第5話

 後日。


 教室には顔を隠すように俯き気味で席に着く美香の姿があった。

 髪を黒に染め直し、スカートの丈は長く、以前のような明るさはまるで感じられない。周囲の声すら聞くまいとする姿勢は本当に息を殺したような静けさだ。



 だが放課後になると、焼却炉の傍ではいつも通りの光景があった。


 苛立ち混じる形相でゴミ処理を続ける千夏。

 その様子を眺めながら背後でおしゃべりをする佳奈実と梨恵。


 そしてゴミとして地面に横たわる美香。


 清羅の姿は何処にもない。



 心の疵による記憶の矛盾を取り除くために人々の過去や思い出は大きく書き換えられていく。



 美香が虐め役のバトンを受け取ったことにより清羅の存在は彼女たちの記憶から完全に消え去ってしまった。

 今や清羅を覚えている人間は一人もいない、もとい初めから清羅という少女は存在しないことになったのだ。


 つまり彼女の行方を知る者は――。




 「なんで虐められるからって地味な服装にするんだろ……目立たないようにする為?馬鹿だなぁ、見た目を変えたって中身が変わるわけじゃないのに。心に生まれた怒りは永遠に晴れはしないんだよ」


 屋上の給水塔から脚をぶらつかせ四人の様子を伺う少女がいた。


 

 癖のあるミディアムヘアーに好奇心が詰まっていそうな大きく円らな紅い瞳、そして頭上から垂れる黒い長耳――。


 「痞えの原因が分からない以上、解決なんてありえないし、無意識下で向けた矛先の理由に本人は決して気付けない。残るのは無慈悲に美香を疵付けるという結果だけ。いやー憐れだねー」



 暫くすると千夏は三人を残し先に帰っていった。美香への行為は息を切らすほどだったが、怒りが収まることはなかったようだ。



 「それにしても千夏、今日は随分と虫の居所が悪そうだったなぁ。一体どうし――んー?」


 突如少女の耳が跳ねた。ピンと伸びた長い耳は流れる風に緩やかに揺られる。


 「ふーん。あの男もう乗り替えたんだ。相手は……おー、ブラコンちゃんかー!義弟くん可哀想に」


 少女は風が連れてきた噂を楽しげに聴いていた。


 「誰が一番悪いのかなんて一目瞭然なんだけどなー。どうして人間って現実を見ようとしないんだろう。都合の良いようにフィルターを通して事実と向き合おうとしない、仮初めの幸せの為だけにねじ曲げた真実を選ぶ。それだから肝心なところで本物を見落としちゃうんだよ――っときたきた」


 ショルダーバッグからスマホを取り出し、少女が語り掛ける。


 「初めまして。ボクはだっと。陰口ウォッチャーを作ったウサギだよ」


 陰鬱な空の下で少女の底抜けに陽気な声が響き渡っていた。

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陰口ウォッチャー おこげ @o_koge

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