銀河辺境らあめん店

綿貫むじな

銀河辺境らあめん店

 宇宙の果ての果てで、俺はついに目的の店を見つけた。


 今や人類は太陽系を活動範囲に広げ、宇宙をくまなく行き交おうと躍起になっている。

 かつては火星をテラフォーミングするまでがやっとだったが、今は宇宙に点在するコロニーに人々は暮らしている。

 人々が暮らす範囲が広がるという事は、当然物資の輸送をする船も需要が高いわけで。


 俺は物資輸送の仕事をもう何年もしている。


 独り身だからか上の方は気楽に長距離輸送の仕事を平然と俺に投げつけてくるわけだが、片道二カ月とか掛かる輸送はいくら独り身でも中々堪える。ほぼ半年、本社のある星に帰ってこれないわけで、その間に俺はちょっとした浦島太郎になってしまう。

 人類の活動範囲が広がるのは良い事ばかりではない。

 せめてワープ技術でも確立していればいいのだが、未だ人類はワープ航法を開発できずにいる。光速航行の技術はわずかながら見えているというのに。

 一応俺の会社は輸送時間が短い事を売りにしているが、それでもこんな銀河の外れでは届くまでに数か月要すのがザラで、俺が今いる所よりも更に遠くへ、ともなれば年単位での輸送になってしまう。まあそういう案件ともなると、俺達のような民間ではなく各星系政府の仕事になるのだが。要は民間だと利益が取れないので公共事業になる。超長距離輸送の場合、大体無人機で輸送されることになるがそれはまた別の話だ。

 

 なり手はあまりいない。給料は仕事の割に良い。長距離輸送の仕事に就けば、の話だが。

 近場の輸送となると従業員はそこそこ募集が掛かるものの、給料もそれなりだ。

 船の航行、荷揚げや荷下ろしと言った仕事は自動化されている。だからクルーは船長の俺一人だ。万が一の故障のために控えているようなものだ。

 肉体的な意味でキツイわけではないが、孤独に耐えられる、一人でも大丈夫な奴でないとこの仕事は務まらない。

 俺は日々のチェック項目を確認した後は、日がな操舵室で変わらない宇宙の風景を眺めている。俺は宇宙を漂っているような感覚を覚えられるこの習慣が大好きでたまらない。

 

 ふと、腹の虫が声を上げた。

 そういえば今朝は朝食を取っていなかった。時計を確認したら、昼の十二時ちょうどと行った所だ。もちろん宇宙なので昼と言っても外は暗いままだ。時間感覚は船の明かりの明滅で把握する。

 

 もうすぐ「スペースシップステーション」に着く。俺はその為に朝食を抜いていたのだ。


 銀河系の辺境に位置するこの場所において、最後のスペースシップステーションだ。

 そりゃ長距離輸送する俺達だって息抜きや休憩する時間は欲しい。

 船が動いている間は、万が一の事故を考えると気を抜く事は出来ないのだから。


「お、見えて来た」


 ほぼ黒一色の宇宙でも目立つように、けばけばしいくらいのネオンサインが輝いている。看板にある名前は「スペースシップステーション・アンドロメダ」だ。

 とはいえ、銀河辺境にあるステーションはそれほどにぎわっているわけでもない。

 最低限の食事・休憩・睡眠・入浴が出来るだけの施設はあるが、最近の宇宙船は風呂もベッドも一応あるため、必要としない人々も多い。だが、スペースステーションは重力発生装置がある。船の重力の無い、ふわふわとした落ち着かない生活から離れたい人も居る事から、利用者はそこそこに居る。

 そこそこの利用者が一番求めている物が食事であり、この店の売りでもある。

 併設されている食事処は、いわゆるラーメン屋なのだ。

 俺が暖簾をくぐり、ドアを開けると


「イラッシャイヤセ」


 店主であるヒト型名物ロボット「アンドロ君」が電子音声で迎え入れてくれた。丸っこいフォルムが何となく人懐っこい感じがするじゃないか。

 このラーメン屋「銀河アンドロメダ家」はカウンターの他にテーブル席がいくつかあるがあまり広くはない。30人も入ればいっぱいになってしまうだろう。

 カウンターの向こうには調理場があり、アンドロ君がしきりに忙しそうに厨房を動き回っている。この宇宙時代において大変珍しいスタイルで、ロボット直々に調理するのだ。

 今の時代は既に調理自体も全自動で行われ、人の手を煩わせる事はない。料理好きの人は自分で調理もするだろうが、それ自体が既に趣味的な行為と言われて久しい。

 厨房から漂ってくるスープの香りに、思わず腹の虫が声を立てる。

 早速カウンター席に座ると、

 

「めにゅーデス」


 と店主が差し出してくれた。

 メニュー自体は至ってシンプルで、メインとなるラーメンの他にはサイドメニューであるチャーハンや餃子にライス、ちょっとしたデザート類が選べるくらいだ。

 ラーメンもシンプルで味付けを醤油、味噌、塩のどれかから選べるだけ。普通盛りから大盛りのどちらかを選べる。

 腹が減ってたまらなくなった俺は、迷いなく注文する。

 

「醤油ラーメンの大盛りにライスをつけてくれ」

「味付ケハドウシマス?」

「味付け?」

「ヘイ。当店ハ”脂ノ量”、”麺ノ固サ”、”味ノ濃サ”ヲドウスルカ決メラレマス」

「じゃあ脂は多め、麺の固さは普通、味は濃い目で頼む」

「ヘイ了解」


 アンドロ君は注文を受け付けると、手際よくラーメンの準備に入る。

 周囲にはぽつぽつとラーメンを啜っている客が居る。どの客もラーメンを旨そうに味わっているじゃないか。たまらん。

 ラーメンが出来上がるのを待つ間に、俺は電子端末で暇つぶしの漫画を読む。


 俺が何のためにこの店にわざわざ寄ったかって言うと、味気ない宇宙食に飽き飽きしていたからだ。

 長距離の輸送任務で何が一番問題かというと食事で、宇宙食は無重力化でもなんとか食べられるように袋の形や食材が加工されている。別に味自体は悪くない。不味かったら余計に問題だ。

 だがメニューに限りがある。勿論メーカーも何もせずに手をこまねいているわけではなく、様々な料理を宇宙食として提供しているのだが、長年輸送業をしていると大体のメニューは食べてしまっている。その結果、エネルギーバーみたいに食べやすい物やゼリー状の物ばかり食べているのが現状だ。飽きても淡々と食べて飲んで流し込めて栄養もそれなりに配合されているので、それだけでも生きる事自体は出来る。

 だが、食事こそが俺にとっては最大の楽しみなのでこういった無味乾燥な食事ばかり続けていると次第にストレスが溜まっていく。

 それに加え、昨今は健康を意識した食事ばかり喧伝されており、それもまた俺のストレスに拍車をかけた。たまには肉をどかんと、炭水化物をたっぷりと摂取したい時だってあるだろうに、星々やコロニーでは健康志向の店が幅を利かせている。

 ガッツリ系のメシを提供してくれる店は今や希少な存在だ。

 俺がこのラーメン屋の存在を知った時、狂喜乱舞したのは言うまでもない。おかげで周囲の人間にドン引きされた。

 

 先ほどから漂っていたスープの香りが、より強くなるのを感じる。

 厨房にどんと鎮座している寸胴の中にはスープが仕込んであり、具材の煮込まれている音が聞こえてくる。

 麺を茹でる鍋にはぐつぐつと煮え滾る湯が鍋の中を対流しており、麺を鍋のの中に入れると踊る様にぐるぐると回っている。

 茹でている間に椀にはスープとタレが注がれる。

 ある程度麺を茹でた後、平ざるでちゃっちゃと手際よく湯を切って麺を椀に投入。

 最後に具材を盛り付け、


「ヘイ、醤油らーめん大盛リオ待チ」


 俺の前にラーメンのどんぶりが差し出された。


「おお、おお……!」


 醤油の香しい匂いが、俺の鼻腔をくすぐっていく。

 宇宙食にもラーメンはあるにはあるが、あれは無重力でも食べやすいようにされている代物であり、ラーメンであって厳密にはちょっと違う料理だ。

 地球や月、火星やコロニーなど重力のある場所でなければ食べられない、スープに入った料理をまさかこんな辺境で味わえるとは。

 具材をチェックする。

 チャーシューにほうれん草、海苔に青ネギ、それに煮卵。

 スープを覆うように鶏油が浮かんでいる。

 レンゲでスープをすくい、一口啜れば目の覚めるような味の濃さ。これはライスと一緒に食べる、一種のおかずのようなラーメンだ。ライスが無ければ濃すぎて水をたくさん飲まなければいけなくなるだろう。だから店にも、ラーメンと一緒にライスをセットで頼むことをおすすめしますと張り紙がされている。

 割り箸をパキっと開き、力強く食べる前の一言を発する。


「いただきます!」


 そこからの食べるスピードはまさに怒涛の勢いと言うに他ならない。

 ラーメンを一口啜り、ライスをほおばり、海苔をスープに浸したっぷり含ませたらライスに乗せ、ライスをほおばる。

 あっという間にラーメンとライスは半分ほど俺の胃袋の中に収まった。

 

「同ジ味ニ飽キタラ、食卓ニアル小壺ヲ利用シテクダサイ」


 店主に勧められ、壺の蓋をそれぞれ開けてみると、すり下ろされたニンニクや唐辛子漬けのニラ、ショウガのすりおろしが入っている。他にも酢やコショウも用意されていた。

 店名とラーメンの味付け、そして様々なトッピングの種類……。

 俺は確信した。


「なあ店主。この店はいわゆる”家系ラーメン”って奴かい?」

「ヘイソウデス。当店ハカツテ地球デ流行ッテイタト言ワレルらーめんヲ再現スル為ニ始マッタラシイデス」


 アンドロ君のスピーカーから発される電子音声は答えた。

 一口ラーメンを啜る。


「この店にはこの味をいつまでも守り続けてほしいもんだよ」

「アリガトウゴザイマス。デスガ、ソレモ恐ラクハ難シイデショウネ」

「え? どういうことだ?」

「何故ナラバ、コノすてーしょんガ間モナク閉鎖サレル事ガ決定サレテイルカラデス」


 え、と一瞬店の空気が凍り付いた。

 他の客のラーメンを啜る音も止まり、唖然とする。


「マジかよ」

「というかこのステーションが閉鎖されたら困るよ。休憩所だってここより何万キロも前にしかないしよぉ」

「いや、っつうかこのラーメンがもう食えないって事じゃん」


 口々にざわめき始める。

 

「閉鎖サレルマデハ営業シテイマスノデ、オ客様方ニハ引キ続キゴ愛顧願イマス。一生懸命腕ヲ振ルイマスノデ」


 アンドロ君のけなげな一言は俺の胸を突き、思わず涙ぐんでしまった。


「そうだな。そうだよ。直ぐに無くなるわけじゃないんだ。だから今、精一杯味わってやろうじゃねえか!」


 俺はこのタイミングでトッピングで味変を行った。涙でしょっぱくなって味がわかんなくなったからじゃない。決して。

 ニンニクを小さじ三回ほど入れ、コショウを振りかけ、更にここにゴマのすりおろしを掛ける。

 これによって味がまた変わり、ラーメンが楽しめるのだ。こういうカスタマイズ性が高いのも良い所だ。

 夢中で食べ続け、気づけばラーメンの器もライスの椀も空っぽになっていた。

 スープは濃かったが全て飲み干した。

 このステーションに戻ってこれるのは、この先にある届け先へ荷物を届けた後の帰り道だけだ。折角良い店を知れたのに勿体ない。


「堪能したよ」

「アリガトウゴザイマス」

「お代は幾らだ?」

「ヘイ。3000スペース$ニナリヤス」


 値段を聞いて、少しばかり肝が冷えた。

 確かにこれだけのラーメンを提供できるというのは、材料の品質にこだわっているという事だから覚悟はしていたが、3000スペース$……。

 しかし俺が食えるのは、あと一回だけという事を考えるとこの金も惜しくはない。

 懐からカードを取り出して決済する。

 

「決済確認シマシタ。マタノゴ来店ヲオ待チシテオリヤス」


 帰り際、俺は一つ質問をする。


「この店はチェーン展開していないのか?」

「残念ナガラ、当店以外ノ店ハゴザイマセン。私ガ知ル限リデハ、数十年前ハコノ宙域ニモすてーしょんガ数多ク存在シテイテ、すてーしょん毎ニ支店モアッタラシイノデスガネ」


 なんとも残念な話だ。

 ラーメンを食べ終え、俺は店を後にする。

 久々に暖かいものを食べて体も芯から暖まったというのに、俺の心には隙間風が吹いている。

 なんとなくステーションの仮眠室で休む気にはなれず、俺は早々に船に戻り、そのまま輸送の旅へと出発したのだった。


 

 数か月後。

 俺は物資輸送の仕事を終わらせた。

 輸送先は新造コロニーで、こんな辺境にまでコロニーを作っていたとは人類の活動範囲はどこまで広がるのだろうか。飽くなき拡大欲は留まる所を知らないのだろうか。

 いい加減超長距離輸送の仕事も嫌になってきた。流石に。

 これ以上の長距離を民間でやるとなったら、真剣にワープ航法が開発されるのを待った方がいいと思う。

 船のメンテナンスでしばらく出航出来ないという事で、俺は街を散策している。

 と、ここで俺は一つ奇妙な店を見つけたのだ。

 黄色い看板に黒い文字のみで書かれた、極めてシンプルな店構え。

 そして確かに漂ってくる、この匂い。


「ラーメン屋……?」


 喉がごくりと鳴った。これは俺の勘だが、きっとここのラーメンもガッツリ系のような気がする。いや、間違いなくそうに違いない。

 辺境のラーメン屋が無くなり、がっくりしていたところだが更にその先の、宇宙の果てのような場所にまた別のラーメン屋があると知って、俺の心は浮足立ってきた。

 ここにラーメン屋があるなら、まだこの仕事を続けてもいいかもしれない。

 全く、現金なものだ。

 

「よし!」


 俺は勇ましくその店に入り、メニューをしげしげと確認しながら大きい声で言った。


「ラーメン大、ブタ増しで!」


 

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