第8話 オーナーという人
ある日、人で賑わう冒険者ギルドを訪れたのは依頼人でもなく冒険者でもない、ギルドには普段は接点などがないように思われる一風変わった人物だった。
正面玄関から堂々と入り込んできたその人物に気づいた受付の青年が片手を挙げて挨拶をする。
「珍しい、シスターじゃないですか。オーナーに御用ですか?」
シスターと呼ばれた修道服に身を包んだ初老の女性は軽く挨拶を返しながら
「ああ、こないだのことでちょいと文句のひとつも言ってやろうと思ってね。あの引きこもりは2階にいるだろ?」
と軽い調子で言ってから受付の横を通り過ぎ、2階への階段を上る。
随分と慣れた様子だ。
ギルドにいる職員以外で個人的にオーナーを訪れる人間は少ない。
ギルドの管理業務をすること以外には自室に引きこもり、怪しげな発明をするだけのオーナーは街にいる人間にとっては幻の人物扱いだった。
本人はただ部屋に引きこもっているだけなのに。
冒険者の中には話に多く聞くオーナーの所在自体知らない者も多いのではないだろうか。
そんなオーナーに文句を言いにきたというシスターは2階の一番奥の部屋の扉を遠慮なく開け放った。
「よう引きこもり!邪魔するよ。」
ノックもしないで勢いよく、それも足で蹴りながら。
その様子は神に仕え祈りを捧げる貞淑な職業とはかけ離れている。
毛布を頭からかぶった状態の部屋の主は気にすることなく振り返る。
「なんだ<シスター>じゃないか。久しぶりだな。」
「あんたに<シスター>って呼ばれるのは気持ちが悪いね。<オーナー>。」
「お互い様だろ?<ヒーラー>のばあさん。」
「ばあさんは余計だよ!あんただってそんなに変わらないじゃないか!じいさん!」
「いでぇ!」
シスターが毛布の上からオーナーに蹴りを入れる。
ブーツを履いていたのでメキャ、なんてヤバイ音がしたがオーナーは少し声を上げて蹴られたわき腹をさするだけだ。
シスターはオーナーの古い友人だ。
正確にはギルドのオーナー、教会のシスター、そして魔物研究所にいるスライム爺さんこと所長の3人はかつての仲間だった。
3人でパーティーを組んで世界中を冒険して回る。そんな生活を送っていた。
オーナーと所長がシスターを取り合う・・・もとい押し付けあう光景もあった。
「魔物に<ヒール>を使って拷問するようなバイオレンスな女と結婚してたまるか!」と叫びあった二人は若きシスターにゲンコツで沈められた。
そんな日々だった。
余談ではあるが安全マニュアルに掲載されていた<回復だけじゃない?ヒールの意外な使い道。これでドS神官の仲間入り>はシスターを元に作られていた。
今だにわき腹をさすっているオーナーを見て懐かしさに目を細めてシスターは言う。
「骨は折れてないようだね。体は衰えてないじゃないか。もう冒険はしないのかい。」
「一般人が折れる威力で俺を蹴るんじゃない!それに冗談言うな。俺らの時代は終わった。これからは若いやつらを育てることに時間を使うんだよ。シスター。」
「そうかい・・・。」
寂しげに言うオーナーを見て、余計なことを言ったとシスターは少しだけ後悔した。
その空気を感じたオーナーが話題を変えるよう、しかし真剣な声色で言う。
「それで、この前の件で来たんだろ?」
「ああ。気になることがあってね。」
オーナーの言う「この前の件」というのは少し前にあったスライム事件のことだ。
街近くの森で旅人が運悪く息絶え、アンデットになったことで起こったものだが、既にギルドによって解決済みの話である。
しかしアンデットになった旅人を丁重に弔うことになったシスターの目には少しの違和感があった。
「一人で旅をしていた人間にしてはおかしいと思わないかい。なぜスライムしか出ないあの森の辺りで『運悪く』死んでしまったのか。」
「そうだな。」
「それに埋葬するときに持ち物を一緒に入れるだろ?なぜ旅人なのに少しの皮装備と護身用の剣だけだったんだろうね。」
「旅道具は見つからなかったのさ。」
「何人もの冒険者が周辺を探索して?」
「そういうこともあるさ。」
「・・・・・・・・・あんた、気づいてるんだろ。あの旅人が冒険者だったって。いや正確には冒険者じゃないか。<はぐれ>だったんだろ。」
「・・・・・・。」
シスターの言葉にオーナーは苦々しい表情をして・・・重く頷く。
「たまにいるんだ。うちの誓約書や依頼のシステムが面倒とか言って無視するやつが。そういう<はぐれ>の冒険者はすぐさま街の外に出てふとしたことで死んでしまう。あの旅人も恐らくは・・・そういう人間だったんだろう。」
少し前に誓約書にサインするところまでは行ったが、最初は街の中の依頼を受けられないと聞いて突然冒険者を辞めると言った若者がいたのだ。
それから街中でも誰も姿を見ないことと背格好を聞いたオーナーはあの若者だったのだろうと判断した。
「俺は冒険者を守るために努力は惜しまないつもりだ・・・でもそういうやつまで守れるほどの力はない・・・ルールを守れないやつは自分の命も守れないんだ。だから・・・。」
「そいつが馬鹿だったのはわかった。しかしなんでわざわざ旅人なんて体で報告させるんだい。見せしめにしてやればいいのに。」
シスターは容赦なく言う。
「ルールを守らない<はぐれ>が一人で冒険に出かけて死んでしまった。ってギルドが言うとシスターが今言ったみたいに皆馬鹿なやつだって言って終わりなんだ。死体に鞭打ちはしたくない。」
「だから旅人ってことにして運悪く死んでしまいましたって?相変わらずお人よしが過ぎるんじゃないのかい。昔から甘すぎるよ。」
「できることならみんなが幸せでいて欲しいだけさ。」
オーナーは両手を挙げる。降参のポーズだ。
なにを言われようと考えは変わらないらしい。
そんなオーナーにシスターは呆れたように追撃の言葉をかける。
「それで、みんなに幸せでいてほしいからここのギルドが国から圧力受けてるのを一人で抱えて隠してるって?」
「・・・どうしてそれをシスターが知っているんだ。」
以前から王都よりオーナーに書状が届いていた。
<今の独立した体制を改め、国から補助金を受けて国の指示の元動け。>
つまりは金はやるから俺の言うことを聞けと横暴なことを言われているのだ。
冒険者ギルドは貴族がスポンサーとなって補助金を受けることになっている。
貴族の間ではスポンサーになったギルドの数が多いことがステイタスなのだという。
出資したギルドが成果を上げれば上げるほど貴族の格もあがっていく。
権力争いに勤しんでいる貴族様は死亡者が極端に少なく、成果を上げるこの街のギルドが喉から手が出るほど欲しい。
そういう訳で度々オーナーに圧力をかけて自分のものにしようとしていた。
補助金をもらえば国、というよりは貴族の指示を聞かなければならない。
しかし現場を知らないけれど成果を期待する人間がどういう指示をするかなど判りきっているものだ。
「冒険者を送り出して魔物を狩らせろ」こちらの意見を聞き入れず、そう一点張りに騒ぐ様子がオーナーにはありありと想像できた。
まあ、圧力と言っても国のために貢献しろとか言う書状を送ってくるだけなので大したことはないのだが。
魔物を狩る時点で貢献はされているのだ。文句は言わせない。
しかしシスターが知っていたというのは想定外だった。
オーナーが目を丸くして驚いたのに気をよくしたシスターが種明かしで話してやる。
「教会は国の機関だからね。この街はギルドから支援を受けてるからそうじゃないけどさ。あたしの方からも説得しろってお達しが来たんだよ。もちろん無視してやったけどね。」
「なるほどな。連中、よほど俺のギルドがほしいと見える。」
「そりゃあんたを抱え込みたいんだろ。人気者はつらいね。」
「よせやい。今じゃギルドのオーナー兼ただの発明オヤジだよ。」
ふざけたところで話はこれで終わり、ということなのだろう。
聞きたいことも聞いたし元気にやっている昔馴染みの顔を見て安心したと帰ろうとするシスターだったがオーナーがそれを察して呼び止める。
「もう帰るのか?」
「なんだい寂しいって?」
「いやあ、ちと見て欲しいものがあってな。やっと雛形が作れたんだ。これなんだけど。」
子供のように目を輝かせ、目の前に筒のようなものを差し出してくるオーナー。
30センチほどの小さな筒を見て訝しげなシスターは首をひねる。
「なんだいこの筒。」
「これはな、懐中電灯って言って、火を使わない明かりだよ。」
「火を使わない?そりゃ便利じゃないか。」
暗い洞窟の中で明かりをとるには松明が必要だ。
しかし燃焼時間に不安があるし、火を起こすのも面倒。洞窟が狭ければ酸欠にもなる上、燃焼性のガスが発生していたら重大な事故になる。
松明はいざという時に武器にもなるが、それでも火を使わない明かりというのは画期的だった。
「まだ雛形で課題が多すぎるけどな。こうやって手からごくごく小さく電撃魔法を出して通電してやると・・・。」
オーナーの手元からパリッと音がした瞬間に筒の片側が明るく光る。
「お!火よりも明るいんだねえ。」
「問題は電撃魔法が使えないとダメってことだな。威力も調整しないとすぐに線が焼き切れてしまうから難しい。」
「それもあんたの言ってた世界の道具なのかい。」
「ああ、俺がいた世界では電池にエネルギーを込めることで誰にでも使える明かりがあったんだよ。それをこっちでも使えればなあ・・・」
オーナーが頭を抱えて悩む。
魔法の道具はすぐに作ることができるがこういうものは構造がわかってないと難しいらしいのだ。
もっと勉強しながら生きていればよかったなーとボヤいている。
「まあ期待してるよ。それじゃああたしはそろそろ帰るからね。」
「なんだ、教会はよほど忙しいとみえる。」
「そりゃあんたのところに頼まれてる新米冒険者共の面倒見なきゃだからね。」
「そりゃありがたいこった。未来の勇者パーティーを支える人材だぜ?丁重に見てくれよ。」
「わかってるさ。あとたまには魔法使いのじいさんにも顔見せてやんなよ。それじゃ。」
シスターが部屋を出る。
彼女が出て行ったあとの静まりの中で、オーナーは久しぶりに3人で集まってもいいかな、と昔を懐かしむのだった。
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