第9話 ある強欲な商人の話 前編
街に日が昇って間もない、朝の冷えた空気の残る時間帯だという頃、ある男が冒険者ギルドへと向かうために大通りを歩いていた。
金糸の縫いこまれた豪奢な服を着込み、でっぷりと腹に脂肪を蓄えた男は険しい顔をし、苛立たしげだ。
握りこんだ拳からはいくつも嵌められた大きな宝石のついた指輪が擦れ不快な音を立てる。
商売を生業にしている男・・・商人は「時は金也」を信条に行商人として街を渡り歩いてきた。
誰よりも早く街の特産を買い付け、別の街で高値で売りさばく。
街の外では危険だと認識されているこの世界で珍しい交易品はとてもよく売れた。
まだ誰も売ったことのないものならばなおさらだ。
特産品の噂を聞きつけるとすぐにでも向かい、仕入れをしたその日の夕方には次の街へ出発する。
夜は魔物の活動が活発だとも聞くが護衛として冒険者を二、三人雇えば怖くはない。
街道を走る分、実際魔物に襲われたことの方が珍しいくらいだ。
商人は今までそうして生きてきた。
この街にも冒険者の中で噂になっている「ウメボシ」と言われる疲労回復薬があると聞きつけ、仕入れに来たのだ。
大した特産もなくただの農業主体の街だったので幸い他の行商人にはまだ目を付けられていないと睨んでいる。
これは間違いなく売れる。そう確信していた。
そんな商人は、昨夜からどうにもうまくいかない事が続いて苛々とさせられていた。
まず昨晩この街にもうすぐ着くという頃、馬車がゴブリンの群れに襲われたのだ。
真夜中で視界が悪く反応が遅れたこともあってか途中仕入れていた商品の大半が破損、挙句雇っていた冒険者のほとんどが負傷する始末。
襲われた騒ぎの中で馬も一頭逃げ出した。
護衛依頼中に冒険者が負傷した場合は依頼主が治療費を出すのが一応の慣習だ。
あまり守られていない慣習ではあったが「時は金也」を信条とし新しい冒険者を雇う時間が惜しかった商人は渋々治療費を出してやることにした。
商品をダメにされ馬も新しく買わねばならない。
欲の深い商人にとって予定外の出費というのは屈辱的だった。
街に着くなり医者に押しかけなんとか治療はさせたが、休みなく街道を駆けた所為で疲労もしているし傷が深かったので<ヒール>で体を癒してもしばらくは安静にさせるべきだと言う医者と、明日の昼には仕入れを終えて次の街に出発したいから無理やりでも護衛してもらうと言う商人とでちょっとした口論にまで発展。
結局冒険者を粗雑に扱っているとギルドに通報すると脅された商人は引き下がらざるをえなかった。
今まで冒険者に何度も無理をさせることはあったがここまで食い下がる医者に当たったのは初めてのことだ。
金をもらっておとなしく<ヒール>だけしていればいいものをと憤慨する。
治療費も時間も無駄にしたと怒る商人は忌々しげに自身の爪を噛んだ。
とにかくすぐにでも冒険者を雇って、馬を買い付け、仕入れもこなさなければならない。
忌々しいゴブリンのせいでかぶった損失を早く埋めなければ。
そう思いながらまずは朝一番に冒険者ギルドへ足を向けることになったのである。
しかし事はここでもうまくいかなかった。
今までに立ち寄った街ならばほぼ二十四時間で開いているはずの冒険者ギルドは静まり返り、人の気配すらない。
窓から中を覗き込んでも職員の姿すら見当たらない。
扉を開けようとするが引いても押しても固く施錠された鍵がガチャガチャとうるさく鳴るだけだった。
商人は激怒した。
「冒険者ギルドの癖になんで開いてないんだ!いい加減にしろ!!!依頼をしにきてやった客がいるんだぞ!早く開けろ!!!!!」
大声で叫んで扉を勢いよく蹴る。最早八つ当たりだ。
一目も憚らず罵倒しながらギルドの扉を蹴り続ける見慣れない顔の商人の様子に開店の準備をしていた街の住人達も怯えている。
このまま見ていられなかったのだろう、近くの鍛冶屋の主人が声をかけた。
「あんた外の人だろ?この街のギルドは開館が少しゆっくりでね。中に数人職員住んでいるから急ぎの用事ならここで叫んでないで裏口から入れば聞いてくれるから。」
張り紙にもそう書いてあるだろ?と扉の横を指差す。
声をかけられたことで一息ついたのだろう、少し冷静になった商人は素直に指差された先の張り紙を読む。
「開館時間外でお急ぎのご用件がありましたら裏口へ?なんだこれはふざけているのか?こんな腑抜けた所初めて見たぞ!ギルドがいつも開いてないでどうするんだ!」
冷静になったかと思いきや再び荒ぶり、目の前の鍛冶屋の主人に食いかかる商人。
顔を真っ赤にしてツバまで飛ばしている姿に鍛冶屋はどうどう・・・などと言って馬をなだめるかのように両手を広げ、困り顔でいる。
職務怠慢だ、俺の時間が、と騒いでいたって仕方がない。
時間を気にするならば張り紙通り裏口から入れば済む話なのに。
商人は時は金也を信条とする反面、傲慢な男でもあった。
他の住民達も集まりだし、さてこの商人をどう宥めたらいいのかという空気になってきたその時―――
「あのう・・・揉め事は困ります。お急ぎの依頼でしたら自分が聞きますので中へどうぞ・・・。」
とか細い声が少しだけ開いたギルドの扉の中から聞こえてきた。
ギョっとしながら振り返る商人。
扉の隙間から声の主とは到底思えない、やけにゴツくそしてガタイのいい男性がなにを考えているのかわからない無表情で顔を覗かせていた。
「な、なんだお前!」
「このギルドの職員です。奥で依頼の整理をしていたのですが大きな音がしたので覗いてみたらどうやらお困りの様子だったもので・・・。」
「ふん!それならそうともっと早く出てくればよかったものを!さあ早く依頼の話をさせてくれ!」
「はい・・・どうもすみません。」
誰が困っていた、とは言わないあたり男性は賢かった。
都合よく自分のことだと商人は勘違いして文句を言いながらも怒りを納める。
男性は商人を挟んで鍛冶屋の主人や集まった住民達に申し訳なさそうに会釈をしながら扉を大きく開き、商人を中へと招いたのだった。
嵐が去って鍛冶屋をはじめとした住民達はまたそれぞれの仕事に戻っていく。
職員の男性に対して頑張れよ、なんて苦笑いを投げかける者もちらほらいたほどだ。
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「それで、ご用件というのはどういったものでしょうか・・・。」
建物の奥、普段は使うことのない応接室と呼ばれる部屋に商人を招き、男性職員は無表情で聞き出す。
職員などよりは冒険者をしていた方が似合うのではないかと思える恵体とは裏腹になにを考えているのかわからない、そんな無感動で温度のない顔だ。
商人は丁寧に革張りされた決して安物ではないと見受けられる椅子に気をよくして事の仔細を話しはじめた。
「昨晩この街にきたばかりでな。途中ゴブリンの群れに襲われ雇っていた冒険者が皆ケガをして使い物にならなくなったんだ。至急何人か次の街まででいいから護衛を見繕ってくれ。」
使い物にならなくなった、見繕う、まるで物を扱うような話しぶりに無表情だった男性の顔がほんの少しだけ動く。
「ゴブリンの群れ・・・ですか。大体の魔物は夜行性ですから街道を来たとはいえ夜の移動は危険です。・・・関心できませんね。ゴブリンは毒も扱うことができるし視界が悪い中で奇襲を受ければ熟練の冒険者だって命を落とすこともありますから・・・。」
「あんたやけに詳しいじゃないか。しかし時は金也、誰よりも早く珍しい特産品を売る仕事をしているんだ。夜も惜しい。だからこそこうやってギルドに仕事を依頼しにきてやってるんだ。」
自分のおかげで金が稼げるのだ。
感謝してほしいくらいだと商人はふんぞり返る。蓄えた脂肪もつられて揺れる。
男性はそうですか、とだけ表情を変えずにさらりと返事をして依頼受付の書類を取り出した。
商人が自分の警告を聞き入れる気はないことを理解して、仕事に専念することにしたようだ。
「ご予算と希望人数をお伺いしてもよろしいですか・・・。」
「逃げ出した馬も補充しないといけないからな・・・低級の冒険者を二、三人。予算はこれくらいだ。」
少し悩んだ後、金の入った皮袋を差し出す商人。
受け取った金額に間違いがないか二度の確認をした男性は淡々と告げる。
「この金額ですとCランクの冒険者が三人ほど雇えますね・・・。昼間の街道を行くおつもりでしたら・・・予算を下げてDランクの方を五人ほどの方がいいと思います。」
「おい・・・その鉄面皮でからかっているつもりか?冗談を言うなよ若造が!!」
「しかし・・・。」
商人の血圧が上がる。
渡した金額は他の街の相場では一番低いEランクを三人くらいのものだ。
二つランクが上の者を三人も雇える訳がない、せいぜい一人だろう。
恫喝しても眉一つ動かさない男性にも苛立った商人は目の前のテーブルに拳をたたきつけながら声を荒げる。
ここでつまらない冗談に時間をとられることで大きく損をしている。馬も荷も・・・やることは多いのだ。
そんな焦りが商人にはあった。
「お前じゃ話にならんと言ってるんだ!話が進まないから上司を呼べ!」
男性の胸倉を掴みツバを飛ばす。
殴りかからん勢いだ。
「からかってなどいません・・・。本当に金額が多いんです・・・。とにかく落ち着いてください。」
「落ち着くもなにもつまらない冗談で俺のことを馬鹿にしたのはそっちだろう!目上のものに敬意を払うこともしらんのかこれだから―――」
商人の拳があがる。
殴られる―――そう身構えた男性は眉を寄せ目を瞑り、はじめて表情を崩した。
「はいはーい!暴力はやめてくださーい。上司が呼ばれてきましたよー!」
商人が拳を振り上げたその時、怒声の響く部屋の戸が勢いよく開かれ、中に入ってきた人物がすばやく商人と男性の間に入り込む。
男性から商人をすばやく引き剥がし、満面の笑みでまあまあまあまあと早口で言いながらエスコートして商人を座らせ、自分も正面の席に腰を落とす。
そうして男性職員におつかれさま下がっていいよと一言添え、手早く応接室から追い出した。
突然現れた人物に拳の行き先を失った商人はうろたえている。
「な、なんだお前は!」
「ドーモ、このギルドのオーナーをやらせてもらってる者です。」
「オーナー?わざわざ上司が自分から来たのか。」
フン、と商人は鼻を鳴らす。
目の前でニコニコと笑っている中年男の登場には驚いたが、職員の男性の不始末をどう落とし前をつけてやろうかという思考へシフトしていく。
「客をからかう人間を雇っているなんて大したギルドだな?それにこんな時間に開館もしていないとは商売をする気がないんじゃないか。俺は穏便に話をしたいところなんだがな?あんたはここのオーナって言うならそれなりの態度でいてくれるんだろ?」
いやらしい笑みを浮かべる。
どうもすみません、お詫びに値引きをさせていただきます。なんて言葉を期待しての責めだった。
しかしオーナーの笑顔は崩れない。
白髪の混じり始めた頭髪に手を添え、頭を下げてから少し多めに息を吸う。
「はい!当ギルドは職員にも冒険者にも、もちろん依頼者様にも安心安全な仕事を約束!がモットーのギルドです!職員も人間!クジゴジ勤務が基本ですので開館はおおよそ十時からですね!あっ!ちゃんと仕事もこなしているのでご心配なく!ご依頼者様はどうにもお時間がなく焦っていらっしゃるご様子!ですのでワタクシのほうから手早く説明とサポートをさせて頂きに参りました!」
「は、はあ?」
一息に言われて戸惑う商人。
お話を続けても?とオーナーは笑顔のまま首をかしげる。
「あ、ああ・・・手早くというなら助かるが・・・。」
時間がないということを言われて当初の目的を思い出した商人はなにがなんだかわからない様子でとりあえず頷いておいた。
「はいありがとうございます!いやーご理解がはやくて助かります!」
オーナーはわざとらしく揉み手をする。
「まず当ギルドはワタクシ自らが国から独立して運営している非営利のギルドですので、依頼の仲介料を頂きません!むしろ冒険者にはギルドの方から上乗せして依頼料を払います!ですので冒険者を他の街よりもずっとお安く雇うことができるのです!」
ここまでいいですか?続けますよ?と商人に口を挟ませず、頷かせる。
「ですので先ほど対応させて頂いていた職員が言った通り依頼主様の提示した予算でCランクの冒険者を三人雇うことができるんですねー。」
「ふん、ギルドの運営は金持ちの道楽というやつか。」
「ハハハ、別口で資金繰りしてましてね。簡単にそう思って頂いてかまいません。それで、ご依頼の話ですが!」
「あ、ああ。」
オーナーの勢いある手早い説明に商人は気圧されている。
ノンブレスで放たれる情報の多さに動揺しているともとれるがオーナーは構うことなく薦めていく。
「隣の街までの護衛でCランク冒険者が3人では少し重いと思いましてー、ギルドとしてはCランクが一人にDランクを五人の合計六人で馬車を囲って護衛するのがいいと思うのですがどうでしょう!」
「確かに人数がいたほうが安心ではあるが、すぐに集められるか?今日中には仕入れをして夜には街を出たいんだ。」
「ほうほうなるほどなるほど。夜に、街を出ると?」
夜に、とオーナーがあえて強調する。
笑顔は崩れないがどうにも思うところはあるのだろう。
しかし商人は気付かない。
「ああ、この街でしか取り扱っていないウメボシという疲労回復薬があるらしいんだが・・・それを仕入れて誰よりも早く別の街で売りさばこうと思っていてな。時間が惜しい。時は金也だ。大量の仕入れに応えられる薬屋も探さねばならん。」
「く、くすり?ぶふぉ!ひ、疲労回復・・・ぶふぉふぉふぉふぉ!薬ですかぶふふふぶふぉ!・・・いや失礼!ぶふぉ!ぷくっくっく!」
「貴様なにがおかしい!」
薬と聞いて突然笑いだしたオーナーに商人は怪訝ながらも怒る。
折角落ち着けたところだというのにまた椅子から立ち上がらんばかりだ。
それに対してオーナーはまあまあと手振りだけで制し、事情を説明する。
「す、すみませんぶふぉ!失礼、あれを薬だとおっしゃっているのが不思議で。」
「不思議だと?俺が聞いた噂では確かに一粒で疲労も吹き飛ぶ丸薬だということだが。」
「丸薬ですか!確かにそれくらいのサイズですかね!そうそう、先ほど言った資金繰りというものに関係しているのですが。」
「なんだ!勿体ぶらずに早く教えろ!」
金のにおいを感じたのだろう、商人が身を乗り出した。
「ウメボシというのは当ギルドが考案した物でして。未熟なスモモの実を一度干して塩漬けにしたもので、栄養価もあるし塩漬けなので保存食として売り出していたんですよ。それが他の街では薬として扱われていたものでつい。」
どうも失礼しました、と頭を下げる。
「なるほど薬でないことは分かった。そしてここはそれを使って稼いで冒険者に支援をしていると。」
「ええ、冒険者の方々に支援をすれば周辺の魔物も倒され街も平和になるというものです。ひいては街のための支援に繋がるのです。」
「ふん、街人らしい小心な考えだな。」
「お褒めに預かり光栄です!」
「褒めてない!」
商人はすっかりと調子を狂わされていた。
目の前の男はなかなかやり手だったようだ。
こちらが優位に話をせねばならないと少し身構えつつ話を戻す。
「それで夜までに冒険者は揃えられるんだろうな?数がいればいいというものでもないぞ。弱いやつをよこしたらタダじゃおかんからな!」
「そこはご心配なく。当ギルドが責任を持って冒険者を選び抜き紹介させていただきます!不安でしたら護衛依頼を何度か経験した方にしますし!ただ・・・」
「ただ、なんだ?」
先ほどまで笑顔でハキハキとわざとらしいまでの接客に徹していたとは思えないほど、オーナーは悲しい顔をする。
その悲しい顔すらわざとらしいのだが、商人は彼の普段の様子を知っているわけではないので気がつかない。
「大変申し訳ないのですが夜までにというのは難しいですね・・・。」
「なんだと!ここまで話をして用意ができない!?冒険者をよこさないでなんのためのギルドだ役立たずが!!」
「落ち着いてください!用意できないのは別のものでして!」
意に沿わないことに激昂してオーナーを罵る商人だったが、別のものという単語で怒りが少し下降する。
それを見たオーナーはまたペコリと頭を下げて説明する。
「依頼者様には何分先ほどからご不便をおかけしておりますので、お詫びという訳ではございませんがギルドが街の商店に卸しているウメボシを格安でご用意させて頂こうかと思いまして。普段の卸売り値の半額・・・いえそれ以下で!」
「なんだと!?そ、それは本当か?」
「はい。ワタクシ決して嘘は言いません。ですが大量に仕入れをとおっしゃられていたのを聞いて・・・おそらくは荷馬車に積めるだけと思いまして、流石にそれだけの在庫を確保するのは夜までには厳しいのです。」
「よ、よく分かってるじゃないか。それで、いつまでになら用意できるんだ。」
「明日の朝一番にはご用意できるかと。」
「明日か・・・もう少し早くできないのか?」
「まあまあ。時は金也とも言いますがワタクシ、果報は寝て待てというのもアリだと思いますよ。どうでしょう?ご検討していただけますか?」
「むむ・・・。」
商人は考え込む。
夜には街を出て明日の昼には次の街へ到着している予定だったのだ。
その予定をほぼ丸一日遅らせて大丈夫なものだろうか?
しかし目的のものを詫びという形で大量に、それも随分と安く仕入れられるのは無視しがたい。
そもそもここで提案を蹴ったとしてウメボシを定価で仕入れ、かつ護衛もなしに一人で移動することになるだけだ。
一人で襲われたら商品ばかりか次は自分の命も危ういだろう。
それに比べて一日遅れるくらいはいいではないだろうか。
「・・・分かった。提案に乗ってやろう。品物も護衛も明日の朝一番に確実に用意できるんだな?」
「ありがとうございます!勿論です!ではこちらが契約書ですが・・・まず護衛中の現場では冒険者の指示に従ってもらうようにしてですね・・・」
―――こうして強欲で傲慢で短気な商人はオーナーの提案に乗り、次の街までの護衛依頼の契約を結んだのだった。
==============================
商人を送り出し、ようやく姿が見えなくなったところでオーナーは肩を回してやれやれとため息をついた。
そんな彼に最初に商人の話を聞いていた無表情の職員の男性が声をかける。
「すみませんオーナー・・・。代わってもらってしまって・・・ありがとうございました。」
「いいよいいよ。こっちこそごめんな。接客は苦手だからって事務してもらってたのに余計な仕事させちゃって。この分のお給料は足しておくから。もう少しで殴らせそうだったし危険手当込みだな!怖かっただろ?お茶淹れるから少し休もう。」
「いえ・・・そんな・・・。オーナーにこそ余計な仕事をさせてしまって・・・。」
「それも上司の務めだから気にしない気にしない。それに君はなにも悪いことなんてしてないしさ。相手が悪かっただけだ。」
なんてことのないように手をひらひらとさせている。
「いやー今日の商人さんは懐かしいタイプだったなー。俺がいた世界じゃああいうヤなオッサンは溢れてたんだよ。いやーよく訳わかんないことで怒鳴られてたもんだよまったく!あいつら気に食わないとすぐ怒鳴ってさ、怒鳴れば我が通ると思い込んでる生き物だからなー!それで胃潰瘍何回やったか!」
「イ、イカイヨウ・・・?」
「胃に穴が空く病気だよ。<ヒール>なんて便利なものがなかったからつらかったなー!」
湯を沸かしながらオーナーは懐かしむ。
男性には正直なにを言っているのかがあまり理解できなかったが、今日の依頼者はオーナーにとってもあまりいい思いではなかったことはわかった。
「しかし・・・よかったんですか?・・・ウメボシを格安で譲ったりして・・・。その、運営資金なのに。」
「いいさ。それであの人が明日の朝まで待ってくれるんだしさ。これで夜に一人で無理やり馬車走らせてってよりずっといいさ。ウメボシだけが資金源じゃないしな。」
「ああ・・・あの方にも気を使っていたんですね・・・。でも・・・」
「言いたいことは分かるさ。冒険者を雑に扱うような人間だからあまりいい気がしないんだろ?」
「・・・。」
言い当てられて男性は黙るしかなかった。
嫌な人間相手でも優しくしてしまうオーナーに少し異を唱えたかっただけなのだが、不満な気持ちを言い当てられて少し恥じ入る。
「あまりいい人じゃないかもしれない、でも俺は誰にも不幸になってほしくないんだ。」
この話をするとき、オーナーはいつも真剣だ。
男性がなにを言っても考えは変わらないだろう。
「でも護衛を頼む人選は周到に考えないといけないかな?あの人素直に言うこと聞くタイプじゃなさそうだもんなー。」
「そうですね・・・。」
「まあ、不満かもしれないけどこれだけは譲れないかな。あと多少割高になるだろうけど他の街にも非常食としてウメボシが流通すればまわりまわって冒険者のためにもなるかなって思ったりもしてるよ。真似して作ってもらっても構わないしね。」
「冒険者のためになる・・・なら自分はなにも言うことはありません。」
「うんうん、ごめんね面倒でさ。」
よく言われたよ。昔の仲間にさ。
そう言いながら茶をカップに注ぎ男性に渡す。
「そういえば隣の街までは急いでも丸一日はかかりますよね・・・。あの方・・・夜も無理やり動こうとしないか心配ですね・・・。」
「ま、相手はうちの冒険者達だからね。多分したくてもできないんじゃないかな?護衛をつけさえすればこっちのもんさ。」
淹れられた茶のカップを静かに啜りながら、オーナーは少しだけ意地悪に笑うのだった。
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