ものごとが終わるということ
死は終わりではない。
それは思い出が心の中に生き続けるなどと長閑な描写をするポジティブ小説の意味とは全く異なる。
永久に恐怖がループするという意味。死のその後ですら。
そういうことを少女は脳内で思考・描写しながら、自部屋のベッドの下でした音に対して認識せざるを得なかった。
少女が逡巡しながらベッドの下を、左頬をフローリングにつけ、スマホの画像を90°倒したような状態で見やる。
ああ。
見なければよかった。
そこにあったのは、穴。
ブロンドの男の子の、頭髪だけが見えていて、背景は漆黒の、穴。
少女は、さっき動画で観たばかりの死んだ女の子の遺体から脱げたオレンジの靴を漆黒の中の隅の方に見つけた。
少女はもし男の子の髪がかかって見えないその眼が見えてしまったらどうすればよいのだろうと感じながら、その穴を観やっていた。
声が追加される。
’I'll do what you want......’
少女は不意に思い出した。
もっと小さな頃の光景を。
それは、祖母の家で見た、『便壺』。
下水道が整備されておらず、大半の家の便所が汲み取りであった祖母の街。
その祖母の家の水洗になる前の汲み取りの深い便壺の、人糞が熟成されて発酵したその匂いから電撃の如く記憶が辿られた。
少女が観た、便壺の中の、頭皮。
あの時の、便壺に直接接続された臭いを吸い取るための煙突が、タービン式の換気用のモーターが鳴らす音が、鮮明にそのブロンドの男の子の頭皮と金糸の髪を記憶させた。
まさか、つながっていたなんて。
洋画のオカルト映画の、脊髄を動けなくするそのシーンの映像が、きわめて和式の便所の汲み取りの便壺、巨大な便壺と連関していたことを、惧れのために忘れようとしていただけなのだった。
ブロンドのその男の子が、顔を決して晒さずにもう一度発音した。
’I'll do what you want’
(キミの望み通りにしてあげるよ)
少女は空想した。
脳を酷使して最もおぞましい光景を描き切ろうとする。
数百パターンのおぞましさをごく短い時間の間に描き切る。脳が消費するカロリーで数百グラムずつ体重をそぎ落としながら。
「じゃあね、こうして。あなたの表皮を消し去って。ブロンドの髪を残して。
そして、皮膚も、肉も、全部その糞尿に溶かして、骨も砕いて粉末にして。それでね、臓物と血管だけにして。あと、神経の糸だけにして」
’Sure.’
(分かった)
男の子の、冷静な声がしたと思ったら、ブロンドの髪のその下に、顔の無い脳だけが浮いている様子が浮かび上がった。
脳の下垂体の下にハーネスのようにぶら下がる神経と毛細血管。
その毛細血管の中に、ぷにょ、とした動脈。
それらが、無造作に便壺の糞尿に浮いている。ジェリーにでも浮遊するように。
そのジェリーが糞尿であるというだけの違い。
あるいは人体標本や臓物標本のホルマリンの代わりの糞尿のように。
男の子は死んでいない。
その状態で臭いが酷すぎる汚泥ににゅるにゅるとした神経と血管をトクトクと動かし、黒ずんだ、それこそ黒インクに近い、けれども朱色の混じった血が、鈍血が拳大の心臓の収縮によって、それは収縮というかべこべことした、肉体を失った単なるむき出しのポンプのように、単なる筋肉であってココロなどでは決してない筋肉塊のように、ただただ血液を流し、還流させてだけいた。
同時に、腐敗した臭いが鼻孔に突き刺さってきて、それを肺に深く吸い込むと、彼女は自部屋でPCのキーボードに吐いた。その吐しゃ物の臭いがさらなる吐き気を呼び起こした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここまで書いて、わたしは投稿した。
そしてリンクを貼ってツイートする。
わたしの属性が女子高生であるということを明記して。
薔薇子女:殺してやる!
カデキリ:なんなんだ。なんでこれを書くんだ。
ビリサイド:消えてくれ。やめてくれ。
こういう返信とツイートが大量にSNSの世界に放出される。
わたしはほくそ笑んだ。
わたしの小説が注目されている。
PVが増え続ける。
ああ、幸せだ。
もっと見て欲しい。
読んで欲しい。
わたしはそのブロンドの男の子をもっと辱めようと思った。
少女の名を借りて。
・・・・・・・・・・・
心臓がトクトクと動くと、それでも少女は飽き足らなかった。
もっともっとおぞましく、もっともっと地獄の感覚を、もっともっと人の本心の、生贄を求める性癖を引っ張り出したい。
「ねえ。その大動脈を、ぶつっ、って切って」
少女は男の子に空想でもって行動をとらせた。
ひとりでにちぎれる血管。
どす黒い赤色の血液が排便されて数か月経った便壺の中に、ブロンドの、天使のようなはずの、実は悪魔であろう男の子の血が沁みわたっていく。
便壺の中の個体と液体とが、オレンジ色になっていく。
血の、赤色がどす茶色に混じることによって。
そして、空想ではなく、その事実としての映像が少女の脳神経に一気に大量に流し込まれた。
悪魔たるその男の子の思念によって。
その瞬間、少女はこと切れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どうしようか。
こんなのもはやプロットじゃない。
どうしてわたしはこんなものを書いたんだろう。
いいえ。書けてしまったんだろう。
あの、小学生の頃に観た、白昼のオカルト映画のあの映像は、やっぱり悪魔だったんだろうか。
映画じゃなくって、どうしてかわたしの脳に電気信号として直接つながった、何者かの、用意周到な貶め。
どうしよう。
最後のパートもサイトへの投稿ボタンは押し終わった。
あとは、ツイートするかどうか。
もしかしたら、ツイートせずに、永遠にPV0のまま封印された方がいいのだろうか。
どちらにしてもわたしの命ももう終わるだろう。
ブロンドの髪だけが、閉じたわたしの瞼の裏に浮かび上がってきたから。
プロトタイプ・プロット naka-motoo @naka-motoo
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