうんすよ」
「で、なんで彼女は負けたんですか?」
「さて、なんでっすかね?」
「……」
「そんな目で見て欲しくないっすよ。だって自分も分かんないっすもん」
「さて、下界にラーメンでも食べに行きましょうかね。今日はどこに――」
「ちょーっと待つっすよ!!いえ、本当にあり得ない話なんすよ!!ザイン様がエイス様に勝てるなんて。もし、可能性があるとするなら」
「するなら?」
「自分らの誰かが手を貸したか(・・・・・・・・・・・・・)」
「!?」
「憶測の域を出ないっすけどね」
「ですが、本当だとしたら大問題になるのでは?」
「わかんないっすけどね~」
「ですが――いえ、本当なら童帝様が動かれるのでは?」
「ええ、その動きを見せないっすから、この線は違うんじゃないっすかね?」
「今日は九州あたりに――」
「最近の若者は堪えが無さすぎじゃないっすかね?」
「ここまで実のない話をされて、今まで聞いていただけでも褒められるべきですよ」
「自分が若かった頃は上司の話を真摯に、一言一句聞き漏らさずにいたもんすよ……」
「そういうこと言ってますと、老害とか言われますよ」
「だだだだだだ誰が老害っすか!!」
「言われているんですね……ごはん、一緒に食べに行きます?一蘭でよければ」
「優しさが身に染みるっすよ……」
トトリさんに連れられて着いた場所は、ブラキ教会だった。
「着きましたよ、お嬢様」
「……ここじゃなきゃダメ?」
「何か問題でも?」
問題しかないわ。あの日の夜、誰にも言わず2人で抜け出した身としては実に入りづらい。あれからそんなに日が経ってないのもまた気が引ける。完全に家出少女な気分ね。実際そうなのだけれど。
ああ、とっても入りづらいわ……ここじゃなくてもいいでしょうに……
「開けないのですか?」
扉の前で右往左往していたら、中から扉が開き、女性が出てきた。
「トトリさん?良かった、帰ってこられたのね?」
「ええ、ただいま、リューコさん。ついでに街で女の子を保護してまいりました」
よりにもよってリューコさんか。どうにかして誤魔化せないものかしら?
「あらあら――あら?どこかで見たことのある顔だと思ったら、ハイディちゃんじゃない」
「――ヒトチガイデスヨ?」
扉を閉められた。
「嘘よ!!嘘ですって、リューコさん!!不肖ハイディ、恥ずかしながらも帰ってまいりました!!」
「最初からそういう態度でいればいいのに、エイスちゃんに似たんじゃないかしら?お帰りなさい、ハイディちゃん、心配したのよ?」
「ごめんなさい。ただいま帰りました、リューコさん」
「はい、よろしい。あら?そういえばエイスちゃんは?一緒じゃないの?」
「そう!!そのことで相談があるの!!」
力が……力が入らない。ん?ここはどこだ?
「おや、お目覚めですか、麗しき乙女よ?」
「てめぇ、ザインか?――ってなんじゃこりゃあ!?」
目覚めてすぐ目に入ったのは、見たくもなかった魔法使いの姿と、うにょうにょ動く気味の悪い部屋の模様だった。もしかして、この部屋も触手でできてるんじゃねぇのか?
「ええ、素晴らしいでしょう!!実に精錬された神殿だと思いませんか?」
「お前の美的センスどうなってんだよ?」
これが精錬だぁ?邪念と煩悩が渦巻いたような部屋にしか見えん。もしかして事故で頭イかれたとかか?どっちにしてもSAN値ピンチだよ。
「それにしてもまだ魂の浄化が足りませんか。いけませんねぇ、それではまだ貴女を儀式に使うことができません」
「儀式だと?」
またやべぇこと言い出したぞ?大学時代のサークル勧誘にも似たようなこと言ってたのを思い出した。どっから吹き込まれるんだろうね、ああいうの。
「ええ、そうです。吾輩はこの街に神を降ろしたいのです。そのためならば吾輩はあらゆる艱難辛苦を乗り越えましょう!!」
「神だと?」
でたよ、神降ろし。そういう事言って大体成功する試し無いんだよな。ほとんどが別の物が出てきて、憐れ儀式の参加者は全滅。これが相場だってもんだ。
って言うか、ザインの言う神ってどれ(・・)のことだよ?
「ええ、ええ。儀式のためにもまだまだ街から少女を集めなければいけませんね――」
「あん?少女を集めるだと!?おい、待て!!どこに行く気だ!?」
「儀式に必要なものを揃えるのですよ。ああ、貴女にはまだまだ魂の浄化が必要なようですので、今しばらく触手にまみれてもらいましょうか」
「ふざけんな!!離せ!!俺をここから出せ!!」
しかし、俺の言葉虚しくザインは部屋から出てしまった。
くそぅ、街中から少女を集めるだと?それって誘拐じゃねぇか。集めてどうしようってんだ。
ああ、これはまずいな。ハイディに危険が迫っている。ハイディだけじゃねぇ、教会のガキどももだ。もしかして、もう既に捕まっていたりしねぇだろうな?心配になってきたぞ。
チクショウ、あのロリコン野郎、絶対ぶっ飛ばしてやる。ハイディやチュチュたちに指一本でも触れてみろ、去勢してやる……
それにしてもだ、ザインとは会話ができているようで、どこかがズレている気がする。前世でロクな奴じゃなかったんだろうな。まぁ、触手を作り出す魔法とかもらうような奴だし、本当にロクでもないんだろうけどな。出発前にシエンが言いかけていたことはこのことだったのか?全く、あいつ言葉が足りねぇんじゃねぇのか?スオウの件と言い。ちゃんと言えばこっちも対策ができたもんだって言うのによ。
と、愚痴っている場合じゃねぇ。俺が戻らないと分かった場合のハイディがなにか無茶をしでかさないか不安だ。あの娘、見た目に反してアグレッシヴだから困る。
あ、そうだ。こういう困った時こそサポートセンターだ。なにか良い解決策くれるんじゃねぇかな。早速問い合わせてみよう、そうしよう。おーい、スィーリアやーい。
相変わらず、この世界に不釣り合いな電子音が少し響いた後、
『ポーン♪この連絡先はただいま電波の届かない所におられるか、電源が入っておりません。時間を改めましてから、おかけになってくださいませ』
「役に立たねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「あの、大丈夫ですか、頭?」
「頭は大丈夫だよ――アイエエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
「おや、忍者をご存じで?」
目の前に突如現れた謎の女性――というか忍者!?え?この世界、忍者いるの?マジで?
「拙者、ハイディお嬢様に雇われました者で、トトリと申します。忍です」
「あ、これはご丁寧にどうも、エイスです。は?ハイディに雇われただと?それにマジで忍者なん?」
「ええ、今の拙者はハイディ様のイヌです。ワンワン」
「忍びなのかイヌなのかどっちかにしろよ」
「では間をとって忍犬で」
「人としてのプライドはねぇのかよ」
「ふっ、プライドで腹が膨れるとでも?」
「やだ、カッコ良い……」
「そんなわけで今は少女のヒモですね」
「やだ、カッコ悪い……」
なんだこの面白い女性は。ハイディとはまた別の意味で打てば響くぞ。
いや、そんなことはどうでもいい!!脱出のチャンスだ!!まさかこんな早く手を打ってくれるとは、ハイディ恐ろしい子。
「とりあえずこの触手をどうにかしてくれ!!そうすれば万事解決するんだ」
「お任せを。ふっ!!はっ!!とやっ!!」
トトリさんが持っていた小刀で触手を切りつける――が、ダメ。切り傷を創るもすぐに再生をしてしまう。思ったより高性能だな、この触手。
トトリさんはその様子を見て小刀をしまい、
「無理ですね、諦めましょう」
「お前何しに来たんだよ……」
助けに来たはずの人物もまた役に立たなかった。
「拙者はやることは別にありますので、それでは」
「え!?マジでこのまま放置すんの!?」
「ええ、元気そうですので大丈夫でしょう。それでは」
「ちょちょちょちょちょ!!おいっ!!マジかよ!!おーーーーーい!!」
マジで置いてかれてしまった。
これはまずい。既に動いているハイディが、だ。あの娘、見た目に反してすげぇアグレッシヴなんだもん。無茶しでかすんだろうなぁ、俺なんかのために。得体の知れん忍者雇うくらいだし。
まずはこの触手だ。こいつをどうにかしないと。考えろ、考えるんだ。今の俺にできる事、そしてこの状況――ああ、そういえばこの世界に来た時も似たようなことをやっていたな。あの時もなんとかなったんだから、今回もやってできねぇことはねぇだろ!!
よし、まずは初心に戻って考えてみることにするか。
魔法少女エイスなら何が出来るのか――を。
「作戦会議よ」
「会議だー」
「だー」
ヤオとチュチュも合わせて声を出す。
でも残念、あなた達は流石に連れていけないわ。お留守番よ、危ないもの。
ブーブーと不満を垂れていたけど心を鬼にして無視をする。本当に危険なのよ。エイスもこんな心境だったのかしら?構いやしないけど。
「でも、ハイディちゃん。助けに行くって言ったってどうするの?相手は魔法使いなんでしょう?」
「そこなんですよね……」
リューコさんの意見は尤もだ。相手は魔法使い、しかも話に聞けばではあるけどエイスよりも強いみたい。そんなのを無策で突っ込むのは命知らずだとしても、策でどうにか突破できるのではないかと思った。だけど、やはりその魔法使いというのがネックすぎる。
「駒が欲しいわね、動かせる駒が」
「そうねぇ、騎士の人たちはどうかしら?今は詰所に軟禁状態だけど」
「無くは無いんですけど、やはり魔法使い相手だと思うと……」
「あーあ、こんな時にアイツが魔法使えりゃなぁ。肝心な時に役に立たねえでやんの」
「そうですわね、今まで贅沢な暮らしをしていたのですから、こういう時にこそ矢面に立ってくれませんと」
他のシスター達からの言。それに関しては因果応報なのかしらね。私たちが使えなくしちゃったから――どうして使えない事を知っているの!?
「好き放題言ってくれるな、おい」
「ゴーシュ!?無事だったの!?」
「お陰様でな。まったく、酷い目にあった。お前たちに関わるとロクな目に合わん」
どうやらあの場を切り抜けたようだ、あまり無事で何よりね。
「そんなことより、どうして貴方が魔法を使えない事が知れ渡っているのよ?」
「言っておくが、この教会の人間だけだ。こちとら誰かさんたちのせいで自衛の手段が無くなったんだぞ?とりあえずブラキ神の加護を得て魔術を使えるようにしたんだよ」
「とりあえずで使えるようになるものじゃないはずだけど……」
信仰をすれば誰でも魔術を使えるようになるわけではない。魔術の行使には神の声を聴き、加護を得る必要があるのだけど、
「そこは俺様の才能ってやつのおかげだな」
「ブラキ神様の加護のおかげですわ」
「俺様の才能――」
「ブラキ神様の加護のおかげですわ」
「才能――」
「ブラキ神様の加護」
「加護のおかげだよ」
あなたが折れるのね。と言うか、リューコさんの圧がスゴイ。この人、本当にただのシスターなのかしら?不思議でならないわ。
「ザインを倒す算段か?だったら簡単な方法があるだろ」
「え?そんな方法があるの?」
「お前が何を言っているんだ――あのもう一人のガキを使えばいい」
「だから、そのエイスをどうやって助けるかって話をしているのよ」
「待ってください、どうしてエイスちゃんを助けることであの魔法使いを倒すことに繋がるのですか?」
あ、しまった!!失言だわ!!
「何を言ってるんだ?あのガキ、エイスは魔法使いだから、魔法使いには魔法使いをぶつけるのが常套手段だろ」
「「「「エイス(ちゃん)(姉ちゃん)が魔法使いっ!?」」」」
「……お前、言ってなかったのか」
「言えるわけないでしょ……」
「スマン……」
手を顔に当て項垂れるも、いつまでもそうしていられない。私はこれから質問攻めにあい、答えていかなくちゃいけないのだから。
もう、時間が無いって話をしているのに!!
「へぇ、確かに変な奴だとは思ったが魔法使いだったとはねえ」
「言われたら確かに――いや、それでもなぁ」
「成程、そうだったのですか」
三者三様、受け止め方は様々だ。だけど、共通して見られるのは――
「エイちゃすごい!!」
「うん……そうだね……」
「エイ姉ちゃんかっこいい!!」
とポジティヴな感触だった。これもエイスの人柄がなせる業かしら?たまに見せるあの表情を知っているとまた別の感想が出てくるかもしれないけど。
それにしても、そっか。エイスが魔法使いのイメージを変えつつあるのかもしれないわね。アレが共通イメージになればそれはそれで問題になりそうだけど。
「おい、そう言えばトトリはどうした?」
「あ、トトリさんだったら――」
「ただ今戻りました」
「うぉぉぉいっ!!いるならいるって言えよ!!」
「いました」
「過去形!?」
「エイスみたいな反応するわね」
音もなく背後に出現したトトリさん。いつの間に戻ったのかしら?全く気が付かなかったわ。ニンニン言っているけど、どういう意味なのかさっぱり分からないわ。
「と言う訳で、潜入をしてきました」
「おお、流石だな!!それでどうだった?」
「……」
なぜか何も言葉を発しない。あ、もしかして、
「首尾を聞かせてもらえるかしら?」
「はい。まず捕まったエイスさんですが、接触に成功しました」
「本当!?」
「おい、ちょっと待て」
煩いわよ、ゴーシュ。今私が話をしているのだから。
「はい、とても元気にしておりましたが、拙者の健闘空しく救出には及びませんでした。あと少しのところでしたが――あの邪魔さえ入らなければ」
「そう、大変だったのね。無事が確認できたのは何よりだわ」
「申し訳ございません」
「ソイツの言葉をあまり真に受けるなよ?盛ったりするからああああっ!!」
「おっと失礼、手が滑って手裏剣が」
ゴーシュの眼前を刃物が通り抜けた。空中で手が滑ることもあるのね。
「捕まっている場所ですが、あの神殿の3階ですね。見張りも置いていないようでしたので侵入は簡単ですが、どうにもあの触手が厄介でして」
「しょく……しゅ?」
「ああ、確かにあれは厄介だな」
触手ってなにかしら?2人は知っている様だけれど、私は聞いたことないわね。
「彼女はそれに絡め捕られているようで、触手をどうにかする手段が無ければ、救出は不可能ではないかと」
「分かりました。他には?」
「地下にかなりの数の少女が捕えられておりました。どうにも儀式に必要だとかで集められているようです。後は、信者ですね。正確な数は分かりませんが、カミラ神の信者が20数人ほど在中しておりました」
「儀式?」
「具体的な事は分かりませんが、少女を集めている事と関係しているようです。また、エイス殿を捕えたのも儀式が関係しているとの事です」
「そうですか。ええと、その信者たちの中に加護を受けていそうな人はいましたか?」
「判断が難しいですね。何人かは可能性があるとだけ答えます」
「分かりました。ありがとうございます、トトリさん」
さて、これで情報は出揃った。私が持ちうるカードはこれだけ。
たったこれだけで勝てるのかしら?いいえ、『勝てる』じゃないわ、『勝つ』のよ。エイスだってそうしていたはず。あの子にできて、私にできないはずがないわ!!足りない部分は知恵と策で補う!!
さぁ、もう一度宣言するわ。
「作戦会議をしましょう」
「会議だー」
「だー」
だからあなた達はダメだって。
まさかこんなトントン拍子に事が進むとは思わなかった。
彼女どころか友達もおらずニート生活を続けて数十年、貯蓄も尽きて餓死。飽食の時代と言われていたが、無いところには無かった。
死後の世界があればどんな所だろうか、そんな事を考えていた時に目の前に童帝を名乗るいかにも胡散臭い存在が現れた。
どうやら30歳を超えても童貞で居続けて生涯を終えた人間を集め、異世界送りにしているとのことだが、俺には興味が湧かなかった。
どうせ文明が進んでいない世界なのだろう?ネットやアニメ、漫画があるとは到底思えない。そんな世界に行ってどうしろと?異世界転生の主人公にでもなれと言われても、アレは見るから面白いのであって、自分がなるのはまた別の話だ。第一メンドクサイ。
しかし、そんな俺の思いとは裏腹に童帝はこの世界に送り込んだ。その際に『触手を自在に操る』という、使い道がさっぱり分からない魔法を貰ったが、どうしろと?この魔法で異世界の女をエロゲーのようにしろと?ふざけるな。流石の俺でもやって良い事とダメなことくらいの分別は付く。
異世界生活はエイクと言う街の領主にならされてのスタートだった。いやいや、こちとら元ニートだぞ?いきなり街の統治とか言われても俺困る。一応シムシティとかは触れたことあるが、現実の統治はゲームのように上手くいくはずが無い。なので餅は餅屋、役所も既に存在していたのでそこへ丸投げした。その方が上手くいくはずだ。
俺が読んでいた異世界転生モノでは、前世での知識を活かしてこの世界に無い物を産み出したりしていた。しかし、消費型オタクでしかない俺が知っている知識など、既にこの世界に溢れていた。俺より先に来ている転生者がもたらしたものだという。どうせならネット――とまでは言わないが、漫画でも作ってくれれば暇潰しもできたのに存在しなかった。誰か書いてくれ。
日々どこにも行かず、他の魔法使いとの接触もせず部屋で過ごしていた。幸い、書物はたくさんあったので、活字はあまり好きではないが無いよりましだ。
ある日、この世界のことについて書かれている書物に目が留まった。この世界は十二柱の神様が作り、今も維持しているという。あの童帝もその中の一柱なのだろうか?読み進めていると、面白いことが分かった。魔術を得るには神の声を聴く必要があるという。そして神の加護を得ることで、魔術の施行を可能となる。“魔法”と“魔術”には明確な違いがある。つまり、童帝は神ではないということか。あのような存在が別に十二柱もいるというのか?少し興味が湧いてきた。この世界に来て初めて心が躍った瞬間だった。
どうすれば神の声を聴くことができるのか?そう思いあぐねていた時、ある建築物が思い当たった。神殿だ。
俺はこの街にある神殿の一つに出向くことにした。この世界に来て何年ぶりかの外出だ。街にはいくつか神殿はあったのだが、俺の住む館から一番近いと理由からカミラ神を祀る神殿を選んだ。
神殿の中は質素でみすぼらしかった。まぁ信仰には関係ない事か。シスターたちや他の信徒たちが訝しげにこちらを見てくるが気にしない。俺の興味はただ一点、神の声を聴くことにある。
しかし、どうすれば聴くことができる?祈りを捧げればいいのか?それとも神を信仰すればいいのか?それとも問いかければ良いのか?俺の声は届いているのかと。
『はい、こちらにあなたの声は届いておりますよ』
「なんだと!?」
つい大声を出してしまった。が、周りがこちらに反応する様子が無い。いや、それよりなんか止まってないか?
いや、そんなことはどうでもいい!!今の声はどこから聞こえた?頭の中に響くようだったが、
『そうですね、直接あなたの頭の中に話しかけています』
また聞こえた!!これが神の声か!?信じられん、まさか本当に神が存在するなんて!!
『おや、信じていなかったのですか?あなたがかつていた世界ならいざ知らず、この世界には魔法も魔術も存在します。なら、神の一柱や二柱、いてもおかしくないでしょう』
その理論はどうかと思うが、いや素晴らしい!!まさかこんな簡単に神の証明ができるとは思わなかった。これは大発見なのでは?
『いえいえ、魔術を使うことができる方々は少なくとも私の同r――他の神の声をきいてますので、その方々は神はいるということを知っていますよ』
なるほど、そうなると魔術を使えない人間には神が存在することを知らないのか。いや、どうでもいい事か。他の人間の事なんぞ。
一気に興が醒めた。昔から飽きっぽい性格をしていたからな、死んでも治らなかったか。さて、帰って別の本でも――
『ところで、あなたはどうして魔法使いらしいことを行わないのですか?』
神の方から俺を呼び止めてきた。魔法使いらしいこと?ああ、童帝が何か頼んでいたことがあったな。もう内容を忘れてしまったが。メンドクサイことはやりたくない。
『ふむふむ、なるほど。あなたのようなタイプもいるんですね~。世の中広いもんですよ』
何の話をしているんだ?
『いえいえ、こちらの話なんですが――お願いを1つ聞いてもらってもよろしいでしょうか?』
お願い?神様がわざわざ俺に何を頼むんだ?
『他でもない、あなただからこそ頼めることなんですよ』
――ほう?続けて。
『確かに神の声を聴くことはある程度の人間なら可能です。ですが、このように会話をすることができる人間は数が限られております。そして、あなたはその中の貴重な1人なのです』
ふむ、そうなのか。それで、頼みって言うのは?
『ええ、実を申しますと、我々神々は天界に封印されておりまして、こうやって加護を与える事しかできないのです』
封印とな?そして、天界だと?中々心を擽られるワードが出てきたな。しかし、なんでまたそんなことに?
『かつて神々は地上で人間や他の生き物と一緒に暮らしておりました。しかし、ある戦いが起き、神々は地上には必要無いとされ、天界に帰ってしまったのです。そしてある一柱の神が封印を施してしまい、地上に降り立つことが出来なくなってしまったのです』
そんなことがあったのか。今まで読んだ書物にはそんな記載無かったが、
『それこそ大昔の話ですので。その後、神の加護を受けようと思った生物には与えるということが可能になったのですが、私には今の世の中を許せないのです』
許せないだと?どういう意味だ?
『仮初の平和、貧困、暴力、差別等々この世界はまだまだ未発達となっています。今一度、神と人が一緒になって世界を変えていきたいと思っているのです。今の私はただ見守るだけ、それが非常に歯痒く感じております』
なるほど、そんな思いがあったのか。
『ええ。しかし、ついに私は私の意思を伝えられる方と交信ができました!!このチャンスを逃したくありません。どうかお手伝い願えませんか?あなただけが頼りなのです!!』
しかし、俺にできることなんて――
『ありますとも!!いえ、あなたにしかできないことです!!』
そ、そうかな?
『そうですとも!!私が地上に降り立った暁には、あなたは世界の救世主となるのです!!この腐った世界を変革し、新たな世界を作る救世主に!!』
俺が……救世主?悪くない響きだ。まさかこんなところで、人生逆転のチャンスが転がり込んでくるとは!!
やろうではないか!!この憂いた世界を共に革命しようじゃないか!!それで俺はどうすれば良い!?
『はい、そうですね。私が地上に降り立つためには器が必要となります。女性、特に少女の身体が最適ですね。できる限りの数を集めていただきたい』
なるほど、その少女を依り代にするわけか。分かった、俺に任せろ!!
『数が多ければ、私の器となる素体が見つかる可能性が高くなります。頑張ってください!!』
ふっと、張りつめていた様な空気が緩んだ感覚があった。あの神との交信が終わったのだろう。周りの時間も動き出したようだ。成程、神との交信は時の流れすら超越するのか。
教会内には何人かの信者がいた。しかし、彼らは加護を受けることができても、神と会話をすることはできない。俺だけだ。俺だけが神との繋がりを持っている。
「くっくっくっ、ははははは、あぁーっはっはっはっはっはっは!!」
笑いが止まらないとはまさにこのことか!!周りのざわめきなんて全く気にならない。そうだ、俺は救世主となるんだ!!
「聞くがよい!!俺――いや、吾輩こそは神の声を聴き、選ばれし者だ!!」
ざわめきが大きくなった。ふん、凡俗には分からんよな、こればっかりは。
「あいつ、誰だよ」
「誰か医者呼んで来いって」
「いや、オレが神だ」
愚民共め愚かしい。そもそも、吾輩が誰なのか分かっていないようだな。ならば教えよう。そう、吾輩は全ての者たちを救うのだ!!
「吾輩はこの街――エイクの領主にして魔法使い『触腕触手』ザインである!!」
「あ、あんたがあの引きこもり領主かよ!!」
「初めて顔を見た」
「引き籠っていたからな!!しかし、そんな過去は捨てよう。吾輩は今日、神の声を聴いた。そして言葉を交わし、神を再びこの地上に下ろすことを約束したのだ!!」
「「「な、なんだってーーーー!!?」」」
「神は言った!!再びこの地上に下り立った暁には、世界に本当の平和と幸福をもたらすと!!そのためには少女の器が必要だと。吾輩は誓ったのだ、神の器を、見つけだし、欺瞞に満ちた世界に革命を起こすことを!!さぁ、吾輩と共に来たくば来るがよい!!奇跡を起こす瞬間を見せてやろうではないか!!」
ざわめきが大きくなった。しかし、先ほどまでの否定的な空気ではなく、
「「「オール、ハイル、ザイン!! オール、ハイル、ザイン!! オール、ハイル、ザイン!!」」」
この瞬間、吾輩たちは一つになった。
「よろしい!!では共に行こう!!全ては我らが神、カミラ神の降臨!!」
「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」
こうして吾輩たちの救済への旅は始まった。どんな少女が神の依り代になるかは分からなかったので、ひたすらに、赴くままに集めた。
そしてウィーロの街に不思議な少女がいるという噂を聞きつけ吾輩たちは目指した。この街にも魔法使いはいたはずなのだが、出会うこともなく占拠をし、捜索とあいなった。
そして数日後、ついに吾輩は出会った。見目麗しく、可憐で、愛嬌もあり、それでいて力を秘めている瞳をしている少女だった。アンバランスさを持ちながら、ひとたび均衡が崩れればすべてが台無しなりかねないその少女に吾輩は心を奪われた。そして確信をした。彼女こそ、神の依り代に相応しい器ではないかと。
欲しい、なんとしてでも彼女を捕まえるんだ!!彼女ならば神も満足するだろう。
すべてはこの世界に楽園をもたらすために!!
神を下すための供物は揃ったはずだ。しかし、いまだにあの神が地上に降りてくる様子はない。なぜだ?彼女では器として足りえないのか?それともまだ他の少女が必要だったりするのだろうか?だが、この街の少女はもう集め尽くしたはず。これでも足りないというのなら、また別の街へ行かねばならない。
それとも、あの少女の浄化を優先させるか?あの少女は間違いなく洗脳されている。おのれ、卑劣な魔法使いめ。あどけない少女になんて惨いことを。そうだ、きっと神は清らかな身体にしか下りられないのだ。そうに違いない。ならば早速、彼女の洗脳を解かねばならないな。
「失礼します、司祭様!!」
「何事か?」
思いを共にする信者の1人が慌てた様子で自室に入ってきた。もしや外敵が現れたか?
「ゴーシュと名乗る者が面会を求めております!!」
「ゴーシュ?ああ、確かこの街の魔法使いではないか。今更出てきたのか」
吾輩がこの街を占拠した時には姿を現さなかった奴が今更何の用だ?別の場所にいて、帰ってきたとかか?それにこのタイミング、何かあるんじゃないだろうか。用心にこしたことはないが、相手は魔法使いだ。無碍にもできまい。
「分かった、通すがよい」
「かしこまりました!!」
なんであれ、吾輩の野望は止められん。
「これはこれは、お初目にかかります。俺様――私がこの街の本来の魔法使いであるゴーシュと申します」
「む?」
「どうかされましたか?」
「いや、その、なんだ。そう下手に出てくるとは思わなくてな。吾輩――いや、折角魔法使い同士なんだ、普段の口調に戻すか。ザインだ。一体何の用だ?と言っても大体予想は付くか、この街を取り返しに来たのか?」
「いいえ、用件はそこではありますが、内容が違います」
どういうことだ?この街の統治権を取り戻すために来たのではないのか?こいつ、もしやなにか企んでいるのではないか?
「実を申しますと、私には街1つを統べるには荷が重すぎると思っていたのです。しかし、ただ見ず知らずの魔法使いに受け渡しては体裁がどうにも悪い。そこで、ザインさんに本当にこの街を統治していただきたく、お願いに参った次第でして」
「なるほど、しかしなんで俺なんだ?俺とあんたは初対面だろう。そんなやつに簡単に街の統治を頼むなんて、それこそ体裁が悪いんじゃないのか?」
「それはですね、エイクの街並みを知ってしまったからですよ」
エイクの街並みだと?あの街がいったいなんだ?何の変哲もない、どこにでもあるような普通の街だぞ?
「とんでもない、あの街こそ私の考える理想の街なのですよ。住民が笑顔でいて、豊かで幸せな街、あのような街を統治できる領主はさぞかし優秀な領主ではないのかと思った次第です、はい」
ほほう?い、いや、しかし、エイクの街の為政に関しては役所に丸投げにしているから俺の手柄ではないような。
「いえいえ、あの街の有り様こそ、ザインさんの――いやザイン様だからこそ成せたと思います!!」
そ、そうなの、かもしれんなぁ。あえて、あえてだよ?あえて何もしないという事で良い結果を産み出すメソッドを確立させてしまったわけか。くっくっく、自分の才能が恐ろしいな。
「うむうむ、そこまで言うなら俺がこの街を統治しても構わないが……」
そうだ、俺の目的は街の統治なんて小さな事なんかじゃない。もっと大きな――そう、この世界そのものの救済だ。その目的達成の前にこんな些事に構ってはいられない。
「その申し出、受けたくはあるのだが――」
「存じ上げておりますとも、ザイン様は世界の救済を行おうとしているのですよね?」
「なぜそれを!?」
どうしてこの男がそのことを知っている!?
「信者の方が言っておりましたよ?ザイン様こそ、この世界の救世主に相応しい方だと。当然私も思っておりますとも。ザイン様の理想が全世界に広がった時こそ、世界は救われるのですから」
あいつら……愚民とか言ってスマン!!そうだよな、こんな遠くまで来るのに文句も言わず着いて来てくれたんだもんな。故郷を離れてさ。目頭が熱くなってきた。
「そうだ、だからこの街だけを統治するということができないんだよ」
「そうですか――ところで、世界の救済や神を下すと聞きましたが、どのようにされるのつもりで?」
「ん?ああ、少女を依り代にして神を下すんだよ。そのために器になりそうな少女を集めているわけだが、中々いい素材に巡り合えなくてな。先日、コレは!!という者に出会ったのだが、それも上手くいかなくてな」
「なるほどなるほど、それでしたら、私にも手伝える事があるのかもしれませんな」
手伝いだと?一体何を手伝うというのだ?
「ええ、実はザイン様が少女をお集めになっておられると聞き、私の方でも用意しておりまして、近くに待機させております」
「なんだと!?」
なんと手の早い!!こいつ、優秀じゃないか!!俺の野望に更に近づくかもしれないな。
「すぐに、すぐに連れてくるんだ!!」
少ししてゴーシュは少女たちを連れてきた。なんと3人もだ。おいおい、こいつマジ優秀じゃないか。
連れてこられた少女は、ふむ、少し幼すぎるきらいがあるが――いや、このような無垢な少女の方が器として良いのではないか?自分たちの置かれている状況がちゃんと理解できていない様子で、部屋をきょろきょろしていて落ち着きが無い。うーむ、可愛い。
「満足いただけましたかな、ザイン様?」
「む?あ、ああ、お前の思い、このザインしかと受け止めたぞ」
「それは何よりです。そこで大変申し訳ないのですが、こちらの書状に名前をいただけませんか?我々の友好の証として、記念を残したく思いまして」
「ふむ、そういうことなら、喜んで――」
待て、なぜそうなる?ゴーシュは俺にこの街と少女を差し出した。これは言わば隷属だ。恭順したはずだ。だというのに、その証を残す?一体何のために?
もしかしてこの男、ここまでの話は全てこの時のためのお膳立てではないのか?だったら、
「失礼、その書面を拝見しても?」
「?ええ、かまいませんが?」
書類はマジックアイテムの類いではなさそうだ、ただの紙だな。魔術契約を交わすつもりではない?では本当にただの書面で残したいだけなのか?文書の内容も、小難しく、回りくどい事が長々と書いてあるが、要約すれば『街の統治よろしく』と書いてあるように思える。
穿ちすぎたか?疑心暗鬼になり過ぎただろうか?本当に好意で行われているのではないか?いくら考えても答えは出てこない。このまま、サインしてもいいのだろうか?
「突然の申し出、怪しまれるお気持ちは分かります。ですが、これこそ私の嘘偽りのない気持ちなのです!!」
「そ、そうか。うむ、ではここに署名しようではないか」
「ありがとうございます!!」
気圧されたわけではないぞ?ゴーシュの熱意に感慨を受けたからこそ、署名をしたんだぞ?そこは間違えないように。
「では、これでエイクとウィーロの同盟は締結ということで――」
「大変です、ザイン様!!」
突然、部屋に信者が入ってくるなり叫んだ。
「何事だ!?」
「あの少女が!!捕えていた魔法少女が奪われました!!」
「なんだと!?ゴーシュ、貴様謀ったな!?」
「くっくっく、いやぁ楽しいなぁ。あの時のアイツもこんな気分だったのか。これはクセになりそうだな」
本性を現しやがったな!!しかし、甘い、甘すぎる。この神殿の中には信者が数多くいる。容易に逃げ出せるはずが無い。
「なるほど、時間稼ぎか。吾輩をこの場に留まらせておいて、別の人間であの少女を助け出したと。それで?そこからどうするつもりだ?このまま無事に逃げられると思っていいるのか?」
「おいおい、お前はなにか忘れちゃいないか?この俺様がいったい誰なのか?」
「何ぃ!?」
なんだこの余裕は?この男がいったいなんだというのだ?
「俺様こそ、ウィーロの街の領主にして魔法使い『竜召喚士』ゴーシュ様だ!!貴様のような社会不適合者魔法使い如きが統治だと?ふざけたことをぬかすな!!この街は俺様のものだ!!」
「なんだと!?」
だからどうしたと吐き捨てられない事を言いやがった!!『竜召喚士』だと!?まさかこいつの固有魔法は俺と同系統なのか!?
だったら、召喚速度勝負になるか。吾輩の触手召喚が早いか、やつのドラゴンの召喚が早いか。
「大変です、ザイン様!!神殿内に騎士たちが入り込んできました!!」
別の信者が部屋に入りそう言った。さっきから聞こえてきた喧噪はその声か!!
「貴様、いつの間に!!」
「言っただろう?この街は俺様のものだって。お前の思うようにはさせねえよ」
「くそっ!!」
「おっと、妙な真似は止めてくれよ?ここでドラゴンを召喚したらどんなことになるか、分からないほどバカじゃないだろ?それとも説明が必要か?ん?」
クソがぁ!!なんだこいつの煽りセンス!?同じ魔法使いとは思えん!!
「ゴーシュ様、無事ですか!?」
「いいタイミングだ、ケイナ。この子たちの避難を。怪我でもさせたら俺様がどうなるか分からんから丁重に扱えよ?」
「分かりました。ああ、地下に捕えられていた少女たちも避難は完了していますので、あとは貴方だけです」
「分かった、すぐ行く」
ああ、幼女たちが連れて行かれる。誤算だ、完全に吾輩のミスだ。この男の真意に気が付かなかったのが吾輩の失敗だ。
だが、まだだ、まだ終わっちゃいない。吾輩は神に選ばれた存在、他の誰でもない、この吾輩こそがだ!!
「おっと、妙な真似はするなよ?いいのか?俺様のドラゴンが言葉通り火を噴くことになるぞ?」
「構うもんか!!少女たちを連れだしたのは失敗だったな。もはや吾輩が手加減をする必要が無いということだ。とくと見よ!!神に選ばれし吾輩の魔法を!!『触腕触手』の力を!!」
「な、ちょ、ちょっと待て!!いいのか?本当にいいと思っているのか?俺様がこの狭い部屋にドラゴンを召喚すれば、お前ごと踏み潰すぞ!?」
「構うかぁ!!」
もはや何の躊躇もしていられない!!まずは目の前の男を排除し、あの少女たちを取り返すのだ!!
「待て待て待て!!そ、そうだ!!そういや、もしかして神に選ばれた魔法使いってお前だけだと思ってないか?」
「な……に……?」
なんだと?それはまさか――いや、ありえない!!カミラ神が吾輩に言った、吾輩こそがこの世界の救世主となる存在だと!!これも虚言か!?
「簡単な話だよ、お前を選んだ神はカミラなんだろ?俺様はブラキ神を信仰している、つまりはそういう事だよ」
「そんな……嘘だ!!吾輩だけが!!吾輩だけが特別だと!!吾輩にしかできないことだって、神は言ったんだぞ!!」
「一応聞くが、そいつ――本当に神様だったのか(・・・・・・・・・・)?」
「え?」
あの声が……神の声じゃ……ない?
だったら俺はいったい今まで何を……?
「ん?あのバカ!!マジかよ!?まだ中に俺様が――」
ゴーシュが何かを喚いているが頭に入ってこない。吾輩は――俺は何を信じたらいいんだ?
ふと顔を上げると。窓の外が明るい。なんだあの光は?
もしかして、あれは神がこの地上に下り立つ光!?やはり神はいたんだ!!俺は間違っていなかった!!おお、神を!!吾輩はここにいますぞ!!
しかし、その光は無慈悲にも神殿ごと吾輩を飲みこみ、圧倒的な破壊力をもって降り注いだ。
「カミラ神様、どうして……」
光の向こうに見えた影は――
「やっべぇ。クセになりそうだな、この威力」
あの時と同じ、光り輝く黒髪の戦乙女だった。
「ゴーシュ、あなた囮になりなさい」
「は!?」
策は思いついた。策と言ってもあまりに拙いもんではあるけれど、他力本願な部分が多数あるけれど、これがたった1つでもない冴えないやり方だとしても(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)!!私はこの策で行くことを決めた。
「なんで俺様が囮にな――その刃物を下せ!!」
「下してちょうだい、トトリ」
「チッ。つべこべ言わずやればいいのに」
説明をしましょう。この愚かな策を。
「ゴーシュがザインの足止めしている間にエイスを助け出すわ。その後はエイスになんとかしてもらいます」
「そんなもん策って言わねえんだよ」
分かっているわ、でも私にはこんなことしか思いつかないのよ!!
「穴しかねえだろ。まず、どうやってザインを足止めする?次に、どうやってあの小娘を助け出す?触手に絡めとられているんだろ?最後に、あいつは一度ザインに負けているんだろうが、次やったら勝てるって本気で思っているのか?」
ええ、そうね。ゴーシュの言い分は全て正しいわ。そして、私自身それについては一度考えた、そして答えは出なかった。だから――
「だから、お願い、一緒に考えて。この作戦を成功させるのはどうすれば良いのかを」
「お前な……正気の沙汰じゃねえぞ。そもそも、あの小娘が負けた時点で俺様の思惑は潰されているんだよ。だから俺様はこの件に関わりたくねえんだよ。あのデブは神様を下すのが目的なんだろ?達成したら元の街に帰るかもしれねえし、それまでの我慢だな」
「ゴーシュ……」
「諦めるんだな。ま、精々あの小娘が神の器?ってのにならねえことを祈るんだな」
やっぱりこうなるのね、分かっていたことだわ。だから私は別の手段をとることにするわ。
「ねぇ、ゴーシュ。あなた魔術契約の事を覚えているかしら?」
「あ?胸糞わりぃもん思い出させんな。お前らが騙して結ばせた契約だろうが」
「ええ、そうね。あの中身にね、『教会の生活の質を向上すべく、処置をとる』ってあったの覚えているかしら?」
「ああ?あったがそれがどうした?具体的なことも何も書いていない穴だらけの契約書、そんなもん持ち出して――お前!!」
「そうね、今の教会の生活の質はどうかしら?随分と不憫な生活を強いられているよう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)に見えるけど(・・・・・・)?」
ザインに街が占拠されてしまい、教会にいる人間の生活へ悪影響を及ぼしている。チュチュたちがまだ無事だということは恐らく、教会から外に出ることができないのだ。事実、私が一人で街を歩いているだけで連れ去られそうになった。
これでは生活の質の向上どころではなく、マイナスだ。このままでは契約不履行となり罰が下ってしまう。
「貴様ぁ!!ああ、クソッ!!分かったよ!!やればいいんだろ、やれば!!」
「というか、やりませんと身に危険が及びますよ?」
「だから分かったと言っているだろ!!クソが!!お前のやり方、あの小娘に似てきたんじゃないのか!?」
「えぇ……」
心外だわ、私がエイスと似てきているだなんて。
「ごめんなさい、ゴーシュ。魔法使いと対等に話せるのは魔法使いのあなたしかいないのよ」
「“元”だけどな。ああ、だったらそこのガキどもを借りていくぞ」
「チュチュたちになにさせるのよ!?」
「幼女を連れて行くとか外道ですか?いえ、下衆ですね。クズと言っても過言ではありません」
「過言だよ!!あの勘違いしている野郎と交渉に使うんだよ。説得力を持たせるために借りるだけだ。あいつに連れて行かせたりはしねえよ」
分かっている、頭では分かっているんだけれど……この子たちを巻き込みたくはないわ。エイスもこんな気分だったのかしらね。
「ハイ姉、ワタシ行く!!」
「ヤオ!?」
「私も……エイスお姉ちゃんを助けられるなら……」
「チュチュも~」
「トゥ、チュチュ……本当にいいの?危ないことになるかもしれないわよ?」
「「「いい!!」」」
「あなたたち……分かったわ。ゴーシュ、この子たちのことをよろしく頼むわね。怪我でも負わせようものなら――分かっているわね?」
「へいへい」
これで、ザインへの時間稼ぎにめどが立った。次は――
「どうやってあの小娘を助けるかだな。トトリ、お間の刃物じゃダメだったんだろ?」
「そうですね、斬ることは可能でしたが、すぐに再生をしましたので。私ではどうしようもありません」
エイスの救出が絶対となっているこの策、これだけは失敗ができない。
「トトリさんはエイスがザインと戦っている所を見ていたのよね?」
「ええ、少女が空を飛び、魔術――いえ、魔法ですか、魔法を使って迫る触手をばっさばっさ撃退!!しかし、悲しいかな、物量には勝てずそのまま捕まってしまいました」
一度聞いた話だ、だけど腑に落ちない所がある。
「どうしてエイスはまだ捕まったままなのかしら?」
「は?そりゃ負けたからだろ」
「でも生きているのよ?だったら、絡め捕られている触手を魔法でどうにかして脱出できるんじゃないの?そうよ、そもそも、どうしてエイスはザインに負けたのかしら?」
正直、私にはエイスが負ける姿が思い浮かばない。あの魔法を無効化するスオウに勝ったのよ?そのエイスが負けるなんて――その触手っていうのが魔法を無効化するのかしら?と思っていたけど、エイスの魔法が通用していたみたいだし……
「ああ、そのことでしたら、触手に触れられると力が抜けるそうですよ?」
「は?なんだそりゃ?って、ああそういう事か」
ゴーシュが納得しているけど、私には全く意味が分からない。
「ああ、お前さんには分からないか。なんというかだな、あの小娘は魔法少女なんだろ?」
「ええ、そうね」
本人が何度も言っていたわ。
「魔法少女ってのは触手に弱いんだよ、古事記にもそう書かれている」
「コジキ?」
「いや、気にするな。とりあえずそう言うもんだと思ってくれればそれでいい」
ゴーシュもエイスみたいによく分からない事を言うわね。なんなのかしら?
それはさておき、あのエイスにも弱点があるなんて思わなかったわ、覚えておきましょう。でも魔法で倒せたりするのよね?だったら、
「ゴーシュの召喚したドラゴンって魔術でも倒せるのかしら?」
「はっ、俺様のドラゴンを魔術如きで倒せるかだと?」
「やっぱり無理なのかしら」
だとしたら方法を――
「できるぞ」
「ハイディ様、こいつの首を落としましょうか」
「教会内ではやめておきましょう、掃除が大変だわ」
「えぇ、そこまでのこと……?」
くだらない冗談に付き合っている暇はないのよ。
「バハムートや、巨大なドラゴンならいざしらず、ぶっちゃけ魔術でも倒せることは可能だ」
「そう、それで――触手とドラゴン、どっちの方が強いのかしら?」
「そんなもんドラゴンに決まっているだろう」
決まりね。
「分かったわ、だったら私がその触手をなんとかします」
「マジか?」
「ええ、大マジよ」
「ご安心を、いざとなればハイディ様の身の安全は守ります」
「そうしてくれ」
これで光明が見えたわね。最後の懸念事項は、
「エイスがもう一度ザインと戦って勝てるか、だけど――これは考える必要は無いわ」
「どうしてそう言い切れる?」
「あのエイスですもの、同じ相手に二度も後れを取るはずが無いわ」
「そうかよ。と言うか、そうじゃねえと全員が困るんだけどな」
そう、最後の最後はエイス頼りのこの作戦。だけれど、不思議と失敗するヴィジョンが見えない。どうしてかしらね?ああ、きっとあの娘に影響されたんだわ。でも、嫌じゃない気分だわ。
「ついでだ、アイツの計画を滅茶苦茶にしてやろうぜ。軍はまだ詰所で軟禁されているんだな?あいつらも使って神殿内の子どもたちを解放するんだ。数でなだれ込めば信者たちも迂闊には手を出せないだろうな」
「良いわね、それでいきましょう」
さぁ、私たちの反撃開始よ!!守られているだけの女の子じゃないんだから!!
「どうやらゴーシュとザインの話し合いが始まったようですね」
「そそそそそそそうね」
「おや、どうしましたお嬢様?顔色が優れませんが」
「そりゃそうよね!!なんでわざわざ屋上にいるのかしら!?」
ゴーシュが時間を稼いでいる間に私たちでエイスを救いだす、のはいいんだけど、なんでこんな所から侵入するのよ!!下から入ればいいじゃない!!ああもうやだぁ、高いところ怖いぃぃぃ。
「仕方がありませんよ、なにせ一番上に捕らわれているのですから」
「ああもう、さっさと助け出すわよ!!」
「では、前回の侵入経路を使いましょう。えいや」
と、天窓を躊躇なく破壊するトトリさん。え!?なにしてるの!?そんなことをしたら、
「さあ、お嬢様、お手を」
「えぇ……これでいいの?」
何事もなく神殿内に侵入する私たち。これでいいのかしら?いいことにしましょう。ゴーシュが時間を稼いでいるんですもの、早くエイスを助けないと。
「それにしても悪趣味な部屋ね、なんなのかしら?何かうねっているみたいだけど」
「それも触手みたいですよ」
「これも!?触手ってなんなの!?」
そういえばついぞ聞くことができなかった触手だけど、なるほど、これが触手ねぇ。触りたくないわね。
「あの部屋が捕らわれていた部屋ですよ」
と、曲がり角から部屋を覗きみる。
うーん、やっぱり見張りが立っているわね。まずはあの見張りをどうにかしないといけないけど、騒がれると面倒なことになっちゃうわね。
「えいや」
「ぐふっ……」
可愛らしい声と共に、ドサリと人が倒れる音がした。
何をやっているのよ、トトリさん……
「ほら、早く早く」
「もうちょっと穏便に済ましません?」
「悪人に人権無し、ですよお嬢様」
「――それもそうね」
あの信者さんが悪人なのかはさておき、嫌に滑る扉(二度と触りたくない感触だわ)を開けるとそこにエイスはいた。
「エイス!!」
「……ハイディ!?御免なさい!!」
「おやおや、もう尻に敷いているのですか」
良かった、元気そう――ではなさそうだけど、ちゃんと生きているし、怪我も無さそう。力を奪われているとのことなので、顔色が少し悪いが、無事だった。
つぅっと目尻から熱いモノが流れ落ちた。
「どうした!?どこか痛むのか!?それとも怪我しているのか!?大丈夫か!?」
大丈夫じゃないのはあなたでしょう、全く。こんな時でも私の心配をするのね、エイスは。
「良かった、ちゃんと会えて、本当に良かった」
「ハイディ……無茶するなぁ、こんなところまで来て。怖かったろうに」
「そんなこと無かったわ」
「そっか、つえぇな、ハイディは」
「そうよ、言ったでしょ?自分の身を守れるくらい、私は強いのよ?」
「そうだったな」
「ご歓談のところ失礼します」
「「うぉぉぉぉぃ!?」」
トトリさんのことすっかり忘れていたわ。これが2人の世界に入り込んでいたってやつなのかしら?おかしいわね、女の子同士なのに。
「あんたはあの時の忍者か。有難う、ハイディを守ってくれて」
「礼には及びませんよ、それなりの報酬は頂いておりますので。それよりも、少し急いだほうがよろしいかと」
「どういうこと?」
「他の信者がこちらに近づいてきています。拙者はそちらの対処をいたしますので、お嬢様は触手をお願いします」
仕方ないわね。多分これが最適の配役なのだ。
「お、おい。ハイディがどうにかするってどういう事だ?あの忍者がこの触手なんとかしてくれるんじゃないのか?前は切れなかったけど」
「任せなさい、エイスの魔法で触手を倒せるんでしょ?だったら私の魔術でも試してみる価値はあるわ」
「ハイディの魔術?」
そういえば、言ってなかったわね。私、魔術を使えるのよ?
「深く 深く 願い 奉る 我が道を 阻みし物を 撃ち滅ぼさん あ、ちょっと痺れるかもしれないけど――我慢してね?『稲妻の連鎖(チェィン・ライトニング)』」
二股に別れた稲妻はそれぞれ、エイスを捕縛している触手へと飛んで行き、
「あばばばばばばばばばば」
エイスもろとも直撃となった。
このまま倒し切れるかと思いきや、すぐに再生をし始め、再びエイスを捕える。
「うーん、『稲妻の連鎖』じゃ倒しきれないわね。もっと威力ある魔術じゃないとダメかしら」
「その前に死ぬわ!!なんだよ今の威力!!え?もしかしてハイディさん怒ってます?」
「怒ってないわよ」
「怒ってる人はみんなそう言うんだよ!!」
「怒ってないわよ!!」
「漫才なら他でやってくれない?というか、そろそろ時間がまずいわよ?騎士たちも神殿内に入りこんできたみたいだし」
「は?もしかしてケイナたちも来てるのか?」
だとすると確かに時間が無いのかもしれない。ゴーシュがどうやって時間を稼ぐかは不明だったけど、持てるカードを切りつつある現況、確かにあまり時間も無さそうだ。
「クソッ、おいそこの忍者!!一旦ハイディを連れて脱出しろ!!このままじゃハイディまで捕まっちまう可能性がある!!」
「そうしたいのは山々なんですがね、お嬢様が聞きませんよ?」
ええ、そうよ。今回の作戦、エイスを助け出すのが最優先事項、ここで逃げ出すなんて愚の骨頂よ。
「おい、どうした!?何があった!?」
部屋の外から大きな声が聞こえた。しまった、見張りの男をそのままにしていたわ。
「お嬢様!!本当に時間がありません!!できる限り持ちこたえますが、できることがあるなら早く!!」
「ハイディ、早く逃げろ!!こんな触手なんか俺がなんとかするから!!」
「できないからこうやって捕まっているんでしょ!?」
だとしても、どうすればいいの!?時間はかけられない、これ以上魔術の威力を上げるとエイスが危険。色々対処方法を考えてきたけど思考が纏まらない。
「ハイディ!!」
「お嬢様!!」
「貴様ら!!ここで何をしている!?出てこい!!」
「ああもう!!やってやるわよ!! 深く 深く 願い 奉る この世に 邪する物を 消し去れ『対抗呪文(カウンタースペル)』」
呪文を詠唱し、触りたくなかった触手に触れ、エイスを捕えていた物を消し去った。
支えるものが無くなり、倒れ込むエイス。そのまま、私は抱きとめた。
エイスってこんなに小さかったのね。知っているようで知らなかったわ。いつもの言動から勘違いしていたわ。
「お帰りなさい、エイス」
「……ああ、ただいま、ハイディ」
「なんて感傷に浸っている場合じゃないですって!!早く逃げますよ!!」
今にも部屋の扉が破壊されそうなのを見て慌ててしまう。だけど、不思議と怖くは無かった。だって、
「よし、いったん外に出るか!!」
私とトトリさんを抱え空を飛ぼうとする。が、中々浮かび上がらない。
「あ、やっぱダメだわ」
と、トトリさんを放り投げるエイス。
「悪い、自分で脱出してくれ」
「ちょっとぉ!?誰のおかげで助かったと思っているんですか!?」
「だから言ってんじゃん、悪いって」
「謝るくらいならワタシも連れて行きなさいよ!!」
「大丈夫大丈夫、忍者はこんなことくらいで死なないって。俺信じてるよ、あんたなら無事に脱出できるって!!」
そう言って、私を抱きながら神殿から脱出をしようとする。
「覚えておきなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「はっはっは、忘れるまで覚えておいてやるよ!!」
「やめなさいって」
とはいうものの、いつも通りのエイスを見られて内心嬉しかったりする。
ものの数十秒で神殿上空に飛び出た。
「ところで、体調は大丈夫なの?私、重くない?」
「そうだな、実はちょっと重かったりイテェ」
乙女パンチ。すっかりいつも通りのエイスね、安心だわ。もしかしてそのための軽口だったのかしら?
「お、忍者も脱出したか。やればできんじゃん」
「トトリさん、良かったけど、悪い事をしちゃったわね」
「なーに、向こうは大人だ。気にすることはねぇよ」
「そんなものかしら?」
「そんなもんさ。よし、魔力も大体戻ってきたし――ザインをぶっ飛ばすとするか」
流石エイスね、そうくると思っていたわ。
「と・り・あ・え・ず、この悪趣味な神殿をこの世界から跡形もなく消し去ってやるか。あの時使えなかった魔法でぶっ壊してやろう。天光満つる処に我は在り――」
「あ、だめよエイス!!あの神殿の中にはまだゴーシュもいるはずだから!!」
「黄泉の門開く――は?ゴーシュまで動員させたのかよ」
「一応言うと、リューコさんやチュチュたちもなんだけど……」
これ言うとエイス怒るかしら?
「ハイディ……それはあんまりよろしくないな。うーん、でもなぁ。そもそもで言うなら、俺が捕まったことが悪いんだし……」
「エイス……」
「お互い、今回の件で反省することがあるな」
「そうね、そして一緒に怒られましょうか」
「ああ。しかし、そうなるとメンドクサイが、魔力ダメージだけで昏倒させるしかないな。だったら、あの魔法だな。いっぺんやってみたかったんだよなぁ♪」
あ、これは危険なやつだわ。エイスがこんなに楽しそうなんて、余程危険な魔法を使うに違いないわ。
しかし、いつまで経っても呪文詠唱は聞こえてこない。その代わりとは言ってはなんだけど、空に掲げたエイスの杖の先に何かが集まってきている。それも膨大な量の何かが。
「ねぇ、エイス、それ本当に大丈夫なのよね?」
「もちろん!!たぶん」
「多分!?多分って言った!?」
そういう間もどんどん集まってくるナニか。もしかしてこれ全部魔力なじゃ……
「いっくぞー、これが俺の全力全開!!『スタァァァァァライトォォォォォォォォ・ブレイカァァァァァァァァァァァッ!!』」
放たれた光は神殿を飲みこみ、全てを破壊し尽くした。
「いっけね、やりすぎたか」
「やりすぎよ!!」
崩壊し、原型をほぼ留めていない元神殿兼元館近くに下り立った。
うーん、ちょっと頭に血が上りすぎたかな。まさかここまでの威力とは思わなかった。
「エイちゃっ!!」
「ぐふぅっ」
横からとてつもない衝撃がきた。この世界に車があったのか!?と思ったが、突っ込んできたのは他でもないチュチュだった。この小さい体のどこにこんなパワーが……
「エイ姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん!!」
「ギャンッ!!」
さらに衝撃追加。そうだよな、チュチュだけなわけがないわな。
抱きつきながら泣く子どもたち。ああ、こんな小さい子どもを泣かせちまったか。悪い事をしたな。
とりあえず子どもたちを宥めかす。また甘食でも出すか?そう考えている中、
「無事で何よりです、エイスさん」
騎士の1人が声をかけてきた。
「ケイナか。ありがとうな、この子たちを守ってくれて」
「いえいえ、自分たちはなにも。結局のところは彼のおかげなんだと思います」
「ああ、そうだな」
聞けば、ゴーシュがザインと対峙し、時間を稼いでくれていたとのことだ。もし、それが叶わなかったなら、今の俺たちの無事は保証されていないだろう。
「ゴーシュ、良い奴だったのにな……」
「ええ、惜しい人を亡くしました」
「勝手に殺すなッ!!」
すると瓦礫の中から人影が飛び出してきた。ひぃっ、お化け!?ゴーシュのお化け!?迷わず成仏してくれ!!なんまんだぶなんまんだぶ。
「生きてるわ!!まったく、派手にやってくれたな、おい」
「なんだ、生きてたのか」
「あぁん!?」
幼女に絡むなよ、大の大人がみっともない。
「SLBはないだろ、SLBは。もうちょっと穏便と言うか、威力の低い魔法は無かったのかよ!!」
「えー、やっぱり重破斬かインディグネイションの方がよかったか?」
「殺す気か!?」
もう、注文が多いんだから。まぁ、でもあれだ。お互い無事で何より、結果オーライってことで。
「全然感謝の色が見えんな……はぁ、まぁいいか。これでザインの野望も潰えたんだろうし」
「あ、そうだ。あいつの童貞奪っとかないと。また面倒なことになりかねん。体はどこだ?」
「俺が知るかよ……ただ、近くにいたからその辺にいるんじゃ――」
「キャァッ!!」
ザインの体を探そうとした矢先に背後の方から悲鳴が聞こえた。今の声は、ハイディ!?
「ハイディ!!」
「エイス!!」
「おっと、動かないで下さい戦乙女よ」
ハイディを背後から捕える男の影、ザインだ。所々服が破けており、ダメージは確かに通っている様だが、すぐに意識を取り戻せるレベルだったようだ。
そうだ、ゴーシュがすぐに動けていたのだからザインも同様に動けるとどうして思わなかった!?
「そのままです、そのまま動かないで下さいよ?この子がどうなっても知りませんよ?」
どこからか刃物を取り出し、ハイディの顔に押し当てる。
「てめぇ、ハイディになにしてやがる!?」
「おっと、そんな風に凄まれましたら手元が狂ってしまうかもしれませんねえ」
実に小物のセリフだ、だけど……
「クソッ」
「おい、トトリはどうした?」
ゴーシュが小声で話しかけてくる。これもミスだ、トトリさんはSLBぶっぱの時に遠くへ避難している。すぐには来れまい。
「お前は俺が欲しいんだろ、だったらその子は放せ」
「ええ、ええ、そうです。これほどまでに素晴らしい素質を持つあなたなら、きっと神も満足していただける器となるでしょう」
「エイス、ダメよ!!」
「ウルサイ子どもですね」
「むぐぐ」
ハイディが触手に口を塞がれてしまう。
ん?あの触手、だいぶ弱っている?
「あと一歩、あと一歩のところまできているのです。さぁ、吾輩の触手よ!!あの少女を捕え、我が下へ!!」
「くそっ、どうにかしろ小娘!!」
どうにかしろって言ったってさ。抵抗は可能だ、撃退すら容易い。しかし、そんなことをすればハイディが――
「何をやっているんですか、あなたは」
一陣の風が通り抜けた。そしてその風はそのままハイディを捕えていた触手を切り刻み、
「き、貴様は!?」
「お前は3つの罪を犯した。1つ、他の街の侵略。2つ、魔法使い同士の戦いに他の人を巻き込んだ。そして3つ――てめえの汚ねえ触手で少女に触ったことだよ!!」
「吾輩の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「秘剣・燕返し」
飛んでいる燕すら切ったとされる剣技でザインを切り殺した。
「殺してはいませんよ、峰打ちです」
「いや、その鉄の塊でぶん殴って峰打ちとか言われても……」
「ああ、俺様もあれには違和感あったわ。え?つか、誰コイツ?」
「エイスゥゥゥゥゥ!!」
ハイディがことらに駆け寄ってきた。おおよしよし、怖かったろ?無事で何よりだ。
「なんでお前が手を広げてんだよ?」
「そんなことしておりませんよ。そんなことよりもあなたがこの街の魔法使いゴーシュですね。私はシエン、『魔法剣士』です」
「誤魔化しやがったな。ああ、“元”魔法使いだけどな。それより、このデブの童貞さっさと奪っておこうぜ。マジめんどくせえことになるわ」
「そうだな」
「こんな大通りのど真ん中で何をしようとしているのですか!?」
何って……脱童貞ショー?ああ、ショーにする必要は無いか。
それにしてもどうすっかな。どうやって童貞を捨てさせるかだけど……
「なぁ、コレ使えるんじゃね?」
「――最高」
気絶をしていても召喚された触手はそのまま残っていた。だったら、これを使って童貞を奪ってやろう、そうしよう。
路地裏に運び込ませて(太り過ぎで重かったそうだ)、下を脱がせて、レッツ初体験☆
ハイディやチュチュ達には見せないように、そこは厳重にガードしてもらった。
すると触手の姿が薄れていき、消えてしまった。恐らく童貞力を失ってしまったのだろう。なるほど、この方法でもいけるわけか。覚えておこう。
「まさか、そんなことで魔法使いで無くなってしまうのですか」
「シエンは知らなかったのか――って言うか何でいんの?」
「元々、私はザインを追っていたのですよ。彼の暴走を止めるためにね」
そうだったのか、だからザインの情報を持っていたってわけね。それだったらそうだって言ってくれればよかったのに。
「言う前に飛び出していったでしょう、あなたは」
「はっはっは」
「しかし、こちらとしても収穫でしたよ。『魔法少女』の対策が分かったわけですし」
む、その辺の話を聞いていたのか見ていたのか。だったらもっと早く出てきてくれればここまで大事にはならなかったのに。なったかな?
「お?やる気かお前ら?やんのは良いけど、この街の中では勘弁してくれよ。これ以上この街を破壊されてもかなわねえ」
「一つだけ聞かせてください。どうやらあなたは魔法使いと戦い、その資格を奪っているようですが、いったい何のために?」
「あの時の続きか。なんのためにって言われてもなぁ、童帝に頼まれたからってのもあるが――なんか滅茶苦茶な奴多いやん?だから、ちょっとは何とかできねぇかなって思って」
そう、童帝に頼まれたからとかはそんなに気にしていない。今はこの世界を、と言えば大袈裟かもしれないが、少しでもマシにできればと思っての行動だ。だって、元凶が大体魔法使いなんだし……
「なるほど、でしたら私たちの利害は一致するのかもしれませんね」
「そういやシエンも魔法使いを倒して回っているって言ってたな」
「だったらこの小娘もあいたっ!!」
余計な事を言いそうになったゴーシュの足を踏んづける。一部の人にとってはご褒美みたいなものだろ。
「今はまだ、あなたとは戦いません。いづれ決着を付けましょう」
「俺はできれば戦いたくはないけどな」
こうして、ザインの襲来によりウィーロの危機は一先ず終結した。色々と課題が見えてきたけど、どうすっかな。
「どうしたのエイス?早く帰りましょう」
「……ああそうだな」
とりあえず、明日以降に考えっかな。
触腕触手ザイン――童貞喪失
残り105人
「いやはや、こんな結果になるとはこのスィーリアの目をもってしても見通せませんでしたね」
「よく言うっすよ、どうせこうなるってわかってたくせに」
「何の話でしょうか、マムカさん」
「まぁ、自分も人の事あまり言えないっすが、ちょっとやりすぎじゃないっすか?あのザインって魔法使いをけしかけたのはあなたっすよね?」
「ははは、なにを言うのですか。マムカさん達のような中位者ならまだしも、私の様な下位者にはあの世界に介入する権限はありませんよ?」
「ええ、確かにそうっすよね、スィーリアとしてなら(・・・・・・・・・・)、ね」
「……」
「あの世界に設定されている十二の神、あれは確か下位者のあなた達に役割をそれぞれ分担されているっすよね?そして、あのザイン様が信託を受けたというカミラ神。あれは確かスィーリアの担当だったはずっすよね?」
「…………」
「沈黙は肯定と見做すっすよ?それに前も話していたっすよね、自分らの誰かが手を貸(・・・・・・・・・・)している(・・・・)って。まさかあの時のあなただとは思わなかったっすが」
「私にどうしろと?」
「特に何も?ただ、あなたの真意が知りたいだけっすよ。それが聞ければこの話は自分の胸の中だけに留めておくっす」
「まぁ、単純な話なんですがね、あの世界をかき回したいなって思ったんですよ」
「どうしてっすか?」
「だって、あの世界は童帝様のお気に入りなんでしょう?でも、あの世界は停滞して不変で、退屈だったんです。そんな世界に新しい異物でもある彼女が混ざり、大きく動こうとし始めています。そこにちょっとしたエッセンスを加えようと思いまして」
「それで、エイス様に対抗できそうなザイン様をけしかけてぶつけたと?」
「ええ、結果はご覧の有り様でした。スオウ様戦の時もそうでしたが、不利な相性を簡単に跳ね除けるエイス様を見て素晴らしいと感じましたね、はい」
「エイス様に打ち勝つには単純な相性問題ではないってことっすね」
「ええ、恐らく」
「なるほど、あなたの真意は理解したっす。こんなこと、他の誰かにもしたんすか?」
「いいえ、まだ仕込んだのはザイン様だけです」
「そうっすか」
「ですが、他の方々が何もしていないとは言えませんが」
「あなた達は……はぁ、まぁいいっす。約束通りこの話は自分との間だけの秘密っすよ」
「ありがとうございます。お礼とは言ってはなんですが、ラーメンいかがですか?驕りますよ」
「あの仕切り板が無い店だったらどこでもいいっすよ」
「寂しかったんですね」
「うん……」
「エイちゃハイちゃ行っちゃやぁぁぁぁぁぁ」
「お姉ちゃんたち、またどこかへ行っちゃうの?」
「やだやだやだやだやだやだぁ!!」
朝から子どもたちの泣き声のユニゾンが教会の前で鳴り響く。こうなることは分かり切っていたけど、さすがに今回も黙って出て行くわけにはいかなかった。リューコさんの圧が怖いんだよ……
「泣くなよ、行きづらいだろ……」
「また帰ってくるから、ね?」
さすがのハイディも困った様子。
「むー」
「だったらあなた達が行かなくても」
と言うリューコさんではあるが、昨晩色々話した通り、まだまだ情勢が不安定な街が多数あるようで。そこの魔法使いがどんな奴なのかを確認したい。
「この世界をもうちょっとでも生きやすいようにしたいから、俺たちは行ってくるよ。本当はハイディも置いて行きたいんだけど……」
「エイスだけだったら心配だし私は付いていくわよ」
今回の件、しばらく後を引きづりそうだな。
「それじゃ行ってくるわ」
「行ってきます、リューコさん」
「気を付けてね、いつでも帰ってきていんだからね?ここはあなた達の家もあるんだから」
こうして次の街へ繰り出そうとするも、また別の人間に捕まる。魔法使いと元魔法使いに。
「すみません、ハイディさんと少しお話させていただけませんか?」
「ハイディが良いなら良いけど、変なことすんなよ?」
「あなたは私をなんだと……」
「え?ロリ――」
「さぁ、ハイディさんこちらへ」
え?あいつガチでそうなの?もしかしてそれで俺と戦うの止めたの?気を付けよ……
「んで、ゴーシュはなんなん?見送り?」
「はっ、まさか。何で俺様がそんなこと。ほら、約束のモンさっさと寄越せ」
えなにこれ?カツアゲ?やだ、この元魔法使いガラ悪い……絶対生前ヤンキーだろ。童貞ヤンキーとかウける。
「誰が童貞ヤンキーだ!!お前のその煽りセンスはなんなんだよ……昨晩言ってただろ、街の防衛のためになんか俺様にくれるっていう話」
「ああ、そんなこと言ってったっけ」
「てめぇ……」
「冗談だって、ほら」
といって不定形の石を渡す。
「おい、これって」
「召喚石だよ。ほら、俺って魔法少女だろ?RPGの魔法使いの女の子も魔法少女だし、召喚に使う触媒も持ち合わせてるってわけよ」
「ホント、とんでもねえなお前。ま、有りがたくいただいておくよ――適当にしろよ、無理してまでやることはねえんだから」
「ゴーシュ……男のツンデレは気持ち悪いぞ?」
「はよ行けや」
「彼女には気を付けてください」
そう真剣な表情でシエンさんは言った。
気を付けるって言ったって、
「彼女、あなたがザインに襲われた時、人を殺してでも助けそうな雰囲気でしたよ。いえ、あれは他の何が犠牲になっても、でしょうか」
いくらなんでも大袈裟な――とは言えないわね。エイスにその気があるのは、一緒にいて分かったことだ。
「誰かのために怒ることができるのは美徳なのかもしれませんが、彼女は常人には不可能なことも可能ですので、どうかあなた自身もお気をつけてください。この世界のためにも」
「肝に銘じておくわ」
「おーい、ハイディ~、そろそろ行こうぜ~」
「今行くわー。それじゃぁ、シエンさんもお元気で。今回は本当に助かりました」
「ええ、それでは――ハイディ・スィバーハちゃん」
「どうしてその名前を!?」
しかし、私の問いに何も答えず、シエンさんは行ってしまった。
「どうした、ハイディ?もしかしてシエンに何かされたか!?」
「ううん、なんでもないの。なんでも……」
こうして私たちはそれぞれの道を進む。願わくば、いつまでもこの旅が続かんことを。
「さぁ、次はどこに行こうか」
だけどエイスが本当の私を知った時、この旅は終わりを迎えるのだろう。
その時までは、どうかこのままでいさせてください。
そんな二人を木の上から見送る影が1つ。
「行っちゃったわね。契約も遂行したし、お金も稼げたし、ようやくワタシのやりたいことができそうだわ」
木から飛び降り、体の調子を確かめる。本当になんともないのね。どういう仕組みかは分からないけど、利用できるものは利用しないと損よね。
先立つお金も豊満にあるし、しばらくはきままに暮らせそうだわ。あんな少女から巻き上げたお金だと思うと少し気が引けるが、正当報酬だと言い聞かす。
「それにしても、本当にむちゃくちゃなのね、魔法使いって。あんな風に(・・・・・)なってなきゃいんだけど」
この街で出会った魔法使いは変なのばっかりだった。そして、あいつもそんな風になってないか心配だ。ありえそうなのが怖いところなのよ……それでも、
「ワタシは取り戻すわ、あなたとの時間をね、一真」
三十歳で童貞だと魔法使いになれるってマジ?~異世界転生したら魔法少女になっちゃった~ @enhance1125
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