三十歳で童貞だと魔法使いになれるってマジ?~異世界転生したら魔法少女になっちゃった~

@enhance1125

これは最悪な出会いなの?

終わらない。

いつまで経っても終わらない。

パソコンと格闘すること数時間。陽はとっくに沈みきり、部屋を見渡しても残っているのは俺一人。『経費節減』と言われオフィスの電灯は消えており、灯りはモニターだけだ。

ブラック企業に就職してしまったのはとっくに気が付いていた。あれだけいた同期がほとんど辞めていき、今では俺独り。完全に辞めるタイミングを逃してしまった。

いや、そもそも辞めようだなんて気力も、そんな思いすら抱くことはなく、日々精神と体力を擦り減らしてきたのだ。

もうダメだ、切りの良い所で今日の作業は終わらせよう――。

そう思って、時計を見たが既に終電は無くなっている。タクシーで帰ることも一瞬考えたが、どうせ数時間後にはまた出勤しなくてはいけない。

なら今日も泊まるか……。

今日も――?

そう言えば、何日も自宅に帰っていないことを思い出した。最後に帰ったのはいつだったか、そんなことも思い出せない。どうせ思い出そうとしても無駄だ。帰ったって迎えてくれる家族はいないのだから。

はぁ……なんか飯でも買ってくるかな。

今の自分が、腹が減っているのかどうかすらも分からない。とにかく何か胃に入れよう、そう思い会社近くのコンビニに向かった。


うぉっ、さっむ!!

コートを着てこれば良かった。しかし、取りに戻るのは面倒だ。

パパっと買ってくるか……

コンビニに向かう足取りは自分が思ったより軽い。一刻でも仕事から離れられたことによる解放感のせいだろうか。なんだか分からない昂揚感に駆られていた。

やっぱ身体のどこかおかしいのかねぇ?

誰が聞くわけでもなく独り言ちてみたけど、やはり返事はない。当り前だ。

突然叫びたい衝動に駆られたりもしたが、そこはグッと堪えた。ホント大丈夫か、俺?


東京砂漠とはよく言ったもので、コンビニはまさに都会におけるオアシスだろう。

夏は涼しく、冬は暖かく、いつでも明るく俺のような人種でも拒まず出迎えてくれる。深夜だというのに、品揃えも豊富だ。有難う、コンビニ。俺、君と結婚したい。そっちは嫌だろうけど。

なんてバカなこと考えてないで、何買うかな~。そもそも、結婚どころか誰とも付き合ったことのない俺だぞ?コンビニちゃんが相手してくれる訳ないじゃないか。

うむ、いい加減妄想も止めようか。

さーて、まずは漫画雑誌でも立ち読みでも――

この行動がまずかった。

しかし、まず雑誌コーナーで週刊誌を立ち読みするのが俺の習慣であり、それに逆らう事が出来なかった。

深夜だというのに店の外がやけに眩しかった。

それもそのはず、今まさにトラックが店に向かって突っ込んできているのだ!!

テレビのニュースでたまにこういう事件を見て、『なんで避けないんだよ?』って思っていたけど、今やっとその理由が分かった。

いやいや、これ避けれんわ――。

身体が完全に硬直していた。そのくせ頭の中では色んな考えが思い浮かんでは消え、ぐちゃぐちゃな状態だった。

迫りくる光、聞こえた店員の悲鳴。そんな危険な状況だというのに俺は全く見当違いの事を考えていた。

――そういや今日って俺の誕生日じゃん。


この日、俺は死んだ。

享年三十歳。

童貞のまま



誰が童貞だ!!!

あれ?生きている?なんでだ?

最後にある記憶――そうだ、俺はコンビニに突っ込んできたトラックに撥ねられて、それで……それで?

もしかして、助かったのか?

「いや、死んだぞ」

ふぁっ!!?

不意に自分以外の声が聞こえた。誰かいるのか!?

それに俺が死んだって――

「ようやく目覚めたか。この余を前にしてその胆力、ますます気に入ったぞ」

目の前にいたのは髭が豊満な怪しげな爺さんだった。誰だコイツ、俺の知り合いにはいないはずだが、と言うかいて欲しくない。

「自分の置かれている状況が理解できていないようだな。よいよい、余自ら説明してやろう」

見た目に反して随分と親切な爺さんだ。この時、俺は少し冷静になり、辺りを見渡し状況把握に努めようとしたが、即挫折した。真っ白な空間でなんもないんだもん。

「ざっくり言えば、お主はトラックに撥ねられて死んだ」

やはり俺はあの時に死んだのか……ん?それじゃ今どういう状況だ?

「慌てるでない、ちゃんと説明してやろう。」

ウス。

「ここは死後の世界――とは少し違うな。ここは選別の間である」

選別?天国行きか地獄行きか判断されたり?

「だいたい合っているな」

合っているのかよ!?

「加えて、輪廻転生も判断されるのだ」

ほう、でもそれって宗教的にどうなんだ?それ否定している宗教とかあるじゃん。

「その辺は――ニュアンスじゃな」

雑!?随分と雑だなおい!!

はー、でもなー、そんな善行とか仁徳積んでたわけでもないしなー、人間に転生とか無理なんだろうなー。

「ほう、お主は人間への転生を望むか?」

そりゃ、動物とかに比べたらね。え?望んだら転生とかさせてくれんの?

「そのために余がここにおるのだ」

えーと、つまりあなた様は閻魔大王様でいらっしゃいやがりますか?

「急に諂いおってからに……それに余は閻魔などではない」

ん?違うのか?これから裁判にかけられたりすんじゃないのか?

「そんなことはせんよ、さっきも言っておろう、余はお主を気に入ったと」

やだぁ、知らない爺さんに気に入られちゃったよ……つーか、閻魔じゃないならアンタ誰なんだ?

「余か?余は――『童帝』である!!」

……

嗚呼、絶句ってこういうことか。

いやいやいやいやいや、言うに事欠いて『童貞』!?なんでこのタイミングでそんな事カミングアウトしてきたよ!?しかもその歳で『童貞』って、やべぇよ心の涙が止まらははははははは、あははははははははは!!

「違う、『童貞』ではない!!『童帝』である!!」

違わねぇよ。あー、笑った。しかし、俺もこうなっていたかもしれないと思うと少し悲しみと憐みがはははははははははは、あーっはっはっはっはっはっは!!

じゃ、そういうことで俺はこの辺で――

「待てい」

廻り込まれてしまった――え?速くね?

「お主、こんな話を聞いたことはないか?『童貞のまま30歳を迎えると魔法使いになる』という」

あ?そんなん都市伝説――

「そう、これは伝説でもお伽話でもほら話でもない。正真正銘本当のことである」

マジかよ。

でも本当に魔法使いがいるなら、俺が元いた世界に溢れかえっているんじゃないのか?

「その通りだ。だから話の細部が違う」

細部?

「魔法使いになることはできるが、元の世界に戻ることはできないということだ」

それってつまり?

「お主に分かりやすく説明するなら『異世界転生』じゃな」

異世界転生!?え、あれマジであんの!?

「左様」

なんか俺の知っている異世界転生とは違う気がするけど、マジかよ!?やったぜ!!それじゃあ俺もチート能力貰って異世界でウハウハできるのか!?

「それはお主次第だろうが、お主の『童貞力』をもってすれば大抵のことは可能であろう」

やったぜ!!これで俺もチーと主人公に――『童貞力』?

「うむ。『童貞力』とは、童貞のまま死んだ男が持つ力の大きさである」

えーっと、俺のその『童貞力』?ってやつが多いのか?

「多いもなにも、お主ほどの『童貞力』を見るのは実に稀である。何百、いや何千何万年に一人の逸材であるぞ、誇りに思うがよい」

思えるかーーーっ!!

つか、なんでだよ!?俺30歳になったばっかりだぞ!?おかしいだろ!?

「確かに、お主は若くして死んだ。それ故、年齢による『童貞力』は微々たるものだろう」

そうだろうそうだろう。爺さんみたいに歳くってでの童貞とは差があるだろうよ。

「やかましいわ。お主の『童貞力』の高さには別の要因があるのだ。」

別の要因とな?

「左様、それは禁欲じゃ」

は?禁欲?何言ってんだコイツ?

「お主は生涯において様々な誘惑に打ち勝ち、その童貞を守り抜いた。それ故、『童貞力』がかつてない程高まっておるのだ」

いやいや、自慢じゃないが俺って誘惑に弱いぞ?そもそも、俺って年齢=彼女いない歴だぞ?それなのに『童貞力』が高まるっておかしくないか?

「……まさかお主、あれ程の女子からの好意に気が付いていなかったとでも言うのか?」

……え?

「成程のぅ、鈍感系主人公じゃったか」

勝手にカテゴライズすんな!!

え?ちょっと待って、それじゃもしかして――

「うむ、義妹に幼馴染、隣家のお姉さん、学生時代の同級生先輩後輩、会社の同期先輩後輩etc.これだけアプローチをかけられておったというのに……」

嘘だろ!?全然気が付かなかった……そうならそうだって言ってくれれば、俺の人生ももう少し変わったんだろうに。くそぅ……

「だが、お主はそのおかげで凄まじい『童貞力』を手に入れたのだ。それを誇りに思うがよい」

すっげぇ不名誉な気がしてきたよ。

あれ?そう言えば、転生を断ることできるのか?

「……するのか?」

うわ、あからさまにがっかりしているし。ジジイのしょんぼり顔とか見たくねぇ……

まぁ、元の世界に戻れないなら仕方ないか。よし、切り替え!!次の世界では上手くやろう!!来世の俺は上手くやれるでしょう!!転生なら記憶も引き継げるし経験を上手く活かすんだ!!

「そう上手くいくと良いがのぅ」

俺は学習する男だぜ?いけるいける。

「まぁ、良いが。それで、何の魔法にするかね?」

なんの?

「だから、何の魔法を習得するかね?」

え?選択制なの?なんでも使えないの?

「これだから最近の若いのは……最初からなんでも与えられると思っいよって。」

いやいやいやいや、だって不本意ながら俺の『童貞力』ってすげぇんだろ?それなのに最初に使える魔法は一つだけなのか!?

「そうだとも。その代わり魔力を消費せず使用可能なのだぞ?」

えー、なんかなー。ん?魔力?転生先に魔力とかあんのか?

「うむその通りだ。故に、今までの世界とは違うのだ」

成程、それなら仕方がないか。

うーん、一つだけか……一つだけか……

「二つに増やすというのは無しだぞ?そんな魔法では意味がないからな」

デスヨネー。

「お主の場合は選びたい放題だがのぅ。炎を操るか?全てを凍りつかせるか?嵐を起こすことも、大地を揺るがす、なんなら時を止めたり対象を無にする魔法でもよいぞ?」

むむむ、時止めとか厨二心が擽られるな。しかし、一つしかもらえないんだ。そう簡単に決めてはいけない。

そう、よく考える必要がある。これから俺は全く知らない世界に赴くことになる。そこには当然知り合いもいなければ、そもそもその世界の知識すらない。そんな世界でやっていくのにどんな魔法を貰うのがベストなのか――そう考えると時止めとかめっちゃ便利なんじゃないか?

いや待てよ、時間を止めたとしてそれでどうする?どうやって暮らしていける?人の金銭等を盗むなんてもっての外だ、盗品を売買できるかすら分からないんだし。

そうなると――水か?水さえあればとりあえずの生活は安定できるだろう。最悪水を売れば商売になる。元手もタダだし。

いやダメだ。もし水の確保が容易にできる世界だったら無駄だ。役に立たない。

難しいな。確かに昔はこういう想像をよくしたはずなのだが、実際にとなるとここまで迷ってしまうものなのか。どうすればいいんだ……

「まだ決まらんのか?」

ええ、煩い。俺の第二の人生が快適に過ごせるかどうかがこれにかかっているんだ、よく考えさせろ。

「お主の『童貞力』ならほとんどの願いを叶えてやれようぞ、ほれバーンっと言ってみんか」

―――違う。

違うんだ。

そうだ、俺はこんな時にまで理屈をこねくり回す場合じゃないんだ!!

好きな魔法を、望む魔法を手に入れるチャンスなんだ!!

「決まったようじゃな」

嗚呼、決まったぜ爺さん。

「なら、申してみよ。お主の欲する魔法を!!」

俺が欲しい魔法、それは――


“魔法少女になる魔法だ!!”


「魔法……少女に……なる?」

嗚呼、それが俺の願いだ!!

「クククク、ハァーッハッハッハッハッハ。今まで様々な童貞たちに魔法を授けてきたが、お主程の望みは初めてじゃ!!」

そうか?ちょっとくらいはいそうだったんだけどな。

「よかろう、余がお主の願いを全力で叶えてやろうではないか」

よっしゃぁ!!これで俺も魔法少女になれる!!

「では、お主の転生先及び人物の設定を行うので暫し眠りにつくがよい」

おお、てことはついに俺の異世界生活が始まるんだな。

「最終確認じゃが、次にお主が目覚めた時、そこは異世界で今とは全く違う身体となっておる。そして、『魔法少女になる魔法』を得る。そうなることに同意するかな?」

嗚呼、一度目の生に未練が無いと言われたら嘘になるけど、死んじまったもんは仕方ねぇ。俺は第二の生を満喫することにするぜ!!

「では、異世界にレッツ・ゴーじゃ」

何かノリが軽いな。あ、なんか段々意識が薄らいで――

「そうそう、その世界でお主にはやってもらうことがあるから頼んだぞ。詳しくは手紙を持ち物に入れておくからの」

はぁ!?契約後に追加情報出すのは反則だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ……


「まったく、ほんま最近の若いんはやりづらいわ」

 ついさっきまでソコにいた存在が消え去ったのを見送り、そう呟いた。

 「いくら威厳を出すためとはいえ、口調を変えるのもなぁ」

 さすがにやりすぎたか?でもやっぱ最初のインパクトが大事やしなぁ。

「それにしても『魔法少女になる魔法』か……これはまた変わった魔法を望んだもんやわ」

 これまで数多くの魔法使いになろうとする童貞たちを見てきたが、そのほとんどが即物的な願いばかり。中にはワシにも理解しがたい魔法を要求した者もおったが、アレ程キワモノでは無かった。

 「さー、次は設定か――これがまたメンドイねんなぁ」

転生はこれが大変なのだ。なにせ、人一人の設定を考えねばならない。下手に凝れば設定に雁字搦めとなってしまうし、適当に決めればキャラが薄くなってしまう。

これから彼が送られる世界はワシが管理している世界。管理と言っても直接手を下すことは適わず、たまに魔法使いを送り込み介入と言う名のテコ入れを行う事だけだ。ただ、転生の設定はワシの配下の者に任せたりするが。うむむ、今回はやはりワシ自らが考えなアカンか。理由も理由やし。さて、どうするか――

と、思い立った矢先に場違いの電子音が部屋に鳴り響いた。

「誰やねんまったく、せっかくやる気を出し始めたところやのに……」

 懐から音の発信源を取り出し、それに書かれている文面を読むと嫌な汗が流れた。

 異世界対策会議。

「しまった!!もう会議始まるやんけ!!アレが急に死によったから、その転生準備ですっかり忘れてたわ!!急いで準備せんと!!」

 会議まで30分ちょっと、準備で10分として――ギリギリか。

「イカン!!アレの設定も考えねば!!ワシはどないすれば――ウゴゴゴゴゴゴ」

「あ、あの~童帝様ぁ~?さっきの方の設定まだでしょうか~?早く決めませんと魂が消滅してしまいますが~?」

誰もいなかったはずの部屋に甘ったるく間延びした、それでいて自信の無さそうな声が飛び込んできた。

「おお!そう言えば自分がおったな!!」

「は、はい~?」

こやつはワシの配下の一人なんやが……なんやが……どうにもやる気と言うか、覇気を感じられん。いや、やる気はあるのじゃろうが結果が伴わない。その結果、自信が無くなるという悪循環に陥っておる。

たまにはこやつにもこなせる簡単な仕事でも与えて、自信をつけさせるか。おお、ワシってば頭ええな!!

「それで、えーとお主、名は――なんと申したかの?」

「な、名前ですか~?ヴァリサですけど~」

「うむ、ではヴァリサよ、お主に先ほどの者の転生設定を命ずる。」

「え、え~!?わ、私がそんな重要な仕事を~?」

「なに、アレならばどんな設定でもそう文句も出んだろうよ。では、頼んだぞ。」

「あ、ちょっと待ってください童帝様ぁ~」

恨みがましく声が聞こえたが、ワシもゆっくりしている時間はない。今回の会議はワシの進退もかかってるし。どんな設定でもあの童貞力があれば切り抜けられるやろ、多分。知らんけど。


「うぇ~、どうしよう~、こんな重大な役目任されるなんて~」

「どうしたの、ヴァリサ?」

「ハールちゃん~、た~す~け~て~」

困り果てていた私の下にやってきてくれたのハールちゃん。童帝様の部下の一人で私の同期。でも私よりも仕事が出来て、他の部下の方々にも信頼が厚い。

「じ、実はかくかくしかじかで~」

「なるほどね、良かったじゃない、そんな大役任されて」

ハールちゃんが心なしか喜んでいるように見えた。なんでだろ?

「で、でも~、私がヘマしてその人に迷惑かけちゃったら~」

そう、私はこれが怖い。だって、私のせいでその人の人生を左右することになるんだから。責任負いきれないよ~。

「別にいいんじゃない?ソイツがどうなろうと」

と、あっさり言うハールちゃん。こういう即断即決が仕事出来るんだろうな~。私には全然無理だよ、でも――

「良いの~?」

「良いの良いの、ヴァリサがそんな奴のために悩む必要なんて無い無い」

「でも~」

「真面目だなぁ、ヴァリサは。あ、じゃあさ、サイコロ振って決めようか」

「サイコロ~?」

「そうそう、先輩たちもたまに使うって聞くよ?時間もないみたいだし、ヴァリサも使っちゃいなよ」

あらかじめ設定を書き出し、それに番号を割り振り、サイコロを振って出た目と照らし合わせ、それを設定とする。かねてより転生設定界で行われている行為であり、これを使用することは誰かに咎められるものでは無い。先輩たちによっては部分的に使用されている。

「う~~~~ん、うん、ハールちゃん、私サイコロ振るよ~」

「よし!!それじゃアタシ、サイコロと表取ってくるね!!」

「ありがと~」


振り終わった。

「これ、大丈夫かなぁ~?」

とりあえずサイコロを振り終わったけど、酷いなコレ。特に出自設定が酷い。

『貴族産まれだけど没落した』『裏切られたことがある』『自分の事に関する記憶がない』とか。結構なハードモードじゃん。

うーん、ま、いっか。なんとかなるっしょ。それよりもヴァリサだ。ここは頼れる同期として頑張らないと。

「まぁ何とかなるんじゃない?これより酷い転生者とかもいたし、OKOK」

「ハールちゃんがそう言うなら~、この設定で申請してくるね~」

「あ、アタシも一緒に行くよ」

「わ~い、ハールちゃんありがと~」

よしよし、この流されやすい性格がヴァリサの良い所でもあり、悪い所でもあるんだけど――可愛いから良いや。

「あ~、そういえば魔法の設定もしなきゃ~」

「なんの魔法なの?」

「え~と、『魔法少女になる魔法』だよ~」

はい?『魔法少女になる魔法』?なにそれ?そもそも魔法少女ってなに?魔法使いと違うの?

「私も分かんない~」

「さすがにアタシも分かんないなぁ、下界のことかな?」

「多分そうじゃないかな~」

下界のことかー。アタシ達じゃ分かんないところだよ。いやいや、ダメだ。不安な顔を見せちゃ。ヴァリサに良い所を見せなきゃ。

「それじゃアタシと一緒に調べよっか、魔法少女について」

「いいの~?やったぁ~」

よしよし、どこの誰か知らないけどこの機会を逃すわけにはいかないね。ここでヴァリサとの距離をぐっと近づけるんだ!!

「それじゃ~れっつご~」

「GOGO!!」




「あああぁぁぁぁぁあああ!!」

急に意識が浮かび上がった。どうやら転生完了ってとこだろう。よし、まずは状況確認だな。他の作品でもまずやっていることだし!!えーっと、現況はっ――

「親分、コイツ目を覚ましましたぜ!!」

「だから勿体ぶってねぇでさっさとヤれば良かったんだよ。」

「反応ある方が興奮するだろ」

薄暗いが少し広めの空間に毛むくじゃらで、いかにも悪人面の男が数人、生気を失った幼女も数人いる。うん、これやばいな。と言うか誘拐とかそういうんじゃねぇの!?いきなりピンチじゃねーか!!

「へっへっへ、どのみち眼が覚めたところでガキ一匹何もできやしねぇよ」

と、ナイフをちらつかせながら近づいてい来る。さっき親分って言われていたやつか。

残念だったな。俺はただの子どもじゃない。魔法使いなんだよ!!これから始まるめくるめく異世界ライフ。開幕がこんなんだけど、これから修正をかけていけば良い、そうしよう。

あれ?魔法ってどうやって使うんだ?色々動いてやってみたが発動する気配がない。ヤバいヤバいヤバいヤバい!!

「騒ぐな!!大人しくしろ!!」

ついに俺の体に触れる距離まで近づき、親分と言われた男が持っていたナイフで俺の服を切り裂いた。

「さすが元貴族様、綺麗な体して――」

「いやーーーーーーーーーっ!!」

咄嗟に言葉が出た。いや、だっていきなり服を破られたら誰だって叫ぶわ!!


瞬間、世界が光に満ちた。


嗚呼、これが俗に言う『イヤボーン!!』か。よく魔法とか不思議な力を使う少女が『いやーーーっ』と叫ぶと、周辺が崩壊するアレ。まさか俺が実際にできるとは思わなかった。いや、実際に出来たからこそ俺は本当に魔法使い――魔法少女になったのだと実感することができた。あれ?何かおかしい気がするが、まぁ置いておこう。


さて、現状把握の続きだ。どうやら、俺は馬車に乗せられていたようだ。馬と幌(の残骸)が近くに落ちていたので分かる。場所は――どこだここ?森の中か?まぁ、異世界だし地名を知ってもわかる訳でもない。後は、ボロ雑巾のように転がっている誘拐犯が数人と、さっきまで生気を失っていたが、今度は言葉を失っているような感じの幼女が数人。こっちには怪我はさっきの魔法の影響が無かったようだ。なんて都合の良い魔法。

あー、後俺の服がボロボロだ。流石にこのままにしておくのは眼に毒だ。誘拐犯たちから身ぐるみを剥がすか。

適当に衣類を身に纏い、誘拐犯を適当な樹に括り付け、俺は次なる思考を巡らせた。

まずはこの世界について。

「さっぱり分からん」

現状の情報量ではさっぱりだ。何となくファンタジー系か中世ヨーロッパ系の服装をしている気がするが、あてにならない。保留。

次に自分自身。

「さっき俺を元貴族とか言ってたな。元ってことは没落した?それで売られたとか?」

有りうる。残念ながらこの世界での記憶が薄らぼんやりしていてはっきりしない。もし売られたのなら、アイツらは誘拐犯ではなく奴隷商ってやつか。よくある設定だな。

次――

「うぇぇぇぇぇぇん」

「パパァ……ママァ……」

突然幼女たちが泣き出した。言葉を失っていたのではなかったのか。恐らく、ようやく脳の理解が追いついたのだろう。

しかし弱った。どうすりゃ良いんだ?子どもどころか彼女すらいなかった俺に泣いている子をどうやってあやせと?

よし、こんな時こそ魔法だ。魔法少女になって何か甘いもんでも食べたら落ち着くだろう。しかし、どうやって魔法を――そうだ!!魔法少女って言ったらステッキだ!!だから魔法が使えなかったのか!!よーし、ステッキステッキ――この木の棒で良いか。

「なんか甘い物、出ろ~」

適当な呪文だったが、効果は抜群だった。視界を埋め尽くさんばかりの甘味――甘食が現れた。

「なんで甘食やねん!!甘いけどさ!!」

とセルフ突っ込みをするが返ってくる言葉も無かった。あれ?泣き止んでね?

とりあえず自分で魔法で出した甘食を自分で食うことにした。うん、甘くて美味い。そんな俺の様子を見ていた幼女――の中で一番年上そうな娘がおずおずと

「……あの、それ、食べても……」

「ああ、皆食ってもいいぞ」

そう言うや否や、他の幼女たちも甘食に群がった。甘食人気だなぁ、おい。


幼女たちが甘食に夢中になっている時、ふと気が付いた。

「俺の言葉が通じている?」

「え?それってどういう……」

「あ、いや、なんでもない」

会話が出来ている。つまり日本語が通じている?まさか、異世界だぞ?いやいや、それはないだろう。恐らく転生者へのサービスとかそういうのだろう。魔法の影響ってわけでもないよな?魔法使ってないし。

そろそろ、次の行動に移そうと思った矢先、なにやら重力を感じた。正確には幼女3人分の体重がのしかかってきた。こいつら、腹いっぱいになったから眠くなったのか、子どもかよ――子どもだったわ。

そろそろ日が暮れ始め、辺りが暗くなってきた。あの犯罪者は放っておいても良いだろう。目を覚ます気配もないし。覚ましたら覚ましたでまた魔法ぶっぱすればいいし、とりあえず人気のある場所に行きたい。

が、ダメ――幼女に抱きとめられて身動きが出来ん。この状態で襲われたらやべぇな。どうするかと思案していたら、一番年上っぽい幼女――そういや名前を聞いてなかった――がモジモジしているのが見て取れた。

ははあ、こいつも俺に抱き着きたいんだな。イカンなぁ、つい包容力があるところを見せ付けてしまったようだ。この自覚があれば前世でもモテたりしたんだろうか。くそぅ。

「お前は抱き着きに来ないのか?」

「それはその子たちに譲るわ」

さっきまでのオドオド話していた態度と違った。気持ちが落ち着いて、自分を取り戻したようだ。

「遅れちゃったけど、ありがとう」

お礼を言われた。甘食のか?

「助けてくれたんでしょ?私たちの事」

嗚呼、そっちのことね。

「結果的にだけどな。俺も襲われそうになってたわけだし」

そう言えば、何でわざわざ俺を選んだんだ?女なら他にもいたのに。もしかしてアイツらソッチの気があるのか?おおう、テリブル。こっちはその気は無いって言うのに。

「それでも、助かったことには変わりないし。この子たちの分もお礼を言っておくわ」

「ん、貰っておくわ」

「ねぇ、これからどうしよう?」

「とりあえず、夜が明けるのを待とうぜ。この暗さで動くのは危険だ」

「奴隷商の近くにいるのは危険じゃないの?」

「その時はまた俺がぶっ飛ばしてやるよ」

「あら、頼もしい事言っちゃって。でもそうね、あなただったら何でもできそうだから不思議だわ」

と、初めて笑った顔を見せた。

嗚呼、この笑顔といい、この子の持つ雰囲気、咲夜に似ているんだ。


柊 咲夜。近所に住んでいた幼馴染で、親同士も仲が良かったから子供の頃はよく一緒に遊んでいた。就職を機に俺が地元を離れてしまってからそれっきりだったことを、今更ながら思い出した。『童帝』の言う分には咲夜も俺に気があったらしいが――うん、それらしいエピソードが思い出せんな。ほとんど兄妹みたいな感じだったしなぁ。


「ねぇってば」

「お、おう、どうした?」

「さっきから呼んでるのに、反応が無かったからどうかしたのかと思ったじゃない」

「悪い悪い、ちょっと考え事」

うん、過去に浸るのはまず目の前の問題を解決してからだな。

「夜が明けたら街の方に向かおうぜ」

「街に?」

「うむ、街にでも行ってこの子らを匿ってもらえる場所でも探そう」

「あるのかしら、そんな場所。実の親に捨てられたり売られた私たちに……」

おぅ、やっぱりこの子以外もそんな状況だったか。俺も――記憶によれば――そうらしいからハードだよなぁ。

「とりあえず、まずは探そう」

「もし、無かったりしたら?」

「その時は、俺が作るさ。皆がいても良い場所を」

「作るって……」

む、反応が芳しくないな。確かに前世での俺だったらそんなこと出来もしないだろう。でも今の俺は違う。なぜなら――

「作れるさ!なぜなら俺は魔法少女だからな!!」

決まったな。

「まほう……しょうじょ……?」

「まぁ、こんなナリしているから分かんないだろうが――」

「あなた、“あの”魔法使いなの!?」

大声で驚かれた。え、なんか不味い事言ったのか?すっげぇ不本意そうな顔をしていらっしゃるが……

「“あの”ってどういうことだ?」

「どういうって……あなた、“魔法”を使うのよね?“魔術”じゃなくて」

「んん?“魔法”と“魔術”は違うのか?」

「違うのかって……そんなことも知らないなんて、あなた本当に何者なのよ……」

「だから、“魔法少女”だって」

「それはもういいわよ」

いいって言われた(´・ω・`)。

「はぁ、そんな顔しないでよ。私が悪者みたいじゃない」

「オナシャス」

「いい?“魔術”っていうのは、世界に満ちているマナを別の物に変換することなの」

「別の物?」

「そう、それは火だったり水だったり、中には別のエネルギーに変換したりするのよ」

「成程、それは便利だな」

「ただし、人によって一度に変換できる量は多くは無いわ」

「ふむふむ」

「私はさっき、あなたはが食べ物を“魔術”で出したと思ったわ。あれだけの食べ物をマナから変換できるなんて、余程の素質を持った子だと思っていたけど……」

「けど?」

「“魔法”となれば話は別よ。“魔術”の概念から逸脱した“魔術”、それを人は“魔法”って呼ぶことにしているわ」

「ふむふむ、だいたい理解した」

「それはなによりね」

「だけど、その不本意というか嫌悪感を露わにした理由は何だ?“魔法”になにか苦い思い出でもあるのか?」

「無い人間なんているのかしらね?」

 苦い思い出が無い人間がいない?どういうことだ?

「私は自称“魔法使い”で碌な人間を見たことが無いわ」

「いやいや、それは流石に言い過ぎだろ」

「そうね、もしもあなたが本当に“魔法”を使う少女だって言うのなら、あなたが良い魔法使いの第一号よ」

「マジかよ」

マジかよ。いや、冗談言ってる風には見えてなかったけどさ、マジか。他の魔法使いってどんななんだよ……

「そういや、あなたの名前は?」

「ハイディよ」

「ハイディね。俺は――」

俺は?そう言えば俺の名前って何だ?

もちろん元々の俺の名前の事じゃない。この世界での俺の名前だ。あるはずだ、この身体自体の名前が。

あるはずなのに思い出せない。そう言えば家族構成も思い出せない。おぼろげな記憶にとして、貴族だったてことはある。さっきの奴隷商?も言ってたし。でもそれ以外の記憶が何一つ……

「もしかして覚えていないの?」

「ああ、どうやらそうみたいだ」

転生前の記憶はあるんだけどな!!まさかこれも童帝の仕業か?記憶喪失の方が設定的に便利だし。

いや待てよ、良く考えたら別に良いんじゃないか?これから第二の生を行く身分としては、何もかもリセットして全く新しい自分リスタート!!そう考えたら記憶喪失も案外悪くないな。

とか思ってたら――

「じゃあ私が名前を付けてあげるわ。いつまでもあなたじゃ不便だし」

「アッハイ」

「……」

すっげぇ真剣に考えてらっしゃる。

カッコいい名前でお願いしますよ?ここで俺の冒険へのモチベが左右するわけだし。

この娘がハイディってことは欧州圏っぽい名前なのかな?その辺だったら変な名前とか流石にこないだろう。

「うん、決めた。エイスにしよう。アナタの名前は――エイス」

「―――エイス?」

おお、なんかカッコいいぞ。エイス、エイス、これがこの世界での俺の名前。うん、心に刻んでおこう。

「よし、今日から俺の名前はエイスだ!!」

「気に入ってくれて何よりね」

おお、ハイディの笑顔が眩しい……

そう言えば、転生物でよく名前を付けたらその相手を強化したり、配下にしたりするものがあるけど――この世界には適用されないようだな、うん。ハイディへの好感度がちょっと上がったりしたけど。

「名前も決まったことだし、ハイディはもう寝てろ。夜が明けるまであの奴隷商?変態のオッサンは俺が見張ってるしさ」

「そんなわけには――」

「俺にはあいつらを無力化できる。ハイディには明るくなったらこのチビたちの面倒と街までの案内ができる、だろ?」

「――そうね、悔しいけどあなたの言うとおりだわ」

「あなたじゃなくてエイスな」

「ふふふ、そうだったわね。お休みなさい、エイス。辛くなったらいつでも変わるから言うのよ?」

「その時は頼むよ」

そう言うや否やハイディから寝息が聞こえた。よっぽど疲れていたのだろう。そりゃそうか。色々な事が起きたのだから。

それはこっちも同じなんだけどな。大人なんだし、子どもを守るのは年配者の役目ってね。

さて、とりあえず夜が明けるまでの時間をどうするかだが――そう言えばあの童帝が持ち物に手紙を持たせたとか言っていたよな?でも、そんなもんどこにある?来ていた服は破られて、馬車は粉砕状態。手紙も原型留めてないんじゃね?

と思っていたがポケット辺りに違和感が。手紙だった。なんでこんなところに入っているんだ?と思うが、まぁご都合主義というか何でもアリなんだろう。あの童帝だかなんだかのやることだし、その辺は抜かりはなかったか。早速読んでみることにしよう。


『拝啓 新春の候 貴殿に置かれましては―――


「なんでやねん!!」

「え!?え!?え!?なに!?なにか問題が!?」

イカン、ついツッコみをいれてしまった。そのおかげでハイディを起こしてしまったようだ。

「い、いや、なんでもない。ゆっくりお休み」

「そう?なら良いんだけど……」

またハイディの寝息が聞こえてきた。いかんいかん。荒んだ社会人生活の末のせいか、独り言がつい大きくなってしまったようだ。これも現代社会が抱えた闇か。俺だけかもしれないけど。

ハイディとちゃんと会話できているよな?ここ数年、会社の上司とコンビニの店員くらいしか会話していなかったから変に舞い上がってなかったかな?気を付けないと……

えーっと、続き続き――読まなきゃいけないよなぁ、読みたくねぇなぁ。


『回りくどい話は辞めよう、余である。お主にはその世界で少しばかりやって欲しい事がある。もちろん余自らが手を下せば早い話ではあるのだが、それは規則上できんのだ。余達は世界に人を送り込むことはできても、手を出すことはできん。なので、お主に余の手足となってその世界をなんとかして欲しい


ウチの会社の営業でもこんなふんわりした仕事取ってこねぇぞ、おい。なんか高圧的だなぁ、やりたくねぇなぁ。そういうのから逃げられたと思ったのに、こっちでも働かされるのかよ。ぶっちしようかな。


『勿論やるやらないはお主の自由である。但し、このままその世界を放置すれば、その世界は崩壊を迎えよう


「ほっ!?」

おっとマズイ、また大きな声を出すところだった。それにしても、えぇ……崩壊?無くなるのこの世界?まだなんの未練もないんだけど……でも折角異世界転生したんだしなぁ。やらなきゃ駄目なんだよなぁ、というか勿体ないよね。


『その世界には今、お主を除いて108人もの魔法使いが存在している。その魔法使いたちこそが、その世界を崩壊させようとする要因となっておる。手段は問わぬ、どうにかするのだ


「108人!?」

「ふぇ!?」

「なんでもない、なんでもないぞ?ゆっくりお休み」

「んん~お休みZZzzzz….」

 なんてベタな寝息……

それはさておき108人の魔法使い!?そんなにこの世界に転生しているのかよ!?俺以外に魔法使いがいることもショックだったが、それ以上にショックなのはそれ程もの30歳を超えての童貞たちがいたことだ。なぜだか目頭が熱くなった。

しかし、どうにかするもなにも、どうしろと?指示が雑すぎやしないか?

ん?手紙にまだ続きがあった。なんだよ、驚かせやがって。そうだよな、あんな雑なまま放り出したりしないよな。転生した瞬間貞操の危機だったけど!!


『手紙とは別に108人のリストを付けておく。なるべく早くに達成するがよい』


手紙を読み終えるや否や、巻物が出てきた。広げてみるとそこには108人分の名前が書かれていた。

「って、名前だけじゃねぇかよ!!封神リストか!?」

「うるさーーーい!!さっきからなにをゴチャゴチャ喋ってるのよ!!こっちは眠いのよ!!」

「ゴメンナサイ……」

普通に怒られてしまった。年下の少女に怒られるってなんかくるものがあるな。その気はないはずなんだけど。

「で?どうしたのよ?」

「どう――と言われても」

「どうもしていなかったら逆に心配よ」

「ごもっともで」

と言ってもなぁ。元々は自分がこの世界の人間じゃなくて生まれ変わった存在で、この世界を救うためにやってきた――うん、傍から見れば危ない人間だな。こういうとき、他の異世界転生モンってどうやって切り抜けてたっけな。

「あー、えーっとだな、やらなきゃいけない事を思い出したんだよ」

「やらなきゃいけない事?って、エイス、アナタ記憶が」

「いや、記憶は絶賛喪失中だ。ただ、やらなきゃいけない事だけフワーって思い出したというか何と言うか……」

「エイス、いいのよ無理をしなくても……辛い事があったのですもの。無理をしちゃダメ、ダメよ」

「いやいやいや、俺は大丈夫だって!!」

「そう、そうね、あなたは大丈夫よ」

そう言うハイディの眼はとても優しかった。

全然信じてねぇな、この娘。

「とにかく思い出したんだよ!!」

「そうね、良かったわね」

「俺は――


この世界の全ての魔法使いを倒す!!」


ドンッ!!という効果音が何処からか聞こえそうだっけどそんなことはなかった。

こいつ何言ってるんだ?という顔をしているハイディ。確かに、蘇った記憶がコレだって言ったらそりゃそうなるわな。でもやらないといけないみたいだしなぁ。

「魔法使いを倒すってそれ――」

「そこに誰かいるのか!?」

ハイディの言葉を遮るように飛び込んできた声は、まるで聞き覚えがない物だった。気に縛り上げている男たちはまだ気絶しているようだし。

するとガチャガチャと金属音を鳴らして数人の男たちがやってきた。

それは歴史の教科書で見るような西洋甲冑であり、やはりここは異世界なんだなぁと今更ながらに思い知った。

「君たち、ここで何をしているいんだ?」

男たちの一人が少し訝しげに聞いてきた。

なんか警戒してる?あ、そうか。幼女をはべらかして、いかにもなオッサンを木に縛り付けている状況だしな。そりゃ不自然だわ。とりあえず状況説明でも――

「助けて下さい!!私達、誘拐されたんです!!」

「なんだと!?」

と、俺が説明するまでもなくハイディが動いた。

「隊長!!こっちにそれらしき男が縛り上げられています!!」

「なん……だと……?もしかして、君たちがやったのか?」

はいそうです、とは言えないよなぁ。さてどうしよう。俺が下手に話せばボロが出そうだしここはハイディに任せてみようか、と言う思いを込めてウィンクをしてみたが、はたして通じたのだろうか。

「騎士様たちが来る前に魔術を使える方が私たちを助けてくれたんです。ですがその方は急いでいたらしく、奴隷商の男たちを木に縛り上げて立ち去って行ってしまって」

えぇ……だいぶ苦しくないそれ?と視線を送ると、『黙ってなさい』と言わんばかりにに睨まれた。幼女怖い。

「なんとそんなことがあったのか」

信じちゃったよ、おい。

「しかし、また目が覚めたら君達に危険が及んだかもしれないのに」

「そこは大丈夫だって言っていました。暫くは目を覚まさない魔術を使ったとかで」

「そんな強力な魔術を使える人がいるとは」

「はい、その時は本当に助かりました。その方が立ち去った後、日も暮れ、この子たちも疲れていたようなので、ここで休んでいたんです」

ハイディすげぇな、流れるように嘘を吐くとは。これは任せて大正解だわ。俺がやってたらここまでのことは無理だったね。

「そうか、それは大変だったな。後のことは私達に任せなさい。責任を持って君達をウィーロまで連れて行こう」

「本当ですか!!有難うございます!!」

「それにしても、巨大な光の帯が見えたので警邏に来たらこんなことになるなんてな。余程高名な魔術師がいたのだろう」

「あ、それ多分オ――ゲフッ!?」

「オホホ、なんでもありませんよ?」

なんという完璧な肘打ち、俺じゃなきゃ見逃してたね。いい肘してやがるぜ。

「隊長、こいつら本当に目を覚ましませんぜ。どう運びましょう?」

「そこまで目を覚まさないなら、また後で回収に来るとしよう。先に少女たちを馬車に乗せるんだ」

「了解です」

おいおい、 いくらなんでも仕事雑じゃない?この世界ではそれが普通なのか?それとも魔法、じゃない魔術に対して随分と信頼をおいているのかね。その辺もおいおい調べる必要が――

あれ?なにか違和感が。

……そうだ、さっき隊長って呼ばれたやつ、何て言った?


『先に(・・)少女(・・)たち(・・)を(・)馬車(・・)に(・)乗せるん(・・・・)だ(・)』?


少女――たち(・・)?


「どうしたの、エイス?早く来なさいな」

俺を頭上から言い、見下ろすハイディ。

そうだ、そもそもそこからおかしい。転生前の俺は確かに背が低かった。しかし、12~3歳の少女と目線がちょっと合わない訳がない。こっちの方が若干低い!?

これはハイディの背丈が大きすぎるのではないだろう。騎士たちの背丈はさっきまでの奴隷商とそう変わらない。

そうだ!!あの奴隷商、俺のことを『ガキ』って言ってたな!!てことは、俺は子どもに転生したのか!?

そういや、そういう作品も結構あったな。0歳から始まってないだけマシか。

つまり、この年頃の子どもって性別分かりにくいもんな、あの隊長さんが俺も含めて『少女たち』って言っただけだし、俺がまさかそんな少女に――ナイナイ。

と、自分に良い訳しつつ馬車に向かって歩く。すると、窓がガラス製なのかそこに一人の人間の顔が反射して映っていた。

黒く艶のあるロングストレートの髪。クリッとした大きな蒼い瞳。綺麗と言うよりあどけなさと可愛らしさを併せ持った少女の顔。その顔は今日初めて見た顔だった。まさかと思い、下半身に手を伸ばすとそこには、あるはずの物が無くなっていた。

それはつまり――


「女になってんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」


 雪が降り始めた30歳の誕生日の夜、俺は異世界で身も心も魔法少女となった。


 

「そうか、君はネイギャで彼らに誘拐されたのか、大変だったね」

「はい……でもあんな生活をしていたら、いつかこうなるんじゃないかと思っていました」

馬車に揺られる中、隊長とハイディが身の上話をしているようだが頭に全然入ってこない。これ程のショックを受けたのはいつ以来だろうか。そっか、お前いなくなっちまったんだなぁ。一度も使うことが無いまま……

「ねぇ、エイス!!聞いてるの!?」

「え?あ、俺?」

「もう、やっぱり聞いてなかった」

「スマン、何の話だった?」

だってよ、30年も一緒だったんだぞ?それが無くなるなんて考えられねぇよ。

「君の今後のことなんだけど、彼女から記憶がないと聞いてね。どこの街で攫われたとかも覚えていないのかい?」

「そうっスね、全く覚えてないっス」

覚えていないも何も、俺の意識はあの時に始まったしな。それに街の名前とか言われてもさっぱり分からん。これから向かう街の名前もさっき言ってたけど、それもピンと来てないし。これってつまり、元のこの身体に俺という意識が乗り移ったって感じなのか?そう考えると、元の身体の人に悪いと言うか、気の毒な事をしたような。なんもかんもあの童帝が悪いんや。

「ちょっとエイス、言葉遣い悪いわよ」

「そういうハイディは急にしおらし――ゲフゥ!!」

「どうかしたのかい?」

「なんでもありませんことよ?オホホ」

ネコどころかトラでも被ってんのか、コイツは。

それにしても、今後のことか。とりあえず街に着いたら情報収集と拠点確保が必要かな。うん、衣・食・住!!人間らしい生活のためにコレ大事!!そのためにも金だな。金が必要だ。となると、仕事をせにゃならんのだろうが、大丈夫だろう。だって異世界だぜ?よくギルドとか行って冒険者登録して、モンスター狩って金を稼げるんだろ?夢が広がりングだな。ようやく俺も異世界らしい生活ができるってもんよ。幼女の身体になったのは完全に誤算だったけど。そこさえ目を瞑れば明るい未来が――待ってるのか?あ、魔法の練習もしなくちゃな。というか『魔法少女になる魔法』を貰ったはずなのに、今の状態で魔法使えていたってことだよな?どういうことなんだ?この辺の説明がなにもないから不便だな。取説くれ。

「ふむ、他の子たちもどうやら攫われたり売られたりとで、元の街に戻ることも難しい様だな」

「そうなりますね」

そうだったのか、こいつ等も結構ハードな人生送ってるんだな、まだ若いのに。そう思うと、この世界も結構治安が悪いのかね。ん?そう言えば、俺以外に108人も転生者がこの世界に来ているんだよな?それでこのザマか。何やってるんだかな。むしろ現地民に嫌われているとか、最悪じゃねぇか。

「街に着くまでもう少し時間がかかるから、君達も眠ると良いよ。大丈夫、もう悪い事は起きないさ」

おお、なんとうイケメン対応。惚れちゃいそうだぜ。それじゃお言葉に甘えて寝るとしますか。ハイディもいつの間にか寝入っていることだし。そう言えば起こしたの俺だったな。とりあえず、後のことは起きてから考えるとしよう。

それにしても、この転生に関しては一言文句言いたいな。どこかに窓口でもないもんかね。


Prrrrrrrrrrr Prrrrrrrrrr


すると、どこからともなくこの世界に似つかわしくない電子音が響いた。だけど、他の連中は何の反応も示していない。どうやら俺にだけ聞こえているようだ。まさか、敵のスタンド攻撃を受けているのか!?


『はい、こちら転生者カスタマーサポートセンターです』

は?転生者カスタマーサポートセンター?

どういう事だと思ったが、辺りの異様さに気がついた。

「もしかして、時間が止まってる?」

『はい、その通りです』

「返事が返ってきた!?幻聴じゃなかったのか」

『ではありません。私、転生者カスタマーサポートセンター担当のスィリーアと申します』

「えぇ……」

担当って、なんか役所的だなぁ……しかもカスタマーサポートって、電化製品か何かかよ……

『えーっと、貴方様は――はいはい、本日転生された方ですね。そちらの世界でのお名前は――エイスっと』

「なんで知ってんだよ!?」

『何でもは知りませんよ?』

「その先は言わせねぇぞ?」

成程、つまりこいつはあれだな、童帝の差し金か。流石にあんな状態で放り出して申し訳ないと思ったのだろう。来るのが遅かったが、まぁいい。

『ちなみにこれは転生者全員に対する措置であり、エイス様だけ特別にと言うわけではありませんのであしからず』

「そんな事だろうと思ったよチクショウ!!」

『このサポートに問い合わせることができる方も珍しいのですがね。それでどういったご用件で?』

「用っつーか、まず俺を見ろよ!!なにかおかしいことに気が付かないのか!?」

『そうですね――とても可愛らしいお嬢様だと思われます』

「思われますじゃねぇぇぇぇ!!」

『嗚呼、言葉遣いが悪いですね。直した方がよろしいのではないでしょうか?』

「そこじゃねぇよ!!おかしいだろ、俺の性別が!!」

『おかしいのですか?大変可愛らしい容姿かと』

「さっきも聞いた!!有難う!!そうじゃない!!無限ループになるだろ!!」

『えぇ……じゃぁなんですか?』

「なんで投げやりなんだよ……」

えぇ、なにこの子……俺か?俺がおかしいのか?それともゆとりのせい?世代なの知らねぇけどさ。

『はっはーん、わかりました。さてはクレーマーですね』

「なんでそうなるんだよ!!」

『クレーマーは大体そういう事言うんですよね。やれやれ、これは特別報酬を頂かないと』

いきなりクレーマー認定とかとんでもねぇな、コイツ。あれ?そう言えば俺って文句を言いたかったんだよな?それならクレームであってるんじゃないのか?

クレーマーだったわ。

「もうクレーマーでいいから話聞けよ」

『申し訳ありません、私そろそろお昼休憩に入りたいので手短にお願いいたします』

「なんで上からなんだよ……」

『下界に降りて二郎で食べてこようかと思います』

「その情報はいらなかったなぁ」

とりあえず漸く話ができる態勢ができたな。もうすでにどっと疲れたんだが。しかし、ここで引き下がってられない。すべては俺の正しき性別のために。

「あのさぁ、俺の性別が女になってんだけど、どういうこと?」

『あ、それは私の担当外の話ですね』

「てんめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

『急に怒らないで下さいよ。怖い怖い、これがキレる10代ですか』

中身は30代だよ!!ギリギリね!!と言うかなんだよ、担当外って!?今までの時間はなんだったんだよ!?

『ちょっと転生先設定の担当者に聞いてきますので、暫く小躍りでもしながら舞っていていて下さい』

「誤字なのかマジなのか分からん表現止めろ」

あ、電話の保留音みたいなのが頭の中に流れてきた。うわー、なんで異世界に来てまでこの音聞かなきゃいけないんだよ……大体ロクな電話なかったしなぁ、納期の短縮とか仕様の変更とか人員の削減とか――ダメだ、ネガティヴな思い出しか出てこねぇ。そもそも楽しい思い出とかあったか?まるで記憶に無いんだが

つか、まだかよ。どんだけ待たせるんだよ。まさか昼飯にいってないだろうな?さっきの調子だとそれがありうるから恐ろしい。

『おや、舞ってないじゃないですか。舞ってて下さいって言ったのに』

「帰ってきて第一声がそれかよ」

良かった、流石に昼に行ってなかったか。感心感心。いや、客放っておいて昼行くやつなんていないのが普通なんだろうけど。

『いやぁ、日本のラーメンは最高ですね。人類が生み出した叡智の結晶ですよ』

「俺の感心を返せコノヤロウ」

『冗談ですよ』

本当か?本当に冗談なのか?声だけだから区別がつかん。

『えーっと、それでですね――フフッ』

「んん?」

え?今笑った?

『エイス様の転生担当者に聞いてきたんですけど――プクク。実はですね――クククッ』

「おい、なに笑ってんだよ?」

『いえ、笑ってなどいませんとも、ええ――ンフッフッフ』

笑ってんじゃねぇか!!え?なに?そんなにおかしい話なのか?

『どうやらですね、エイス様の設定を決めるときにハハハ、めんどくさくなってサイコロを振って決めたらしいんですよハハハハハハハ』

「はぁ!?サイコロ!?」

『それで性別が女になったらしくてハハハハハハ――アーッハッハッハッハッハ』

「笑い事じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

『良いじゃないですか、“魔法少女になる魔法”を貰ったのでしょう?おまけで身体も魔法少女になったと思えばアハハハハハハ――ハーッハッハッハッハッハ』

スィ―リアが笑い過ぎで逆に冷静になれたわ。え?サイコロ?そんな理由で女になったの?うせやろ……

『でもむさ苦しいオッサンが魔法少女に変身するよりは良かったんじゃないですか?』

「それは――そう――なの――か?」

『ぶっちゃけドン引きですよ。可愛い少女が可愛い魔法使いになる。これはごく自然なことだと思われます』

「そう言われたらそんな気が」

『案外チョロイですね』

「ああん?」

誰がチョロイか。

でも確かにスィ―リアの言い分には一理ある。あるんだけど、なんか釈然としない。理解はしたけど納得いかないんだよなぁ。事前に一言あればまだ違ってたのかもしれないが。

 「なぁ、この性別マジでなんとかならないのか?」

『なりませんね。来世に期待ですね』

来世かぁ。あるのかな?

『今のまま死んだとなると――次はミミズかナメクジに転生ですね。やりましたね、ミミズなら雌雄同体ですよ』

「なんでその二択なんだよ!?」

え?また転生のチャンスあるの?でも流石にその二択はノーセンキューだけどさ。

『さて、では私はこの辺で』

「ちょっと待った!!もう一つ聞きたいことがある!!」

『えぇ……もぅ、早くしてくださいよ。列に並ばなくちゃいけないんですから』

コイツ、本気であの列に並ぶ気かよ……そういえば昔、一回連れて行かれたけど完食出来なかったな。徹夜明けに食うもんじゃねぇよ。

「性別のことはもういいとして、魔法少女に変身していないのになんで魔法が使えたんだ?というか魔法の使い方を教えてくれ」

『もう使っているじゃないですか』

「は?」

『ですから、既にエイス様は魔法少女になっていますよ(・・・・・・・・・・・)?』

どゆこと?

『BLEACHで例えるなら始解の常時開放型です』

「ちょいちょい俗っぽいな、アンタ」

つまり、俺はただ魔法が使える少女に転生したってことか。変身バンクとか期待してたみんな、すまねぇ……なんもかも童帝が悪い。

『ですが、それもこれもエイス様の童貞力の高さがあってこそなんですよ?』

「そうなのか?」

『ええ、そうでなければ魔法を使った状態で日常生活を送ることができるなんて、他の魔法使いには――おっとこれより先はクリアランスレベルが』

「めっちゃ気になるやんけ」

『細かい設定はこのシート渡しておきますので、各自で読んでおいてください』

「最初にそれくれよ!!」

『ハハハ』

笑って誤魔化しやがった。とりあえずこれで何とかなるのかな。って、ペラ紙1枚だけかよ!!とりあえず内容を一瞥し、二言三言言葉を交わし、とりあえず今回はこの辺でというとこになった。

『それでは、また何かお困りのことがあれば、転生者カスタマーサポートセンターまで。あ、できれば私が当番で無い時にお願いしますね』

「こっちから願い下げだよ」

『おやおや、ツンデレですか?』

「はよ飯食ってこいや!!」

言うやいなや、さっきまでの異様な雰囲気は消え去り、窓の外の景色が流れて見える。時間が再び動き出したようだ。変な疲れが残っていることと、手元にさっきまで持っていなかったはずの紙が納まっていることから、どうやらさっきのやり取りが俺の妄想ではないことを証明した。

街に着くまでまだ時間もありそうなので俺も眠ることにしよう。目が覚めたら新天地、本当の意味で俺の冒険が始まるんだ。そう思うと興奮してきたが、逸る気持ちを抑え、今は暫し眠りにつくのだ。

――ところで、この騎士たちは信用していいんだよな?


信用してよかったようだ。目が覚めた頃、俺たちはいつの間にか街に着いていた。どうやらここがウィーロの街の様だが、まだ辺りが暗くてどんな感じなのかがよく分からん。隊長が女性らしき人と話をしている。恰好を見るに、シスターさんかなにかのようだ。そう思って建物を見ると教会のように見える。

さっきから憶測ばっかりだな。だってしょうがないだろ、わかんないんだもん。

「やっぱりそうなるわよね」

いつの間にかハイディが横に立って呟いた。

「ああ、やはりそうなるよな」

何がそうなのかよく分からんけど同意しておいた。

「エイス、適当に喋ってるでしょ?」

バレてーら。

「起こしてしまったかな。実は、君達をこちらの教会で保護してもらう手筈をつけているところなんだ」

隊長がこちらに気づいて話しかけてきた。成程、そういうことね。ハイディはこの光景を見ただけでこうなることが分かった様だけど、俺には説明されるまで分からなかった。もしかして、結構頭良い?俺が悪いだけ?

それにしても教会か。つまりこの世界にも神様がいるってことか。神様ねぇ、この世界の神様には一人心当たりあるんだけど、アレには祈りたくねぇよなぁ。

「初めまして、リューコと申します。大変辛い目に合われてきたのですね。ですがもう大丈夫です。ここにはブラキ神の加護がございます」

ブラキ神?聞いたことねぇな。童帝の名前が出てくるのかとちょっと期待しちゃったけど、そんなことは無かった。良かったよ、アレに祈るとかマジ勘弁だし。

「げ、ブラキ神の教会……」

「なんか問題でもあるのか?」

「べ、別に問題なんて無いわよ。ええ、ないですとも」

絶対なんかあるだろ。しかし、ここでしつこく食い下がると怒られそうなので止めておこう。宗教の問題はナイーヴだからね、仕方ないよね。

「それでは我々はあの奴隷商たちをとらえに向かうのでこれで失礼します」

そう言えばまだあそこ縛り付けたままだった。ちゃんと覚えていたんだな、偉い偉い。もう会う事はないだろうから縛り首なり、ギロチンなり、俺の知らないところで処分されてて欲しいものだ。

「それでは、あなた達の部屋へ案内するわね」

婦長のリューコに案内された部屋には既に何人もの子供が所狭しと眠っていた。こんな大きな街にも、俺たちのように身寄りの無い子どもがこんなにもたくさんいるんだな。そう思うと、この世界をなんとかしないとなって気持ちが湧き上がってきた。

その後、俺とハイディ達の寝るスペースを確保して、再び眠りにつくことにした。


かくして、この教会で俺の第二の人生が始まる――訳にはいかないんだよ。


暗がりを抜け、陽も上がり、いつの間にか街が活気に溢れている。この世界にきてようやく陽の光を感じることができた。あれが太陽なのかそうじゃないのか、そういったことは知らなくても時間は過ぎていく。

道の端には露店や屋台が既に出ており、買い物客もちらほら見受けられる。元の世界でも見るような食材も多い気がする。そして屋台から漂ってくる良い匂いについ釣られそうになるが、金がない。

そう、金が無いんだ。何かを買うにしても金が無ければ不可能。金で買えない物もあるけど、大抵のものは金で買えるんや……この金欠をなんとかするためにも足早に目的の店を探す。

目的の店。最早、異世界転生系作品の定番というかこれが無くちゃ始まらない。全てはここから始まる――ギルド。

そこで冒険者登録してー、冒険者になってー、金稼いでー、うっはうは!!完璧な計画やな。輝かしい未来に向かって、レッツゴー!!


のはずだったが、ギルドが一向に見つからない。まさか城から出る前に俺の冒険が終わってしまうとは思わなかった。

もう体感で数時間は街を彷徨っている。教会で朝飯は食べた――普通に食パンと目玉焼き、それと牛乳だった――けど、腹が減ってきた。喉も乾いている。そんな中、一軒の看板が視界に飛び込んできた。

『ビール冷えてます』

ビール?なんで?いやそんなことはどうでもいい。今はこの喉の渇きを潤せられれば。縋る思いで店に入ると中には結構な客がいた。が、そんなことも気にせずカウンターの席によじ登り(椅子が高い、やはり酒場か)、店員に注文をした。

「大将、とりあえず生」


つまみ出された。

なんだよこの店は!?客を選ぶ気かよ!?俺は今腹が減って喉が渇いているんだぞ!!

「あんた何やってんのよ?」

と、聞きなれた声が耳に入ってきた。

「げぇ、ハイディ!?」

「何よ、げぇって!?」

いや、そりゃ驚くだろう。確かにハイディは教会に置いてきたはずで、ここにいるはずがないのだから。でもマジでなんで?

「まったく、なにやっているのよエイスは。子供だけで酒場になんか入れるわけないじゃない」

冷静に考えたらそうだよな。今の俺は子供の姿をしている。そんな俺に酒何て売ってくれる訳もなく、そもそも俺お金持ってなかったよね。考えが足りなかったよ。

「はいこれ、その様子だと何も食べてないみたいね」

と言ってパンを差し出すハイディ。え?天使なの?有難くパンを頂くと少し落ち着いた。やっぱり駄目だね、人間ちゃんと食べないと。

「と言うか、お腹が空いたなら昨晩みたいに魔法で出せばよかったじゃないの?」

「あ」

「忘れてたのね……」

完全に忘れていました。

「やっぱり探しに来てよかったわ。急にいなくなっちゃうんだもん」

おや、俺がいなくなったのに気が付いてわざわざ探しに来てくれたのか。それは申し訳ない事をしたな。ただ、これから俺がやろうとしていることにハイディを巻き込むのは忍びない。この子には平穏な生活を送ってほしいものだ。

「本気だったのね、魔法使いを倒すって話」

「あー、うん。それもそうなんだけど、それだけじゃなくてさ」

「他に何かあるの?」

「冒険者になろうと思って、この街のギルドを探していたんだよ」

「え?ギルド?」

「そうギルド」

「ある訳ないでしょ、そんなお伽噺に出てくるものなんて」

「は?」

は?思わず聞き返す。ない?ギルドが?お伽噺の中の存在?

「そうよ、昔にはあったらしいけど、今はそんなもの無いわよ」

「えええええええぇぇぇぇぇぇ!?」


俺の異世界での物語が終わりを迎えた瞬間だった。早くね?


「無いって、それじゃモンスター退治とか誰がやるんだよ!?」

「誰って、昨日会った騎士達に決まってるじゃない。なんのためにいると思ってるのよ」

「それもそうか」

それもそうだわ。いやいやいやいや、そうじゃなくて働く場所!!そう!!路銀を稼ぐための手段がないじゃないか!!

「お金なら働いて稼ぐしかないじゃないの」

「ぐう」

ぐうの音がでてしまった。なんという正論。うーん、このやり取り、なんだか懐かしい。

「そもそも、私達は子どもなのよ?子どもは学校に行って、しっかり学んで、成人してから職に就くものよ」

「え?学校あるのか?」

「エイスの記憶が無いのは知ってたけど、自分自身の事だけじゃなくてそういったことも忘れているのね」

実際には忘れているんじゃなくて、知らないだけなんだけど、その方が都合がいいのでそうしておこう。

「とりあえず、色々教えてあげるから、今は教会に――」


「ゴーシュ様のおとぉぉぉぉぉぉりぃぃぃぃぃぃぃ」


その言葉が聞こえるや否や、街の人たちは建物の中に入り戸を閉めるか、道端に倒れた。いや、あれは倒れたのではなく、平伏しているのか。それは自分たちよりも身分の高い人間がここにやってくることを意味する。時代劇とかで殿様とか大名が街を歩くときによく見かけるあれだね。つまり、この街において魔法使いはそのクラスの要人か権力者であることも同時に意味する。

ほほぅ、これはチャンスだな。この世界に来て初めて俺以外の魔法使いとの邂逅だ。108人の内の1人目。先手必勝と行こうじゃないか。

「何しているの!?こっちよ!!」

と画策していたらハイディに手を引かれ路地裏に引き込まれた。やだ、俺の力無さすぎ。いやいや、逃げている場合じゃなくてせめて顔を!!どんな奴か顔だけでも!!

ドスン。

街が揺れた気がした。

ドスン。

いや、気のせいじゃない。本当に街が揺れている、地震か!?いや違う、揺れは一定間隔でおきている。一体何が起きているんだ?

「来たわね、この街の魔法使いが」

 ドスンという響く音がどんどん近くなり、通りの隙間からついにその正体を見ることができた。

 「ド、ドラ――」

 「しっ、静かにしなさい!!」

 小声で怒鳴るとか器用なことするな、ハイディ。

それにしても、ドラゴンと来たか。あれはまさしくドラゴンだ。よくゲームや漫画で見かける、巨大で翼の生えたよくある感じのドラゴンだ。そのドラゴンに輿が付いており、誰かが乗っていたように見えたが、顔までははっきりと分からなかった。

暫くして、響く音も遠ざかり、街の喧騒が戻りつつあった。

「行ったわね。まったく、エイス、あなた自分が何をしようとしたのか分かってる?」

俺、なんかしちゃいました?というのは冗談で、成程、それがこの世界でのルールか。本当に色々学ぶことが多いわ。

「まぁ、待て、ハイディ。お前の言いたいことは何となくわかった。だけど、俺には魔法使いを倒さなくちゃならないんだ」

「やっぱりその話、本気なのね」

「嗚呼、だからハイディを巻き込みたくないんだよ。そんな訳だから、お前は教会に戻るんだ」

魔法使いは街の権力者、それを倒そうとする俺は反逆者なのだろう。そこにハイディを巻き込むのは御免だ。悪者は俺独りで良い。この子にはこの世界で幸せになってほしい。この世界には悪い魔法使いしかいないというなら、その全部を俺がぶっ倒して、少しはマシな世界にする。そのための力が俺にはあるんだ。ここは心を鬼にしてハイディを置いていかなきゃならない。

「嫌よ、私はエイスに着いて行くわ」

「ダメだ。危険なんだぞ?魔法使いに逆らうんだぞ?どんな目に合うか分かったもんじゃないんだぞ?」

「構わないわよ!!」

「俺が構うんだよ……」

「それにエイス、あなた私が居なかったら常識とか世間のこと分からないじゃない!!」

うっ、それを言われると痛い。でも、そんなものは誰かに聞くかして追々学べばいい。最悪サポートセンターに聞く。俺の意志は固いんだ!!

「もし連れて行かないんだったら――泣くわよ!?すっごい泣いちゃんだから!!大人がドン引きするくらい泣いてやるんだから!!」

「あー、もう分かった分かった、わーかーりーまーしーたー。分かったから泣くなよ」

「まだ泣いてないし……」

いや、もう涙声じゃん。ダメだなぁ、昔から泣かれるとどうしようもない。女――ましてや子どもに泣かれるのは苦手だ。とりあえず今回は特別ということで。ちょっと危険な目に合ったら自分から着いてこなくなるっしょ。

とりあえずハイディをあやそうと魔法で食べ物を出してみる。また甘食が出てきた。なんなの?これしか出てこねぇの?元の世界でそんなに食った覚えないんだけどさ。折角出てきたのでハイディと俺で一緒に食べることにした。


お互い落ち着き、さっきまでいた所の近くに公園があったので、そこで今後についての作戦会議を始めた。

「さて、どうしようか」

「私に言われても分かんないわよ」

ごもっともで。今俺がやらなくちゃいけない事、

① 魔法使いゴーシュについて調べる

② 路銀を稼ぐ

③ ハイディを教会の留めさせる

③に関してはハイディがいるので後で考えるとする。②は――魔法で何か作って売れば金になるだろう。なら今一番のやることは、

「あのゴーシュって魔法使いについて調べる必要があるな」

「ねぇエイス、あなた本気であの魔法使いと戦おうと思っているの?」

「嗚呼、こればっかりはハイディに止められてもやる」

「そう……分かったわ。だったら私も覚悟を決めたわ」

決められちゃった。いや、そこは決めないで教会に戻ってほしいんですけどね。

「多分あの魔法使いは街の中央にある館に住んでいるわ。エイスを探す途中で悪趣味な

建物を発見したから、あれがそうだと思う」

「おお、それはナイスな情報だ」

「それと、あなたも見たと思うけどゴーシュは確か『ドラゴンを召喚する魔法』を使うわ」

「成程、だからドラゴンに乗っていた――なんでそんなこと知ってんだ?」

「……何ででもいいでしょ」

言えないか。人間、人に言えない事の1つや2つあるだろうけど、ここで無理に聞くのはどうなんだろうか。俺自身、ハイディに隠していることが多くある。そうだな、いつか自分から言いたくなったら言うだろ。俺もそうだし。

「ま、良いか。有益な情報だし、それは活用しよう」

「聞かないのね」

「言いたくなったらその時に聞くさ」

「なにかっこつけてるのよ、私より小さいくせに」

中身は年上だけどな。

「他に何か聞きたいことは無いかしら?」

「そうだな、ありすぎて困るんだけど……魔法使いって何やってるんだ?」

「何って――ぶっちゃけ何もしてないわよ。さっきみたいにふんぞり返ってるだけ」

えぇ……なにそれ。そんなんだから魔法使いのイメージが悪くなるんじゃないか。

「街の運営とか行政関係は役所があるし、モンスター退治とか治安関係は騎士達の管轄だし」

「えぇ、ニートかよ……」

「ああやって周りに迷惑かけている分、余計割と思うけどね」

「邪魔くせぇけど、そこまで言わんでも」

「この街の魔法使いはまだマシな方よ」

「あれでか」

「あれでよ」

マジか、あれより酷いってどんなだよ。と言うか、役所があったり騎士が軍?警察?みたいな感じでその辺はしっかりしてあるんだな。他所の街でもそうなのかな。

「あ、一応仕事があったわ、魔法使いに」

「ほぅ、して内容は?」

「他の魔法使いが街に攻めて来たら戦わなくちゃいけないのよ」

「ほほぅ!攻めてくるとかあるのか!!」

「ここ数年は聞いたことないわね。いえ、数十年単位でないかもしれないわ」

「やっぱりニートじゃねぇか!!」

ニート確定です、本当にありがとうございました。

しかし、光明が見えたな。魔法使いが攻めてくれば、魔法使いは対応をしなくちゃいけない。そして、ここに魔法使いが一人いるわけで。

問題はどうすれば攻めることになるんだろうか。街を破壊する?それはしたくないなぁ。今後の拠点と考えると、街の人たちに悪い印象を与えたくない。そうなると、さっきみたいに大名行列しているときを狙うのが一番だな。あれの周期はどれくらいの間隔なんだろうか。

「流石にそこまでは分からないわよ。でもシスター達ならこの街に長年住んでいたし知っているんじゃないかしら」

「むっ、教会に戻るのか……ハイディちょっと聞いてきてくれない?」

「い・や・よ」

こうして、俺の第一回プチ家出は終了するのであった。

そして、教会に戻ったらしこたま怒られた。


閑話


「おや、ハールさん、こんな所で会うなんて」

「ん?ああ、誰かと思ったらスィリーアか」

「例の少女の事を見ていたのですか?」

「ああ、いくら面倒くさかったとはいえ、設定全部をサイコロで決めたのは流石にまずかったかなぁって思って」

「んん?設定をしたのはヴァリサさんでは?」

「一緒に設定してたのよ。と言うか、サイコロで決めろって言ったのアタシだし」

「なるほど、通りで彼女にしては思い切りがいいかと思いました」

「まぁ、最初はピンチっぽかったけど、普通に切り抜けたみたいだし、結果オーライよね」

「私が割を食ったんですけどね」

「まーまー、そこはほら、担当が違うんだし」

「調子が良いですねぇ、今度お昼奢って下さいよ。それでチャラにしましょう」

「あんまり高い物頼まないでよ?」

「下界でラーメンを奢ってくれればそれで良いですよ」

「下界に染まりすぎなのよ、アナタ……」

「それはさておき、よくあんな魔法に設定しましたね。確かに童貞力は、今までの魔法使いとは桁が違っていましたが」

「ああ、『魔法少女になる魔法』だっけ?あれ苦労したのよ、ホント。だって意味わかんないんだもん」

「ですよね、あんな雑な内容からよくあんな風にブラッシュアップできたものですよ」

「え?」

「え?」

「え?」

「いやいやいや、ハールさんとヴァリサさんで設定したんですよね?あの魔法の中身も」

「―――してないわよ?」

「してないって」

「だから、アタシ達はそのままの意味で『魔法少女になる魔法』を授けただけよ?」

「そんな、だって彼女のキャラクターシートにはしっかりと――」

「アタシじゃない、もちろんヴァリサでもないわ」

「だったら――童帝様が?」

「童帝様自ら!?そんなこと今までしたことなかったよね」

「それ程の人物を送り込むなんて、一体何をさせようとしているのでしょう?」


目が覚めると知らない天井だった。いや、昨日も見た天井なんだけどね。言いたかっただけだよ。

さて、昨晩はリューコさんにしこたま怒られたけど、それだけじゃないんだ。実はこの世界の情報をハイディを交えて色々得ていたのだよ。ふふふ、その辺ぬかりはないのさ。既出の情報含めてちょっと整理しよう。


ここから説明パートだよ。そんなことより話進めろって言うなら飛ばしても構わないよ?ただし、これから先はもう知っていることを前提で話すからね。


まず最初に驚いたのは、この世界には国が一つしかないということ。昔はいくつも国があったけど、それが千戦争で全部統一され、一つになったんだと。だからこのウィーロは国じゃなくて街だそうだ。首都はガシュート、ここから10日以上あるいた所にあるそうだ。

街には役所と軍隊が必ずそれぞれ配置されており、前述通り役所は為政を、軍は治安を担っている。街は首都へ税を納めることにより、存続を許されており、聞いた話よれば、税額はさほど無茶な数字ではなく、本来なら無理なく納められる額だそうで。

本来ならということだが、ここに魔法使いが絡んでくる。魔法使いは各街に最低一人は存在しており、街の実権は魔法使いが握っている。彼らの役割は外敵――すなわち他の魔法使いの侵攻があった場合への対応と、軍でも対処しきれないモンスターが現れた場合の撃退等である。これにより、魔法使いは街にいなくてはいけない存在となっており、街でやりたい放題となっているようだ。例えば、税を首都に納める必要額以上に徴収し、懐に収めたりする。なので、他国に攻めるなんて無駄な事をせず、楽して暮らせるという事もあって、ここ数十年で戦争や侵略はないそうだ。その結果、魔法使いの存在は街の住民に疎まれているみたい。でも、もし侵略があったら?騎士の手におえないモンスターが現れたら?そういった不安もあるので、無下にできない。マジ厄介な存在だな。

さて、ここで疑問になったのが、どこで貧富の差が生まれたか。それはやはり金である。金、人類が生み出した叡智の一つ。この世界で金を稼ぐのに手っ取り早い方法が“魔術”だそうだ。すなわち、使える魔術の差が貧富の差と言っても過言ではないそうで。そうやって金を稼ぎ、より多く税を納めることで魔法使いに爵位を与えられる。そうやって格差が生まれるようだ。

魔術の話が出たので、ここで魔術の説明もしよう。前にハイディから軽い説明があった通り、魔術は世界中のどこにでもあるマナを別のモノに変換することで使用する。例えば火だったり、水・風・光、または浮力だったりベクトルと変換先は様々。魔術を覚えるためには神の声を聞く必要があるそうだ。神の声って言うのがよく分からないが、俺も聞こえたら魔術も使えるようになるのかね?

魔法は魔術の域を超えるものを言うそうだ。中には魔術の延長上と思われるものもあるけど、威力や効果が桁違いだそうで。なので必然と魔法使いは畏怖されるみたい。

余談だが、シスターたちにも魔法使いの評判を聞いてみたが、反応はハイディと大体同じだった。どんだけ嫌われてるんだよ。

後は細かい話になるが、神様は全部で12柱しかいないそうで。この教会はブラキ神を信仰している。ブラキ神は慈しみの神。

他には――嗚呼、何故か1日は24時間で1年は360日だそうだ。分かりやすくていいよね、主に俺には。

あ、あと通貨。単位がゴールドだった。なんの捻りも無かったね。10単位で桁が上がっていったので、この世界にも10進法が採用されているようだ。これで変な進法だったらどうしようかと思ったよ。

こんなもんかな、魔法使いが本当に108人もいるのかが分からなかったりもあるけど、大体のことは分かった気がする。


説明パートは一旦以上だよ。ここから本編進めるよ。


「エイス、誰に向かって話しているのよ」

「ここにはいない誰かにだよ」

「そう、あなたやっぱり頭が……」

「マジトーンやめてくんない?」

「バカなこと言ってないで早く朝ごはんを食べなさい」

「ウス」

ふぅ、朝からハイディさんの突込みは絶好調だね。撃てば響くとはまさにこのこと、会話相手にもってこいってもんだ。

さてさて、どうもあのバカ殿が街を練り歩くスパンは特に決まって無く、気まぐれのようなので、とりあえずいつでも出られる準備はしておくとして、今日もパンと豆のスープか。昨日の朝もこれだったな。教会の資金は寄付とシスターたちの内職で賄っているらしい。寄付も貴族や街の住民の気紛れなので安定した額は見込めない。今後の俺の食だけでなく衣・住のクオリティ向上のためにも何かできないものか。

朝食が終わると何人かの子どもは学校へと行った。どうやらこの世界では幼児教育が進んでいるようで、孤児であろうと教育を受ける権利はあるようで、シスターが保護者となって通えるようだ。本来なら俺やハイディも行く権利があるようだが、流石にまだ編入手続きが終わっていないようで、教会での雑事に追われることになった。簡単に言えば掃除。掃除、苦手なんだよなぁ。よく部屋を散らかして咲夜に怒られたもんだ。それでも文句を言いながらも手伝ってくれて。あれってツンデレだったのかな?

「バカな事考えてないで手を動かしなさい」

「ウス」

今じゃそのポジションがハイディになったわけで……死んでも変わらない事ってあるよね。

うーん、腹が減った。やっぱりあの量は少ないよなぁ。まずは食生活の改善が必要か。そんな事を考えていたら、

「エイちゃ、またあれたべたい」

一緒に捕まっていた幼女の一人――チュチュが話しかけてきた。この子たちはまだ年齢が低すぎて学校には通えないらしい。うーん、食べ盛りであの量は酷だよなぁ。

「エイ姉ちゃん!!アタシもまたあれ食べたい!!」

「あの……わたしも……」

ヤオとトゥもやってきた。こいつら、そんなに甘食を食べたいのか。そうか、こんな世界だもんな。きっと甘いもんなんてそう口にできないんだな。うんうん、たんとお食べ。そう思い、今度は別の甘い物を出そうとした。べっこう飴だった。なんで渋いもんしか出てこねぇんだよ!!でもチュチュたちが喜んでいるみたいだし結果オーライ。

「ちょっとエイス、なにやってんのよ!?」

「ん?ああ、ハイディも食うか?」

「食うか?じゃないわよ!!ちょっとこっち来なさい!!」

血相変えてこっちに来たかと思ったら、人目の付かないところに連れ込まれた。やだ、私これからどうなっちゃうの///

「あんな人目に付く場所で魔法を使うなんて何考えているの!?」

「アカンかった?」

「アカンわよ!!言ったでしょ、魔法使いは嫌われているのよ!?アナタが魔法使いだってバレたらどうするのよ!?」

また小声で叫ぶなんて器用な事を。それにしてもそうだった、この世界では魔法使いは基本的に嫌われているのだった。あれが魔法だって気が付く人間がどれだけいるか分からないが、確かに迂闊な行為だったな。

「それに正体不明の魔法使いが街に現れたなんて知られたら、他の街からの侵攻だって思われちゃうわ」

「ふむ、その手があったか」

「ちょっと、何考えているの?」

「まぁ、それは置いておいてだ。ハイディ、教会の財政についてどう思う?」

「置いておかないでよ。え?財政?急にどうしたの?」

「とりあえず腹いっぱい飯を食べたいと思わないか?」

強引な話題展開。ふふふ、これで少しは異世界転生主人公っぽいことができそうだな。


「商売でお金を稼ぐって言ってたけどうするのよ?」

「俺の魔法で作った物を売れば元手タダで金が入るだろ?完璧じゃないか」

「だから、それだとアナタが魔法使いってことがバレちゃうわよ」

「バレなきゃ良いんだろ?任せな」

そう、バレなきゃ問題ない、バレなきゃね。

さて、ここに取り出したるは小麦粉・バター・卵・牛乳・砂糖etc.ここまで揃えば分かるよね、そう――

「あら、ケーキを作るの?」

「そうケーキってえええぇぇぇぇぇええぇええ!?」

「な、何よ急に大声出して!?」

え?嘘?ケーキ知ってるの!?なんで!?

「なんで知らないと思ったのよ……」

「いやだって普通知らない体で話が進んで、そこをマウント取ってドヤっていくのが話の流れってものじゃ?」

「たまにあなたが何を言っているのか分からなくなるわ……」

ちょっと待て、俺はどうすればこの世界で知識マウント取れるんだよ!?アレやってみたかったのに……

待て待て、考えろ。既存の物を売ったところで大して金にならない。なら、売っていない物且つ、俺が魔法で作れそうなものを考えなくちゃいけない。よし、そのためにも、

「屋台とか見に行こうぜ、ハイディ」

「掃除が終わってからね」

「アッハイ」

真面目だな、委員長体質かね。眼鏡も無ければ三つ編みでもないけど。心の中だけでも委員長と呼ぶことにしよう。

「またなにか変な事考えているでしょ」

エスパーかよ。


掃除が終わった時点でもう既に昼時、またもや味の薄いスープとパンを腹に詰め込み、今回はちゃんと許可を取っての外出。ちゃんと手順を踏めば怒られなくて済むんだね。みんなもルールは守ろうね!!

今回は視察ということで店、特に飲食店を中心に見て回ることにする。前回はあるはずのないものを探すのに必死だったからなぁ。ちゃんと見れてないや。

とりあえず大通りに並ぶ店を見て回るが、これといって目新しいものは無かった。と言うか、俺が元の世界で見たことのある様なものばかり売られている。そう言えばもう一つ謎が出てきた。文字が読めるんだよ。そう、昨日も酒場の看板に書いてあった文字を読むことができた。これも言葉が通じている事同様に転生者特権なのかね?実際、読み書き喋れができなかったら意思疎通が難しいもんな。ボディランゲージで会話とかやってられん。

とりあえず通りを2往復くらいしたが、特に良いアイディアが思い浮かばない。マズイぞ、大見得切っておいてこの体たらく、なんのための異世界転生か。と、良く考えたらこの世界には俺以外に108人も転生しているんだよな、童貞達が。そいつら全員が全員元の世界の知識を持ち込んでいたら、そりゃあもう情報が飽和するわな。そこを掻い潜っていかなければいけないんだが、俺にそこまで知識ねぇよ……

「ウィーロの街には始めて来たけど、こんなものなのね」

今まで黙っていたハイディが口を開いたと思えば、中々辛辣な意見が出た。

「こんなって、街ってこんなもんじゃないのか?」

正直、結構賑わっている方だと思ったけど、どうにもそうじゃないようだ。

「そうね、ネイギャはこの数倍ね」

「それはさすがに盛りすぎだろ」

「本当よ、ホント見栄だけは立派だったんだけどね」

見栄だけとはまたキツイ事を。あんまり自分の街に愛着が無いのかね?俺なんて故郷も第二の故郷も同じくらい――あんまり良い思い出が無かった気がする。 

さて、その後も色々歩いて回ったが、やはり良いアイディアは浮かばなかった。なんか大体のものがこっちに来てないか?やってくれるぜ他の転生者め。さすがに歩き疲れたのでどこかの店に入って休みたいところだけど、あいにく懐は寒いまま、茶をしばくこともできない。ああ、昨晩から色々考えていたのに当てが外れたなぁ。寝不足なのか眠い。なにせ体が幼女だから今までのような睡眠ではダメなんだろう。いや、常人の大人でもあの睡眠時間はだめだよな。あそこで車が突っ込んでこなくてもいずれ死んでたわ。

「嗚呼、カフェインが欲しい……コーヒーが飲みたい……」

「なによ、急に?」

「なんか眠くてさ、コーヒー飲んで目を覚まさせたい」

「ねぇ、コーヒーって何?」

「え?」

まさかの所から答えが見つかった。


魔法使いの朝は早い。

日が高くなった頃に、そろそろかと二度寝を終え、のろのろと起き上がる。今日も今日とて相も変わらず平和な街だな。せわしなく働く民衆を見下ろす優越感に浸りながらメイドを呼び、着替えをさせる。こんなこと元の世界ではさせたことは無かったが、これも権力者としての振る舞いのため、致し方なし。

ウィーロの街の魔法使い、“竜召喚士”ゴーシュ・ウェイト。それがこの世界での俺様を表す名前である。うだつが上がらなく、冴えないサラリーマンで、年齢=彼女いない歴だった俺様だったが、この世界に来てからは違う。ドラゴンを召喚するという魔法を童帝とか言うふざけた存在から貰ってからは人生の有り様が一変した。会社の上司には頭を下げ、部下には舐められていたが、今では誰もが俺様を崇め、敬う。一介のサラリーマンだった俺様が、今では一国の主だ。正確には街だが。この街は俺様のもの、誰にも奪わせはしない。この世界に転生する前、童帝に何か頼まれた気がしたが、正直覚えていない。今の俺様はこの街を守る事こそ、使命なのだから。

自室から食堂へ移動し、遅めの朝食を取りながら今日の仕事内容を確認する。仕事――と言っても面倒な雑務は役所に任せてあるし、治安も騎士が担当。有事の時以外にはほとんどやることは無いのだが、そこで本当になにもしないのでは優れた為政者とは言えないだろう。

今月の税収の報告書を眺めているが、その数字は横ばいとなっている。ここ数年大きな変動はない。たまに俺様直々に役所へ進言し、税収増加を目論んでいたが中々上手くいかない。それも仕方がない。元の世界で俺様はサラリーマンであって、政治家ではなかった。かつての制度や、法律を真似てこの街で実行してみても、思った通りの結果が出せない。

「やはりただ真似するだけではダメか……」

聞けば別の街の魔法使いは繁栄に成功しているらしい。しかし、どうやって繁栄させたのかを聞いたりすることなんてありえない。そんなことをすれば、弱みを握られ、上下関係が出来てしまう。いっその事、その街を襲撃するか?それも有りえない。そんなことをすれば、この街も他の魔法使いに狙われてしまいかねない。そんなリスクを背負ってまでして街を繁栄させる必要もない。今のままで十分繁栄はしている。

俺様自信この街の文明のレベルを少しは上げたと自負している。おかげで民衆の生活レベルも向上しているはずだ。今の俺様はそこから少しの分け前を貰って暮らしているに過ぎない。  

だと言うのに、稀に俺様に対して異を唱える者が出てくる。誰のおかげで今の生活が出来ていると思っているのやら。そんなごく少数の住民に俺様の力を見せつける必要がある。そこでドラゴンを使うのは大正解だった。あれは実にわかりやすい。この世界にもドラゴンが存在しており、どうやらモンスターの中でも最上位の一種に数えられるみたいだ。そんなドラゴンを従え、俺様を背に乗せて街を練り歩くのは実に良い宣伝行為だった。初めてやって見せた時の民衆の畏敬の表情と羨望の眼差しは今でも忘れられない。かつての世界では得られなかった快感だ。

うむ、気が乗ってきた。久々に民衆どもへ俺様の威光を浴びせさせてやろう。ははは、そうだな、そうすれば俺様の威光にあやかってより働くようになるかもしれんな。いや、そうに違いない。そうと決まれば支度をせねば。

「今から街に出るぞ、支度をせい!!」

メイドたちに出発の準備をさせるゴーシュ。これが最後の示威行為になることは、まだ誰も知らなかった。


「ゴーシュ様のおとぉぉぉぉぉぉりぃぃぃぃぃぃぃ」

いつも通りドラゴンの背に輿を乗せ、そこから見下ろす景色は素晴らしい。こうやって街を見下ろすことができるのは俺様だけである。

既に住民たちは俺様を前にして平伏している。中には俺様に対して好ましくない感情を抱いている者たちもいる。実際、店や家の中に隠れてやり過ごそうとしているのは知っている。愚かな事だ。やつらがどう足掻こうと、反旗を翻そうとも、この俺様に勝てる者など誰一人としていない。この街の治安を担う騎士たちですら、全軍が束になっても敵うはずもない。

ドラゴンのおかげ?違うな、そのドラゴンを使役しているのは俺様であり、すなわちドラゴンの強さ=俺様の強さである。ドラゴンは良い、強さのバロメーターとして実に分かりやすい。手にする魔法を選ぶとき、俺様は本当に良い選択をしたものだ。はーっはっはっはっは。

つい高笑いをしてしまった。まさか自分がそんな人間になれるとは思わなかったな。人間何が起きるか分からないものだな。

そう思いふけっているとどこからか懐かしい匂いが漂ってきた。ここは街の外れ、いつの間にか大通りを抜けこんな辺鄙の場所までやってきたのか。それにしても、

「懐かしい匂い、だと?」

おかしい。この世界に来たとき、元の世界の食べ物はそれなりにあった。俺様自信、再現をして街に流行らせたものもあった。他所の街の魔法使いが再現し、この街に持ちこませた物もあった。しかし、ここ数年新しく持ちこまれた物は無かったはず。そういった関係の報告は俺様に真っ先に来るようなっているはずだから。

だからおかしい。懐かしさを感じる匂いがあるなんて。既に嗅ぎ慣れたものでなくてはならないはずなのに。

街の外れに教会のシスターたちが店を構えていた。いや、それは店と呼べるほど上等なものではなく、掘立小屋か何かだった。そこでシスターたちが何かを販売している。あれは飲み物か?何人かの住民が列を作っている。俺様のことなどまるで気にしていない様子だ。あり得るか?こっちはドラゴンに跨っているのだぞ?だと言うのに列に並び続けている。俺様に平伏をしようともしない。何という不敬か。もしかして、それを越えてなおの何か持ちこんだのか?それとも偶然何かを発見したのか?それはいけない。宗教が利益を追従するなんてあってはならないことだ。接収しなくてはならない。

店に近づくにつれて、匂いがはっきりとしてきた。これはコーヒー(・・・・)の匂いだ!!バカな、コーヒーだと!?この世界にコーヒーの豆があったのか!?

より近くで感じようとドラゴンから降り、匂いを嗅いだ。間違いない、これはコーヒーだ。かつて散々摂取した芳しきコーヒーの香りだ。何故こんなところに?いや、そんなことはどうでもいい。香りは確かにコーヒーだが、味の方はどうなっている!?

「貴様ら、ゴーシュ様の御前であるぞ!!列を開けよ!!」

俺様の下僕を使い、列を開けさせようとするも、動く気配はない。こいつら、一体何を考えている?ここで俺様の不興を買ってなんの得になるというのだ?

「そこの人、ちゃんと列に並んでくださいね~」

シスターの片方が俺様に向かい注意をしてきた。俺様がいったい誰なのか分かっていないのか?

 「貴様、この方をどなたと心得る!?」

 うむ、言ってやるのだ。

「この街を守護する偉大なる魔法使――」

「ゴーシュでしょ、魔法使いの。でもそんなの関係ない。お客様はお客様。そこに上も下も関係ないよ」

「な!!?」

知っていてのこの狼藉か!?しかも下僕の台詞を遮りよって!!

待て、このシスターもしや何か企んでいるのではないか?そうでなければこんな態度を取るのはおかしい。つまるところ、この客たちももしやサクラか?全ては俺様をハメるための罠だったりするのか?でなければあの態度はおかしい。よもやまさか、まだこの世界に魔法使いに逆らおうとする愚か者がいるとは思わなかった。

しかし、ここで目くじらを立てるようなことはしない。なぜなら俺様は寛大な心を持ち合わせているからだ。いつまでも従者任せではなく、俺様自らが注文をする。そうすることによって、この店に箔がつく。なるほど、このシスターやり手だな。そこまで考えてのことか。一歩間違えれば不敬罪で番屋行きだったが、その心意気に免じて許そう。俺様は寛大なのだ。

「ならば、俺様にそれを1つ寄越すがよい」

「だから列に並べって言ってんでしょうが」

本当にしょっ引いてやろうか。しかし、寛大なところを見せると決めたので、下僕に買いに行かすことにして数分、ようやく例の飲み物を手に入れることができた。マジで待たせたなこいつ等。これで出来の悪いものだったらどうなるか分かっているのか?

香りは確かにコーヒーだ。ああ、懐かしい。どうやらミルクも砂糖も入っていないようで、ブラックのままでの提供のようだ。しかもホットか。このままグイッと口にする――ような愚かな真似はしない。いくらなんでも怪しすぎる。なので下僕に毒見をさせる。当たり前なんだよな。こういったところで生死を左右するのだ。

「ブッ!!ななな、なんですかこれは!?貴様ら!!もしや毒を飲ませたのか!?」

「まさか、そんなわけないでしょう。ほら、他のお客さんも普通に飲んでますよ?それに、ちょっと苦いだけで、別に死ぬってわけじゃないでしょうに」

「いや、しかしこの苦さは――」

まだ何か文句を入れている下僕ではあるが、確かに健康の変化は見られない。遅行性の毒だった場合は確かにどうしようもないが、他の民衆も飲んでいる。その線は薄そうだ。ならば飲んでも安全か、そう思い下僕からカップを奪い中の液体を少し口に含む。

「あ、ゴーシュ様!!」

「―――懐かしい味だ」

ああ、過去の記憶が一気に甦ってきた。これだ、この苦味、酸味、鼻を抜ける香り、淹れ方が少し甘い気がするが、それでも懐かしい。これは間違いなくコーヒーだ。この世界に転生して数年、まさか今になってコーヒーを飲めるなんて思わなかった。

「どうやらお気に召したようで」

余韻に浸っていたらシスターが話しかけてきた。なんと空気の読めないやつだ。

「貴様、これをどこで手に入れた?」

「もしかしてゴーシュ様はこれをどこかで飲んだことが?」

そうか、このシスターたちはコーヒーと知らずにここまでの味を作り上げたのか。これも文明が進んだ結果か、良くやった俺様。

「そうだな、ここではない所でな」

「そうだったのですか。私たちが最初に作り上げたものだと思っていたのですが、残念です」

「いや、これ今はもう失われた味だ。この世界では貴様たちが初めてであろう」

さて、どうする。このまま放っておけば簡単に他の街に技術や材料が流出してしまう。せっかくの金になる木がみすみす失われてしまうのは街の損失だ。ならば俺様が買い取るか?

 色々考えていると、通りの向こうから騎士の一団がやってきた。一体こんな辺鄙になんのよだ?

 「やぁ、今日もコーシーを買いに来たよ」

コーシー?このコーヒーをコーシーと呼んだか?そんな名前で広まっているのか。

「おや、隊長さんいらっしゃい。訓練はいいのですか?」

「こいつを飲まないとやってられなくてな。ははは、隊のみんなも病み付きだよ」

「それはそれは毎度どーも」

既に騎士たちの間に出回っている!?しまった、これは出遅れてしまっているではないか!!

「ん?そちらにいるのは――おお、ゴーシュ様ではないですか。ゴーシュ様も噂を聞いてコーシーを買いに来たのですか?」

「い、いや、俺様は偶然通りかかってだな。時に聞くが、この飲み物は騎士たちの間にも流行っているのか?」

「流行っているも何も、一日一杯はこいつを飲まないと仕事に手が付かない――おっと、今の言葉は忘れてください。ゴーシュ様の前での言葉ではありませんでしたな」

などと笑っている騎士たち。まずい、これは非常にまずい。既にかなり浸透しているようだ。しかし、他の隊の姿を見ないとなるとまだ完全に広まってはいないようだ。よし、機を見るに敏だ。

「シスターたちよ、コーシーに関する権利を俺様に売る気はないか?」

この世界でコーヒー王に、俺様はなる!!


コーシーに関してちゃんと契約を結びたいとのことなので、日を改めて今日を迎えた。この世界の住民、それも教会のシスターがどこまで契約に慣れているのかは分からないが、こっちはかつて数十年もサラリーマンをやっていた。あんな小娘になにかできるはずもないだろう。しかし、わざわざ日を改めたというからには何か仕込んでいるかもしれん。そこは十分に注意すべきだと、頭の片隅入れておくことにする。

「ゴーシュ様、教会の方々が来ました」

「うむ、分かった。部屋に通せ」

「かしこまりました」

すると部屋にやってきたのはコーヒーを売っていたシスター1人と、あの時客として来ていた騎士、それに――もう一人は誰だ?どこかで見たような。

「本日はお招きありがとうございます。何分私1人では契約等に不慣れとなっていますので、勝手ではございますが立会人として騎士のケイナ様、役所の方からはセイゲン様に来てもらっています」

「ほぅ、なるほど、そうきたか」

なるほど、これは好手だな。自分が知らない、分からない事を何とかするために、人を使って補う。急場凌ぎではあるが、中々考えられた手ではある。

が、しかし、そこが思慮の浅さよの。前世で俺様がどれだけ契約書で煮え湯を飲まされたことか。うむ、思い出して俺様ちょっとテンションダウン。

「では、まずは商品を見せてもらおうか」

「はい、こちらがお望みのモノです」

「む、豆ではなく生のままなのか」

「ええ、こちらが私どもの提供できる商品となります」

生の状態は初めて見たがこんな色をしているのか。それにしても生の状態で採取できるということは原木が存在するのではないのか。これはすごい発見だ。原木さえこちらで抑えられれば、完全に俺様の独占状態となるぞ!!

「これをどこで見つけたのだ?」

「そちらは私どもの教会の子どもが発見した次第です」

「ほっほーう、つまりこの街の近くで見つけた、というわけだな?」

「左様にございます」

素晴らしい、パーフェクトだ。なぜ今まで見つからなかったのか不思議なくらいだ。

「うむ、結構っ結構、では早速だが契約といこうか」

「お待ちください、ゴーシュ様、私どもの要求をまだ伝えておりません」

要求?ああ、そういえばそうだったな。すっかり先走ってしまった。

「して、貴様たちは何を望む?いくら欲しいのだ?」

「ええ、実はあれから教会のものと相談しまして、具体的な金銭を要求するのは神の教えに反するのではないかと考えたのです」

「ほう、では金銭以外で何を望む?」

「はい、私たちとしましては教会での生活の質の向上を望みます」

「むむ、そうきたか」

即物的な金銭ではなく、恒常的な援助を要求するか。しかし、甘い。こんな曖昧な要求ではいくらでも揚げ足を取られてしまう。どの程度の恒常か、具体的でないといくらでも付け込める隙がある。

「こちらがその契約書となります」

一瞥する。要約すると


一.ゴーシュ様(以下甲)は教会(以下乙)よりコーシーの原料を全て渡す

二.原料は乙の方で採取し、それを甲へと献上する

三.甲は乙の生活の質を向上すべく、処置をとる


となっている。

やはり、契約書内には具体的な数値が入っていない。所詮はこの程度。いくら騎士と役人が一緒になったところで、この世界の住人ではここが限界なのだろう。これを文明の停滞と言うかもしれないが、こいつらが知る必要はないことだ。俺様だけが知っていればいい。世の中には知らなくていいことが山ほどある。

「よかろう、では契約のサインをしようではないか」

「ありがとうございます」

これでコーヒーの販売事業を独占できる!!勝ったな、ガハハ。

待てよ。何か、そう何かがおかしい。これは直感ではあるが……あまりに話がうまくいきすぎている。そして、拭えない違和感はなんだ?この感覚、俺様はかつて何度か感じたことがある。あれは確か、部下がやらかしたことを俺様に捲られたり、上司のミスを俺様にそのままなすりつけたり。そうだ、嵌められているんだ!!内容が甘い契約書でこっちの気を良くさせておいて、その実こっちを貶めいれようとしているに違いない!!

サインをする前にもう一度契約書を確認する。そうだ、あのシスターがこの原料を持ってきたとき何と言った?お望みの物?

「再度確認するが、今回の取引はコーシーのやり取りでいいのだな?」

「そうですが、何か問題が?」

「貴様が持ってきたコレがコーシーの原料ということでいいんだよな?」

「はい、そうです」

「では、教会の子どもが見つけたモノも、コーシーの原料で合っているのか?」

「はい、その通りです」

よしよし、これで言質を取った。後は、この契約に強制力を持たせるとするか。

「いや、再度確認をしたかったのだ。今回の契約、魔術による誓約を結ばせてもらうぞ?」

「はい、かまいません」

魔術による誓約。これによって結ばれた契約を反故された場合、度合いによる罰が与えられ、最悪死に至るという魔術の一種。

すんなりと契約に応じたということは、こちらの考えすぎなのかもしれなかったが、念には念を入れてだ。用心にこしたことはない。俺様のサインとシスターのサインを書き入れ、契約はなされた。

「では、これで契約成立だな」

「はい、ありがとうございます。それでは私はこれから役所に行きますので、これにて失礼いたします。あ、コレの献上につきましては後日打ち合わせをいたしましょう」

ふふふ、これでコーヒー事業は俺様の物。ウィーロの街をより栄えさせるための一歩だ!!未来への乾杯のために、まず俺様が最初の一杯を――待て、どうやって淹れるのだ?

そうだ、さっきの契約!!あの中身は原料のやり取りしか記載されていない!!コーヒーを入れるための機材が書かれていないではないか!!

「待て、そこのシスター!!コーヒーを淹れるための道具も俺様に寄越すんだ!!」

「え?嫌ですけど?そこまで契約に含まれてなかったですよね?」

「貴様ぁ!!」

やはり謀っていたか、この女!!それにしてもなんだ、この拭えない違和感は……そうだ、これはあの時に似ている。そうだ、滅茶苦茶な条件の契約を結ばされそうになった時だ!!

「契約通り私たちはコーシーの原料の提供はいたしましょう、コーシーの原料をね。ミルとかポットとかフィルターはご自分で確保してくださいよ。そんなものがあったところで、こいつからコーヒーが作れるとは限らないけどな」

「ぐぬぬぬぬぬ」

「ま、こっちはこっちでコーヒーの販売は続けてみようかな~。思ったより評判になったし」

「バカめ!!コーシーの原料は全て俺様に献上するという契約――コーヒーだと!?」

「名前マジ失敗だったかな、コーシーとコーヒーじゃ言い間違いみたいだしさ。ま、でもおかげで話が上手く進んだもんだ」

「コーヒーだと!?貴様いったい何者だ!?」

そうだ!!そもそもがおかしかったのだ!!あんな豆を乾燥させ、ミルで挽き、フィルターを通して淹れる、そんな知識をこの世界の住人がもっているはずがない!!いるとするならそれは――


「通りすがりの魔法少女だよ、覚えておく必要はないかもな」


転生者。そもそも、俺様がそうだったように、他にいてもおかしくはない。問題なのは、俺様たちが把握していない魔法使いがこの世界に来ていたという事実だ!!



話はハイディがコーヒーを知らなかったことが発覚した時まで遡る。


「もしかしなくても、こっちの世界にはコーヒーがきていないのか?」

「だから、なんなのよ、そのコーヒーって?」

「えーっと、なんか真っ黒で苦い飲み物?」

「なにそれ、泥か何かなの?」

「まぁ、近からず遠からず?」

「そんなもの飲んじゃダメでしょ!!」

「いや、ちゃんとした飲み物なんだよ!!」

未知の人間にとってはそうなるんだろうか。あれ?でも喫茶店のメニューに紅茶はあったっぽいんだよなぁ。あれは茶葉を発酵させて作るんだっけか。となると、コーヒー豆が無いのか。あれって確か熱帯地方とかでしか取れないんだったかな。さもありなん、無いのも頷ける。てことは、もしかして売れる?これやな、俺はこれでマウントを取っていくんや!!コーヒー王に俺はなる!!

コーヒーを実際に売ろうとするにはまず、豆が必要だ。しかし、近所ではまず取れないだろう。そこで俺の魔法だよ。魔法を使えばちょちょいのちょい、あーら不思議、どこからともなく大量のコーヒー豆ががが――豆出過ぎぃ!!

「ちょっと!!どれだけ出すのよ!?」

「テヘ☆」

「無駄に可愛いのがむかつくわね!?」

なんで豆が出てきたのか分からないけど、こいつでコーヒーを淹れよう!!他に道具なにがいるんだっけか?


「と言う訳で、コーヒーが入ったので飲んでくれ」

「なにが、と言う訳なのよ……え?この泥みたいなの飲めるの?」

「飲めるよ!!ほら――苦っ!?」

「飲めてないじゃない」

あれぇ?こんなに苦かったか?もしかして、体が子どもになっているから舌も子どもになっている!?なんてこったい、折角コーヒーを淹れたってのに自分で飲めないなんて!!あ、砂糖入れよ。うん飲める。

「ほら、飲めるっしょ?」

「そこまでして飲まなきゃいけないの?」

「いや、まぁ、そうなんだけど……」

確かに、ここまでして飲むものなのか?と言いつつ、コーヒーを口に運ぶ。うん、ブラックはダメでもこれはこれで中々。やっぱりあれだな、体は変わっても魂は変わらないな。魂がコーヒー、いやカフェインを求めている。うむ、美味い。

「うわぁ、泥を飲んでる」

「だから、泥じゃねぇし。騙されたと思って飲んでみろよ」

「分かったわよ、飲んでみるわよ――苦っ!?」

「あ、そっちに砂糖入れてなかったわ」

「エイス!!」

ははは、ついうっかり。とりあえず、砂糖とついでに牛乳を入れて飲ませてみせたら気に入ったようだ。舌に合ってなにより。

その後、教会にいる他のシスターにも振る舞ってみたが、そちらでも好評価を得た。よしよし、これでこの世界でもいけるな。

「ねぇ、エイス、あなた何を企んでいるの?」

「企むなんて人聞きの悪い。ちょっと、この街の魔法使いに喧嘩を売ろうと思ってさ」

「あなたねぇ……はぁ、それで?そのコーヒー?をどう使うのよ?と言うか、あなたならそのまま館に乗り込んでいきそうなんだけど」

「ははは、人をそんな脳筋みたいな」

「違うの?」

どこを見てそう思ったんだよ……俺なんて脳筋からほど遠いインテリキャラなのに。

「ちょっとね、魔法使いの認識を変えようと思ってさ。後はまぁ、この街への恩返し?」

胡散臭い人間を見る目をされたよ。チクショウ。


次の日。教会での活動資金を稼ぐという名目をリューコさんから得て、今は街中。いやぁ、あの説得は大変だった。ここで詳しく説明すると話は長くはなるので割愛させてもらうけど。あれを文字に起こしたら大変だよ。小説一冊分はゆうに完成するね。説明しないけど。

 さて、コーヒーの販売の許可を得たわけだが、ただ教会でボーっとしているだけでは売れるはずがない。なにせ今までに無かったものを売るのだから。しかし、教会で内職した物を卸す店に持っていくだけでも、恐らく売れるまで時間がかかるだろう。

 インフルエンサーが必要だ。だが、この世界にSNSは存在しない。ならばどうするか。金が掛からない簡単な方法が1つある。それを実行するために目当ての場所に向かっているわけだが――なんかハイディさんの機嫌が宜しくないのはなぜだろう。

「あのー、ハイディさん?どうかしましたか?」

「……眠いのよ」

「おやおや、夜更かしか?美容と健康に良くないぞ?」

「エイスのせいよ!!」

俺?俺のせい?なんかしたか?確かにリョーコさんの説得の時、ハイディにちょっと口添えしてもらったけど……

「眠れなかったのよ、なぜか目が冴えて。絶対あの飲み物のせいだわ」

「――ああ、そういうこと。今まで飲んだことなかったらそりゃそうなるか」

「知ってて飲ませたの!?」

まぁ、カフェインだし。というか、今回その効力が一番欲しかった。よしよし、この世界の住民にもカフェインは効果あるんだな。これはいける。

「それで、どこに向かっているのよ?」

「騎士の詰所だよ」

「なんでそんな所に?喫茶店とかに売るんじゃないの?」

「その下準備だよ」

「下準備?」

そう、下準備。流行は起きるものじゃなくて起こすものなんだよ。


詰所近辺まで来て重大なことに気が付いた。俺、あの騎士たちの名前知らねぇ!!終わった、俺の目論見がご破算になった。やっちまいましたなぁこれは。どうしようか頭を抱え込んでいると、

「あれ、この前の隊長さんじゃないかしら?」

「え?あ、そうだ!!あの人たちだ!!よっし、神は俺を見放さなかった!!」

これはラッキーな展開!!ご都合でもなんでもいい、この好機を逃せない!!

「おや、この前の少女たちじゃないか。元気そうで何よりだよ」

「その節はどうもありがとうございました」

「実はおっちゃんたちにお願いが――げふぅ!!」

隊長さんたちから見えない動作での肘打ち、これで2回目か……言葉遣い、言葉遣い。よし、営業モードだ!!

「ははは、君たちからしたら私もそんな歳かもしれないね。だけどできればケイナと呼んでもらいたいな」

いい人じゃないの、この騎士さん。隊長の名前はケイナか、よし覚えておこう。今後何があるかわからんからな。

「ところで、君たちはどうしてここに?」

「実はケイナさんにお願いがあって」

「お願い?なんだろう?私でよければ力になるが」

「本当ですか?実はこれ、今度教会から売ろうと思っているんですけど、感想が欲しくて」

「感想?」

と言って、コーヒーを差し出す。今回は時間が経っていることを前提にしているのでアイスでの提供。ポットからカップに注ぐ黒い液体を見て、隊員たちの間に動揺が広がる。うーん、やっぱりそうなるか。

「これは――飲み物なのか?」

「ええ、そうですよ。ほら」

と、グイッと飲み干す。うん、美味い。すると周りからどよめきが広がった。

「飲んでも大丈夫な物なんだね?」

「ええ、見ての通りです」

「分かった、飲んでみよう」

ケイヤさんも倣ってか、一気に飲み干した。

「……甘い、そして何と言うか不思議な味がするな」

「本当ですか、隊長!?」

「ああ、お前たちも飲んでみるといい」

「それじゃ、いただきます」

そう、今回はいきなりブラックは厳しいかと思ってガムシロップだけ入れてある。

「これは……何と言いますか……」

「正直に言ってくれて構いませんよ?」

「うむ……なんとも不思議な味だな。甘いような苦いような……しかし……うむ」

なんとも歯切れの悪い感想だ。初めての味なのだろう、さもありなん。まずはこの辺で終わりにしておく。今日は、な。

「もしよかったら、また明日同じ時間に来ますので、その時はお願いしますね」

「」

詰所からの帰り道、不安そうなハイディが問いかけてきた。

「あまりいい反応じゃなかったけど、大丈夫なの?」

「もちろん、一番怖かったのは手を付けられない事だったしな。飲んでくれただけでも御の字よ」

「だと良いんだけど。エイスってたまによくわからない言葉遣うわね」

なんでだろうな、人と話すことがあまり無かったからかもしれない。

「そういえば、ちゃんとあんな風に話せるのね。普段は男の子っぽい喋り方なのに」

「ん?嗚呼、あれは営業モードだな。転職する前は営業だったから、物を売るってなるとあんな話し方になるんだよ」

「営業?転職?」

「なんでもない、こっちの話」

「ふぅん」

説明しても分からないだろうしな。あんまりハイディの前では前世の話はしないでおこう。と言っても、これからの商売に関してはそうもいかない部分もあるけど、そこは臨機応変に。


次の日、教会の掃除を終わらせてまたもや詰所にやってきた俺たち。するとケイヤさんの隊の騎士たちが待ち構えていた。これはもしや、早速効果が出てきたか?

「やぁ、君たち待っていたよ」

なにやらソワソワしている。ふふふ、我慢できないようだな、この褐色の飲み物が。

「おや、昨日はあまりいい反応ではなかったようですが……お気に召していましたか?」

「いや、実はだね。あれを飲んだ後、すごく気持ちが安らいでね。その後の訓練が大変捗ったのだよ」

「それだけじゃなくて、夜の哨戒勤務が全然苦じゃ無くなったんだよ。いつもなら眠くて仕方なかったのにさ」

「俺はそれを飲んだら彼女ができたぜ!!」

完璧だ。コーヒーの効能がばっちり出ているじゃないか。3人目は知らん。

「そうでしょうそうでしょう、それこそがこのコーヒーを飲んでの効果です!!」

「「「おお~」」」

「と言うわけで、今日もいかがでしょう?」

「「「いただこう!!」」」

「すまないが、ちょっと待ってほしい」

「「「隊長!?」」」

ケイヤさんが神妙な顔をして部下たちを制止した。なにか気になることがあるのか?

「この飲み物の効果は良くわかった、実に素晴らしいものだと。そして、また飲みたくなっている自分がいるのも確かではあるのだが……これは大丈夫なのか?その、何というか、言ってはなんだが中毒とかそういう類いの物は」

「どんな食べ物飲み物でも大量に摂取しすぎれば毒となります。ですので、適量ならば安全ですよ」

「適量――と言うと?」

「そうですね、このコップのサイズで1日に3~4杯ですね」

「ほほう、それならば安全かな」

カフェイン中毒は確かに危険だが、多量に摂取させなければ問題ないだろう。こんなところでケチがついて販売中止になんてさせないぞ!!

「ちなみにこちら、温めて飲むとまた別の美味しさがありますよ?」

「む、そんな飲み方もあるのか!?」

「ただ、ここまで持ってくるのに冷めてしまうんですよね……」

道具持って来ればそんなことはないんだけど、もちろん言う訳もない。

「なるほど、なら我々が直接そちらに向かえば温かい物も飲めるのかね?」

「そんな、騎士様たちにわざわざご足労を願おうなんて」

「いや、こちらとしてもそうしたいのだよ」

よしよし、話がいい方向に向かっているぞ。

「実を言うとだね、他の隊にこの状況をあまり見られたくないのだよ」

「ケイヤさんも悪い人ですねぇ~」

「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでくれよ」

独占したいのか、自分たちが飲めなくなるのが嫌なのか、他の隊にコーヒーの存在をあまり知られたくないのか。

「大丈夫ですよ、ケイヤさんたちの分はちゃんと残しておきますって」

「いや、そこまでしてもらわなくても――」

「何言ってんですか、隊長!!コーシーが飲めなくなってもいいんですか!?」

「そうですよ!!隊長が一番コーシーを心待ちにしていたじゃないですか!!」

「おい!!何を言って――」

随分と仲の良い部隊なんだなぁ。あの後談笑し、結局教会付近で販売をすることで話が付いた。出店の許可とかの話もしたが、教会自体が内職して作った物を販売しているので登録があるようだ。

これで騎士たちへのコーヒーの普及が済んだ。

「ねぇ、ケイヤさんの部隊だけで良いの?」

「大丈夫だよ、ほっといてもいづれ全部隊に広まるさ」

「本当に?」

「ホントホント、そのためにも次の手を打つんだよ」

そう、俺の策略第二弾だ。

そういえば、あの騎士たち、“コーヒー”のこと“コーシー”って言ってたな。どこでどう間違って伝わったんだろうか。


次は街の住民への流行をさせる。そのためにも本当は街中で販売をしたいところなのだが、店を構える資金もないので断念。喫茶店等に卸すのも有りなのだが、生憎そっち方面にコネがない。なんせこっちの世界にきたばっかりだしな!!教会いの内職の物を卸している店経由で探すか、といろいろ考えているうちに教会まで到着。すると、シスターたちが待ち構えていた。

「あ、やっと二人が帰ってきたよ!!」

なんだよ、今日は特にやらかしてないはずだぞ!?ハイディと顔を合わせてみると、目が『あなた、なにかやったでしょ?』と訴えてきた。この子、マジで器用だな。

「エイス、執務室に向かいな。お客さんだよ」

「客?俺に?」

俺を訪ねてくる人なんているか?そもそも、こっちの世界に知り合いなんて数えるくらいしかいないのに。

言われるがまま執務室に入ると、そこにはリョーコさんと、知らないオッサンオバサン達が何人も。誰だこいつ等。

「ああ、エイス、ハイディ、おかえり。帰ってきて急で済まないね。こちらは街で飲食店を経営している方達だよ」

「はぁ、初めまして?」

飲食店経営者がなんだ?もしかして、もうコーヒーのことをどこからか聞きつけてきたか?

「あなたが、この飲み物を見つけてきたのですか!?是非俺にこれがなんなのか教えてくれ!!」

 「いや、アタシに教えておくれ!!」

 この飲み物?って、コーヒー!?なんでここにあるんだ!?

「実は、イベントの打ち合わせをしている時に誰かがあなた達が作っていた飲み物を温めたのよ。そうすると、ほら、これとても香りが立つでしょう?それで興味を持たれたのでお出ししたの。そうしたら、『これを作ったのは誰だー!?』ってなったのよ」

「そうなんです!!こんな不思議な飲み物、飲んだことがない!!」

「是非ウチの商品と合わせてみたいのよ!!」

「だから私どもにこれがなんなのか教えていただきたいんです!!」

「なんならウチと魔術契約を!!」

なんという好都合。良すぎる?そんなん知らん分からん。

「成程成程、そでしたか……で、皆さんいくらまで出せます?」

スパーンっと俺の頭からいい音がした。え、なんなの?この世界の女は目にも止まらない速度でしばいたり肘打ちしたりできるの?俺じゃなきゃ(ry

「ゴホン、ええ、そうですね。俺たちは神に仕える身。金銭は頂けませんね」

「だったら、これがなんなのか教えてくれたらそれでいいんだが」

教えたところでなー、俺の魔法だって言ったらダメだしなー。ここで魔法使いってバレたら今後に影響しちゃう。

「そうですね、金銭は頂けませんが、寄付という形なら、我々としても受け取るのも吝かではないですが」

「むむむ、寄付か……」

なんでそこで渋るんだよ。もしかして、タダで手に入ると思ったのか?残念!!そうは問屋が卸さないんだよ!!俺の方は原価タダだけどね。

「実は、この飲み物を教会から販売しようと思っているんですよ。もちろんお代は寄付と言うかたちでね!!ですので、これが何なのかは言えません」

「うむむ、それなら仕方がないか……」

 「教会も良い資金源を見つけたものだ」

「その販売には量の制限が――」

「もちろん、一回の購入に制限かけますよ。できるだけ多くの人たちに飲んでもらいたいと思っているので。ですので、独占とかは止めてくださいね?怪しいことをしたら、売りませんよ?」

「「「ぐぬぬ」」」

独占する気だったのか、これだから転売厨は。転売厨か知らんけど。ぶっちゃけ量は無尽蔵に出せるけど、そんなことをすれば価値が崩れてしまう。こういうのは小出しにするんだよ。とりあえず、今日の分としてボトルで3本ほど渡し、代わりに幾ばくかの寄付を貰い、話し合いは終了となった。なんかイベントの話があったらしいが、そっちは俺には関係ないので退室。

今日わざわざお土産としてコーヒーを持たせたんだ、ちゃんと広めてくれよな。ぐへへ。

「エイス、女の子がしちゃいけない顔しているわよ」

「ハイディ、待ってたのか」

話が上手くいきすぎてつい気が緩んでしまった。それにしてもずっと部屋の外で待っていたのだろう。

「街のオッサンたちがコーヒーを売ってくれってさ」

「本当にあんなのが売れるのね」

「あんなのって……ハイディも美味いって言ってましたやん」

「あれはミルクと砂糖を入れたからよ。それって結局ミルクと砂糖で売ってるようなもんじゃないの?」

「いずれ何も入れないで飲むのが主流になるさ」

「あの苦いのに?」

結局ブラックに行き着くんだよなぁ、胃にはあまりよくないけど。

そういえば、オッサンの1人が知らん単語を言ってたけど、ハイディは知ってるかな?

「なぁハイディ、『魔術契約』ってなんだ?」

「『魔術契約』?そんなものまで持ち出してきたなんて、本気なのね」

どゆこと?

「『魔術契約』は言葉の通り、魔術によって契約を結ぶことよ。専用のマジックアイテムを用いるのが特徴で、契約を破ると程度によって酷い罰を受けることになるわ」

「罰て」

「軽い罰だとちょっと不運になったり怪我したりだけど、最悪死ぬわよ」

「マジかよ」

「そこまでいくのはよっぽどだけどね」

そこまで本気だったということか。いやいや、こっちにも影響及ぶとかそんな契約結びたくねぇよ。

しかし、マジックアイテムねぇ、そんなものまであるのか。そんなところだけ異世界っぽいんだよな。

今日の寄付のおかげで、晩御飯がいつもよりちょっと豪勢になった。


日付変わって次の日、教会の近くでコーヒーの販売を始めた。と言っても、机と募金箱、あとはコーヒーが入ったポットとカップ、そして隣にはハイディ。正直、俺だけで大丈夫なのだが、本人の意思により一緒に販売することに。

コーヒーは事前に温めてあり、付近には香りが漂っている。これで集客は完璧――が、ダメ。来た客は昨日の飲食店のオッサンたちとケイヤさんたちだけで、新規の客はまるでいない。教会への寄付の額に関しては、みんなの良心に任せてあるのでこちらから特に言うことはない。そうしないとリューコさんたちに怒られかねん。

「ねぇ、この商売大丈夫なの?」

ハイディが不安そうに聞いてきた。まぁ、そうなるわな。

「大丈夫だって、まだ初日だぜ?これからよこれから」

「ホントに……?」

信用がないなぁ。今までが今までだししゃーないか。


そのうち客が付くだろうと高を括っていたが、ハイディの不安は的中。3日連続で新規顧客は増えなかった。

「なんでや」

「最初の余裕はどこにいったのよ」

おかしい、こんなはずでは……

「相変わらず買いに来るのはケイヤさんと飲食店関係の人たちね」

「おかしいな、ちゃんとステマしてくれているのか?」

「ステマ?」

「口コミで広まると思ったが、甘かったか……」

「エイスの言ってた下準備も無駄だったのかしらね」

 「いや、そんはずはないなんだが」

そうだ、下準備としてケイヤたち騎士と飲食店への普及は済ませてある。後、なにか一押しがあればいいんだが――

「ハイディ」

 「なに?」

「ハイディに魔法を使うのと、街の住民に魔法を使う、どっちがいい?」

「何をする気よ!?」


あれから数日後、教会付近に人だかりができている。みんなの目当てはそう、教会で販売しているコーヒーだ。

街の住民を巻き込むくらいなら自分に魔法を使えと、献身の鑑とも言えるハイディ。そして、元凶であるエイスがそこにいるはずなのだが、姿が見えない。それもそのはず彼女たちの姿を魔法で変え、大人の女性となっているのだ。

テコ入れである。実に卑怯な手段ではあるが、これのおかげなのか、もしくは地道な下準備がようやく実ったのか、それは今となっては分からないが、行列ができるようになったのだ。

「見たか、ハイディ!!これが俺の策よ!!」

「分かったから手を動かしなさい!!」

すっかり看板娘となった2人。おかげで寄付金もだいぶ集まり、教会での生活が潤ってきたのだ。

本日の販売を終え、翌日の仕込みをしている中、ハイディが聞いてきた。

「ねぇ、エイス。そういえばあの話はどうなったの?」

「あの話?」

「魔法使いに喧嘩を売るとかどうとか言ってたじゃない。もう止めたの?それならそれで良いんだけど」

「まさか、さすがに忘れねぇよ」

嘘である。商売が楽しくて若干忘れかけていた。危ねぇ危ねぇ。なんのためにこんな回りくどいことをやってきたと思ってんだよ。ただ、今が待ちの時期だからつい、ね。

「私は忘れてて良いと思うわ。その、エイスとお店やるのって楽しいし」

ハイディさんがデレた!?

「このままずっと続けばいいのに」

「そう、だな」

そう、少し寂しそうな表情をするハイディ。ああ、気づいているんだな。今の状況がいつまでも続かないことを。そしてその原因も。

だけど安心しな、ハイディ。お前のその不安は俺が取り除くさ。そのためにこの世界に俺はやってきたんだから。理由は後付けだけど。

前回のバカ殿の行列からそれなりの日が経っている。そうでなくても街にはコーヒーの話が広まっている。それがゴーシュの耳に入りさえすれば、後はこっちのもんよ。決戦の時は近い。


今日も今日とて店頭でコーヒーを売る俺たち。しかし、今日は何かが違った。いや行列はいつも通りあるんだよ?場の空気が明確に変わったのは昼前頃だった。

ドシン、っと遠くから響く音が聞こえた。ようやく引きこもりのニートが部屋から出てきたか。既に手は打ってある。後はそれがどう作用するかだ。

「ねぇ、エイス、今の振動って……」

「ああ、ようやくだな」

「どうしよう?大丈夫かしら?」

「あいつがこの店に来たら任せな。俺が何とかするさ」

「それが不安なんだけど……」

信用無いなぁ、相変わらず。まぁまだ実績を作ってないからなんとも言えないのが悲しいかな。

その後、惹かれるようにこの店にゴーシュがやってきて、コーシーを買い取る権利を売れという話まできた。ククク、ここまで思った通りに事が進んでありがたい話だよ。しかし、この場では契約ができないとか適当に言葉を濁して、明日会う約束を取り付けた。場所はゴーシュの館。

この約束が欲しかった。ゴーシュとタイマンで会える機会をずっと作りたかったんだ。それにしてもなんであのバカまでコーヒーをコーシーって言うんだ?

待てよ、この言い間違い、もしかして使えないか?そうだ、イケる、イケるぞこれは!!イケなかったらそれはそれで良し!!後は、契約書を作らなきゃなんだけど……

「なぁ、ハイディって字書けたりしない?」

「書けるけど、この期に及んで何する気よ?」

「アイツをハメてやろうかと思って」

「また悪い顔してるわね、それでなんて書けばいいの?」

さっすがハイディさん、頼めばなんでもやってくれるな!!言ったら怒られそうだけど。どうやら小児教育が行き渡っているみたいで、実のところ、この世界の住民の識字率は高いようだ。こういう所はちゃんとしてるんだよなぁ。残念ながら俺はこの世界の文字を書けないけど。全然わからん。読めはするんだけどね。なんでだろうね。

「なんだか悪いことをしている感じなんだけど」

「あながち間違いじゃないわな」

「ちょっと、私に何させようとしているのよ!?」

「ダイジョーブダイジョーブ、ハイディに被害はいかないようにするからさ」

「それは別にいいんだけど……」

とブツクサ言いながらも契約書を完成させるハイディ、やはりできる女は違うな。

さて、こいつを持って明日は決戦だ。大丈夫、脳内シミュレーションは済んである。悪い方に転がれば、きっとこの教会にも被害が及ぶだろう。それだけは絶対に阻止しなくちゃいけない。まぁ、最悪ごり押しでぶっ飛ばすからそれでいいか。


ふぅ、朝陽が目に染みるぜ。朝から温かいパンとコーヒー、そして具だくさんの野菜のスープ。少し前まででは考えられない食事だ。教会にいる子どもたちの顔色や声色も良くなっている気がする。これらはコーヒーを売っての寄付で得たものだ。そう思うと感慨深いな。

さて、それじゃ決戦と行きますかね。

「なに一人で行こうとしているのよ?」

「ハイディか」

うん、まぁ、来るだろうなぁ。これは予想できていた。そもそもここまで巻き込んでおいて、最後には置いて行く、なんて事をしたらそりゃいい顔しないわな。でも今回だけは本当にダメだ。危険の度合いが違う。

「ハイディ、今回ばかりは俺の言うことを聞いてくれ」

「嫌よ」

にべもない返事が来たが、ここまでは想定済みだ。俺も学習する男なのだよ、体は女だけどね。

「分かっていると思うが、俺は今からあのバカ殿を騙しに行くんだぞ?そこにハイディを巻き込むわけにはいかないんだよ」

「知っているわよ、でも私は絶対にエイスに着いていくからね」

「いや、マジで危ないんだって。下手すりゃあのドラゴンと一戦交えるかもしれないんだぞ?そんなことになったら、俺はハイディを守れるか自信がないんだよ」

「構わないわ、私は自分の身くらい自分で守れるもの」

奴隷商に誘拐されておいてよく言うよ。

「それにエイスは字が書けないでしょう?契約には字を書かなきゃいけないのよ?」

「残念だが、自分の名前くらい書けるよ」

「ぐぬぬ」

昨晩練習したからね、さすがに名前を書けないと不味いかなと思ったわ。判子文化じゃないみたいだし。

「連れて行ってくれなかったら、酷いわよ?」

「また泣くのか?たとえ泣かれたって今回は連れて行かないぞ」

「チュチュたちを呼んでくるわよ」

「それは堪忍してつかぁさい……」

ホンマ勘弁してくれ……あいつらはもっと手強いんだよ……ハイディより小さいから理屈が通じないんだよ。

「分かったよ、分かりましたよ。着いてこいよ……」

「そうこなくちゃね」

「でも、何でそこまでして着いてくるんだよ?教会にいれば安全なのに」

そこは不思議に思った。あの日のことを恩義に感じているのか?もうお礼も言われたし別に感じる必要な無いんだけどな。むしろ、それから色々手助けしてもらったり巻き込んだりでこっちが返さなきゃいけないくらいじゃないか?そう考えると、我侭に付き合うのも有りかな。

「……心配なのよ、エイスが。だって危なっかしいんだもん」

単にこっちの心配をしてのことだった。可愛いこと言ってくれるねぇ。よし、ミッション追加だ。ハイディに傷一つ負わせないように事を終わらせるとするか。

折角着いてきてくれるということなので、ちょっとした手伝いをお願いした。魔法でケイヤに姿を変える事、ゴーシュと契約の話をしている時は声を出さない事、俺の側を離れない事、以上を約束させ、俺自身もシスターに変身しいざゴーシュの館へ!!

館に着く前に、試しにもう1人いるように認識誤認魔法を発動させた。その状態で呼び鈴を鳴らし、ゴーシュに取り次いでもらった。執事らしき人に3人で来たと言っても不審がられなかったので、魔法は成功しているようだ。この魔法、成功しているのか失敗しているのか分かりづらいんだよな。

そして、ゴーシュの部屋に招かれ、ようやくのご対面となった。そこでもいないはずの3人目を適当に紹介しても、特にリアクションが無かった。こっちが魔法の類いを使っているなんて疑いもしないのか、もしくは看破する魔術が存在しないのか。

その後の商談もトントン拍子に進んだ、ハメられようとしていることにも気が付かずにな!!今回の契約は事実誤認を利用している。向こうはコーヒー(・・・・)が欲しい。しかし、俺たちが教会で販売しているのはコーシー(・・・・)ということになっている。だが、俺たちは一言もあれがコーシーとは言っていない。だから、ゴーシュはコーシー(・・・・)を買い取るという契約を結ぼうとしているが、俺たちの商品はあくまでもコーヒーなので、俺たちは好きに契約成立後も好きに商売ができるってこと。ちなみにコーシーの豆と言って出した奴は適当な木の実だったりする。分かりづらい?要はゴーシュはコーシーと言う名の謎の液体を、俺たちはそのままコーヒーを販売できるよ、ってこと。その見返りに教会の生活向上のために施策を取ってもらうけどな。

それにしても、生のコーヒー豆を知らなかったのかね?知ってたらおかしいって思う所なんだけど。興味なかったらそんなもんかな。俺も調べるまでは生なんて見たことなかったし。

と話は進んでいく中、さすがに怪しいと思ったのか、契約内容を再度確認してきた。が、それでもやはり、コーヒーとコーシーの違いに関しては聞いてこない。正直、コレを聞かれたら素直に話す他ないんだが、そこまで考えが至らなかったようだ。そして、魔術契約を結び、契約成立となった。

さて、どうするか。このまま帰る訳にはいかないんだよなぁ。でもまた会う約束取り付けたわけだし、今日はこの契約書を役場に持って行き、早速効力を発揮してもらおうかしら。

そう思って部屋から出ようとしたが、呼び止められた。ようやく騙されたことに気が付いたのね。それにしても、小物臭いこと言ってくれるわ。俺が誰だって?そんなもん決まってるじゃないか――


「通りすがりの魔法少女だよ、覚えておく必要はないかもな」


なんせこれからやられるわけだしな!!


自分にかけていた魔法を解除し、元の姿に戻る。さーて、ようやくバトルものを始められるんじゃないか?

「魔法少女だと!?貴様もあの童帝の差し金か!?」

「遺憾ながらそうなっちゃうな。まったくよぅ、前任者がちゃんとやってくれないからこんなことになるんじゃねぇか。俺は普通に異世界転生の生活を満喫したかったのに」

「それはこっちのセリフだ。俺様の街を、民衆を、生活を脅かす悪魔が!!」

「悪魔でもなんでも構わねぇけどさ。お前さ、なにやったんだ?色んな奴に嫌われすぎだろ」

「何も知らない愚か者が!!この俺様がこの街に君臨しているからこそ、平穏な生活を迎えられているのだ!!そう、全ては俺様と俺様の魔法があってのことだ!!」

「そのご自慢の魔法も、こんな狭い部屋の中じゃうまく使えないんじゃないか?」

そう、これがそもそもの狙いだった。ドラゴンを召喚する魔法と聞き、実際に目にし、やはりこの世界のドラゴンも巨大だということを確認した。だったら、室内ではどうなるか?巨大なドラゴンは召喚できず、小型で戦うことになるだろう。それなら俺の魔法で対処できるだろうよ。

「ま、そもそも俺に目をつけられた時点でお前の負けだよ、ゴーシュ」


バカめ。もう一度言う、バカめ。俺様の魔法は『ドラゴンを召喚する魔法』だぞ?サイズなぞある程度までならいくらでも調整ができるわ!!

それにこの娘もまた失態を犯している。自分の魔法を俺様に知られていることだ。姿を変えたり、下僕の目を欺きこの部屋までやってきた、つまりは認識誤認を起こす幻惑系の魔法。そんな魔法でドラゴンに勝てるはずもない。ならば魔術で挑んでくるんだろうが、

「俺様のドラゴンが魔術如きで倒せるわけがないんだよ!!」

魔法により部屋を自在に動ける程度の中型のドラゴンを召喚した。オーバーキル気味だったが、このゴーシュ容赦はしない。俺様をハメようとした報いを受けねばならない。

「あのふざけた女を喰い殺せぇぇぇぇぇぇ!!」

一直線に魔法少女に向かうドラゴン、数秒後には物を言わぬ骸と化すだろう。

しかし、その少女はどこからともなく杖のようなものを振りかざし、ぽつりと呟いた。

「斬撃(シュナイデン)」

瞬間、杖の先から何かが飛び出し、俺様のドラゴンを真っ二つに切り裂いた。何が起きた?今のは魔術なのか?いや、ありえない。ありえるはずがない!!

「バカな!!中型とはいえドラゴンだぞ!?俺様のドラゴンがたかが魔術でやられるはずがない!!」

「そらそうよ、今のは魔術じゃなくて魔法なんだからな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)」

「それこそありえん!!童帝が魔法使いに寄越した魔法は1人に1つのはずだ!!貴様はさっきまで幻惑かなにかの魔法をつかっていただろう!!あれが魔術だったとでもいうのか!?」

「いや、確かにもらった魔法は1つだけだよ。俺は『魔法少女になる魔法』を貰ったんだからな」

『魔法少女になる魔法』……だと?一体何なんだ、その頭の悪い魔法は!?


「だからさ、俺は過去(・・)・現在(・・)・未来のありとあらゆる魔法少女になることができるんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)」


は?こいつ今なんて言った?ありとあらゆる魔法少女になるだと?そんな、そんなもの――

「チート能力じゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いや、お前も貰ってるじゃねぇか、チート能力」


以下、スィーリアとの会話の回想

「なんでしょうか、聞きたいこととは?」

「魔法少女になるって具体的どういうことなん?」

「ですので、魔法少女ですよ、魔法少女。エイス様の方がよくご存じなのでは?」

「いやそうなのかもしれないけどさ、具体的にはどの魔法少女になれるのかなーって思ってさ」

「全部ですよ」

「は?」

「ですから全部です。過去・現在・未来に存在するもしくはした全ての魔法少女にエイス様はなることができます。というかなっていますね」

「え?何そのチート」

「他の魔法使い様方にも魔法を授けているので問題はないかと思われますが」

「いやいや、問題しかねぇだろ」

「残念ですが、そこは私の管轄外ですので」

「割り切り良すぎだろ、はぁ、とりあえず色々試してみるか」

「エイス様も順応能力高すぎじゃありませんか?」

「誰のせいだよ、誰の」

「ハハハ」

なんて会話があったりなかったり。


そんな理由でコーヒーの豆を出現させたり、姿を変えたり、見た目を騙したり、色々できるのだよ。なぜかお菓子だけ思ったものが出てこないけど。なんでだ。

それからも何匹もドラゴンを召喚するが、その都度魔法でぶち殺している。成程、確かに向こうも向こうでチート能力だわな。あれだけのドラゴンを召喚できるなら、それはそれは脅威にもなるものだ。単に相手が悪かっただけで。

「他の魔法使いが待ちに侵略して来たら相対しなくちゃいけないんだっけか。ま、それでも結果はもう出ているみたいだけど、まだやるか?」

もうこっちの勝ちは見えている。ゴーシュももうドラゴンを出してこようとしない。さて、ここで問題なのが、童帝の手紙にあった『魔法使いをどうにかしてほしい』なんだが、どうにかってどうするんだよ。さすがにコロコロしちゃうのはなぁ、したくねぇなぁ。んー、あ、そうだ、サポートセンターだ。さすがにこれは答えてくれるだろ。早速問い合わせて

「……けるな」

「エイス、ゴーシュがなにかしようとしているわ!!」

「まだ何かする気か!?」

「ふざけるな小娘がぁぁぁぁぁ!!」

ピリピリと肌を刺す感覚、これは魔力ってやつなのか?ゴーシュから溢れているのが感じられる。まさか、何か奥の手でもあるのか?しかし、巨大なドラゴンを召喚しても自分を巻き込んでしまうぞ!!

「来いッ、バハムートォォォォォォォォォォォォッ!!」

そう叫んだ瞬間、空から何かが来る感覚があった。

ヤバい、間に合うか!?

「って言うか、バハムートは魚だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

俺の絶叫と共に世界に炎が満ちた。


まさかバハムートを使わされるとは思わなかった。間違いなくこれまでの刺客の中で最強だった。しかし、あの小娘には驕りがあった。絶対に自分が負けるはずが無いという驕りが。そういうやつほど足元を掬われるのだ。俺様は前世でそれを嫌と言うほど味わってきた。同じ轍は二度踏まない、そう思っていたが、やはり俺様自身にも驕りの部分があったのだろう。沿言う言う意味ではいい勉強になった。館を半壊しただけの価値はあるだろう。

さすがにあの光景を愚民共も見ていたに違いない。今までの刺客は秘密裏に葬ってきたので、他の魔法使いと戦っていたことすら知らないだろう。しかし、今回は派手にやってしまった、バハムートまで出した。これはこれで有効活用しよう。俺様の力の偉大さを魅せしめるとしよう。

しかし、この館で暫く寝食をするのはさすがに御免こうむりたいな。工事を急がせるか。

ふと崩壊した階下を見下ろすと、そこには瓦礫が広がっていた。

「これはメイド達も巻き込んだか?」

少し気の毒に思ったが、仕方ない。魔法使い同士の戦いならこうなってしまうこともある。それを承知で働いていた者もいたはずだ。

ガラリと礫が崩れる音がし、その下から鮮やかな色をした幾何学模様が視界に飛び込んできた。あれはなんだ?あんなもの館には無かったはずだ。だとすれば――

「やってくれたな、ええ、おい。まさか、こんなピンポイントでブレス攻撃ができるとは思わなかったわ」

生きているだと!?あのブレスを直撃しなかったのか!?

「あまり魔法少女をなめるなよ、ゴーシュ」

「バカな!!ドラゴンの、バハムートのブレスに耐えられる魔法少女なんていてたまるか!!」

滅茶苦茶だ!!こんなのが魔法少女であるはずがない!!

「俺はさ、別に構わないんだよ。お前を倒そうとしているわけだし、倒されることもあるだろうよ。でもな、こいつは関係ないんだよ。こいつはこの世界の住人で、魔法使いに守られなくちゃいけない存在なんだよ!!」

「関係無くはないだろ!!貴様のツレでこの俺様を陥れようとした、それだけで万死に値する!!」

なんなんだこいつは!!なぜ俺様が説教をされねばならん!?俺様は魔法使いで、ウィーロの領主なんだぞ!!たかがガキ一匹、どうなろうと俺様の勝手だ!!

再びバハムートにブレスを吐かせる準備を命じる。これで本当に終わらせる!!

「本当にクズだな、お前」

そう言ってなにか呪文のようなものを唱え始めた。それはどこかで聞いたことのある詠唱。

って、待て!!その呪文はまさか――


「黄昏より暗き存在、血の流れより赤き存在」

「待て貴様、その呪文は!!」

誰が待つか。だから言っただろうに、最初からお前の負けだって。

いま唱えている呪文は、ある魔法少女が唱えていた呪文。それは“ドラゴンを殺すための魔法”とも言われていた。

「ふざけるな!!そもそもそれを使ったやつが魔法少女か!?」

魔法少女だよ、失礼なことを言うんじゃない。これもさっき言っただろうに。魔法を使う少女が魔法少女だと(・・・・・・・・・・・・・・)。だからあのドラゴンも跨いで通るあの少女も魔法少女なんだよ。

「待て、分かった!!この街の支配権を半分お前にやろう」

セリフまでドラゴン系か、そこはさすが竜召喚士ゴーシュ。

だが、ダメだ。

「と言うか貴様、何でその詠唱暗記しているんだよ!!」

そりゃするだろ、思春期をあの時代と共に過ごしたら誰だって真似はするし暗記するもんだ。

「クソがぁぁぁぁぁぁ!!バハムートォォォォォォ!!全て焼き尽くせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

ブレスの準備ができたのか、今にも吐き出そうとする。

が、遅い。詠唱はもう終わる。


「全ての愚かなるものに、我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを―竜破斬(ドラグ・スレイブ)―」


光と炎が空で激突し、俺の呪文はその名前の通り、ゴーシュのドラゴンをうち破った。

「俺様の……バハムートが……」

竜破斬が直撃し、ゴーシュのバハムートは跡形もなく消え去る。どうやらあれが最大戦力だったようで、もう反撃をする様子も見せないほど放心している。

「あふん」

とりあえず魔力弾を飛ばして意識を奪うことにした。なんとかゴーシュを無力化することができたな!!でも、これって根本的な解決になってないんだよなぁ。どうにかしろって言われたけど、ここからどうすりゃいいんだよ!!

 するとどこからともなく、この世界ではありえない電子音が耳に届いた。

 なんでスカイプの呼び出し音なんだよ。


 「オッス、呼んだ?」

「距離感!!友達かよ!?」

「まーまー、私とあなたの仲じゃないですか。で、今日はどしたん?」

「この前と対応が違いすぎるだろ……はぁ、まぁいいや。この街の魔法使いを倒したんだけど、これでいいのか?」

「え?なんで戦ってるんですか?ちょっと意味わかんないんですけど」

「分かれよ!!童帝に魔法使いどうにかしろって言われたからやったんだぞ!?」

「あー、それ私の担当外の話ですね」

「またそれかよ……」

なんなの?お役所仕事なの?縦社会なの?横のつながりどうなってんだよ……つか知っとけよ……

「え?あ、はい。ちょっと上司と変わりますね」

「上司いたのかよ……上司?」

「初めまして、ワタシはライミと申します」

おお、すぐ出てきたぞ。これはできるヤツが出てきたな。

「この度は童帝様の雑な手紙のせいでさぞかし混乱されたでしょう、心よりお詫び申し上げます」

「え、あ、うん。そこまで謝ってもらうようなことでは」

「後で怒っておきますので、どうぞご理解ください」

怒られるのか、あの歳で怒られるのってキツイだろうなぁ。

「さて、手紙にありました“どうにかしてほしい”ということですが、簡単に申せばリストにある魔法使いを全て消していただきたいのです」

「やっぱりそうなるのね……」

まじかー、この歳でコロコロしちゃうの?いくら中身が30歳でもそれは無理だわ……

「どうしても殺さなきゃダメ?」

「ダメではありませんよ」

「は?」

え?どゆこと?

「殺してしまえば一番手っ取り早いのですが、抵抗があるのですね」

「さすがにちょっとなぁ、なんかヤダ」

「我侭な方ですね、ならば魔法使いを魔法使いで無くしていただければ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)それで構いません」

「魔法使いで無くなるって、どうやって?」

「お忘れですか?あなた方魔法使いがどうやって魔法を手に入れたのかを」

どうやって?童帝がくれたからだけど……

「あ、もしかして転生の条件か?」

「そうです、あなた方魔法使いは童貞のまま死んでしまったことにより童貞力を手にし、魔法使いとなったのです。そして、その世界でもまた童貞を失えば魔法使いは童貞力を失い、魔法を使うことができなくなってしまいます」

マジかよ、そんなことで魔法を失うのかよ……

「あれ?じゃあなんで俺魔法使えんの?女の子を童貞って言うのはおかしいだろ」

「エイス様は童貞力を持って転生した魔法少女ですので問題はございません」

「マジかよ……お、てことは俺は魔法を失う心配無しじゃね?やったぜ!!」

そうだよ、だって少女じゃ童貞を失うことはできないもんな!!処女は失う可能性はあるけど、魔法の行使には関係なさそうだし。

「そうとは限りませんよ」

「え?なんで?」

「確かに、今の状態では童貞を失うことはあり得ませんが――生やせば失ってしまいますよ?」

あー、そっちかぁ。って、薄い本が厚くなる話は止めろ。

「ですので、くれぐれもお気を付けくださいませ。エイス様はその世界の存亡がかかっていることをお忘れなく」

よし、これからは変身するときは気を付けよう。

とりあえずこれでぶっ殺す必要が無くなったわけで。それでも俺はこれから108人もの魔法使いの童貞を奪わなくちゃいけないのか……俺の体は使わないぞ!!絶対に!!絶対にだ!!

「これでよろしいでしょうか?」

「ああ、やることも分かったし――ただちょっと物足りないかな」

「なにがでしょう?」

「いや、なんでも」

そういってライミとの会話が終わり、世界の時間が動き出した。

言えないよな、スィーリアとの会話の方がなんだかんだで楽しかったなんて。絶対調子に乗るだろ、アイツ。

さて、ここに転がっているゴーシュの童貞を奪う方法を考えなくちゃいけないわけだが、やっぱあれが手っ取り早いかな。

お、調度ハイディが目を覚ました。良かった、怪我はなさそうだ。

「起きたか、ハイディ」

「エイ…ス…?」

「おう、エイスさんだぞ」

「ゴーシュは!?あのおっきいドラゴンは!?」

急に起き上がるなり状況把握をしようとするハイディ、この子やっぱりタフだな。でももう大丈夫だ。俺がぶっ飛ばしたからな。

「そこでのびてるよ」

「うそ、本当に倒しちゃったんだ……」

「実はまだ完全じゃないんだけどさ」

「殺しちゃうの?」

「殺さないさ、その代わりなんだけど――この街に歓楽街ってあったっけ?」

言うや否や、ハイディの右ストレートが飛んできた。腰の入った良いパンチだぜ……あのゴーシュですら俺に直撃を与えられなかったのに、ハイディはいとも簡単にやってのける。もしかしてこの子、俺のラスボスなのかしら?


殴られた後、顔を真っ赤にしながら街の歓楽街を案内するハイディさん。なんで知ってるんですかねぇ?とはさすがに聞けず(聞いたら俺の生命の危機だろう)、店の前までやってきた。ゴーシュの姿のままだとさすがに相手にしてもらえないと思い、魔法をかけ、さらに俺自身も変身し、店員にゴーシュの筆おろしを頼んだ。


数分後、ゴーシュは男になった。


再び、ゴーシュの館に戻り、無理やり目を覚まさせる。

「おら、さっさと起きろ」

「ぐふっ。ん?ここはどこだ?」

「お前の館(半壊)だよ」

「貴様!?よくもまだ俺様の前に姿を現せたものだな!?今度こそ消し去ってやる!!」

「できるもんならやってみな」

「ほざけ!!来い、俺様のドラゴンた……ち?」

ゴーシュがドラゴンを呼ぼうとしても出てこない。成程、童貞を失えば魔法が使えなくなるという話は本当のようだ。

「なぜだ!!なぜドラゴンが召喚できない!!」

「それはお前が男になったからだよ」

「男に……?まさかそんなことで魔法を失うとでもいうのか!?っていうかいつの間に!?」

「さっき気絶している間にお前の初体験は終わったよ」

「なんてことを……せめて意識があるときに失いたかった……」

知らんがな。

「と言う訳で、これでやりたいことはやったし行くわ、じゃあな」

「待て!!貴様こんなことをしてどうするつもりだ!?俺様が魔法を使えなくなったら誰がこの街を守るのだ!?」

それな、どうしよう。確かに考えてなかったわ。うーん、あ、そうだ。

「よし、とりあえずゴーシュはそのまま街の領主ってことにしておこうか」

「なに!?」

「エイス、何を言っているの!?」

「ただし、今までのような暴君みたいな振る舞いは止める事、全うに街を治めるんだ」

「バカが、誰がそんなことを」

「この街を発展させた手腕があるんだからできるだろ」

「む」

そう、街の住民からは確かに嫌われてはいたが、道は舗装されていたり、子どもの教育が行き届いていたり、できている部分はちゃんとできているのだ。税をがめつく徴収さえしなければ、案外名君なんじゃないか?

「これはアンタにしかできないことだ」

「でもエイス、もしまた何かやらかしたら」

「そん時は――俺がもう二度と逆らえないようにするよ」

「チッ、本当にふざけた小娘だよ、貴様は。わかったよ、それで手を打とう。俺様も自分のいのちが惜しい」

「よしよし、魔術契約は―必要ないか。次悪い評判を聞いたら、酷いぞ?」

「何度も言うな。まったく、童帝もとんでもない魔法使いを寄越したものだ」

これにて一件落着かな。街の平穏とゴーシュによる圧制が無くなる、これでもっと良くなるんじゃないかな。

「そういえば、アンタはこの世界に来た時に童帝から何か頼まれていないのか?」

「ん?ああ、そう言えば魔法使いをどうとか言われた気がしたが、もう覚えてないな」

「そっか、んじゃいいや」

もしかして同じこと頼まれていたんじゃないかと思ったが、確認が取れないなら仕方がないな。

さて、それじゃ帰りますか。

「待て、貴様はこれからどうする気だ?」

「どうするって――他の魔法使いをぶっ飛ばしに行こうかと」

「ふん、俺様を都合よく倒せて調子に乗っているようだが、俺様より強い魔法使いはまだまだたくさんいるぞ。貴様がその誰かにやられるのを楽しみにしてやる」

「涙目でそんなこと言うなよ」

ゴーシュより強いヤツがいるって、自分で言うなよ、悲しくなるだろ。

「それじゃ帰るとすっか」

「ええ、そうしましょ」


竜召喚士ゴーシュ―――童貞喪失

残り107人


その日の夜、余りに疲れたのかハイディは床に就くなりすぐに寝入ってしまった。気丈に振る舞っているけど、やっぱり小さな女の子なんだよな。

それにしても今回は実はヤバかった。あのバハムートのブレスをよくあのシールドで防げたものだ。ハイディに怪我が無くて本当に良かった。

やっぱり危険なんだよなぁ。自分の魔法を過信し、こっちはほとんど騙し討ちのように戦ってもあの惨劇だ。館が半壊程度で済んだのが驚きだよ。

ゴーシュの言うように、もっと強い魔法使いと敵対した時に、同じように守れるか確証は無い。

「やっぱりここでお別れだな、ハイディ」

軽く荷物を纏めて、誰も起こさないようそっと教会を立ち去る。

チュチュたちも悲しむかなぁっと思うが、さすがに連れて行くわけにはいかない。ようやく俺の冒険が始まるんだ!!

「一人でどこに行く気なのかしら?」

「げぇ、ハイディ!?」

「知らなかったかしら?私からは逃れられないのよ」

どこの大魔王だよお前は。

「また私を置いて行こうとしたわね、エイス」

「いや、今回はたまたま無事だったわけで、次はどうなるか――」

「それでも私は着いていくって言ってるでしょ、連れて行かないと泣くわよ」

「またそれかよ」

「ここで大声を出せば、みんな出てきてくれるでしょうね」

「てめぇ……」

なんて悪女だ。齢12歳程度でここまで俺を手玉に取るとは……

「分かったよ。但し、約束しろよ。自分の身を最初に守る事、危険な事はしない事、俺の側を離れない事、いいな」

「はいはい」

「本当に分かってんのかよ……」

あの綺麗な月の夜、俺たちは出会い、そしてまた月の下、俺たちは次の街へ向かうのだった。


「ところで、どこに向かってるの?」

「あ、次どこに行こう?」

「あなたねぇ」

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