第10話 ある強欲な商人の話 中編
翌日早朝、街の入り口で商人は腕を組んだ姿勢で買った品物と護衛達を待っていた。
約束していた時間まで大分余裕があるというのに随分と気の早い行動だ。
組んでいた腕に指先をトントンと当て続け、荷馬車の周りをうろうろと歩き回る。
傍目から見ても相当に焦れていることが分かる。
そこへ遠くからガラガラと音を立てて荷車を引くオーナーと、その後ろを歩く冒険者達の姿が見えた。
商人はすぐさま大声で叫ぶ。
「遅い!!!!依頼人を待たせるとはどういうことだ!働いている自覚があるなら時間前行動を取れ無能共が!!!!」
まだ人気もないので街中に声がよく響く。
荷馬車の近くに荷車を停め、オーナーは口元に人差し指を立てて「近所迷惑になりますよ!」と商人を制しつつ、笑って答える。
「いやーすみません。荷物を運び込むことを考えて約束していた時間より大分早く着いたはずだったんですがね。依頼主様は相当朝にお強いようで!ハッハッハ!」
「ふん、余計な話をする暇はないんだ早く荷を詰め込んでくれ!」
「はい。じゃあみんな運び入れてて。依頼主様は契約の再確認をお願いします。」
すぐさまオーナーの指示で冒険者達がウメボシの入った瓶を荷馬車に積み込む作業にかかる。
それを横目で確認したオーナーは懐から昨日商人にサインをさせた契約書を取り出し見せた。
「えー、ウメボシ50キロ分の納品と・・・それからCランク冒険者一人、Dランク五人の護衛契約ですね。お確かめください。」
「ん、確かにウメボシは受け取った。しかし契約書は昨日見たじゃないか。いらん手間を増やしてくれるな。」
「万が一の為の確認ですよ。補足もありますし。まずは護衛中についてですね。安全対策は彼らのほうが慣れていますから基本的に彼らの指示に従ってくださいね。休憩とか。」
「そんなものはいらんだろ!時間の無駄だ!」
「まさか!休憩も取らずに隣の街まで護衛をさせるおつもりですか!?ええ!?」
オーナーが大げさに驚き声をあげる。
荷を詰め込んでいた冒険者達は作業する手を止め、休憩も取らせてもらえないの?嘘でしょう?この依頼危ないんじゃ・・・。
そんなことを仲間と口々に言い合う。
商人を見る目は疑心に満ちていた。
商人は怯む。
「じょ、冗談に決まっているだろう。休憩くらい許してやるさ。」
「ああ!ならよかったです!冗談でなければこの依頼自体なくなっていたかもしれませんしね!よかったですよ!」
それじゃあ安心して作業を続けて、と冒険者達に声をかけるオーナーに対し、商人は苦い顔をしている。
この場で怒鳴り散らしてやりたいところだったがそれで今更契約をなかったことにと言われても困る。
街を出てしまえば雇い主と雇い人という立場でなんとでも言えるだろう。
ここは我慢しておとなしく聞いておくべきだと商人は判断した。
が、我慢という割りに契約書を再度読み上げていくオーナーを見る目は忌々しいと語っている。
「あと冒険者に不必要に恫喝や罵倒をしないでくださいね。先ほども無能共なんておっしゃいましたがそれも契約違反になります。次から気をつけてください。」
「あ、ああ・・・。」
「契約違反になりますと冒険者の判断で依頼を破棄することもありますから!ほんとーーーーーに気をつけてくださいね。」
「わかったわかった!って依頼を破棄?冗談じゃない!」
昨日は格安で手に入れたウメボシをどう売りさばくか、そんな欲望で頭がいっぱいであまり話を聞いていなかった。
冒険者を罵倒しただけで依頼を破棄されるなどありえないだろう。
商人が慌てる。
「昨日契約書をお見せした時も説明しましたよ。依頼主様と冒険者達が気持ちのいい仕事関係でいるためには必要なことだと当ギルドは考えております。パワハラモラハラダメ、絶対です!」
「しかし・・・」
「街の外は危険に溢れています。信頼を失った冒険者に護衛をさせ、自分の命を預けられるでしょうか?ご自分の行い一つでそれが左右されるのです。」
真剣な表情で説明するオーナー。
昨日の終始笑顔で接客していた時とは大違いだ。
「冒険者も感情ある同じ人間だということをお忘れなきようお願い致します。護衛途中で見捨てさせるようなことはさせないでくださいね。」
そう言って腰を深く折って頭を下げるオーナーを見て商人は身じろぐ。
見捨てるというワードにすっかり文句を言うような空気でなくなったからだ。
金を払って雇っているというのにこちらが下のような扱いだ、とも憤るがあまり口にしないほうがいいと思い仕方なく黙る。
それよりも目の前の男だ。
いまだ腰を折る姿勢のままのコイツはおそらくは自分が返事をするまで頭を上げないつもりなのだろうか。
これではこちらが悪人だ、心のなかで舌打ちをしながら仕方なく頷く。
「わ、分かった!要は休憩を取らせてそれなりの扱いをしていればいいんだろ!俺だって外で急に護衛を放棄されても困るし自分の命は惜しいから安心しろ!」
「ご理解頂けたようでよかったです。ありがとうございます。」
真摯な態度を翻し満面の笑みで礼を言うオーナーを見て、商人はこいつはとんでもないキツネなのではないかと密かに思う。
わが身よければを地でいく商人にしては他人にそのような評価をくだすのは珍しいことだった。
そんなやり取りをしていると商品の積み込みが終わったようだ。
作業をしていたうちの一人が近づいてくる。
「荷物すべて積み終わりました。」
「おつかれさま。朝早いけど気を引き締めて頑張ってきてね。」
「はい。」
槍を肩に担いだままオーナーとそんなやり取りをした女性は商人に向き直り右手を差し出して言う。
「今回の護衛を勤めますパーティーの代表としてCランクの自分が。どうぞよろしくお願いします。」
「あ、ああよろしく頼むぞ」
「それではお急ぎということなので早速出発しましょう。準備はいいでしょうか。」
なかなかに話が分かりそうなヤツだなと満足気な様子で商人は頷いた。
無表情で愛想がないし折角のCランク冒険者が年若い女というのが少々頼りないとも思ったが黙っておく。
こうして商人の乗る荷馬車とその護衛をする冒険者達は隣の街までの道を出発したのであった。
荷馬車を見送ったオーナーは一人ため息をついて呟く。
「あの商人さん、大丈夫かねー・・・。」
俺はきちんと念を押しましたからねーなんて付け足して。
商人が目的地としている街までは急ピッチでなりふり構わず進んで丸一日。
自分の人選に間違いはないと自信を持っているオーナーはなんとなく予想できる商人の未来に一人合掌をするのだった。
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街を出発して二時間弱、なだらかな丘陵地帯に伸びる街道を往く一向は先頭を歩いていた槍使いの女性の制止で分かれ道の前で立ち止まることとなった。
「どうした立ち止まって。なにかあるのか?」
一刻も早く先を急ぎたくてイラつく商人に対し、槍使いは表情を変えず答える。
「この先は分かれ道ですが、商人様はどちらを行かれるつもりなのかと思いまして。」
「分かれ道だと?前に来た時はそんなものなかったが。」
「昼間でも魔物に出くわすことが多かったので最近新しく道ができたのです。」
「それで、俺にどちらをいくか選ばせてくれるってか?契約契約とうるさい誰かと違って殊勝じゃないか。」
下卑た笑みを浮かべる商人。
おそらくは街を出る前にやりとりしたオーナーのことを言っているのだろう。
どこまでが暴言かを探っている様子で、前もってオーナーからクセが強いと聞いていたが予想よりも性質が悪いなと槍使い以外の他の冒険者達が苦笑いしている。
一方商人と話している槍使いは涼しい顔をして気にした風もない。
道は大きな湖を挟む形で左右に伸びており、左の旧道は街まで最短距離だが魔物の多く出る森の側を通り、もう一方の新道は遠回りになるが開けていて湖の対岸ということもあり比較的安全だ。
そう丁寧に道の説明をする。
仲間の疲労や荷物の安全のことも考え、時間はかかっても安全な道を行くべきだとも進言しておくあたりそつがない。
そんな槍使いの言も商人には無駄なことなのだが。
「遠回りい~?俺は急いでいることは知っているはずだろう!当然左を行くぞ!全く気が利かない役たた・・・」
ガッ!!!!!
商人の話が鋭い音に遮られる。
槍使いが抱えていた槍を地面に突き刺した音だ。
商人は従順そうに見えた護衛の行動に目を丸くする。
「な、なんだいきなり・・・。」
「いえ、こちらの落ち度です。申し訳ありません。急いでいるのでしたらなおのこと無駄な話はおやめになって進むとしましょう。」
無表情で、かつ早口で言い切る。
「念のためにもう一度お聞きしますが・・・右の安全な道を通らず、左の、魔物が、多い、最短の、道を、行くのですね?」
わざわざ区切って強調して言うが相変わらず無表情で、静かな怒りを感じる声色を出している。
商人にはそれがなおのこと恐ろしく感じられた。
自分の話を無駄な話だと切り捨てられたことに今更突っ込むことすらできず、首を縦に振る。
このあたりが言ってはいけないラインなのだと言うことなのだろう。
傲慢だが小心者の一面も持っている商人はそう引き際を悟った。
雇い主の意思を確認した槍使いは無表情のままため息をひとつつき、すぐさま仲間に指示を飛ばす。
「このまま私が森側を歩きつつ先導します。あと二人・・・剣士さんと短剣使いさんも森側で荷馬車を守るように来てください。魔術師さんと弓手さんは荷馬車後ろでいざという時に援護してください。それから神官さんは荷台の中に。」
「な、中ですか?」
「今回は六人行動ですから、皆さんが怪我をしてしまった時に神官さん一人で治療は大変でしょう。なるべく体力を温存しておいてください。それから混戦になった場合に保護魔法で荷物を守っていただきたいんです。」
「わかりました。」
自分ひとりだけが荷馬車の中にとは・・・と戸惑っていた神官だが、思惑を聞いて頷いた。
「では森の側を抜けるまではいつもよりも気を引き締めていきましょう。」
「「「「「はい!」」」」」
冒険者達が一斉に返事をする。
商人は戦闘のことはからきしだったが、槍使いの指示を聞いていて的確だし手慣れているなと関心した。
行動が少々恐ろしい所があるが流石はCランクにあがったヤツだ。いつも他の街で雇っていた低級の冒険者とは質が違う。
護衛依頼に慣れている者を紹介するというのは本当だったようだ。
オーナーは少々うるさいやつだったがウメボシがうまく売れてくれればまたあの街に仕入れに来るだろうし冒険者は安く雇えていいこと尽くしだった。
そんなことを思う商人と護衛達一行は少々危険の伴う最短距離の道を行くこととなったのである。
ホワイトギルドへようこそ! タダノクサ @Tadanokusa
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