修羅の街へようこそ!!
「ふぅ、下界のラーメンは最高ですね。あの列を並ぶことさえなければ――おや、ヴァリサさんじゃないですか」
「え?あ、スィーリアちゃん、久しぶり~」
「ええ、久しぶりですね。そういえば、聞きましたよ。最近、仕事の調子がでてきたそうじゃないですか」
「そそそそ、そんなことないよ~」
「またまた~、転生者の設定が絶妙とか、バランスが最高とか噂は聞いていますよ」
「そうなの~?」
「ええ、サポートセンターでも話題は持ちきりですよ」
「良かった~、私のせいでスィーリアちゃんたちに迷惑かけてないか心配だったんだ~」
「変わりましたね、前は言ってはなんですが仕事に自信がなさそうだったのに」
「それは~、ううん、そうだったかも~。でもね~、ハールちゃんに手伝ってもらってから自信が付いてきたんだ~」
「と言いますと、ああ、あの方の時の」
「知ってるの~?」
「ええ、サイコロで設定したとかなんとか」
「うん、そうなんだ~。あの時、ちょっと悪いことしちゃったかな~って思って~、それから転生する人のことを考えて設定するようになったんだ~」
「おお、なんと素晴らしきことでしょう。できればあの方にもそういう風にしてあげていればもっと良かったのでしょうが……まぁ、済んだことは仕方ありませんね」
「スィーリアちゃん、あの人のこと知ってるの~?」
「ええ、浅からぬ関係になりましてね」
「あの人大丈夫だった~?」
「なんだかんだで楽しくやっていそうでしたから大丈夫なんじゃないでしょうか?」
「だといいんだけど~、さすがにもう設定弄ってあげられないし~」
「それはもう私たちではどうにもできませんね。私たちができることは教えを授ける事だけですので」
「うん……あ、そういえば~近々あの世界にまた誰か行くみたいだよ~?」
「まだ増えるのですか?一体、あの世界に何があるのでしょう?」
「分かんないけど~、でも童帝様が関与するわけじゃないみたい~」
「別の方があの世界に?それこそ謎ですね、いえ前例すら無いと言っても」
「ねぇ、スィーリアちゃん、なにが起きているのかな?」
「私にも分かりませんよ。ただ何かが起きているのでしょう、あの世界に、そして上の方で」
「何をやっているのかな?」
「さて、何をやっているのでしょうね?」
私たちは何をやっているのだろう?
いや、私はいったい何をやらされているのだろう?
恐らくこの問いに答えるのは簡単だ。しかし、その本質を答えるのは難しい。何がどうなって、こんなことになったのか、それが私にはさっぱり分からない。
「おい、嬢ちゃん、さっさと配れや」
「やっぱり怪しいなこの嬢ちゃん、なにか仕込んでるんじゃないか?」
「よ、幼女に騙されるなら本望だお」
3人目が気持ち悪い。さっさとこんなところから離れて、私は眠りにつきたい。現実逃避?それでも構わない。この訳の分からない空間から抜け出せるならなんでもしたい。
私は言われたとおりにカードを配る。そのカードは4種類のマークにそれぞれ13までの数字が入っている。
トランプ、と言われるカード。エイスがこれを見ていたく驚いていたが、相変わらずどこに驚くポイントがあるのか分からないものだ。
異質な空間。ガタガタと揺れる部屋の中に私たちよりも大きい男が4人、それとエイスと私。まるであの時の夜を思い出させるが、状況があまりに違いすぎる。
「交換無しだ」
男の1人が笑みをこぼしつつ言った。
今行われているゲームはポーカーと言われている絵札合わせ。私にはこのゲームの細かいルールがよくわからない。さっきからのゲームを見ていて、どうやらマークや数字が揃えば勝つようだが、それだけじゃないとの事がエイスの言。
「チェンジ、2枚」
別の男が苦々しく私に言ってきたので、カードを更に2枚配る。なんでこんなことしているんだろ、私。
もちろん、私が何をしているのかは分かる。ディーラーだ。ポーカーをやるにあたり、いた方が便利だということで私がやらされている。なぜ私が?私がルールをあまり詳しく知らないからだ。
「デュ、デュフフ、ぼ、ぼくは全替えするお」
「お前またかよ!!」
本当に気持ち悪い。全替えなんてほとんどやる意味のないものだ。余程初期手札が悪くなければ、それでも何枚か残すだろう。さっきから全替えしかしない。何がしたいのよ……なぜか分からないけど生理的に受けつけられないわ。
「兄貴ぃ、こいつどうなっちまったんですかね?」
「俺にも分からん……」
そうよね、出会ったときはここまで変じゃなかったものね。
「俺も交換なし、いやぁこ今晩はツイてるね」
自信満々に言うのはエイス、私の旅の同行者。正確には、彼女の旅の同行者が私なんだけどね。私よりも年下なのに時折見せる歳不相応の表情が私の心を揺さぶる。そして、それは今も。
悪い顔をしているわね。あれは何か企んでいる時の顔だ。彼女と一緒に過ごした時間はあまり長くはないけれど、それでも私は知っている。
これからロクでもない事が起こる。まず間違いない。
「コールだ」
「俺もコール」
「コ、コールするお」
向こうは全員コール、後はエイスの宣言だけだけど、
「ここでドロップするわけないよな、コールだ」
これで全員コールとなった。いよいよショウダウン。私たちの路銀全額賭けてだから負けたら素寒貧になるだけでなく、酷いことになるのは間違いないだろう。
でもそこは心配していない。心配なのは、この男たちがどんな風に出て、どうなってしまうかだ。
「7のスリーカードだ!!」
兄貴と言われた男の役はスリーカード。同じ数字が3枚揃っているからスリーカードなのだろう。
「へへ、兄貴。俺は2と4のフルハウスだぜ」
「なんだと!?」
そういうもう一人の男はフルハウス。こっちも数字が揃っているので役ができているということなのだろう。
「こいつ、こんな時だけ強くなりやがって」
「すいませんね、兄貴」
「あ、兄貴たちぃ、ぼくはストレートフラッシュだお」
「「なんだって!?」」
3人目の気持ち悪い男のカードはマークが同じで数字が順番になっている。そういう役もあるのね。奥が深いわ。
「残念だったな、お嬢ちゃん。子どもから金を巻き上げるのはなんだが、これも勝負だ。悪く思うなよ」
「ま、これも授業料ってこった」
「な、なんならぼくがお金の工面してあげようか、デュフフフ」
「おいおい、これを見てもそんなこと言えるのかよ?」
余裕の表情を崩さないエイス。完全に勝利を確信しているようだけど、なんであの手札でそんな顔ができるのかが私にはわからない。ひょっとしたらあれで強い役ができているのかしら?
「スペードのロイヤルストレートフラッシュだ」
「「「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」」
非常に驚いている男たち。反応を見るに、男たちの負けなのだろう。それにしてもポーカーとは不思議なカードゲームね。
エイスの手札の数字とマークはてんでバラバラ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)なのに勝てるなんて。
「ふざけんなこのガキぃぃぃぃ!!」
「イカサマしやがったな!!」
「あ、ありえないお!!」
男たち3人は憤慨し、こちらに詰め寄ってくる。
やっぱりこうなるのね、正直分かってたわ。まぁ、私には止めるつもりがさらさらなかったわけだし。
エイスも臨戦態勢を取ろうとする。数秒後にどうなるのかが目に浮かぶわ。
それにしても私はいったい何をやっているんだろうか。
話は数時間前まで遡る。
私たちは完全に途方に暮れていた。夜も静まっている中、教会を二人で抜け出し、当てもなく歩き続ければ当たり前のことだった。
「ねぇ、一度引き返さない?」
「いや、それをするのはさすがに……カッコつかないし……」
確かに、意気揚々と家出をしてすぐ帰ったんじゃカッコがつかないだろう。でもこのままさまよい続けるよりはマシだと思うのだけれど。
「ハイディはこの辺の地理に詳しくなかったりする?」
「たとえ詳しくても、こんな夜更けじゃ分かるものも分からないわよ」
「ですよねー」
辺りは暗闇で、光源はエイスが魔法で出したランタンだけ。相変わらず便利な魔法ね。
さすがにこのまま歩き続けるのも無理があると思い、少し開けた場所で休むことにした。エイスが火の番をするから私に寝ていろと言うのだけど、私より小さい子を置いて寝るのはさすがに気が引ける。私が無理やり着いてきたという負い目もある。なので2人で夜が明けるのを待つことにしたけど、眠い。眠いのよ……
あのコーヒーを飲んでも眠気が取れない。初めて飲んだ時は眠れなくてどうしようかと思ったのに。
エイス、少し前に出会った女の子。私より小さく歳も若そうなのに、時折、年齢不相応の表情や雰囲気を見せる。そして、どこから得たのか分からないような知識を持っている。なのに常識とかが抜けている不思議な子。普通に考えるなら、この子には関わらないで生きていけば、危険もなく、平穏に過ごせるのだろう。
でも私はその道を選ばなかった。彼女の手を取ったから?どこか危なっかしいから?私の方がお姉ちゃんだから?それらは正しいのかもしれない。でも間違いなのかもしれない。ただ単に私がこの子に魅せられたからなのかもしれない。
彼女は自分を魔法少女だといった。この世界で魔法を使う人間の殆どは忌み嫌われているというのに、なんの憚りもなく言った。
あの日の夜、私の運命が大きく動き出したのかもしれない。
なーんて。そんな風に考えるのはちょっとロマンチックすぎるかしら?
「ん?俺の顔になんかついているか?」
「ええ、目と鼻と口が付いているわよ」
「それはなにより」
これだものね、ロマンチックの欠片もないわ。
そう、これは私の単なる気まぐれが起こしたこと。そう思うことにするわ。いつかきっと、私の秘密を話せばきっとこの旅も終わってしまうから、その時まで目一杯楽しみましょう。
「さすがに眠くなってきちゃったわ」
「おう、お休みハイディ」
「ええ、お休みエイス」
今夜も良い夢を見られるかしら?
「おい、起きろハイディ!!馬車が来るぞ!!」
「静かに寝かせなさいよ!!」
「なんで!?」
ついはたいてしまった。おかしいわね、私こんなにはしたない子だったのかしら。と言いますか、私どれくらい眠れたのかしら?まだ眠くて仕方ないんだけど。
「ほら、あそこに馬車が来てるだろ!!明かりが見える」
「見えるけど、こんな夜更けに走っている馬車なんて怪しくないかしら?それこそあの時みたいに」
そう、私たちは奴隷商に売り飛ばされるところだった。そこをエイスが文字通り吹き飛ばしたので事なきをえたのだけれど。
「その時はまたぶっ飛ばすし」
「そう、かわいそうな馬車の持ち主ね……」
犠牲になることが前提になっているわね。この子、ちょっと血の気が多くないかしら?もう少し落ち着いた方がいいと思うのだけれど。
「ところで、どうやって馬車を止めるの?」
「こうやってだ!!」
とスゴイ良い顔と共に親指を立てた。それがなんなのよ?
「こうやればヒッチハイクできるっしょ」
「良くわ変わらないけど無理だと思うわよ」
「まーまー、見てろ。へーい、そこの馬車止まってくれ~!!」
親指を立てながら馬車に呼びかけるエイス。
が、馬車がそのまま通り過ぎた。残念ながら当然だと思うわ。
「止・ま・れ・や!!」
と手から光弾を打ち出した。それは真っ直ぐ馬車の近くに被弾し、驚いた馬が足を止めた。
無茶苦茶な止め方ね。それともここまでが止める作法なのかしら?絶対に違うと思うけれどね。
馬車の行先はどうやらナイムも街だそうだ。ナイム、あの街か……ちょっと近寄りたくないわね、と思うけど、他に行く宛も無いし、そもそも私は同行者。決めるのはエイス。
エイスはそれで構わないと御者に賃金を払い乗り込む。
幌の中には人相の悪い男が3人と、穏やかな顔つきをした男の人が1人の計4人。そんな彼らの視線を一身に受ける。
当たり前よね、こんな時間にこんな子ども2人が乗り込んでくるんだもの。
少し会釈し、言葉を交わすことも無く馬車が動き出す。ウィーロ近辺からナイムの街まではかなりの時間がかかる。私はようやく眠りにつくことができそうだと思った。
「ギャハハハハハ!!」
「それでなんですがね~」
「デュ、デュフフフ」
思っていたのに……煩い。非常に騒がしい。どうやら人相だけでなくマナーまで悪かったようだ。他の人のことなどお構いなしに騒ぎ立てる3人組。もう一人の方は無視を決め込んでいるのか黙っている。確かに余計なトラブルを起こさないためにはそれが最適解なのだろう。
でも私は眠い、寝たいのよ……どうにかならないかしら、と思ってエイスの方を見ると、
「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!寝れねーだろうが!!」
「「「ああん!?」」」
エイスがキレていた。気持ちはわかるけど、ここで無用なトラブルを招くのは良くない。しかし、もう止められない。もう一人の穏やかそうな男の人も何事かと見ている。起きているなら仲裁して欲しいところなんだけど。
「今なんつったよ、ガキ!?」
「うるせぇつったんだよ!!寝れねーだろうが!!」
「あぁん!?」
火に油を全力で注いでいくエイス。このままじゃ大変なことになるわね。そう心の中でどこか他人事のように考えていたら、穏やかそうな男が動いた。
「まぁまぁ皆さん、少し落ち着きましょう」
「なんだよ兄ちゃんは関係ないだろ」
「そうだすっこんでろ!!」
「俺は幼女と話がしたいんだお」
止めに入ったのに非難轟々だ、かなり気がったている。
「子ども相手に恥ずかしくないのですか?」
「相手がガキだろうとなんだろうと関係無いんだよ!!」
「俺たちをなめた報いを受けさせないと気が済まない!!」
「むしろ舐めたいお」
これは簡単に治まりそうにないわね。
「困りましたね。しかしこのまま見過ごすわけにはいきませんし」
「お、調度いいもんがあるじゃねぇか。ソイツで勝負しようぜ」
そうエイスが指差したの床に散らばっているカード――トランプだ。
「そいつで負けたやつは勝った方の言うことを聞くってことでどうよ?」
え?エイス?あなた何を言っているの?
「おいおい、お嬢ちゃん、自分が何を言ったのか分かってんのか?」
「グダグダぬかさず勝負しろっていったんだよ」
「このガキャァ!!」
「なるほど、それでこの場が治まるならそれで行きましょう」
いやいやいやいや、なんでそうなるの?おかしくないかしら?
「アンタ、見張り役になってくれねぇかな?アイツらがイカサマとかしないように見張っててほしいんだよ」
「ああ!?」
「なるほど、分かりましたが、あくまでも私は中立の立場をとりますよ?子どもだからと言って贔屓することはありませんよ」
「別にかまわねぇよ。で、なんのゲームで勝負するよ?そっちが決めていいぜ」
「あまり調子に乗るなよ、ガキが」
誰も止める人間がいない、この空間にはまともな人が誰もいないのね。
「負けたヤツは勝った方の言うことを聞く、ってのは何でもなのか?」
「ああ、なんでもだよ」
「言ったな。よし、やってやろうじゃねえか。ポーカーでどうだ?」
「それで構わないぜ」
何でも言うことを聞くなんて、これから酷いことになりそうだわ、あの3人。あのエイスがあそこまで強気に出ておいて何も企んでいないはずがないわ。
「ディーラーはハイディ、やってくれない?」
「え?なんで私が!?」
そうよ!!なんで私を巻き込むのよ!!私関係なく話を進めてちょうだい!!
「おい、そっちのガキはお前のツレだろうが、何を言ってやがる」
「そうよ!それに私、そのカードゲームのルールを知らないわ!!」
「ルール知らないなら尚更丁度いいじゃねぇか。そっちの兄ちゃんがカードを配るわけにはいかないし、俺らが配ってもどっちかが怪しむだろ?」
「それはそうだが……」
この流れ、嫌な予感するわ。予感じゃなくてもう確信だけれど。
「彼女が不正をしていないかは、私が見張りますよ。それなら問題ないでしょう?」
「それなら、まぁ良いか」
「よし、始めようぜ!!」
私の意思とは無関係に話がどんどん進んでいくわ。もうどうにでもなりなさいな。どうせ結末は分かっているのだから。
とりあえず穏やかそうな男の人――名前はシエンさん――からカードの配り方と、チェンジの時のやり方を聞き、ゲームを開始した。
いえ、あれはもうゲームなんかじゃなく、エイスによる蹂躙だった。所持金を巻き上げるだけでなく、ナイムに着いてからの行動の自由も賭けの対象となり奪っていった。どっちが悪者か分かったものじゃないわね。
そして、エイスが何度目かのイカサマ疑惑をかけられ、とうとう掴み掛ってきそうな状況までなった。
随分落ち着いているですって?あのドラゴンとの対峙に比べたら、ねぇ?
エイスも迎撃する気満々だったが、制止の手が意外なところから出てきた。
「そこまでにしていただきましょうか」
そうシエンさんが手に剣を携え、エイスと男たちの間に割って入った。
あら?あんな剣持っていたかしら?
「私が見る限り、彼女たちがカードに何か仕込んだようには見えませんでした。これは神に誓ってでも断言できます」
「し、しかし!!おかしすぎるだろうが!!このガキ、毎回チェンジなしで役が出来ているんだぞ!?どんな確率だよ!?」
「極低確率ではありますが、そんなこともあるでしょう」
「だ、だけどよ!!」
「私が裁定役になることにも同意しましたよね?これ以上まだ何かあるというなら、コレで片を付けますか?」
といって鞘から剣を抜くそぶりを見せる。この人も案外そっち側の人だったのね。
「分かったよ……」
「お、んじゃ賭け金の支払いよろしく頼むぜ」
負けた3人組からお金を取り立てるエイス、酷くシュールだ光景だわ。
なんにしても、これで静かになったのだから結果オーライってところかしら。私、どんどんエイスに影響されていないかしら?危険だわ。
「ようやく静かになったことだし、寝るか、ハイディ」
「ええ、お休みエイス」
自分のためか、私のためだったのか、分かりにくいわね、相変わらず。
お休みなさい、エイス、良い夢を。
「彼女たちに手を出すのは止めておいた方があなた方の身のためですよ」
お、アイツらを引き止めるのか。
カードゲームでガラの悪い3人組から金を巻き上げ、気を良くして寝る――フリをして動向を探ろうと思ったが、案の定俺たちを襲おうとしてきた。
しかし、それを止めたのがシエンと名乗った若い兄ちゃんだった。
向こうさんは声を荒げる訳にはいかず、メンチを切っているが、役者が違う。完全にシエンの雰囲気にのまれている。この兄ちゃん、ただの剣士じゃないのか?
「どうやら、彼女には寝ていても身を守る手段があるようですし――それに私の目の前でそんな狼藉を見過ごすわけにはいきませんから」
鳥肌が立った。オッサン3人組も完全に言葉を失っている。これが殺気ってやつか?すげぇよ、初めて感じた!!
「そうですね、それが賢明な判断ですよ」
フッと殺気が消え、幌内の空気が和らいだ。これが本物の剣士ってやつなのか?良い体験したぜ。つか、俺が起きていること気が付いているよな絶対。
そんな中、グースカ眠り続けているハイディさんマジパねぇっす。
ま、これで俺たちに手を出してくる事はないだろうな。シエンが守ってくれるみたいだし。庇護欲をそそるのかしら?
それじゃ、お言葉に甘えて眠ると、したいところだったけど、シエンが俺の横に座り話しかけてきた。寝させろよ。
「本当は起きているんでしょ?」
「気づいているのに聞くなよ」
いや、マジで寝させろよ。こちとら見た目幼女なんだぞ、こんな夜更けまで起きていることが問題だっていうのに。
「一応聞いておこうかと思いまして……どうしてあの役で勝てたんですか(・・・・・・・・・・・・・・・)?」
「ロイヤルストレートフラッシュに勝てる役はファイブカードだけだからだよ」
「いえ、役の強弱の話ではなく――言い方を変えましょう、なぜあの方々はブタをロイヤルストレートフラッシュと思い込んだのですか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」
「答え出てるじゃねぇか…」
OH、完全にバレテーラ。ま、そりゃそうだ。
「カードに仕掛けを施すのはダメ、裁定者・ディーラーにも仕掛けるのはダメ、じゃあどうするか。答えは簡単、対戦相手を騙すだけ」
「やはり、魔術師でしたか」
「そうじゃなきゃあんな勝負仕掛けねぇよ」
そう、俺はゲームが始まる前からあの3人に魔法をかけた。『俺の言うとおりにカードの絵柄を認識する』みたいな感じの魔法を。
ゲーム開始前に仕掛けたらそれはもうイカサマじゃないしよね?よね?アイツらがトランプで遊んでいるのは見て分かったから、先んじて魔法をかけ、トランプ勝負に持ち込んだ。タネを明かせばこんなもん。
「私がイカサマ判定すると思いませんでしたか?」
「イカサマはしてないしな~、勝手に向こうが自分たちの負けだと認識しただけだし」
「悪い子ですね」
「最近よく言われるよ」
なんでだろうね、結局お金は巻き上げるけど、街に着けば解放する気だったし、寧ろ優しくね?人間バファリンだよ。
「やれやれ、本当に末恐ろしい子ですね。敵対したくないと思いましたよ」
「ははは、俺とこの子に危険が及ばないなら大丈夫だよ」
「ええ、肝に銘じます」
そう言ってシエンも眠りについた。俺もそろそろ寝よう、つか寝たかったんだよ本当に。それなのにみんな起こしてくるし……寝る子は育つんだぞ?大きくならなかったらどうするんだよ。
これから向かうナイムの街に思いを馳せながら、眠りにつくことにした。さて、どんな街でどんな魔法使いがいるのやら。
あのカード事件から数日、ようやく馬車が目的地であるナイムの街に近づいてきた。馬車でまさかこんなに日数がかかるとは思わなかった……電車とか飛行機ならものの数時間だったろうに……少ししたら、なんて言葉に騙されてしまった。何でまだ誰も車を発明していないんだよ!!おかげでえらい目にあったじゃねぇか!!
「もうすぐでナイムの街に着くみたいだが、お嬢ちゃんたちはなんでまたあの街に?」
そう人相の悪かったあの3人組の頭が話かけてきた。仲良くなってる?同じ空間内に数日間いたらこうなった。
「なんでって言われてもなぁ、たまたまナイムの街行きの馬車を拾ったから?」
「そんな理由であの街に行く気だったのかよ……」
「え?なんかダメだった?」
「そりゃそうだろ、あの街は修羅の街だからな」
修羅の街ときたか。元の世界にもあったな、そう呼ばれていた街が。銃撃戦とかが日常茶飯事なのか?
「あの街は強い者が正しい、という少し変わった街なのですよ」
そう言うシエン。成程、弱肉強食の街なのか。大丈夫なのか、その街?
「不思議なことに街としては正常に成り立っているみたいよ」
「マジかよ、すげぇな」
「ああ、それも領主のスオウのおかげだな」
スオウ・サイと言うのがナイムの街の魔法使いだそうだ。ん?もしかして嫌われていない魔法使いなのか?なーんだ、こんな近くにいるじゃないですか、ハイディさんも大袈裟なんだから。
「一応言っておくけど、そんな街にしたのはスオウのせいなのよ?アレがナイムを支配するまでは普通の街だったらしいから」
「あ、そういうこと」
「そうですね、ですので街には腕に覚えのある方々が集まっていて、治安があまり良いとは言えません」
「それで正常なのか?」
どう考えても異常だろう。常識がおかしいのか。
「あまり派手な事を起こせばスオウの耳に入りますからね。街の治安を大きく乱すなら制裁が下りますので」
「恐怖政治かよ……」
おおうテリブル。しかし、なるほど。街の治安を乱せばスオウを引きずり出すことができるのか。それは良いことを聞いた
「またロクでもない事を考えているわね」
「なぜバレたし」
やはりエスパーか。
「そんな訳だからお嬢ちゃんらだけであの街に行くのはお勧めできねぇぜ?」
「シエンさんも一緒なら安全かもしれやせんが」
「生憎、私はあの街でやることがありますので」
「だ、だったらボクが守ってあげるお」
「「お前はいい加減正気に戻れ!!」」
そう言われてもな、他に行く宛も無いわけだし、ここに魔法使いがいると分かった以上、ぶっ倒さないわけにはいかないだろう。
「それにしてもシエンさんよぅ、アンタほどの人間があの街に用って言ったらやっぱアレかい?」
「ええ、そうですね」
「アレ?」
なんだ?あの街になにかあるのだろうか?
「闘技場だよ」
「闘技場ぅ?」
闘技場ってアレ?コロシアム?なんでそんなもんがこんな街にあるんだよ?
「ええ、なんでも闘技場で勝ち続ければ領主でもあるスオウと闘うことができるみたいなんですよ」
「え?なにそれバカなんじゃないの?」
意味が分からん。領主が自分で闘うって、何やってんだよ。
「それだけじゃねえんだよ。スオウに勝てばナイムの街の領主になれるって話なんだよ」
「え?それってなんの意味があるんですか?」
ハイディの言うとおりだ。スオウになんのメリットがあってそんなことをするんだ?負けた時のデメリットしかねぇよな。
「簡単な話さ、スオウは強いヤツと闘いたいだけなんだ」
ワオ、実にシンプルな答え。
なるほど、バトルジャンキーときたか。これは次の街も骨が折れそうだな。
どうにかこうにかしてナイムの街に到着。オッサン連中と別れ、俺とハイディの2人パーティに戻った。元々組んでなかったけどな。
「さて、それじゃまずは――」
「闘技場に行こうぜ!!」
「はいはい、宿の確保してからね」
「えぇ……」
ガーンだな、出鼻をくじかれた。
いや、確かに泊まる場所の確保は重要だけどさ。
「当てでもあるのか?」
「さっき聞いてたでしょう、比較的治安の良い場所の宿」
聞いていたのか?さすがハイディ抜かりないな。うーん、というか本来は俺の役目だよなぁ。大人なんだし、見た目は子供でも。ハイディがしっかりし過ぎてて、つい頼っちゃうんだよね。つまりハイディのせいだな、うん。はい、完全にクズ発言でしたね。心の中で感謝しておこう。
先入観があってか、事前の話を聞いていたが、街の治安がそんなに悪いとは思えなかった。まだ滞在時間数分だけどさ。みんな話を盛りすぎなんじゃないか?ウィーロの街並みに活気があって良い街じゃないか、うんうん。
そう思いつつ宿を探している最中、ちょっと一本入った路地に目をやると、
「や、やめてください!!」
「そんなつれないこと言うなよ~」
「そうだぜ、あんな男のことなんか忘れちまって、俺たちと楽しもうぜ~」
「い、嫌です!!離してください!!」
前言撤回、どこが治安が良いんだよこの街。ウィーロはゴーシュがバカ殿だっただけで、ここまでのことは無かったぞ、軍も機能していたし。
ちなみに、女の人の声は大通りまで聞こえはしたが、誰も足を止めようとはしない。そして、各街にあるはずの軍もまだ来る気配が無い。そもそも、この街の軍は機能しているのか?通り歩いていても姿を見てねぇぞ?
「はぁ、どうなってんだよこの街」
「エイス?あなたまさか」
「ん、ちょっと行ってくる」
「――あまり苛めちゃだめよ?」
「ウス」
ははは、さすがハイディだ、俺の性格をだいぶ理解していると思える。俺ってこんな性格だっけ?やっぱこっちの世界にきて力を手に入れたから気が大きくなっているのかね?マズイなぁ。ちょっと考えないといけないね。とりあえずアイツらをボコしてから。
「あー、そこのオッサン達、その辺にした方がいいんじゃないかな?そちらのお嬢さんが困っているように見えるよ?」
「「ああ!?」」
「あ、あの助け――て?」
なぜに疑問形?そしてチンピラ風の2人、またこんな反応か。やれやれだぜ。おっと、これではやれやれ系主人公になっちゃうかな?
「なんだこのガキ?お呼びじゃねーんだよ、あっちいってろ」
「それともお前が俺たちの相手になってくれるのかよ?」
「え、お前そっちの趣味があんのか?」
「え?」
「え?」
「え?」
はっはっは、さーてどうしてくれようか。そういえば姿が子どもか。うーん、このままだとなめられるなぁ。対策しないといけないかしら?
「えい、ファイア・ランス」
「あっつぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「無詠唱ぅぅぅぅぅぅ!?」
指先から放たれた火の玉は真っ直ぐチンピラまで飛んで行き見事命中、しただけでなく周りにあった木材にまで延焼してしまった。あ、やっちった、いけねぇ。
「ちょっとエイス、そこまでしなくても!!」
「い、いや、ここまでするつもりは――」
「いいから早く消しなさい!!」
「お、おう――水系の呪文って何があったっけ?」
「私が知るわけないでしょ!?」
やべぇ、マジでパッと出てこない。焦ってる?超焦ってます。
そうだ、風だ!!風で火を消せば!!と思い、風系魔法を使うと余計に燃え広がった。
「何しているのよ!?」
「あ、あれ?火って風で消せねぇの!?」
「酸素送り込んだから余計に燃えるわよ!!」
あ、そっか。いやぁ、ハイディさんは博識だなー、じゃない!!どんどん燃え移っていくぞ!!
氷系呪文で火って消せたっけ?
「レイサ神よ、我が祈りと願いを聞き届け給う――『コールレイン』!!」
ぽつりぽつりと頬を濡らすものがあった。雨だ。雨?さっきまで晴れていたのに?
「これでなんとかなりそうですね」
そう言うはさっきまでチンピラに絡まれていた女性。まさか、この人が雨を降らせたのか?もしかして魔法使い?
「あなた、魔術師だったのね」
「ええ、そうなの」
ほぅ、こっちに来て初めて魔術師に出会った気がするぞ。ってことはさっきのが詠唱か?良いいねぇ、実にファンタジーらしい。
「そろそろ憲兵が来るかもしれないし、行きましょう」
「え?軍いるの?」
「一応ね」
一応か、扱い悪ぃなぁ。
雨足はどんどん強まり、火の手もどんどん小さくなっていったのをしり目に、俺たちは現場を立ち去ることにした。
良かった、放火犯にならずにすんだ。
先ほどの大通りから少し離れた場所で落ち着くことにした俺たち。不思議なことにこのあたりの地面が濡れていない。あの雨雲を作る魔術はどうやらかなりのピンポイントのようだ。便利だなぁ。
「さっきは助けてくれてありがとうね、小さな勇者さん」
「いやぁ、それほどでも」
「と言いますか、あなた――」
「マインよ」
「マインさんは魔術師なんですよね?しかもレイサ神の。だったらあんな人たち、軽く追い払えるんじゃ」
あんな……哀れなりチンピラ風、ハイディさんの切れ味は今日も絶好調だね。
「それはワタシの信条に反するから、あまり人には使いたくないの。ワタシの魔法は誰かのためにあるのだから」
「そうですか」
「そうなのです」
レイサ神、ウィーロの教会はブラキ神だっけか、仕える神が違うと使える魔法でも違うのかね?色々とめんどくさそうだな。
「ところで、あなたたち2人だけ?大人の人は?」
「いねぇよ、俺たち2人で旅をしてるんだ」
「あらまぁ、若いのに大変ねぇ。でもどうしてナイムの街なんかに?」
なんかって、2人旅に関しては突っ込みはないのね。
「ああ、この街の魔法使いを――甘いっ!!」
「甘いのはエイスよ!!」
「ぐふっ――バカな、二連撃だと……」
まずいことを口走ったと思ってすぐ、ハイディからの口封じが飛んでくると思い、一撃目の回避に成功をしたものの、まさかの2発目が飛んできた。隙を生じぬ二段構えとはこのことか。
「えーっと、そっちの子大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ」
何故か俺の代わりにハイディが答える。大丈夫じゃねぇよ……
「実は――あ、申し遅れたわね、私はハイディ。で、こっちはエイス」
「ハイディちゃんにエイスちゃんね」
「ええ。で、気づいたかと思いますが、エイスは魔術師なんです。それで、この街に闘技場があって強い人がいっぱい集まるって聞いたから、その腕試しにって思って来ました」
スラスラと嘘を並べるハイディさんまじパネェ。よく咄嗟にそんな嘘つけるな!!もしかしてこれもハイディの過去に関係するのかね?そう考えるとオジさん泣けてきちゃうよ……体は幼女だけど。
「そう、闘技場に……」
そう呟いたマインさんの目は悲しみと切なさを秘めていた。闘技場になにか訳ありなのか?
「エイスちゃん。こんなことを子どものあなたに頼むのは非常に心苦しいのだけれど」
「なんでしょう?」
「スオウに――この街の魔法使いに勝ってほしいの!!」
「―――はい?」
「―――はい?」
え?このお姉さん、なにを言っているの?確かにエイスの目的はこの街の魔法使い――スオウを倒すことだけれど、そんなことを知っているはずがない彼女が、どうしてこんな子どもにそんなことを頼むの?なにかスオウに個人的に恨みでもあるのかしら?
「さっきの無詠唱での魔術、それにあの威力。あなたならきっとスオウに勝てるわ!!」
「ちょ、ちょっと待ってマインさん。そんなこと大きな声で言ってはダメなんじゃ?」
不敬罪とか問われるんじゃ……
「大丈夫よ、スオウに挑戦しようとして来ている人たちはみんな言っていることだし、スオウも気にしたりしないわ」
おおらかな性格をしているのか、余程自分の腕に自信があるのか、やっぱり魔法使いは変わり者だわ。
「マインさん、なんだかスオウのこと詳しそうだけど、知り合いだったりするのか?」
そういえば、さっきから少し気になっていた。まるで昔らからの知り合いのような口ぶりで話すのだから。
「ええ、実はワタシとスオウは幼馴染なの」
「ほぅ!!幼馴染とな」
エイスが食いついた。でも、確かに重要な情報だわ。それにしても、だったらどうして負けてほしいみたいな言い方を?
「小さい頃の話だけどね、ワタシとスオウはよく一緒に遊んでいたりしたわ。あの頃のスオウは小っちゃくて可愛かったわ~。いっつもワタシの後ろをぴょこぴょこ着いてきたりしてね。街の虐めっ子に虐められたりしたらすぐワタシに泣きついてくるもんだから、その子たちを懲らしめてやったりしたわ」
「と言いますと、その頃のスオウは弱かったの?」
「ええ、そうね。ワタシは昔からレイサ神の加護を受けていたから簡単な魔術を使えたけど、スオウは魔術も使えない、喧嘩もしないような子だったわ」
「そんなやつが何でまた闘技場なんかやってんだ?」
「アレは本当に突然だったわ。そう、言葉通り、人が変わってしまったの。急に『オレは魔法使いだ』なんて言い出してね。それからワタシとの連絡を絶つようになって、一人で行動するようになったわ」
何かがあったのかしら、急に自分が魔法使いだなんて言い出すとは正気の沙汰だわ。だって、あの魔法使いよ(・・・・・・・)?なりたいなんて思う人間がいるとは到底思えない。
だとするなら、スオウは魔法使いになってしまったのかしら(・・・・・・・・・・・・・・・・)?そう考えると納得してしまう。それはかつて、自分が見た光景と重なってしまうから。
「それから疎遠になってしまって、久しぶりにスオウの姿を見た時はこの街の領主になったときね」
「領主ってそんな簡単になれるのか?」
「当時の領主でもある魔法使いを倒してしまったからね。必然的にスオウが領主になるのよ」
領主である魔法使いを倒せば、領主の座を譲り渡す。それが魔法使いの掟のようね。本当、野蛮極まりないわ。
「それで、どうしてスオウを倒してほしいなんて?」
「本当はスオウを倒せるなら誰でもいいの。この街の不文律の一つにね、お互いの同意が必要だけど、負けた方は勝った方の言うことを聞かなくちゃいけないのよ。それでもし彼が負ければ領主でなくなるでしょ?そうすれば、また昔のスオウに戻ってくれるんじゃないかって思って……」
「マインさん、あなたスオウの事――」
「ああ、だからあのチンピラが『あんな男の事を忘れろ』って言ってたのか」
なるほどね、でもだからと言ってこんな小さいエイスに頼むことじゃないと思うんだけど。それにしてもそういう事だったのね。先日の馬車であの3人組が滅茶苦茶な事を言ってきたと思ったけど、この街のルールに則ってのことだったわけ。だからと言って私たちと無理やり勝負しようなんて、大人気ないにもほどがあると思うのだけれど。
「でもさ、俺なんかより他に可能性のあるやついなかったのか?それとも俺みたいなのに頼らざるを得なかったとかだったり?」
「今までにスオウへの挑戦権を手に入れた人はたくさんいたわ、でも女性は1人もいなかったの。さらに言うなら、魔術師の挑戦者はほとんどなかったの。だから、対魔術師には戦い慣れてないんじゃないかって、ワタシはその可能性に縋ろうと思ったの」
確かに、この街に来ている挑戦者は荒くれ者が多い。中には女性も見かけたけど――挑戦権?
「誰でもスオウに挑戦できるわけじゃないわ。闘技場で5回勝つこと、それでスオウと闘うことができるわ」
「5勝しなきゃいけねぇのか」
それは確かに厳しい。ましてや戦士系が多い中、魔術師みたいな後衛が闘技場で5回も勝つのはほとんど不可能じゃないかしら。あれ?そういえば条件にあてはまる人物が目の前に――
「マインさんは挑戦しないの?」
「したわ、でも一度も勝てたことなかったの」
したのね、この人、見かけによらずアグレッシヴじゃない。のほほんとした印象を受けたけど、あんな魔術も使えるのだし、実は過激なのかしら?
「話は大体分かった。マインさん、俺に任せな!スオウのやつをガツンとぶっ飛ばしてやるよ!!」
「本当に!?こんな事をあなたみたいに小さな子に頼むなんてとても心苦しいけど、宜しくお願いするわ!!」
安請け合い、とは思えないエイスの発言。元々の目的と一致しただけだから仕方がないとはいえ、一抹の不安がハイディを過った。
ただ見守るだけのことなんてしない、私は私のできることをしよう、そう心に誓った。
「あ、今日の宿まだ決めてなかったわ」
「あ、しまった!!どうしよう!?もう外も暗くなってきたぞ!!」
「あら、宿を探しているの?だったらワタシの家に来なさい。お金なんていらないから」
渡りに船な提案。でもそこまでのことをしてもらう訳には――
「子どもがそんなこと気にしないの。それに、家宿屋だし気にしないでいいわよ」
至れり尽くせりとはこのこの事だろう。私たちは宿と食事を手にすることができた。
マインさんの宿は大きくも小さくもない、普通の宿だった。他に客がいないようで静かではあったが、それが私たちには調度いい。
出された料理も大変美味しかった。近くで採れた山菜と川魚、獣肉を調理した物で特別豪華な物ではなかったけど、温もりを感じるものだった。
「なんか実家の料理って感じがするわ~」
「ええ、そんな感じよね~」
「ワタシ褒められているのかしら?」
食事を堪能し、少しの団欒の後、エイスと一緒にお風呂に入り(何故か嫌がったけど無理やり入れた)、部屋で今後の作戦会議と相成った。
「さて、作戦会議と行きましょうか」
「その前に俺は抗議を入れたい」
「却下よ」
却下された。いやいや、ダメなんだって。一応さ、今まで頑張って一戦は超えないようにしていたんだよ?風呂の時とか、トイレの時とか。できるだけ自分が女になっている事を意識しないように頑張っていたんだよ?
やっぱりつれぇよ、30年も連れ添ったマイサンと別れるのは……いやがおうにも自分が女になっている現実を突きつけられる。そこはなんとか今後折り合いをつけていかなきゃいけないんだろうけど。
問題は風呂である。だって――マッパなんだぜ?ダメだって……さすがに自分の裸に欲情するほど上級者にはなっていなかったけど、ハイディの裸はダメだって。性的な意味ではないぞ?何と言うか――そう、親戚の子みたいな感じなんだよ。あれ?そう考えるなら普通なのか?親戚の子と一緒に風呂に入るのって。向こうの年齢的にはアウトだろ……
ハイディさんはこっちを女として扱ってくるしなぁ。実際身体は女だし。いつか真実を告げる日が怖くなってきたよ……
「話聞いてないわね」
「おう、全然聞いてなかったわ痛い痛い」
抓るなよ、地味に痛てぇ。
「作戦会議ったって、明日から闘技場に通って5回勝ってスオウぶっ飛ばして終わりじゃないのか?」
「プランが雑すぎるわよ」
だってそれ以外に言いようがないだろ。
「スオウの魔法がなんなのか分からないまま闘って勝てるの?」
「最悪、竜破斬ぶち込む」
「や め な さ い」
怒られた。最後の手段として取っておきたかったのに。でもあれを人間にぶち込むのはさすがによろしくないか。殺しかねん。そんなことしたらマインさん悲しむよなぁ。
「でも、その辺の情報がないと作戦の立てようもないだろ」
「う~ん、分かったわ、その辺の情報は私が集めるわ」
本当にアグレッシヴだな。あまり危険な事には首を突っ込んでほしくないんだけど。あ、なんならマインさんと一緒に行動してもらうか。大人と一緒なら少しは安全だろう。あの人魔術師ってこともあるし。
「そういや、ゴーシュにはなんか異名と言うか二つ名あったよな。スオウには無いの?」
「いえ、私は聞いたことないわ。比較的新しい魔法使いみたいだから」
新しい?どういう意味だろう。昔からいる魔法使いなら分かるのだろうか。それとなく聞いてみたが、はぐらかされた。これも抱えている秘密か。うーん、この子もこの子で色々背負い込んでいるよなぁ。ま、どこかで話してくれるのを待つしかないかな。
「うし、とりあえずは明日闘技場で一回やってみて決めるか」
「本当は色々考えてから動きたいけど、何分情報が少ないものね。仕方がないわ、そうしましょう」
「んじゃ、明日に備えてお休み、ハイディ」
「ええ、お休みエイス、良い夢を」
このまま普通に寝ると思った?
残念、そうはいかない。ハイディが知らないなら、別の人に聞いてみるんだ。
というわけで、いつものカスタマーサポートセンターに問い合わせだ!!
いつもの問い合わせ音――じゃねぇ!!これ、LINE電話の呼び出し音じゃねぇか!!どんだけ弾持ってんだよアイツら。
しばらく呼び出し音が鳴り続けるが、中々つながらない。まさか、また飯食いに出てるのか?やろう許せねぇ。
と思っていたら繋がった。なんだよ、出るんじゃねぇか。せめて3コール以内には出ろよ、社会人の常識だぞ?
『こちらは転生者カスタマーサポートセンターです』
いつもの気の抜けたスィーリアの声ではなく、無機質な電子音声が聞こえた。おい、これってまさか――
『本日の営業時間は終了いたしました。御用の方は、時間を改めましてお掛けになってください』
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!」
「な、なに!?敵!?」
「あ、ゴメン、寝言だわ」
「えぇ、あなたの寝言どんだけ大きいのよ……」
また起こしてしまった、スマン。
と言うかどういうことだよ!!営業時間過ぎただと!?初めて連絡したときはこの時間でも繋がったじゃねぇか!!つか、当直か繋がる番号用意しとけや!!まったく、その辺マジ役所チック。まだ役所の方が繋がるんじゃねぇのか?担当者に直接。
はぁ、もういいや、今日は寝るか。とりあえず明日だ明日。
「ほら、2人とも、もう朝よ、起きなさ~い。朝ごはんもできているわよ~」
ガンガンと何か鉄を叩く音と共に起こされた。ああ、フライパンをお玉で叩いていたのね。ってマジかよ、そんな起こされ方をするなんて産まれてこの方初めてだわ。
「んん~、もぅ朝ぁ~?」
「朝だよ、ハイディ」
「……まだ眠い」
相変わらず朝弱ぇな。ほら起きた起きた。朝飯もあるんだし、冷めないうちに食っちまおうぜ。
頑張ってハイディを起こして、食堂へ。キッチンからなのか、良い匂いが漂っている。ああ、懐かしい香りがする。この香りは――味噌汁!?ナンデミソシルナンデ!?
「ど、どうしたのエイスちゃん。もしかしてお味噌汁嫌い?」
「なんで味噌汁がある!?」
「なんでって言われても……」
お椀を手に取り匂いを嗅ぐ。うん、間違いなく味噌汁だ。味も確かめてみる。ああ、懐かしい。ちゃんと出汁も取ってある。この味、この香り、間違いなくあの味噌汁だ。
「ちょっとエイス、どうしたのよ!?」
「え?」
「エイスちゃん、どこか痛いの?それともお味噌汁が美味しくなかった?」
どうやら俺は涙を流していたようだ。いやでも泣いちゃうよ、これは。まさかこんなところで味噌汁が飲めるなんて思わなかった。
確かにウィーロの街には元の世界の料理が沢山あった。しかし、そのほとんどが洋食だったので、こっちの世界では味噌や醤油が作られていないのかと思っていた。しかし、そんなことは無かったのだ。あったんだ、ちゃんと。
「美味しいです、本当に……」
「エイスちゃん……」
なんだか変な空気になっちゃたけど、そのまま朝食となった。白米はウィーロでも食べていたが、うむ、こっちの米の方が美味いな。水か!水が違うのか!?
「そのお米は別の街で採れたのを仕入れているだけよ」
「あら、でも確かにこれは美味しいわね。ウィーロで食べたのと大違いだわ」
違いの分かるハイディさん。こっちの世界にも味の分かる人間もいるんだな!!よーし、今後に向けて俄然やる気が出てきたぞ!!別の街の美味いもん探しの旅に出るのも悪くないよな。
と、当初の予定を忘れさって次の街に行きたくなったが、そうもいかない。さっさとぶっ飛ばしに行くとしますかね。
闘技場はナイムの街のど真ん中にあり、その存在感は抜群だ。周辺には屋台が点在しており、商売の要にもなっているようだ。これ、無くなったらこの街の収入源減っちゃうんじゃ?とか思ってしまったが、まぁそこは領主が何とかすることにして、早速受付をしようではないか。
「結構賑わっているのね――ってあなた誰よ!?」
「あら?そういえばエイスちゃんがいつの間にかいないような」
「いえいえ、ここにいますわよ?」
「――あなたがエイスなの!?」
「あらまぁ、ちょっと見ないうちにこんなに大きくなって」
ふふふ、作戦成功。今の俺はマインさんよりちょっと背が大きいくらいの大人の女性の姿となっている。なんでわざわざ変身しているのかって?これも作戦だよ、作戦。
「作戦なのはいいけど――ちょっと盛りすぎじゃない?」
なにやら怪訝そうな視線を投げつけられる。さもありなん、今の俺の姿はボン・キュッ・ボンといった体型をしている。さらに、ボディラインがばっちり出ているドレスに三角帽子、どこからどうみても魔女って感じ。
「エイスちゃん、そんな魔術も使えるのね~」
「ええ、そうなんですよ、オホホホホ」
「気持ち悪い喋り方ね」
ガーン、頑張ってなりきっているんだけどなぁ。
とりあえず、外見を装ってみたけど、内面はまだまだ訓練が必要か。うーん、女装ってこんな感じなのかしら?すげぇ歩きづれぇよ、この服。
「とりあえず、選手登録してくるわね。ハイディはマインさんとはぐれないようにしなさいな」
「子どもじゃないんだから」
「子どもだろうに」
周りを見渡しても確かに女性の姿は見られない。ついでに、いかにも魔術師って感じの人間も見られないな。
「次の方、どうぞ」
「あ、はい」
「お名前と、こちらに指紋をどうぞ」
「はいはい、えーっと、『エイス』っと。指紋とか取るのですね」
「ええ、なりすまし防止のためですね」
思ったよりしっかりしているな。名前しか聞かれないのはどうかと思ったが。
「では参加費の1万G頂戴いたします」
「はいはい、どーぞどーぞ」
これは昨晩の内に確認しておいたことだ。
どうやら挑戦者はまず参加費が徴収されるとのこと。このお金はナイムの街や闘技場の運営のために使われているらしい。勝てば街ごと手に入るのだから、と言う理由でそこまで気にはなっていないようで。
ここでは試合が毎日のように行われている。受付で登録し、出番になれば呼ばれ、闘技場内で闘う。1試合がそこまで時間がかからないこともあって、何試合も行われる。
試合は降参、もしくは戦闘不能と判断された場合で決着となる。唯一のルールとしては、相手を殺してはいけないとのこと。不慮の事故に関しては運営は責任は問わない、といったことを誓約の上での登録となる。
5回勝てば領主であるスオウと対戦権を手に入れることになるが、途中で負ければそこで選手登録から外れる。ただ、登録自体は何回でも可能なので、1万Gを払えさえすれば、何度でも挑戦は可能となる。
また、各試合が賭けの対象となっており、これの収益もナイムの街に還元されてるそうな。完全に興業だな、これ。八百長とか取り締まっているのだろうか?
「はい、エイス様、これであなたの登録が完了しました。これから負けるまで、あなたは闘技場の戦士となります。頑張ってくださいね」
「ええ、できる限りのことはするわ」
「試合になれば呼びますので、このカードをお持ちになって待っていてください」
「舞う必要はありませんね?」
「はい?」
「こっちの話ですわ、ホホホ」
ちゃんと会話できているかな?うーん、いきなりネカマプレイは難易度高いなぁ。そういや男に変身すれば良かったんじゃ無いか?ただ、もしもってことを考えるとやっぱりこの姿か。悩ましい。
カードを渡されたけど、なんか普通のカードっぽいな。実はこれマジックアイテムで、出番になれば音声が流れるらしい。それで試合の時間が分かるんだと。
「おいあの女、まさか――」「マジかよ、しかも魔術師とか――」「もったいねえなあ――」
ヒソヒソと俺の噂をしている声が少し聞こえた。やはり女性で、しかも魔術師の挑戦者は少ないようだ。
「エイス、登録はできたの?」
「ええ、この通りよ」
「これのためだけに1万G……」
「勝ったらチャラよ」
ハイディさんは1万Gの出費が気になるようだ。ケチなのか倹約家なのか。
「あとは待つだけね」
「なんだかチラチラ見られているわね」
「やっぱり珍しいみたいね」
それはまるで珍獣でも見るような、針の筵状態。蹴散らしてぇ……
「やめなさい」
思考を読まれた。
「あ、そうそう、ハイディ。全部の試合にちゃんと私に賭けなさいよ?路銀にするんだから」
「賭け……る……」
ハイディさん、分かってます?お金を増やさないと今後の旅に影響が出るんですよ?おまんまも宿の質にも関わってくる事なんですよ?
「エイスが勝つって分かっていても抵抗があるわ……」
「マインさん、お願いできますか?」
「ワタシはいいけど、いいの?」
「……ぐっ……良い……です……」
苦虫を10匹位噛み潰したような、すげぇ不服そうに言うハイディ。どんだけ嫌なんだよ。
『エイス様、エイス様。後10分で試合開始となります。闘技場までお越しください』
カードが喋った!?このカード、メッセージを飛ばせるのか。かなり便利じゃね、これ?
「行ってらっしゃい、エイス。怪我しないようにね」
「本当に、それだけは気を付けてください」
「ま、初戦だし、軽ーくひねってくるわ」
さて、可哀想な被害者は誰かしら?
『さてさて、次に現れるはまたもやご新規挑戦者!!どちらの方も全くの初めての挑戦者との事!!領主への挑戦権欲しさに命知らずがまた1人、2人。さぁ、賭けの準備は済んだか!?』
元気いいなぁ、実況までいるのか。闘技場にはやはり観客席があり、それなりに席は埋まっている。まだ日が高いうちでこれなのだから、もっと試合が進めば客数も増えるのだろうか。まるでプレゼンの時みたいな緊張感だな。いや、ぶっちゃけその人数の比じゃないけど。
さてと、俺――じゃない、私の対戦相手はっと、
「はっはぁ、俺の相手は女かよ、しかも魔術師ときたもんだ。こりゃ初戦は貰ったな」
あの3人組の頭だった。どこまでツイて無いんだろうか、このオッサン。
所持金は巻き上げたはずなのに、まだ隠し持っていたようで。まだ絞れたのか、惜しいな。
「悪いが今の俺は優しくねえぞ?あんたには悪いが魔術師に軽く恨みがあるもんでな」
恨まれていた。と言うか、私が魔術師だと気が付いていたのね。あのゲームの後、和気藹々と一緒に旅をしていたのに、心の中は分からないものね。
「なんだよ、だんまりか?それともブルってんのかよ?」
さっきから小物と言うか、噛ませというか、負けフラグを自分でどんどん立てていくオッサン。そういえば、一時期マイナスフラグは立て捲れば回避できるって流れがあったような気がするけど――今回は当てはまるかしらね?
『それでは――試合開始ぃぃぃぃぃぃ!!』
銅鑼の音と共に試合が始まった。
ちょっと舞い上がっている自分に気が付く。高揚感というか、ああ、これはワクワクしているのか。なぜか?魔法を思う存分使えるからだ。はいそこ、今までも使ってたとか言わない。今回は少し違いますよね?そう、人間に対してぶっぱできるんですことよ?言葉遣いが難しいな。
「はっはぁ!先手必勝ぅぅぅぅぅぅ!!」
大きな剣を掲げてこちらに突っ込んでくるオッサン。呪文詠唱前に叩くという対魔術師の戦法としては定石か。
しかし、悲しいかな。向こうは2つのミスをおかした。
1つ、私は呪文詠唱に時間を必要としない事。
2つ、私は魔術師ではなく魔法少女だという事。
「砲撃(フォイア)」
持っていた杖をオッサンの方に突出し、魔力の塊を射出する。魔力って言ってるけど、これ正確には童貞力なんだよな……食らいたくない魔法だよ。
「こんなもん切り伏せてぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もちろん剣なんかで切れるはずもなく、あえなく直撃。そのまま気絶し、戦闘不能と判断された。
『し、試合終了ーーーーーー!!勝ったのは女魔術師のエイス選手ーーーーー!!』
観客のどよめきと歓声が入り混じった音が闘技場を埋めている。なるほど、殆どがあのオッサンに賭けていたようだ。さもありなん、今までほとんど出てこなかった女魔術師が急に出場したんだ。賭けようとは思わないだろう。
ま、あのオッサンの名前を呼ばれていない時点で勝てるわけがないんだよなぁ!!
「本当に勝っちゃった」
「ええ、勝つわよ、エイスだもの」
マインさんが信じられないような面持ちで呟いたが、私にとっては当然の帰結だ。なにせドラゴンすら倒し、ゴーシュにも勝ったんだもの。少し不安だったのが、相手を殺さないようにするという点だったけど、それこそ心配し過ぎだったみたいね。ちゃんと手加減できるみたいで良かったわ。
「それにしても――エイス怒るかしら」
私の心配は別にあった。手元にあるのは投票券、書いてある名前は当然エイスなのだけれど、金額はもちろん持ち金全部じゃない。だって、万が一ってことがあるでしょう!?反則負けとか!!そんなリスクを背負ってまで全額賭けるなんて私には到底無理よ!!
それでもオッズはかなりの高倍率だったのでしばらくの余裕が産まれた。換金したお金を受け取ると、それは思いもよらない金額となった。
「―――もっと賭けておけば良かった……」
「ハイディちゃん、そこから先は危険よ?」
「はっ!!私今何を!?」
危ない危ない、やっぱり大金を持つなんて危険すぎるわ。お金は人を変えてしまうって本当だったのね。私はもちろん、エイスにもこんなお金持たせるわけにはいかないわ!!
「あらハイディ、それが今回の配当金?」
「きゃぁっ!!」
いつの間にか背後に立っていたのはエイスだった。見られた!?
「ふぅん、あの持ち金でそれだけの金額なら上出来じゃないかしら。思ったより倍率高かったのね」
エイスはこの金額で納得したようだけど、持ち金全部つぎ込んでいたらこんなものじゃ済まなかったのよ。エイスには黙ってきましょう。一応、マインさんにもアイコンタクトを飛ばしておく。頷いてくれたので、これで秘密は私たちだけの物ね。
「あのね、エイスちゃん。怒らないで聞いてほしいんだけど、実はハイディちゃん――」
「あーっ、あーっ!!私、お腹空いちゃったなぁ、エイス、マインさん、どこかに食べに行きましょう!!」
「んん?そうね、そうしましょうか」
あっぶなー、全く通じていなかったわ。これでなんとか誤魔化せればいいんだけど。よし、ダメ押しに話題も変えましょう。
「あのオジサンたちには気の毒な事をしたわね」
「可愛い女の子からお金を巻き上げようとした罰よ」
なんだか可哀想な気もするけど、私も自分の身が一番なのよ。御免なさいね、名前も知らないオジさんたち。
「俺はもうだめだ――田舎に帰って実家の農業を継ぐことにするよ」
「あ、兄貴ぃ俺たちも着いていきますぜ~」
あ、あの3人組だわ。
同じ日に2度の試合はないので、本日の予定は終了となった。
まだ昼と言うこともあって、私とエイスは街を見て回ることにしてマインさんは宿に帰るということになったんだけど、失敗だったわ。子ども2人で歩くことがこんなにも危険な街だとは思いもよらなかった。いえ、聞いてはいたのよ?マインさんにもそれとなく忠告されていたわけだし。それでもまさか、マインさんと別れて100歩も歩かないうちに絡まれるとは思わなかった。
「なぁ、聞いてんのか?お?お嬢ちゃん、お金いっぱい持っているんだろ?恵まれない俺たちにちょっと恵んでくれてもいいんじゃねえか?」
どうやらさっきの換金しているところを見られていたようだ。これもミスね、お金をマインさんに預けておけばよかった。いえ、そうなると今度はマインさんが狙われてしまうわ。そう考えるとこれで良かったのかしら?
横でエイスがさっきからうるさい。大方『ぶっ飛ばしていい?ねえ?ぶっ飛ばそうか?』と目で訴えているのだろう。絡まれるのは鬱陶しいけど、あまりやりすぎて目立つのも良くない。ちなみに今のエイスは変身を解いているので、闘技場で闘っていた人物であるということに気が付いていないのだろう。気が付いていたら、こんなことしてこないだろうし。
「そこまでにしていただけますか?」
「ああん?」
聞いた声がした。
「なんだあてめえは?すっこんで――うっ!!」
絡んできた男の背後に立っていたのはシエンさんだった。彼が何かをして男の意識を刈り取ったみたいで気絶させた。
「聞こえていないでしょうが、これでもあなたを助けた方なんですよ?」
「助けたって、俺がもっと酷いことをするみたいなこと言うじゃねぇか」
実際その通りだと思う。エイスはこういう時、容赦がない。
「そうですね、先ほどの試合での魔術くらいなら、そう酷いことにはならなかったかもしれませんね」
「――見てたのか?」
「ええ、投票券の名前と、魔術師という風貌を聞いてもしやと思いましてね」
「それで――儲かったのか?」
「ええ、お陰様で。暫くは金策に困りませんよ」
シエンさん、エイスが魔術師だっていう事に気が付いている!?今の言葉からでは魔法使いだという事には気が付いていないみたいだけど。エイスがばらしたのかしら、後で問い詰めましょう。
「良かったらご一緒に食事でもいかがですか?驕りますよ?」
「生憎だけど、さっき食ったばっかだわ。また今度頼むよ」
「そうでしたか、それはタイミングが悪かったみたいですね」
「助けてくれたことには礼を言っとくよ、有難う」
「いえいえ、子どもを守るのは大人の使命ですからね」
「ロリコン?」
「“大人”の使命ですから」
なんでそこで煽るのよ……
「では私はこれで――ああ、そうそう、一言だけ言い忘れてました」
「なんですか?」
「いえ、あなた方もスオウに挑むつもりなんでしょうが――彼には魔術師は勝てませんよ(・・・・・・・・・・)?それでは」
「え、ちょ、ちょっと、シエンさん!?」
そのまま去って行ってしまった。魔術師は勝てない(・・・・・・・・)?挑戦者の中に魔術師は少ないとは聞いていたけど、勝てないってどういうことなのかしら?
何とも言えない空気のまま、私たちの街の散歩は終わった。治安が悪いくらいでそこまで目新しいものが無かったからっていうのもあるんだけどね。
日付が変わって翌日に2戦目が行われた。
まず許してほしいのは、これからの報告は手抜きでもなんでもありません。どういう事かと言うと、うん、特筆するようなことは何にも無かったんだ。とりあえず試合開始直後にガンドをぶち込んだら、それで試合終了となった。なんじゃそらと思っただろうか?申し訳ないが、私もなんだ。まさかあれだけで終わるとは思わなかった。
3戦目もガンドをぶちこんで終わってしまった。ウソ、私の対戦相手弱すぎ……
まさかと思って4戦目もガンドをぶち込んでみた。さすがにそう上手くいくわけがないと思っていたら、なんとか対戦相手が持ち直した。これならまだイケる!!そう思っていた時期が私にもありました。2発目のガンドを避けることができず、あえなく撃沈。お前ら、もうちょい魔術師用の対策しろや。
おっといけないいけない、言葉遣いが乱れちゃたわね、オホホ。
とにもかくにも、これで4連勝。スオウへの挑戦権獲得にリーチが掛かった。
そうそう、ハイディがどうにも持ち金を全額私に賭けていなかったことが判明した。あの性格だからそうなんじゃないかなぁって思っていたけど、まぁ仕方ないよね。それでもかなりの金額を稼ぐことに成功した。マインさんが言うには、向こう半年は遊んで暮らせるとの事。それを聞いたハイディさんの目がGになっていたのは見なかったことにしておこう。アカン、この子ギャンブルで破滅しそうな気がするぞ?今のところは自制心が効いているようで安全だが、いつタガが外れる事か。
そんなこんなで今は前祝の宴中。あれ?私、ひょっとしてヒモになっていないかしら?ロリのヒモ――字面だけなら最悪ね。ハイディをロリって言っていいのか分からないけど。
「ありがとう、エイスちゃん。ここまできてくれて」
「まだあと一戦残っていますよ、マインさん?」
「でもここまで来たらもう勝ったようなものでしょ?エイスならいけるわよ」
すっかり気を良くしている2人。と言うか、もう勝った気でいるわね。まぁ、今までの手応えを考えるに――楽勝よね、最後の1人に誰が来ても負ける気がしないわ。
「おお、お嬢ちゃん!!明日で5戦目なんだって?頑張ってくれよ!!」
「ああ、俺たちの賭け金のために!!」
「「「がーっはっはっはっは」」」
他の客たちも盛り上がっている。えー、こんな人たちのために勝たなきゃいけないの?それはちょっと嫌だなぁ。勝つけどさ。
「随分と盛り上がっていますね」
「あらシエンさんじゃない」
「あら、ホントだわ」
いつの間にかシエンがやってきた。本当にいつの間に?油断ならないわね。
「いやあ、エイスさん様様ですね。当分路銀に困りそうにありませんよ」
ホクホク顔でそんなことを言われても、私困る。あのオッズ、運営困らないのかしら?そろそろ、何とかするべきだと思うのだけれど。もう手遅れかしら。
「明日で5戦目だそうですが、知っていますか?次の対戦相手」
「知らないけど、シエンさんは知っているの?」
「元のあなたを知っている分、少しゾワゾワしますね、その話し方。いえ、知りはしないのですが、5戦目は通例では4勝同士が当たるみたいですよ」
「へ~。私の他に4勝がいなかったらどうなるの?」
まさか、他の4勝者が出るまで待つとか?せっかく手が届くところまで来たのに足踏みするのは嫌ねぇ。
「普段だと他の4勝者が出るまで試合が組まれないはずよ」
とマインさんから。え~、待たなきゃいけないのね。
「大体3~4戦目で負ける人が多いからね。久しぶりじゃないかしら、4勝目の人が出るなんて」
「そんなに珍しいのね」
「ああ、しかも女魔術師と来たもんだ、弥が上にも盛り上がるってもんよ!!」
「だな!!今年は盛り上がるねえ!!」
「「がーっはっはっはっは」」
あんたら、楽しそうでいいよね。闘わなくちゃいけない身にもなれってもんよ。
「まあ、あまり気にする必要はありませんよ。他の4勝目の方も現れたみたいですし」
「え?何か言いました?あの人たちが煩すぎて聞こえなかったのですが」
「いえ、私はこれで帰りますよ。それでは明日頑張ってください」
「はぁ、頑張りますけど……」
釈然としないまま、シエンさんは店を後にした。あ、この前のことの真意を聞きそびれた。魔術師じゃスオウに勝てないってどういう意味なのかしら?
宴もたけなわになった頃、カードにメッセージが届き、次の対戦の決定と試合時間の音声が流れた。それは他の4勝目が出てきたということを意味するのだけれど――
「エイスちゃん以外に4勝したやついたのか?」
「俺、最近闘技場に入り浸っていたけど、そんなやつがいたら気が付くぞ?」
「じゃあ、いったい誰と闘うんだ?」
なにか不気味な雰囲気を残したまま、宴会は解散となった。ちなみに、お代は各自持ち。当たり前だよね、私に賭けて儲かっているはずなんだから。それ以上に飲み食いしていたりしていたらそれは知らない。
『皆様、大変長らくお待たせいたしました。本日のメインイベントの始まりでーーーーす!!』
まるでさっきまでの試合が前座と言わんばかり、盛り上がりは最高潮となっている。時刻は夕刻、これから始まるのは4勝同士の対決。
『そう、この試合に勝った方が我らがナイムの領主、スオウ様への挑戦権を得ることができるのです!!目指す頂点へ手が届く最後の一戦、さあ!!挑戦者の入場です!!』
相手が誰だろうと構わない、勝つ。そしてスオウも倒してこの街を正常のあり方に戻す。それが俺のやる事だ。
『西門より出でしは妖艶なる美女。長き間現れなかった魔術師。その両方を備えるは、歴代最強とも言っても過言ではない、4戦目まですべて秒殺!!5戦目もなるか一撃必殺!!女魔術師、エイス選手の入場だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
会場にエイスコールが流れる。うわぁ、すごい恥ずかしい……プレゼンで慣れてるしな、とか言ってたのがバカみたいじゃない。満員の観客の中、歩くだけでも感じた視線の数は今までの比じゃない。落ち着けー、落ち着けー。ひっひっふー、ひっひっふー。ってこれラマーズ法じゃねぇか!!ダメだ、女言葉も出てこねぇ。よし、ここは素数を数えて気を静めよう。1、2、3……最初から間違ってんじゃねぇか!!
なんてバカな事を考えていたら、少しは気が楽になってきた。少しは周りに視線をやる余裕も出てきたので、辺りを見渡してみる。お、ハイディとマインさん発見。昨日一緒に騒いでいたおっちゃんらも来てるな。本当にこの街の娯楽なんだなぁ。ふむ、さすがに全員の顔まで判別がつくわけじゃないが、シエンの姿が見えない。どうせこの試合にも賭けているんじゃないかと思ったけど、観には来ていないのかね。
『東門より出でしは異邦の剣士。甘いマスクと温厚な雰囲気。しかしてその剣技は苛烈にして熾烈。皆様、あの男がようやく帰ってきました!!私たちはあなたの帰りを待っていた!!剣豪、シエン選手の入場だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
反対側の入り口からやってきたのは、最近よく見かけた顔だ。ああ、本当に良く見た顔だよ。でもいったいどういう事だよ?
「簡単な話ですよ。私は昔にここで4勝をしましてね。その後、行方をくらましただけなんですよ」
「ああ、不戦敗の仕組みはなかったってわけか」
「ええ、ついでに言いますと有効期限もありませんよ?負けるまで有効なだけですので」
なるほど、それで誰もシエンが闘っているのを見ていなかったってわけか。
「でも、だったら街の住人はあんたに気が付くんじゃないのか?こんなにも人気者なんだしよ」
「思ったより気が付かれませんでしたね、なにせもう2年以上も前の話ですので。ほら、私も成長期ってことで」
成長期で済ませていいのかよ。しかし、対戦相手がまさかのシエンか。伏線と言うか、そんな雰囲気匂わせていたけどな。名前付きキャラだったし。大穴でマインさんだったけど。
「お互い知った仲ではありますが――勝たせてもらいますよ」
「申し訳ありませんが――勝つのは私です」
『それでは、最終戦―――試合開始ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』
今、戦いの火蓋は切られた。
とりあえず、開始と同時にこれまでと同じようにガンドをぶち込んでみる。これで終わるならそこまでの男なんだろうけど、そう簡単にはいかないよな。
「ふんっ」
軽く剣を振るっただけで私のガンドは消え去った。ひょっとしたらと思ったけど、マジか。
『出たーーーーーっ!!シエン選手の魔術斬り!!数々の魔術師を倒してきたその剣は未だ健在!!全く衰えていない!!エイス選手の魔術を一蹴ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』
え?その剣なにで出来てるの?と言うか魔力だぞ?正確には童貞力だけど、切れるの?そして、実況うるせぇな。今までの試合を秒殺してたから知らなかったけど、あの声こっちにも聞こえるのかよ。
「まさか、これで終わりと言う訳ではないんでしょう?」
と、正眼の構えするシエン。ただ者じゃないと思ったけど、まさかこれ程とは思わなかったよ。
「そこまで驚かれるとは、見くびられたものですね。魔術師が相手ですので、もちろんこちらも対策はしますよ」
「それはどうも」
本当に底が知れないな、この人。まぁ、いいか、プランBで行こう。
と決めた矢先に、シエンの姿を見失った。え?なんで?さっきまで正面に――瞬間、背後から殺気の様なモノを感じた。
「はぁっ!!」
「あぶねぇ!!」
いつの間にか背後に回り込み、剣を振り下ろしてきたシエン。どうにか身を捩って避けることに成功し、再び距離をとった。剣はそのまま空振り、地面を抉る結果となった。
『え?今何が起きたのですか?え?あれ?シエン選手の立ち位置が変わっている!?まさか一瞬のうちにエイス選手の背後に回ったというのか!?』
「ほぅ、今のを避けますか」
「半分くらい偶然だけどな」
「偶然ね。そういえば、女言葉は止めたのですか?」
「観客には聞こえないだろうし、アンタには意味が無いからな」
「ふむ、成程――まだ私に勝てる気でいるのですね」
そのつもりだけど、なにやらシエンから剣呑な雰囲気が漂ってくる。うーむ、会話の選択肢を失敗したかな。
『再び距離を取る2人ではありますが、一瞬一瞬が見逃せない!!かつてこれほどに高レベルな試合があったでしょうか!?いえ、ありませんね。これは過去最高の試合になるに違いありません!!』
『『オォォォォォォォォォォォォォッ!!』』
それにしても観客のどよめきがスゴイ。さっきに一合のやり取りだけでここまで盛り上がるのか。おかげで俺の喋り方を誤魔化す必要が無くていいのだけれど……
あの男、隙ってやつがないんじゃないか?さっきから少し動こうとすると、微妙にシエンの体が反応して動いている。こっちの動きを封殺しているのか。だったら、
「アイシクル・エッジ!!」
空中の水分を凝結させ、何本もの氷柱をシエンに向けて射出!!あっちの剣は一本、だったら手数でごり押しだ!!
『何もない空間から氷柱が現れた!?これはエイス選手の魔術か!?呪文詠唱をしている様子は見えなかったが、これほどの魔術も詠唱無しで唱えることができるのか!?』
「甘いっ!!」
するとシエンの剣が両刃剣から刀に姿を変え、次々に飛来してくる氷柱を切り伏せる。だけどそれはブラフ、本命は――
『なんだあの大岩はぁぁぁぁぁ!?一体どこから出てきたんだぁぁぁぁぁ!?』
さぁこの巨石、切れるものなら切ってみろや!!
「だから、甘いと言っている!!」
再びシエンの剣が姿を変えた。今度は、自分の背丈と同じほどの大剣となった。おいおい、そんなでかい剣振り回せるのかよ。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
渾身の力を込めて振るった大剣は、その速度のまま巨石にぶつかり、そしてバラバラに砕いた。
『一閃んんんんんんん!!あの巨石をまさか一閃で砕こうとは!!この男、どこまでも進化を続けている!!』
まぁ、砕くよな、それくらいは。巨石を砕き、その瓦礫と埃で視界がままならない状況の中、俺は第三の矢を放った。
「ライトニング・ボルト!!」
放たれた雷撃は、一直線にシエンへと向かっていく。流石にあれは避けられまい。これで終わったかな?
『追撃の雷魔術!!これで勝負は決まってしまったかぁぁぁぁぁ!?あれ?一人の魔術師で、こんなに色んな種類の魔術使えるものなの?』
実況も流石にゲームセットと思ったか。
しかし、そんなに世の中甘くなかったか。煙幕の奥にはまだ立っている男の姿があった。
「なるほど、ただの魔術師ではないと思っていましたが――あなたの事、少し興味が出てきましたね」
「聞こえようによっちゃ、事案だぞそれ」
『ノォォォォォォォダメェェェェェェェェジィィィィィィィ!!あれだけの魔術、あれほどの連撃を掻い潜ってまさかのノーダメージ!!かつての試合でも無類の強さをほこっていたこの男、さらなる進化を遂げて帰ってきたぁぁぁぁぁぁ!!』
案の定、ピンピンしていた。マジかよ、あれでノーダメって、ちょっとショック。俺の魔法が通じていないのか。
「これまでの4戦――は、あまり役に立ちませんでしたが、街での騒ぎやあの馬車での出来事。かなり高位の魔術師だと思ってこちらも対策してきましたからね。ええ、それこそ対魔法使いだと思って今日挑んできましたよ」
「それは光栄なのか、侮蔑なのか、判断に困るな」
「誇ってください、あなたの魔術は魔法使いに匹敵すると言っているんですよ」
誇っていいのか?ああ、この世界にとって“魔法”は“魔術”の上位互換なんだっけか?それなら本当に褒めているのね、この人。
「ですが、それでもあなたはスオウには勝てません。いえ、あなたが魔術師である限り彼には勝てませんよ」
「またそれか、やってみなくちゃわかんねぇだろ。つかどういう事よ?魔術師じゃ勝てないって?」
「そのままの意味ですよ、彼の固有魔法のせいで魔術師ではまるで相手になりません。今までの魔術師もそうでしたし、それが例えあなただとしてもね」
は?もしかしてスオウの魔法がなんなのか知っているのか!?
「ええ、もちろん。それのせいで私はこの2年修行に身をやる羽目になったのですから」
「その対策のために一度闘技場から離れたってわけか」
「ええ、ようやく目途が立ったので今回彼に挑もうと思ったのですが、移動の馬車の中で妙な人に出会ってしまいましてね。少し、予定変更を余儀なくされましたよ」
「それは災難だったな」
はっはっは、まるで俺が疫病神みたいな言い方だな。
「それで、提案なのですが――降参しませんか?」
「は?嫌だけど」
急に何を言い出すのかと思えば降参勧告ときた、それはねぇだろ。
「あなたの事情は知っています。彼女のためにもスオウを倒そうと思っているのでしょう?」
「知ってたのか」
「ええ。ですが、魔術師では彼には勝てません。私は勝つ準備をしてきました。どちらが勝っても結果は同じ、違いますか?」
なるほど、俺が倒してもシエンが倒しても、結果は同じ――なわけねぇんだよ。
「結果は同じぃ?違うね、もう全っ然違うわ。悪いけどさ、俺が負けると泣いちゃう子がいるんだよ。そいつのためにも俺は負けるわけにはいかないんだよ!!」
「あなたが怪我をすることの方が、余計に悲しむと思いますがね」
もはや説得は無意味と思ったか、構えをとるシエン。恐らく俺たちのことを思っての事なのだろう、善意からの申し出なのは分かる。有り体に言えば、良い人なんだろうな。
でもダメだ。悪いがハイディの前で負ける訳にはいかないんだよ。何でだろうな?俺にも分かんねぇや。でも、そうしたいと思ったんだよ!!
『さぁこの試合幾度目かの仕切り直し!!ここで決まってしまうのか!?先に仕掛けるのはどっちだ!?』
一体、何が彼女をそうさせているのでしょうか?いくら外見を装ったところで、中身は十代になりたて位の女の子。そんな少女がスオウと闘わなくてはいけないものなのでしょうか?ある程度の力の差を見せつければ、身を引くのかと思いましたが、そうはいかないようですね。困りました。女性――しかも子どもに怪我を負わせるのは性に合わないのですが……仕方ありません。対スオウ用にと思っていましたが、ここで一つ披露させていただきましょうか。
どうせ、なにが起きるのか分からないのですから。
「いきますよ」
そう宣言し、剣をただ振るう。それだけで剣先より衝撃波が産まれ、エイスの元へと駆けていく!!
『何という事だぁぁぁぁぁぁ!!この男、まさか斬撃を飛ばすことができるのかぁぁぁぁ!!この試合、一体何度目の驚きを見せてくれる!!』
エイスちゃんはシールドを張って防御態勢を取ろうとしている。しかし、これはただの牽制。本番は――回り込んでの連撃!!
「ちぃっ!!」
先ほどの衝撃波を右手で、背後からの奇襲を左手から発生させたシールドで防ぎきったエイス。これを対応できるのですか!?しかし、私の剣は魔術を切る!!そう――魔術殺しの魔剣だ!!
バリンッ!!と音を立てて砕け散ったエイスちゃんのシールド。愕然とした表情が見える。しかし、もう遅い!!このまま懐に入れば魔術もロクに使えないはず――入った!!
「切り捨てゴメン!!」
一応剣の形を片刃に変え、峰打ちに。この一撃で終わりに――
「引っ掛かったな」
「え?」
何故か私は宙を浮いた。後から腹部に強い衝撃と痛みが来た気がした。
何が起きた……?私は確かに彼女に一刀のもとに切り伏せたはず。
『え?あれ?なんでシエン選手が浮いているんですか?』
実況も混乱している。いったい私の身に何が起きたのでしょうか?
いや、ダメだ!!まだ試合中だ!!早く態勢を立て直さないと、次の攻撃が来る!!
空中で身を捩り正面を向くと、エイスちゃんは杖を構え、何か詠唱をしているが聞こえない。この闘技場での闘いの中で、一度も詠唱をしなかった彼女が詠唱をしてる。それだけであの魔術は危険だと本能が告げている。
ようやく地面に降り立ち、剣を構えるも既に光の暴力がこちらに襲い掛かってきていた。この世界にこれ程までの魔術を使える人間がいるとは思わなかった――本当に?本当にいるとは思わなかったのか?どこか頭の隅にあって、しかし考えから除外していただけじゃないのか?それはつまり彼女は魔術師なんかじゃなく魔法――
光の帯って言っていいのかしら?エイスの杖の先から放たれた魔法は完全にシエンさんを捕え、巻き込んだ。
その光の帯は外壁を破壊しながらも数秒放出を続け、消え去った後に残っているのは壁の瓦礫と気絶をしたシエンさんだった。
審判が駆け寄り、生死判定を行い生存が確認された。そして戦闘不能判定も下ったので、その瞬間エイスの勝利とスオウへの挑戦権獲得が決定した。
『決着ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!一進一退の攻防の末、勝ったのは女魔術師エイス選手ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!何年ぶりかの魔術師の挑戦者の誕生だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『『おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』』
「本当に勝っちゃった。勝っちゃったよ、ハイディちゃん」
「勝っちゃいましたね、マインさん」
「「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
スゴイスゴイスゴイ!!まさか本当に勝てるなんて思わなかった!!だってエイスの魔法を切っていたのよ!?そんなこと有り得る!?ゴーシュと違い、エイスの魔法が全然通用しないから勝てないんじゃないかって思ってたのに。
いったい何が起きたのか、私にはさっぱり分からない、分からないけどエイスは勝ったんだ!!これでスオウと闘え――
ふっ、と影が過った。鳥?かと思ったけど、空には何も飛んでいない。じゃあ今のはいったいなんなの?
『あーーーーーっと!!ここで闘技場内に乱入者だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
乱入者!?もしかして賭けに負けた観客が入っちゃったりしたの!?
そう思って、闘技場内に視線をやるとそこには一人の男が憮然とした態度で立っていた。あの人、どこかで見たような。
他の観客もその男に視線をやると、どよめきが生じ、そして徐々に沈黙した。どういうことなのかしら?あの男になにかあるの?
隣のマインさんもまた、青ざめている。まさか、あの男って――
「やってくれたな、魔術師よ」
彼の口から出た言葉は不思議と観客席まで届いた。その声色は少し悲しそうなモノだった。どうして?
「どうして貴様が勝ちあがった。貴様ではオレには勝てんと、そうやつも言っていただろうに」
「私が相手では不服?」
そうエイスが言い返すも、男は態度を変えない。あれではシエンに勝ち上がってほしかったように聞こえる。
「あれならば、オレに勝てるかもしれなかったというのに」
『あ、あの~、スオウ様?せっかく勝ち上がった方なのですから、その辺で』
「なんだと?」
『ひぃっ!!な、なんでもないです、はい』
スオウ、スオウですって!?あれがこの街の魔法使いのスオウ!?どうしてスオウがここにいるの!?
「スオウはこの闘技場の主でもあるわ。自分への挑戦者が決まる試合を見ていても不思議ではないんじゃないかしら」
「そんな……」
確かにその通りなのだけれど、それではエイスの手の内が明かされたようなものじゃない!!こっちはスオウが闘っている所を見たことが無いのに!!
「試合は明日、13時、この場所で――異論はあるまいな」
「あら、そちらの指定なのね」
「当然だろう、オレがチャンピオンで貴様は挑戦者なのだからな」
「ええ、そうですわね、それで行きましょう。異論はありませんわ」
「ふん、ようやく楽しめるヤツが現れたと思ったというのに、興冷めもいいところだ」
そう捨て台詞を残し去ろうとするスオウ。
「楽しませて差し上げますよ、私の魔術でね」
「できるものならやってみるがいい」
また煽るんだから……煽らないとダメなのかしら、あの子は。
兎にも角にも、これで挑戦権を得たんだ。試合は明日の昼。それまでに今日の試合の疲れを充分に取ってもらわないといけないわね。
『え、えー、と言う訳で、明日は特別試合がございますので、挑戦権試合は行いません。尚、スオウ対エイスの閲覧チケットは当日に販売いたしますので、ご了承くださいませ。それでは本日はお疲れ様でした、また明日お会いいたしましょう』
と言う訳で祝勝会パート2。みんな騒ぐの好きだな。というかなんか後援会か何かになっていないか?ちなみに会場はマインさんの宿。臨時収入最高とか言っていたけど、上手く担がれたかなぁと思わないでもない。と言うか、マインさんも俺に賭けて儲かっていたでしょうに。とチクチク言ってみたけど、それとは話が別とのこと。商売上手なのか、ガメツイのか……俺の周りの女はこんなんばっかか!!ああ、チュチュたちが懐かしい……無邪気に戯れたい。
それにしても、シエンは本当に強かった。まさか魔法を切るなんて、そんな発想ねぇよ。どっからそんな考えになったもんか。それにあの剣、用途用途に姿形を変えていった。めっちゃ便利やん、あれ。馬車の中で何もないところから取り出したように見えたのは、多分ナイフとかの大きさに変えていたのだろう。広いなぁ、この世界も。あんな剣があるんだし。それにしてもあの剣術というか、あの飛ばす斬撃、どこかで見た気がするんだけど、
「お疲れ様、エイス」
「ん?おお、ハイディ、お疲れさん」
「私はなにも疲れてないわよ。うん、今回は私何もしていないわ」
おや?なにやら元気ないな。ああ、ゴーシュの時はなんだかんだで色々手伝って貰ってたもんな。それが今回、完全に俺任せになっているからそれを気に病んでいるのか。そんなこと気にしなくていいのに。
「いやいや、何もしていない事なんかねぇよ。試合、観ててくれたろ?それで充分だよ」
「でも……私、エイスが負けるところ見たくないわ」
「負けねぇよ、俺は」
「それ以上に、エイスが怪我したりするところを見たくない」
「それは――努力します」
さすがに怪我をしないで済むとは思えないからね、今後も。そもそも、ゴーシュの時が上手くいきすぎたんだ。今後、どんなことが起こるかさっぱり分からん。だからハイディを巻き込みたくはないんだけど、泣かせたくないしなぁ。
まったく、シエンの言うとおりだわ。ハイディの事を考えると、降りるべきなんだろうな。ぶっちゃけ、童帝の言うことを律儀に聞く必要は無いわけで。どうにも他の魔法使いも聞いてないみたいだし。ただ、誰でもできることじゃないんだろうな、108人もの魔法使いを倒すなんてこと。俺だからできるのかね?期待されているわけじゃないんだろうけど、とりあえずできるところまではやってみるかね。マインさんにも頼まれたわけだし。頼まれてばっかだな、俺。
「ねぇ、エイス。試合の最後らへん、いったい何をしたの?」
「それは俺も気になるな!!」
「俺も!!」
「あっしもでヤンス!!」
最後って――ああ、あれか。あれは流石にこの場ではバラせないな。秘密兵器というか隠し玉だし。
「それは――秘密ね」
「「「えええぇぇぇぇぇぇっ!!」」」
こいつら……
「じゃあアレは?なんで後ろからの攻撃って分かったの?シエンさんの姿全然見えなかったのに。もしかして見えてたの?」
「いえ、見えていなかったわ。ただね、私ずっと思っていたことがあるのよ」
「なにを?」
「どうして早く動ける人ってわざわざ後ろに回るんだろうって」
そう、あの2度の背後からの奇襲を防いだのはある意味偶然なのだ。しかし、それなりに考えの上でもある。
どこかで見たことが無いだろうか?非常に速く動ける人間が相手の背後に周り、力の差を見せつけたりするシーンを。
あれって意味ある?その速度でそのまま正面から攻撃すればよくね?と思うことが偶にあった。そして今回のシエンもまた、目で追えない速度で移動をしたと分かったので、とりあえず後ろを守ってみた。その結果が良かっただけと言うことになる。うん、結構綱渡りだね。
「それにしても気になるな、スオウといいシエンといい、同じこと言っていてさ」
「同じこと?『魔術師ではスオウに勝てない』ってやつ?」
「そうそれ」
魔術師では勝てないってどういう意味だ?シエンみたいに近接専門なのか、もしくはあの剣の様に魔術に絶対の耐性でもある装備でも持っているとか?
「スオウ自身も言っているのが気になるのよね」
「あら~?明日の作戦会議かしら~?」
マインさんがいつの間にか近くに来ていた――酒臭っ!!どんだけ飲んでんだよこの人。
「らに~?ワタシの顔に何か付いているかしら~?」
「ええ、目と口と鼻が」
「アハハハハハハハハハハ、当たり前じゃ~ん」
すっかりできあがてらっしゃる。まぁ、嬉しいんだろうね。店が儲かってなのか、俺が勝って挑戦権を得たからなのかは分からないけど。
「ねぇ、マインさんはスオウの魔法が何なのか知らないのよね?」
「ん~?しらにゃ~~~い」
可愛いなこの人。しかし、このマインさんから情報を聞き出すのは無理だな。となると、他の客なら知っていたりするんじゃないか?
「ねぇ、誰かスオウの魔法とか知らないかしら?」
と呼びかけてみると、ザワつくも、あまり良い返事が返ってこない。彼らが言うには、
「それが俺らもよく分かんねえんだよ」「魔術が消えるっつーの?」「丁度今日のシエンの剣みたいな感じかな」「あれはなにか不思議なことに違いない」
とのこと。うーん、よく分からん。
「ただ、よくあれで今まで勝ち続けられるよなぁとは思うな」
「ああ、それは分かる。だからこそ、この街の領主なんだろうけど」
どういうこと?
「あの男、ほとんど装備らしい装備しないんだよ、闘うとき。なのにめっちゃ強くてさ。なんであんなに強いのかが分からん」
装備らしい装備をしない?
「ああ、何というか――パンツ一枚だ」
「変態じゃない!!」
マジか。俺は明日変態と闘わなくちゃいけないのか……30過ぎても童貞だもんな。どこかしら変態性を秘めて――いるわけねぇ!!あぶねぇあぶねぇ、それを認めたら俺も変態になってしまうところだった。
違うからね!!断じて俺は違うからね!!機会が無かったからだからね!!人並みに性欲とかあったからね!!
そういえば、こっちの世界に来てからはそうでもなくなったけど。まさか、心も女に浸食されて……?
結局、スオウの力は謎が謎を呼んだまま、宴がお開きになった。
「あら、ハイディちゃん寝ちゃったわね。気を張っていたもの。疲れが出たのかしら」
「マインさん――正気に戻ってる!?」
口調がさっきまでのふにゃふにゃしたモノじゃなく、普通に戻っているだと!?
「え?ああ、ワタシすぐ酔っちゃうんだけど、醒めるのも早いのよ。それじゃ、ワタシがハイディちゃんを部屋まで運ぶわ」
ズルい人だな、マインさん。こんな美人さんが幼馴染でなにが不満なのかね、あの童貞は。俺もか。いや、今の俺は童貞じゃない、童貞じゃないんだ。
「――ありがとう、エイスちゃん」
「お礼を言うのは明日勝ってからだよ」
「それでも、言っておきたかったのよ。ありがとう、エイスちゃん。ワタシに夢をもう一度見せてくれて」
夢――夢ねぇ、よくハイディが寝る前に俺に言うけど、その夢とは違うんだろうな。そんなこと言われちゃったらさ、頑張んなくちゃいけねぇな。
「はい、とうちゃーく。それじゃ、お休みなさい、エイスちゃん、ハイディちゃん」
「ああ、お休み、マインさん。俺が夢を現実にするよ」
「――期待しているわ」
決戦は明日、寝ながら対スオウ戦の対策を考えるとしますかね。
「なるほど、ここでそう動きますか。いやはや、本当にヒトというものは分からないものですね」
「おや、ライミさんじゃないですか?残業ですか?」
「スィーリア、調度いいところに来たわね」
「あ、私、ちょっと急用を思い出したので失礼します」
「仕事振るわけじゃないから、安心しなさい」
「それを早くいってくださいよ~。で、なんですか?飲みに連れて行ってくれるんですか?」
「あなたのその俗っぽさはどうにかならないかしら?」
「恐縮っス」
「褒めてないわよ。話が進まないわね」
「まったくですね、いったい誰のせいでこんなことに」
「貴方よ、貴方。ええ、実はあなたが担当しているエイス様のことなのだけれど」
「え、私あの人の担当だったんですか?」
「最初にエイス様からの連絡を受けたでしょう?それで決定しているわ」
「えぇ……たまたま取っただけなのに……」
「それもまた運命ね。エイス様がまた別の魔法使いとちょうど戦うところなのだけれど」
「はぁ、そうなんですか」
「興味なさすぎじゃないかしら?」
「だって、私の担当だって今初めて聞きましたし……」
「あの方はいったいどうして戦うのかしら?」
「童帝様がそう望まれたからでは?」
「それはそうなのだけれど、ですが今までの魔法使い様たちはそうはならなかった。いったい何が違うというのかしら?」
「うーん、ノリ?」
「えぇ……そんな理由?」
「それがあながち冗談でもなさそうなんですよね。そもそも、こちらと交信できる魔法使いなんて今までにそうはいませんでしたよね?」
「それはそうね、ワタシたちからは手を差し伸べるようなことは、ほぼありえませんので」
「でも、エイス様は転生して初日――数時間でこちらに交信を試み、成功しました」
「それはつまり――」
「単に順応性が高いのか、こういう事に慣れているのか――この世界の仕組みを知っているのか(・・・・・・・・・・・・・・・・)」
「まさかそんなことが……」
「まぁ、普通ならあり得ないでしょうね、普通なら。しかし、あの方は童帝様肝いりの魔法使い、何かあってもおかしくないでしょう」
「そう……でも、だとしたら――この対決にはなんの意味があるのかしら?」
「おやこの方は確か――」
「ええ、彼はワタシの担当の魔法使いです。そして数少ないワタシたちとの交信に成功した(・・・・・・・・・・・・・・)魔(・)法使い(・・・)」
「ほほぅ、おやこの方、エイス様のと似ていますね」
「そうかしら?」
「なんとなくですけどね、さてさてどうなることやら」
「スィーリア、あなたどうしてそんなに楽しそうなのですか?」
「どうしてと言われましても、楽しみじゃないですか。いったい誰が一番強い魔法使いなのか、最終的にそれが決まったりするんじゃないですか?」
「まさか、そんな理由で?」
「さぁ?私にはそこまでの情報権限が与えられていませんので。逆にライミさんの方が詳しいのでは?」
「いいえ、いいえ、いいえ。ワタシにも知らされていないわ」
「なら、私たちはただ見守るだけですね。そして、たまに質問に答えるだけで」
「ええ、そうね」
『決戦の時、来たれり。今日、ついに挑戦者が現れた。彗星の如く現れた彼女は瞬く間に4連勝をし、そして歴代最強の挑戦者と言っても過言では無い剣豪シエンを激闘の末降し、ついに登り詰めた。後はもう頂上のみ、さぁ、今日も最高の試合を見せてくれるのか!?奇跡の魔術師エイス選手の入場だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
奇跡て、奇跡てなんやねん。実力だっつーの実力。とは大手を振るって言えないんだよなぁ。シエン戦は実際ヤバかったし。
それにしても暑い。調度昼頃のせいなのか、気温が上がっている。それ以上に会場の熱気のせいか、汗ばんできた。冷や汗とかじゃないよ?観客も満員、すげぇな。流石この街の収入を支えているだけはある。実況もノリノリだなぁ。
観客席を見渡すと――お、最前席にマインさんとハイディ発見。関係者なので通してもらえたようで。よしよし。流石にシエンは来てないか。パッと見だしわかんねぇけど。
『王者来る』
観客のどよめきが聞こえた。来たか。
『全戦全勝不敗。かつてのこの街の魔法使いを倒した時から、この男の伝説は始まった。規律を作り、闘技場を作り、この街を支配続けて幾星霜。ただただ彼が求めるは自分よりも強いヤツ!!今日こそこの男を満足させるものが現れたか!?スオウ様の登場だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
反対側の入り口から現れたのは昨日見た青年、違う所と言えば――服を着ていないという点だ。俺の目の前までやってきて、
「逃げずに来たことは褒めてやる。だが、そこまでだ。お前の負けは変わらない」
パンツ一丁の男がなんかカッコつけている。
え?マジで変態なのか?うわー、ないわー。だから魔法使いが嫌われるんだよ。つかなんで上半身裸なの?そんでなんでパンイチなの?バカなの?死ぬの?
そういえば、今の俺は大人の女性になっているんだけど、恥ずかしがった方がいいのだろうか?この世界の倫理観と言うか、性に対する知識の認識が分からん。ハイディも昨晩、あの恰好を変態っていってたし、そこは同じ意見だったけど。そうそう、言葉遣いに気を付けないと。俺は女、俺は女、俺は女……
「その恰好で闘われるのですね?」
「もちろん、これがオレの正装だ」
まごうことなき変態です、本当にありがとうございました。
「オレへの挑戦者全員に聞いていることだが、一応お前にも聞いておく。オレを倒して貴様は何を望む?」
「何を――そうですね、あなたの全てを(・・・・・・・)」
「分かった、つまり貴様もオレの敵だな」
なんでやねん。いや確かに挑戦者ではあるけど、敵かどうかと言われたら私困る。
それにしても、あちらさん、マジでこっちが勝てるとは思っていないんだな。こっちは対スオウ用に色んな戦い方を考えてきたというのに。その余裕の面を歪ませてやんよ。
『勝てば全てを得、負ければそこまで!!さぁさぁさぁさぁさぁさぁ、いざいざいざいざいざ尋常に――試合開始ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』
さて、魔法の真髄をお見せしましょうか。
『エイス選手に光が集まっているが――あの光の束はもしかして昨日の魔術かぁぁぁぁぁぁっ!?』
「吹き飛べ!!ディバイン・バスタァァァァァァァァァっ!!」
試合開始と同時にバスターをスオウにぶち込むのが私の考えたプラン。開幕ぶっぱは基本よね。ちゃんと直撃して――こっちに突っ込んできている!?
「言ったはずだ、オレに魔術の類いは通じないと!!」
そのまま手の届く距離まで近づかれ、右の拳を繰り出してきた。
危ない!!咄嗟に右手でシールド張った――が、スオウの拳が触れた瞬間、シールドが砕け散った!!
「まさか!?」
そのまま当たるかと思ったが、体勢を無理やり変え、どうにかして避けることに成功した。その足で距離を取ろうにも、すぐに詰め寄ってくる。武器を持っているようには思えなかったので、インファイターだとは思っていたけど、ここまで突っ込んでこれるものなの!?
『ラッシュ!!ラッシュ!!ラァァァァァァァァッシュ!!スオウ様による強烈な連撃に魔術を唱える暇もないエイス選手!!まるで手も足も出ない!!』
避けるだけで精いっぱいだわ、これ。確かに手も足も出ない――けど口は出せるのよ!!
「食らいなさい、ファイガ!!」
某RPGの火炎系上位の呪文!!これでどうだ!?
「無駄だぁっ!!」
火炎の渦など気にもせずに突っ込んでくるスオウ。彼が渦に触れるや否や、燃え移ることもなく、またしてもかき消されてしまう。
「はぁっ!!」
シールドが拳を阻むよって一瞬の減速が起こる。それによってなんとか避けることができている状況だ。こんままじゃジリ貧だわ。
『通じない!!通らない!!意味が無い!!エイス選手の魔術が悉く掻き消されてしまう!!これがスオウ様の強さなのか!!しかし、意外にも粘るエイス選手!!このまま逃げ切っても、制限時間はないから意味が無いぞぉぉぉぉぉぉ!!』
分かってるよそれくらい!!え、女言葉!?使ってる余裕ねぇよ!!
スオウは確かにパンツ一丁だ。ピアスや指輪、ネックレスといった装飾品も着けていない。唯一、パンツ以外に身に着けているものと言えば手に包帯を巻いているくらいだ。
確かにあの拳で俺のシールドの魔法を破壊しているが、さっきから繰り出している炎や氷の魔法は拳に触れなくても――スオウの体に触れただけで消え去っている。つまり、あいつはマジックアイテムで俺の魔法を掻き消しているんじゃ無くて、
「魔術を打ち消す魔法かっ!?」
ピタッと、スオウのラッシュが止まった。そしてそのまま少しこちらと距離を取る。
「あれだけ試したんだ、思い当たって当然か。その通りだ、オレの魔法は『魔法・魔術を無効化する魔法』だ。オレは魔法をもって魔法使いとして君臨している」
分かってみればなんてことない魔法だった。
無効化――無効化?は?なにそれ、チートじゃねぇか!!つか無効化する魔法ってなんだよ!?その無効化で自分の魔法を無効化しねぇのかよ!?何言ってるのか自分でも全然わからん。ただ、分かっていることは1つ。俺と相性最悪じゃねぇか!!
「理解したか、お前がオレに絶対に勝てないと言った理由が。魔術師であるお前は、俺にダメージを与えることが不可能なんだよ!!」
『何という事でしょう!!ここまで勝ちあがった奇跡の魔術師エイス選手の前に立ちはだかった頂点、スオウ様には魔術が通じない!!まさかの天敵!!もはやエイス選手に勝ち目はあるのだろうかぁぁぁぁぁ!?』
確かに俺の攻撃魔法はスオウには通用しないみたいだ。しかし、さっきからの攻撃を見るに、俺の正体にはまだ気が付いていない。つまり、俺の変身魔法はスオウに通じているということだ。
アイツが無効化できるのは、あいつに触れる魔法だけってことか。だったらまだ勝ち目はある!!
「降参、するつもりはないようだが――なんのつもりだ?」
俺は壁近くまで下がり、抉り取り――壁の塊を魔法で加速させ射出した。
「こいつでどうだぁぁぁぁぁ!!」
まるで弾丸の速度で拳大サイズの石の塊がスオウに襲い掛かる。石は魔法で作った物じゃないから打ち消せねぇだろ!!
「理解していないようだな。俺の魔法は『魔法・魔術の無効化』だ」
身構えることもなく、そのまま石の塊を受け入れ、激突した――はずだった。あの速度なら、正直上半身吹き飛ぶんじゃないかと心配していたが、そのまま体に当たって地面に落ちた。ダメージを負った様子はない。
「魔術による効果も無効化するのかよ……」
「理解するのが早くて助かる」
俺は石の塊を魔法によって加速させた。だからスオウの魔法は、その加速させた魔法の効果を打ち消したのだ。その結果、ほとんど速度が出ていない状態に戻り、ダメージを負わなかった。さっきまでの炎系魔法で火傷を負わなかったのも、炎が魔法によるものだからなのか?だとすると厄介すぎるだろ、その魔法!!
「もう分かっただろう、そしてもう十分だろう。良くここまで粘ったな。しかし、貴様はここまでだ」
スオウが再び構えをとる。両の拳を顎近くまで掲げ、半身を少しこちらに向け、足は軽いステップを踏む。ん?この構えってまさか――
「さぁ、第2ラウンドの開始だ!!」
ああ、そういうことか。スオウの正体が分かった。
「お(・)前(・)、ボ(・)ク(・)サ(・)ー(・)か(・)」
左拳が来ているのが見えた。しかし、体がまだ反応できない。あの話、本当だったんだな。視認出来ていても、体が動かないってやつ。思考速度だけそのままで、周りがゆっくりに見える。走馬灯ってこんな感じなのか?シールドを張って防ごうにも、止められるのは一瞬だ。その次の動作が間に合わない。
左拳が近づいてくる。シールドでまた阻むもすぐに砕けた。もうどうしようもない。お手上げだよ。どうやらここまでのようだ。残念だよ。だから――
魔術師として勝つことは諦めよう(・・・・・・・・・・・・・・・)。
魔法少女として勝つことにする(・・・・・・・・・・・・・・)。
もう見ていられない。
あれだけの攻撃、どうして未だにエイスに当たらないのかが分からないくらいだった。正直な話、闘技場での試合は最初がアレだったこともあり、余裕で勝てるんじゃないかと思っていた。
でも5戦目のシエンさんとの試合を見て、それまでの勝利が偶然だったんじゃないかって思った。だってエイスの魔法を剣で切ったのよ?ゴーシュのドラゴンを簡単に倒したエイスの魔法が、いとも簡単に打ち破られるなんて想像もしなかった。
それでもエイスはシエンさんに勝った。本当はもう戦うことを辞めてほしかったけど、心のどこかで同じようにスオウにも勝てるんじゃないかって思った。なまじ、ゴーシュを倒したことがあるという実績のせいだ。
でもスオウは私たちの想像を遥かに上をいっていた。剣で切る必要もなく、ただそこにいるだけでエイスの魔法を無効化している。天敵――実況が言っていたように、確かにエイスの天敵の魔法使いだ。
色々な魔法をあちこちに唱えているが、そのどれもが明後日の方向に飛んだり、スオウの方に飛んで行っても打ち消されてしまう。
もうダメ……あんなパンチがエイスに当たったらただの怪我では済まないわ!!中身は私と同じ小さい子どもなのよ!!
どんどん追い詰められ、ついにスオウの左拳がエイスの顔面を捕えようとした。
「エイス避けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ポンっと舞台上から可愛らしい音が聞こえた。この音って確か――エイスが変身魔法を解除した時の音?
『へ?』
実況が戸惑っている。私も戸惑っている。ただ、この両者の戸惑いの中身は違うものだろう。実況の戸惑いは『どうして小さい女の子が舞台上に突然現れたのか?』というもので、私の戸惑いは『どうしてスオウの拳を避けなかったのか』というものだ。
「貴様、いったい――」
スオウも戸惑っているようだ。
確かに殴ったはずなのに、左拳はエイスの顔面を捕えたはずなのにダメージを受けていない、いったい何故だ!?そもそも貴様は誰だ!?といった様なものだろう。
そのまま、流れるように元の姿に戻ったエイスはスオウの左腕を掴み、
「左腕もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
バキィッ!!と鈍い音が闘技場内に響いた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
スオウが左腕を抑えながらのた打ち回っている。いったい何が起きたの?というか今の一連の流れるような動作は何?エイス、あなたそんなことまでできたの?それも魔法少女のおかげなの?
『た、立ち上がったぁぁぁぁぁ!!流石は我らが領主!!闘技場の王者、スオウ様だぁぁぁぁぁ!!これも誇りがなせる事なのか!?いや、しかし痛みに耐えようとしている!!流石にすぐには引くわけがないか!?』
「貴様、今のは一体なんだ!?それにその姿!!ただの魔術師ではないな!!」
問い詰めるスオウに、平然と構えるエイス。しかし、今のエイスは少女の姿となっているためひどくシュールな状況だ。
追い詰められていたはずなのに、今や逆転。これがエイスの考えていた策なのかしら?
「なんだって聞かれたら、あれはただの関節技だよ。合気もちょっと入ってるかもしれねぇけどな」
「合気だと?そうか、やはり貴様は――」
「ああ、お察しの通り、魔法使いだよ。いや、正確には――魔法少女だ(・・・・・)」
「なん……だと……?」
『は?え?今エイス選手がなんと仰いました?』
あ、あのおバカ!!
「ねぇ、ハイディちゃん。いまエイスちゃんが魔法使いって……」
しっかりマインさんにも聞こえてしまっていた。これじゃあもう隠し通せないじゃない!!なんでこんなタイミングで言うのよ!?
「あ、言っちゃ不味かったかな」
「考えなしで喋るんじゃないわよ!!」
「ゴメンて!!」
つい怒ってしまった。
闘技場内がザワついている。
これで没収試合とかにならないかしら?
「ククク……クハハハ――ハァーッハッハッハッハッハ」
突如大声で笑い出したスオウ。痛みで頭がおかしくなったんじゃ……
「貴様、魔法使い同士が戦えばどうなるか知っての事か!?」
「うーん、ぶっちゃけよく分からんのよね。けどまぁ、俺はアンタを倒してアンタの全てを頂戴する。アンタはオレを倒して街に平穏をもたらしたい。そこは変わんねぇんじゃねぇのか?」
「一理ある」
納得しちゃうんだ。え?それで良いの領主様が!?
「ところで、まだやるかい?」
エイスが問いかけ、
「当然だ、たかが左腕がやられたくらいでオレの優位性はゆるがない」
スオウが応じる。
「男の子だねぇ」
「貴様はどうしてそうなったのか気にはなるが――勝負が終わってからにするとしよう」
「話せば長くなるんだよ……」
「そうか――さて、一応魔法使い同士の対決の礼儀に則るとしよう。『無法使い』スオウ、いざ参る!!」
「え?そんな礼儀あるの?ゴーシュの時無かったような。うーんと、俺は――やっぱこれかな。『魔法少女』エイス、ここに参上☆」
ねぇ、あの2人急に仲が良くなっていないかしら?それにスオウの必死感というか張り詰めた雰囲気が和らいだような気がするわ。あの短時間で何があったのかしら?
『なんだか色々と情報がいっぱい出てきましたが――つまりエイス選手は魔法使いだったということでよろしいのでしょうか?だとしたら、闘技場史上初の魔法使い対魔法使い!!まさしく世紀の一戦!!序盤は完全にスオウ様ペースだったが、一瞬の攻防の末、エイス選手がスオウ様の左腕を破壊!!どっちに試合が転ぶのか分からなくなってきたぞぉぉぉぉぉぉぉ!!』
『おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
闘技場の盛り上がりが最高潮を迎えようとした。みんな案外簡単に受け入れるのね。この街の住民にとって魔法使いってそんなものなのかしら?
そして、三度エイスとスオウの攻防が始まる。
片腕を潰し、先ほどまでの左右の連撃を封じた。これで俺のターン!!のはずだったが、
「なんで片腕の時の方が早くて強いんだよ!?」
「ああ、オレも不思議だよ」
明らかにラッシュの速度が上がっている。いや、右拳からのパンチ速度だけじゃない。フットワークも加速している。おかしいだろ!!手数は減っているが、こっちからの攻撃する機会が減っているなんて。
『いったい何が起きているのかぁぁぁぁぁぁぁっ!?片腕が使えなくなったはずのスオウ様の攻撃速度が上がっているぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?こんな強さを秘めていたのかぁぁぁぁぁぁっ!!』
「本当に不思議だよ。こんな気持ちで戦うのは初めてだ。なんて身体が軽いんだ!!」
「おい、そのセリフこっち側のモンじゃねーか!!」
「そこだっ!!」
隙を見ての必殺の右ストレートが飛んでくる。しかし、俺はその右手首を掴み、投げようとするも、一回転し俺から離れる。
掴んでは外され、掴んでは外され。さっきからこの応酬の繰り返しだ。
「ちっ。貴様、なぜ殴ってこない!?さっきから投げ技や関節技に移行しようとしやがって!!」
「ボクサー相手に打撃戦挑むわけねぇだろ!!」
そもそも、リーチ短くて届かねぇんだよ!!
「こんな言葉を知ってるか?俺が好きな魔法少女が言うには『打撃系なんて花拳繍腿』って言葉をよ!!」
「知らん!!」
だよなぁ。
このまま続ければ、間違いなくこっちのスタミナが切れる。切れるんだが、
『なんという攻防の連続、せめぎ合い!!いったいいつまで続くのか!?しかし、エイス選手のスタミナは持つのか!?スオウ様の連撃は容赦なく続く――』
はずだったが、ふっとその猛攻が止まった――やっと経ったか。
今だとばかりに、身体強化魔法を俺自身にかけ、加速!!そしてスオウの背後に周り、首に腕を回し、力任せに締め上げる。
そう――裸絞、またの名をチョーク・スリーパーと言う。
「あっ……がっ……」
『こ、これは――まさか、頸動脈を絞め上げているのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?何という早業、なんという恐ろしい技!!このまま絞めあがってしまえば、スオウ様でも危険だぁぁぁぁぁっ!!』
「落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
なんとか上手くいった。
スオウと戦っていて幾度か、スオウから俺と距離を取る行為が見られた。それは単にこっちの魔法を警戒してのことだと思ったが、よく考えたらあり得ない。スオウは魔法も無効化できるのだから。
だったらなぜか?間隔を測ってみたら分かった。それはボクサーの習性なのか知らないが、スオウは3分戦えば(・・・・・・・・・)少しクールダウンを行っているようだった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。
これはあくまでも推測、だけど――賭けるには十分だ。そして俺は賭けに勝った。
渾身の力を込めて絞め上げる。しかし、さすがはスオウ。完全に極めきれていないのか、暴れ狂う。体格差が恨めしいよ本当。
だけど、極まれば脱出ほぼ不可能と言われるこの技、流石に抜け出せまい。ましてやスオウはボクサー、勝ったなガハハ。
意識が薄れていく。これが大人の力だったらもうとっくに俺は落ちていただろう。もがいて脱出を試みようにも、簡単に抜け出させてくれない。
嗚呼、オレは負けるのか。そう思うと、過去のオレの記憶が甦ってくる。走馬灯ってやつか。これを見るのは2度目だな。
その記憶はオレの子どもの頃の記憶――檜山誠治の記憶だ。
オレは小学生の時、クラスで一番の乱暴者に虐められていた。なぜオレを虐めるのかと聞くと『お前が弱いからだ』と言われたことがある。他のクラスメイトもそれに倣ってオレを虐めるようになった。
オレはそれでも構わなかった。なぜなら、オレが虐められることで他のクラスメイトが虐められることが無いからだ。守っている――という考えではなかったが、弱いオレでもできることがある、それが嬉しかったのかもしれない。
しかしある日、状況が変わった。学年が上がり、クラス替えになっても相変わらず虐められようとしていたオレを庇う人間が現れた。
その子は近所に住んでいる子だったが、あまり話をしたことは無かった。だというのにオレを庇った。オレには意味が分からなかった。なんでオレを庇う?オレに話しかける?オレに笑顔を向ける?そんなことをしたら――
案の定、今度はその子が虐められるようになった。こうなるとは思わなかったのだろうか?その子はあの虐めっ子よりも強いはずもなかったのに。
しばらくするとあの子から笑顔が消えた。徐々に学校にも来なくなりつつあった。分かりきった結果だ。しかし、オレにはそれが我慢ならなかった。
ある日、オレは虐めっ子に『あの子を虐めるくらいならオレを虐めろ』と言ってやった。オレが虐められるのは良い、だけどあの子を虐めるのは許せなかった。
しかし、虐めっ子はオレの願いを聞き届けず、そのままあの子を虐め続けて、結果あの子は転校してしまった。
あの子の笑顔をもう思い出せない、オレが奪ってしまったんだ。その八つ当たりか、オレは虐めっ子を思いっきりぶん殴った。何度も。何度も。何度も。
すると、いつの間にかオレを虐めるヤツはいなくなった。知らないうちにオレは強者になっていたようだ。そして、オレを虐めていたやつはクラスメイトから虐められていた。強者が弱者に転落することもあるのか。
オレはクラスメイトに虐めはダメだと説いたら、虐めはなくなった。オレが強いからみんないう事を聞くようになったのか。
その時、オレは世界の真理を知った。『弱者は強者に従う』。
それからのオレは弱者に転落しないように、俺自身を鍛えることにした。近所にボクシングジムがあったので通い始めた。
そこでオレは徹底的に鍛え上げた。すべては強者で有り続けるために。
アマチュアボクシングを無敗で勝ち続け、プロになっても無敗。体格と体重のせいでヘビー級の挑戦を認められなかったが、勝つ自信はあった。
そんな風にオレは人生の全てをボクシングに――いや、勝ち続けることに捧げてきた。しかし、終わりはあっけないもので10tトラックに潰された。
あの人生に悔いは無い――とはとても言い切れなかった。死んでから分かったのかもしれない。オレはただ、彼女を――虐めっ子から守ろうとしてくれたあの子を守りたかっただけなんじゃないかって。
しかし、死んでしまってはもうどうしようもない。そのままオレの人生の幕が閉じるかと思いきや、超常現象に見舞われた。そう、あの童帝とかいうアタマのぶっ飛んだ奴と出会ったのだ。
正直、異世界とか言われても全くピンとこなかった。ジム内の後輩でそういうのを好きなやつが話していたかもしれないが、俺には関係ないものだと思っていた。もう一度の生にも興味がさほど湧かなかった。
しかし話を聞くに、この世界もまた秩序が乱れ、混沌としているようだった。そして、オレにはそれを変える――正す力があると説いた。
何も成しえなかった、一人の女の子すら救えなかったオレにまだ何かできる事があるのだと知り、ならば今度こそはと思うようになってきた。
そしてオレは1つの魔法とともにこの世界に転生した。この世界には魔術や魔法と呼ばれる人間を超えた術や生物がいると聞いた。ならばオレはその全てを駆逐しよう。そのために手に入れたのが『魔法・魔術を無効化する魔法』だ。この力でオレはもう一度やり直す。
この世界で初めて意識を持った時、一人の少女――マインと出会った。彼女はどうやら、オレの幼馴染だそうだ。それ以上に彼女はオレの心を動揺させた。似ていたんだ、あの子に。マインはかつてのあの子のようにオレに甲斐甲斐しく接してきた。彼女と一緒にいるうちにこの街のこと、世界の事が少しずつ分かってきた。そして、この街の住民を苦しめている魔法使いがいるということも知った。だが、当時のオレは身体の線も細くひ弱な存在だった。このままではまた強者に食われてしまう。そんなわけにはいかない。
だからオレは一度、鍛える旅に出て、強くなりこの街の魔法使いを倒し、領主となった。そして、この街に新たなルールを作った。
『弱者は強者に従う事』。
オレが絶対の強者となり、この街を支配する。もう誰も悲しませない、恨まれるのには慣れている。そんな人間はオレ一人でいい。すべての批判も、悪意もオレが引き受けてやる!!
「――だから!!まだ負ける訳にはいかねえんだよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「なっ!?」
もがく。もがいて、もがいて、もがいて。
絞めが一瞬緩んだ隙に、一気に振りほどいた!!
『なんとぉぉぉぉぉぉぉっ!?スオウ様がエイス選手を振りほどいたぁぁぁぁぁぁぁ!!絶体絶命の危機を脱出ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』
はぁ、はぁ、はぁ。げほっ、ごほっ。どうにか息を整える。無理やりにでも呼吸を調整する。しかし、油断してはいけない。あの少女はいつでもこっちの隙を狙っている。
数十秒後、なんとか落ち着きを取り戻した。右腕はまだ痛むが、その痛みのおかげで意識もはっきりしてきた。
「残念だったな、お前がもう少し大きければ確実に落とせていたのだろう」
「それな」
表情を装っているが、焦っているように思えた。勝ったと思ったのだろうな。落胆しているようにも見える。これでいい、アイツの勝ち筋を1つずつ潰していく。最後に勝つのはこのオレだ!!
「さて、魔法も駄目、関節技も駄目――まだお前に勝機があるのか?」
「あたぼーよ、お前に勝つための策なんていくらでもあるもんよ」
恐らく嘘だ。あるのならさっさとやっているはず。
「エイスーーー!!負けないでぇぇぇぇ!!」
観客席から声が聞こえた。あれはコレの連れか。と、そちらの方に視線を横にやると、マインがいた。マインもエイスに声援を送っているように見えた。
なぜマインが?どういうことだ!?どうして彼女がこの魔法使いと一緒にいる!?なぜコイツを応援する!?
「なぁ、アンタ。1つ聞いて良いか?」
「……なんだ?」
内心の動揺を抑えつつ、返答した。今更何を聞きたいのだ?
「『負けた方が勝った方のいう事を聞く』ってルールは何のために作ったんだ?」
「なんだそれは?」
『負けた方が勝った方のいう事を聞く』?そんなルール決めた覚えはないぞ?
「あ?アンタが決めたんじゃないのか?」
「オレが作ったのは『弱者は強者に従う』というものだ。強者、即ちこのオレに従えというルールなら作ったが」
「ああ、それが曲解されているのね」
曲解だと?一体誰がそんなことを?まさか――
「スオウ、アンタはこの街をどう思うよ?健全――秩序が保たれた街だと思うか?」
「保たれているだろう。オレは政治とか詳しいことは知らないが、オレが支配している以上秩序は保たれているはずだ」
「アンタが少しでも街に出ていたらそんなこと言えるはずがないんだけどな」
「どういう意味だ?」
「頼まれたんだよ。彼女に、マインに。アンタを倒してくれってな!!」
バカな!?なぜそんなことを!?オレ以外の人間が領主になれば、またこの街の秩序が乱れてしまうぞ!!
しかし、この会話を最後に、最後の攻防が始まった。
片腕を潰し、首絞めからの組み伏せで、エイスの勝利を確信したけど、それでもスオウは立ち上がった。いったい何が彼をそうさせるのだろう?
目を背けたい。でも見届けなくちゃいけない。私にはそれくらいしかできないのだから。
エイスとスオウが二言三言交わした後、何度目かの攻防が始まった。
ただ、なぜかエイスは炎系と氷系の魔法を繰り返して唱えている。もちろんスオウにダメージが通るわけもないのに。いったいどういうつもり?
「どうしてエイスちゃんはまた魔法を使っているのかしら?」
マインさんの疑問も当然だ。意味が無いと思うんだけれど。でも、
「エイスが策も無く魔法を使うとは思えません。なにか考えがあってのことかも」
「ええ、そうですね。彼は存外強かですから。おっと、今は彼女と呼ぶべきでしょうか」
「シ、シエンさん!?」
「やぁ、昨日ぶりですね」
シエンさんがいつの間にか隣に来ていた。あら?そこには太ったオジサンがいたような――記憶違いかしら?
「それにしても無茶苦茶だな、彼女。普通の魔法少女はあんな打撃や関節技を――いや、そうでもないのか。もっと広義に考えれば――」
ブツブツとなにか呟いているけど、私にはよく分からない。と言うか、この人何しに来たのかしら?
「もしかして、怒っていますか?」
「怒る?何をですか?ああ、もしかして彼女が魔法使いだという事を黙っていたという事ですか?そんなことでイチイチ怒ったりしませんよ。魔法使いにとって、自分の魔法を知られることは致命傷ですからね。誰だって隠しますよ。だから彼女に負けたのは私の、まぁ、何と言いますか、不徳の至らないところですね」
負けたことを認めたくないのか。案外子どもっぽいところもあるのね。そういえば、
「シエンさんは知っていたんですね、スオウの魔法のこと」
「ええ、もちろん。だから彼女では勝てないと思っていたのですが、彼女もまだまだ何か隠し持っているようですが――余裕の現れなんでしょうか?彼女なにか飲んでません?」
「え?あ、本当だわ。試合中なのに何か飲んでいるわ」
「色々できるのね、魔法使いって。はい、ハイディちゃん、ワタシたちも何か飲みましょう」
「準備良いですね、マインさん」
確かに気温も上がってきており、暑い。喉が渇くわ。観ている私たちでこうなのだから、戦っているあの2人ならもっとじゃないかしら?もしかして精神攻撃のつもり?まさかそんな。
「案外有り得るのが怖いところですね、彼女の場合」
「エイスって勝つためには手段を選ばないのよね」
『熱い!!なんという激戦!!始まる前にはまさかここまでの激闘になると誰が予想できたでしょうかっ!?あまりの熱さに、服を脱いでしまいたいくらいでだぁぁぁぁぁ!!』
「本当に暑くなて来たわね、ジメジメもしているし」
暑い。実況やマインさんも言うように暑いのだけれど、ちょっと異常じゃないかしら?それともこの地域だとこれが普通?
「そうでもないわよ、確かにこの時期は暑くなるけど、ここまで気温が上がることはそうないんだけれど」
「じゃあどうしてこんなに?」
「まさか、彼女の狙いは――」
『おおっと!?ここにきてスオウ様の動きが鈍くなってきたぞぉぉぉぉ!!先ほどまでの華麗で繊細な動きが見られない!!流石に疲れが出てきたかぁぁぁぁぁぁ!?しかし、しかししかし、ならばなぜエイス選手はまだ動ける!?彼女の方も同じくらい動いているのに!?まさか無尽蔵のスタミナ持ちなのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
そんなはずがないわ、エイスだって疲れるのを私は知っている。
だけど、現実的にスオウの動きは精彩さを欠いてきている。それに対してエイスはまだまだ元気に動き回る。この差はいったい何?
「まったく、正気ですか彼女は。こんなことまで仕掛けていたなんて」
「シエンさん、エイスが何をしたのか分かるんですか?」
「ええ、恐らくですが。彼女は――闘技場内の湿度を上げたんですよ(・・・・・・・・・・・・・・・)」
体が急に重くなった。思考がまとまらない。視界がぼやける。オレの体に何かが起きている。アイツの魔法のせいか?あり得ない、オレには魔法は通用しない。だったらなんなんだこの異変は……
ついにフットワークが止まってしまう。息が切れている。だと言うのに、アイツはまだピンピンしている。おかしい、あれほど動いたくらいでオレの体力を削りきれるわけがない。現役時代の体とはいくら違うとはいえ、この世界でも鍛えたんだ。限界値くらいある程度把握している。なのに、なのになぜ、オレが肩で息をしている!?
『ああっとぉ!?スオウ様の足が止まってしまったぁぁぁぁぁぁぁ!!華麗なフットワークが見るも無残になってしまい、息も絶え絶えだぁぁぁぁ!!しかし、いったいなにがあったというのかぁぁぁぁぁぁぁ!?』
汗が止まらない。暑い――暑い?確かに今の時期、この地方では気温が上がることがある。しかし、ここまでのものだったか?まるで梅雨時期のようなじっとりとした嫌な暑さだ。なぜだ?この地方に梅雨なんてものはなかったはず。この世界に来て経験したことが無い。だけどこれは――湿度が上がっている!?まさか、アイツの魔法はこのために!?
「ようやく効果が出てきたみたいだな」
ゆっくりとこちらに近づいてくるエイス。余裕たっぷりと、そしてまるで罠にかかった獲物を見るかのように。
「なぜだ……オレには魔法は通用しない……なのになぜっ!?」
「確かにアンタには魔法は通用しなかったよ。炎系魔法をぶつけても、火傷を負わずに無効化できるんだしな。氷系魔法も同様にな。だったらどうしようか?答えは1つ、間にかませばいい、俺はそう推理した」
「間にかます……?」
「そう、例えば上空に人工的に太陽を作っても、それでは魔法の効果で気温があがるだけ。だったらどうしようか?闘技場外を障壁で覆い(・・・・・・・・・・)、無風状態を作る(・・・・・・・)」
「壁……だと?」
「外の事だから気が付かなかったろ?それから氷を火で溶かし(・・・・・・・)、水蒸気を作ったってわけよ(・・・・・・・・・・・・)」
「水蒸気……湿気か!?」
まさか、それだけのためにこんなにも回りくどい魔法を使い続けていたのか!?
「そう。無風状態で、高気温、高湿度、そこに過度の運動に水分不足ときた。さぁ、そんな中にいる人間はどうなるだろうな?」
「熱中症か……。ハハハ、ハァーーッハッハッハッハッ。まさかたったこの結果のためだけに、よくもまぁなんて回りくどい事を」
「俺もそう思ったよ、でも――効果は覿面だな」
ああ、気分は最悪だ。吐き気もする。やられたよ、これは本当にやられた。まさか、ここまでのことをするとは思わなかった。ああ、クソ!!まさか魔法でここまでのことができるなんて思わなかった。甘く見ていた。いや、驕りがあったんだろうな。オレには魔法が通用しないってタカを括っていた。アイツはちゃんと対策を考えてきたというのに……
恐らく、もう後一発しか殴ることができないだろう。これが最後の一撃だ。きっとこれを使った後はもう倒れる。
だからオレは――
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
最後の力を振り絞り、渾身の右ストレートを繰り出す。それは前世で世界を獲った右ストレートよりも完璧な一撃だった。
だが――
「やっと懐に入れたぜ、スオウ!!」
いつの間にか眼前に来ていたエイス。目測を誤ったか。そのままエイスは潜り込み、オレの顎へ掌底を撃ち込んだ。
意識を一気に持って行かれる感覚があった。完全に決まっていた。
ああ、これが敗北か――初めて胸に去来したそれは、存外悪いものではなかった。
それにしても、花拳繍腿はどこにいったんだよ。打撃もこなせる魔法使いなんているわけがねえだろ……
「それがいるんだよ、魔法少女を見くびるなよ?」
そう……だな……次は……必ず……勝つ……
『ダ、ダウーーーーーーン!!スオウ様がついに、いえ、闘技場試合史上初のダウーーーーーン!!そして、ドクターが入り――ああっと、ここでストップがかかったぁぁぁぁぁ!!試合終了~~~~!!勝ったのは――挑戦者!!エイス選手ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!ついにスオウ様が敗れたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ここはどこだ?少し頭がぼーっとしている。見渡すと、ああ、オレの部屋か――そうか、負けたのか、オレは。
あの後、誰かがオレを部屋まで運んだようだ。
負けた。初めて負けた。しかし、満足感でいっぱいだ。ああ、あの試合は胸が躍った。あんな試合ならまたやりたい。負けたばかりなのに、また戦うことを考えている自分がいて、少し驚きだ。負けて何かが変わるのかと思ったが、案外なんてことはないのかもしれないな。
「目、覚めたのね、スオウ」
「――マインか」
部屋にマインがいた。なぜここに?と思ったが、どうやらオレを看病していたようだ。熱中症に罹っていたのだと言われた。ああ、懐かしいな。昔、ジムでも同じようなことがあってトレーナーに怒られたことがあったな。
だが、もう吐き気もなく、視界がぼやけることもない。看病のおかげか、そう思い体を動かそうとするも、なぜか動かない。それは熱っぽくて体が怠いからということじゃなく――紐で縛られている?
「え?なんで縛られているんだ?」
「ねぇ、スオウ」
「ああ、マイン。なぜか縛られているんだが、解いて――あの、マイン?どうして服を着ていないんだ?」
部屋が薄暗くてよく分からなかったが、マインは服を着ていなかった。なぜ?
「エイスちゃんと相談したのよ。今回、試合に負けちゃったことでスオウがまた遠くに行っちゃうんじゃないかって」
「マイン……」
ああ、確かにしそうだな。武者修行とか言ってまた諸外国を放浪するのも楽しいかと思った。が、それはオレの質問の返答にならない。
「でもワタシはスオウともう離れたくないの!!」
「マイン、君はそこまでオレの事を……」
お互い、擦れ違っていたのか。もっとちゃんと話すべきだったのかな。
オレは生前、ボクシングに全てをささげていた。勿論異性との付き合いなんて全くなかった。合コンとかに誘われたことも多々あったが、全てトレーニングに費やしていた。だからオレには女心と言うものに疎い。
「スマナイ、マイン。オレはもう――」
「それでね、エイスがとても素晴らしいアドバイスをくれたの!!既成事実を作っちゃえば良いんだって!!」
「――は?」
既成……事実……既成事実!?そういえば、さっきから下半身がスースーしている!?まさか、
「ちょっと待つんだ、マイン!!こういう事はお互いの同意というかだな、そう、オレたちはまだそんな関係じゃない!!」
「これからそんな関係になっていけばいいのよ」
「それにオレはやり方を良く知らなくてだな!!」
「大丈夫よ、天井ののシミを数えていればいいから」
「話が通じねえ!!」
「ねぇ、スオウ――ワタシ、あなたと合体したい」
「エイス貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
無法使いスオウ―――童貞喪失
残り106人
「ふぅ、良いことをした後は気持ちがいいな」
「よく言うわよ……」
そんなにダメな事をしたかな?長年の両想いを叶えたというのに。
「とんだキューピッドに目をつけられたものだわ」
「なんでだよ、可愛いだろ」
「見た目だけね」
そりゃそうか、中身30のオッサンだし。
さてさて、次の街はどこに行こうかね。
「黙って出ていくなんて寂しいことしてくれるじゃない」
「マインさん!?」
振り返るとマインさんがいた。すげぇ顔がツヤツヤしているな。そして横にいるのが――ああ、だいぶ搾り取られたんだな。
「どこに行くつもりだ?お前はもうこの街の領主なんだぞ」
「あー、それなんだけどさ。俺には向いてなさそうだから任せるわ」
「貴様は……どうせそんなことだろうと思ったが、そんなことが許されると思っているのか?」
「『負けたヤツは勝った方のいう事を聞かなきゃ』な」
「ふん――次は勝つ」
それで納得するのか。さすが体育会系、俺にはない常識だわ。
「2人にはどれだけお礼を言っても足りないくらいだわ」
「そんな、私たちの目的と一致しただけですので」
「目的?」
「ああ、魔法使いを全部ぶっ倒すっていう目的」
「――ハァーーッハッハッハッハッハッハッ!!お前、本気か!?」
めっさ笑われた。えぇ、そんなに笑う事?
「だったら、ウィーロの街はどうだ?」
「俺たち、そこから来たんだけど」
もうあの街に魔法使いはいないしなぁ。行っても意味ねぇし。
「最近あの街の魔法使いが変わったみたいだが?」
「は?変わった?最近?ゴーシュのことじゃねぇの?」
「いや、ザインと言う魔法使いだが……」
「ふむ、少し気になるな。いったん戻って確認する?」
「そうしましょうか」
ゴーシュは既に魔法使いで無くなっている。いくらケイナさん達でも魔法使いには敵うまい。あのオッサン、魔法使えなかったらただのオッサンだしなぁ。
「それでは、スオウさん、マインさ、末永くお幸せに!!」
「リア充爆発しろよ!!」
いざ、ウィーロの街へ逆戻り!!
と言う訳で、来た馬車と逆方向行きの馬車に乗り込む俺たち。すると、
「あれ?おっちゃんらもまたウィーロに?」
「げぇっ、あの時の幼女!?」
「スンマセン、もう勘弁してください」
「幼女怖いお」
そこまで怖がらんでも……あ、そういえば闘技場ででもボコしちゃったか。ちょっと可哀想だったかな?
「皆さんもまたウィーロに戻るのですか?」
「いや、途中までだよ。地元のエイクの街に戻ろうかと思ってな」
「ああ、帰って農業を継ぐことにするよ」
「野菜可愛いお」
おっちゃんら農家だったのか。その割には結構ヒャッハーな顔つきなんだけど。人は見かけによらないな。それだけで判断しちゃだめだよ?
さて、それにしても、変わったってどういうこった?俺はゴーシュに任せたはずなんだけど。もしかして?他の魔法使いが侵攻してきたのか。ここ暫くあまり無かったって話だったが、もしかしてそれ?まさかなぁ。ピンポイントにウィーロを狙う?本当だとしたらどんだけ運無いんだよ。
教会に顔見せがてら里帰りとするかね。故郷じゃないけど。飛んで街まで戻るのも手だけど、目立つだろうし、今回はパス。
「そういえば、スオウに魔法がもう使えないってこと伝えたの?」
「あ、忘れてた」
すっかり忘れてたわ。
「あなたねぇ……」
「ま、まぁそのうち気が付くっしょ」
「まずいことにならなきゃいいんだけど――きゃぁっ!!」
急に馬車が揺れ、俺は慣性の赴くままハイディに突っ込んでいった。あ、この子思ったより胸あるな。
って、そんなことしている場合じゃない!!なにかあったのか!?
「ハイディはここで待っててくれ、見てくる」
「気を付けてね、エイス」
馬車から飛び出してみると、眼前に巨大な壁がそびえ立っていた。
「なんだこれ?」
「私にもさっぱりでして。急にこの壁が降ってきまして、馬がびっくりして急停止したわけなんですよ」
壁が降ってきた!?え?この世界、壁って降ってくるの?まさかそんな。
壁ねぇ、壁――これ壁なのか?
「いや、剣だ」
ふと上空から声がした。見上げるとそこにいるのは――
「やぁ、エイスちゃん。待っていたよ」
かつての馬車仲間、シエンの姿がそこにあった。おお、全員そろった。でもなんで?
表面上は柔和な感じだが、少しシエンの様子がおかしい。剣呑な雰囲気だ。
巨大な剣状態を解除して俺の前に立ちはだかったシエン。そもそも、なんでこんな物騒な馬車の止め方をした?
「もしかしてお礼参りか?先にスオウ倒しちまったから」
「それは仕方がありませんよ、私が負けたのですから挑戦権はあなたに合った、ただそれだけです」
うん?そのことじゃないのか?じゃあなんでこんな事をするんだ?
「分かりませんか?」
「うん、全然」
「簡単な話です。あなたが魔法使いだからですよ(・・・・・・・・・・・・・・)」
とその言葉と同時に踏み込み、俺に切りかかってきた。早い!?闘技場で見た速度超えているぞ!?それに今の構え、どこかで見たような……
「どういう事だよ?アンタも魔法使いを倒して回っているのか?」
「“も”?ああ、なるほど。あなたの役目はソレですか。だからこの街にやってきたわけですか。なるほど」
1人で納得してやがる。こっちにも説明しろよ。
「こう言えば分りますか?『魔法剣士』シエン、推参」
「なっ!?」
再び切りかかってくるシエン。今なんつった?『魔法剣士』?“魔法”って言ったか?てことはまさかコイツ、魔法使いだったのか!?
「よく避けられますね、さすがあのスオウの攻撃を掻い潜っただけのことはあります。しかし――これでどうでしょう?」
少しのタメから連撃がきた。それも9つの斬撃が。おいこれってまさか!?
「ええ、恐らくあなたもご存じなのでしょう。飛天御剣流の九頭龍閃ですよ。まったく、忌々し方ですね。あれを防ぐってどうやったんですか?一応防御・回避不可能の技なんですよ?」
「そりゃ、アンタの体格が云々なだろ。いや、マジ勘弁してくれよ。なんだよそれ、もしかしてそれが魔法なのか?」
「答える必要がありますか?」
ほとんど答えたようなもんだろ。マジかー、飛天御剣流を再現できる魔法?すげぇピンポイントな魔法だな――いや、違う。最初の一撃、あれ牙突だ。そうだ、あの構え!!学生時代よく傘を持って真似をしていたやつじゃねぇか!!ってことはもしかして、他のも再現できたりするのか?え?なにそれ、
「チート過ぎやしねぇ?」
「あなたがそれを言いますか?魔法少女のあなたが」
いや、俺の場合は――うんそうだね、チート過ぎますよね。
「それは良いとしてだ。なんで俺に切りかかってきたの?切りたかったから?」
「そんな異常者みたいに言わないで下さいよ。私はただ――負けっぱなしが性に合わないだけなですよ」
ただの負けず嫌いだった。えぇ……それで真剣振り回すの?よっぽど異常者じゃねぇか、サイコパスじゃねぇか、色相濁ってそう……
いまいち戦うことに理由が見いだせない。が、どうせ遅かれ早かれいつか戦わなくちゃけいけねぇんだ。
「エイス?それに、シエンさん!?どうして2人が戦っているの!?」
馬車からいつの間にかハイディが出てきていた。危ないから乗っててほしかったのに。
「下がっていてください、ハイディさん」
「シエンさん――ねぇ、エイス、どうしてこんなことに?」
「簡単に言えばシエンも魔法使いなんだ」
「シエンさんも!?」
少なからずショックを受けているようだ。そういえば、これで嫌われていない魔法使いの前例ができたんじゃないのか?ちょっと頭のネジぶっ飛んでるけど。
「行きますよ」
「来い!!」
パパパパパパーン パパパパ♪
どこからともなく場違いな音が聞こえてきた。今回はファミマの入店音かぁ、芸が細かいなぁ。ん?なんでサポートセンターに繋がったんだ?呼び出してねぇぞ?
相変わらず他の人たちは動いていない。しかし、今回はいつもと違って、シエンも動いている。
「これは――あなたも御使いたちと繋がっていたのですか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」
「御使い(・・・)?」
何の話?
「2人とも、今戦うのは待って欲しいっす」
随分と気の抜けた声が聞こえてきた。スィーリアじゃ無さそうだ、今までに聞いたことのない感じだな。
「その声、マムカですか。そちらから連絡するとは珍しいですね。と言うより初めてでは?」
「お久しぶりっすね、シエンさん。ああ、そちらのエイスさんは初めましてっす。自分はマムカって言うっす」
「はぁ、どうも」
シエンの担当者なのか?それにしても何人いるんだよ、あっこに。
「それで、いったい何の用ですか?あなた方はこの世界に介入をしないのでは?」
「ええ、基本はそうなんスが。ちょっと2人の戦いがマジもんになりそうだったんで。できれば止めてほしいなぁって思ったんすよ」
できれば、かい。そんなんで水差すなよ。
「ええ、本当はこんなことで世界に介入するのも本当はあまりよくないんすが、2人にここで倒れられるのも困りもんなんすよ」
なんかふわふわしたやつだな。張りつめていた空気が霧散していく感じがした。
ふっと、シエンの空気が和らいだ気がした。向こうさんの毒気が抜けたのかね。
「まったくあなたと言う人は。興が削がれました」
「それは仕方ないな。うん、仕方がない」
あのままガチンコバトルって気分じゃなかったし、これでいいか。決着はまたいつかの機会に。
「おお、止めてくれるんすね。あざっす。お礼と言っちゃなんなんすが、有益な情報を1つ」
「そこまで介入していいのですか?怒られますよ?」
「自分はそういうのあまり気にしないんで」
しろよ。案外、上は本気で怒っていることもあるんだからな。経験者談。
「ザインが動きました。彼は今ウィーロへ侵略し、領主権限を奪い取りました」
「ついに動いたのですか!?」
誰だよソイツ?あ、さっき聞いた名前か。ってちょっと待て、侵略?領主権限を奪った?もしかしてゴーシュのやつ……惜しい人を亡くしてしまった。
「分かりました、直ちに向かいましょう」
「それはなによりっす。教えた甲斐があったもんすよ」
「それには及ばねぇ、俺たちが向かう」
「え?」
もう自分の役目が終わったのか、マムカとの交信が終了し、辺りの空気が元に戻った。
「ウィーロは俺にも縁のある街だ、だから俺が何とかする」
「待ちなさい、相手はあのザインです。例えあなただとしても単身で挑むのは危険ですよ!?」
「何の話?」
ハイディを置いてけぼりで話を進めちゃってて分かっていない様子。そりゃそうだ。でも今は一刻も時間が惜しい。
「道々話すよ。ところでハイディ――高いところは平気か?」
「え?どういう意味きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
返事を待たずにハイディを抱えて上空へ飛ぶ。目立つとか言ってられん。このまま空から一気にウィーロへ向かうぞ!!
「待ちなさい!!行くなら私も一緒に!!」
「ガンバ!!」
さすがに野郎をもう一人抱えて空を飛ぶのは無理、絵面的にも。
それにしても、シエンがあれだけ言うザインって魔法使いいったいどんなやつなんだ?ウィーロは、あの教会は大丈夫か?
不安とハイディを抱いたまま、俺は一途ウィーロへと向かうのであった。
「お願いだからもうちょっとゆっくり飛んでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
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