バレンタイン・スペシャル・エピソード

 二月十四日。朝の食卓にて。

 いつもどおり一緒に朝食を食べていた凛珠が、意気揚々とこんな話を振ってきた。


「翔ちゃん! 今日なんの日か知ってる?」

「バレンタインだろ?」

「そうだけど! なんであっさり当てちゃうの!?」

「そんなこと言われても」


 即答が予想外かつご不満なのか、凛珠は困り眉でこちらを見てくる。

 バレンタインといえば主に女子が熱中するイベントだが、男子だって意識しないはずがない。というか仮に意識していなかったとしても、周りが勝手に騒ぐしな。よほど世間に無関心でなければ、二月十四日の恒例行事くらい覚えているものだ。


「あっ。もしかして翔ちゃん、誰かからチョコもらえるんじゃないかって期待してる? 意識しちゃってるから、はっきり今日がなんの日か覚えてるんでしょ~?」


 からかうように言う我が幼なじみ。

 俺は冷静にこう返す。


「期待っていうか、実際にもらえる約束してるからな」

「えっ……誰から?」

「花楽とか裕子とかルナとか」

「先手を打たれた――――っ!」


 凛珠が大ショックといった感じに頭を抱えた。

 花楽、裕子、ルナ。

 三人とも、相性度が計れる恋愛コミュニケーションアプリ――エルステで、俺と相性バッチリと診断された女の子たちだ。凛珠にとっては、恋敵といえる。


「そ、そうだよね……あの三人なら回りくどいことしないでストレートに言うよね……」

「まあ、もらえるのはその三人からだけだろうけど」

「私もあげるよぉ!」

「え、義理? それとも本め――」

「幼なじみチョコ!」


 友チョコの亜種みたいなものが爆誕した。


「それに、ほら、いまエルステでもバレンタインイベントやってるでしょ? 私たちもそれ、できればなって」

「ああ……なんだっけ。たしかエルステ内でチョコ渡す約束したり、一緒にチョコ食べてる写真とか動画とか載せたりすると、相性度が上がりやすくなりますよーってやつか。バレンタイン当日限定で」


 俺はスマホをポチポチいじりながら、概要を確認する。


「そう! あわよくば、このイベントで翔ちゃんと私の相性度もアップ……なんて狙いはないけど! イベントと名の付くものは参加しなきゃダメだよね! 若者として! 女子として!」

「そういうものか」

「そういうものなの!」


 強引なようにも思えるが、気心の知れた幼なじみの思惑は十二分に察せられるので、深く突っ込むのはやめておく。

 ともあれ。


「というわけで、翔ちゃん! 学校終わりにまたお家にお邪魔させていただきます。翔ちゃんがアッと驚くようなチョコを用意しておくから、覚悟してね!」


 俺は幼なじみと過ごすバレンタインに、こっそり心を躍らせるのだった。



     ◇ ◇ ◇



 そして学校終わり。

 帰宅した俺は宣言どおりお邪魔してきた凛珠を出迎え、自室での待機を言い渡された。

 凛珠はキッチンでチョコの準備をしているらしい。

 つまり、手作りというわけか……手作り、凛珠の手作りかあ……。

 料理ははっきり苦手と公言している凛珠に、手作りチョコなんて作れるのだろうか。

 いや、料理ベタといっても別に食えないものを作るようなレベルではないし、手作りならなんだって受け入れるつもりだけど。むしろ手作りでなくてもオッケーだけど。

 なんにせよ楽しみだ、と心待ちにしていたところへ。


「お待たせしました」


 凛珠が部屋に入ってきた。

 布を被せたお盆を二つ持ち、思わず正座待機していた俺の前に座る。


「手作り……なんだよな?」

「もちろん!」


 照れくさそうに、しかし自信満々に言う幼なじみの笑顔を見て、テンションが上がる。

 凛珠はお盆の内のひとつを前に出し、被せていた布を取った。


「じゃーん!」


 お目見えした凛珠さんお手製のチョコは――棒状だった。

 お盆の上に、お皿が一枚。その上に五本、板チョコを縦にカットして棒状にした、ただそれだけのチョコが載っかっている。


「……なにこれ?」

「えへへ、手作りチョコスティック」

「板チョコ切っただけだろ!? なに上手にできました感出してんだ!」


 俺がズバリ言うと、ドヤ笑顔だった幼なじみの表情が自信なさげにしょげていく。


「待って翔ちゃん! 早とちりしないで! 秘策があるの!」

「秘策……?」

「お料理レベルが低いのは認める。私には本格的な手作りチョコは難しかった。だけど、翔ちゃんには喜んでもらいたいから……」


 言いながら、凛珠は手製のチョコスティックをぱくりと口にくわえた。

 細長い棒の先端を俺に向けながら、んっ、と身を乗り出してくる。


「せめて『あげ方』には、こだわってみようかなって」


 チョコスティックをくわえたまま、とろんとした目つきで俺に近づいてきて――って!


「待った待った凛珠! これポッキゲームだろ!? なら最初からポッキーでいいじゃん!」

「それだと手作りにならないし……」

「こだわるねそこ!? でもこれも手作りか否かでいったら否だからな!?」

「翔ちゃん細かい。照れ隠し……?」

「そんなことは……っ」


 ある。大いにある。

 俺の幼なじみは、攻撃力全振り幼なじみ。

 好きな相手には大胆・一途という意味で超攻撃的なアピールをかましてくる。しかも普段とは違って、色気たっぷりに。

 それ自体は好ましいし魅力的だと思うのだが、問題はこの好意を受け入れた後の展開……俺がここで凛珠の想定どおりにチョコを受け取ろうものなら、我が幼なじみは即ヘタレる。急に恥ずかしくなって顔真っ赤にして逃げ出す。

 そして明日にはチョコを渡した事実すら忘却して「え、昨日……? 二月十四日……あ、ああ~! 煮干しの日だったよね!」とかとぼけたことを言い出すのだ。

 俺としては、その展開だけは回避したい。

 だからこのままあーんぱくっといくわけにはいかない。


「ね? 翔ちゃん……恥ずかしがらないで……」


 ゆえに!

 俺は顔を近づけてくる幼なじみに、真っ向から立ち向かった。

 凛珠がくわえているチョコスティックを、神業のごとき速度で手に取ったのだ。


「え? あっ!」


 意表を突かれ驚く凛珠を眼前に、俺はチョコスティックを猛然とした勢いで食べる。

 それはもう、野菜スティックに大喜びなハムスターのように一心不乱にカジカジと。


「はいおいしかった! スティック状に切ってあるから食べやすくていいなこれ!」


 俺は勢いのままに感想を言う。もはや勢いで流すしかなかった。

 あとは凛珠が「もう! なんで手で取っちゃうの!」とツッコミでも入れてくれれば今日の出来事は笑える思い出として保管される。


「しょ、翔ちゃ……」


 と考えていたのだが、凛珠はなぜか口ごもってしまった。

 俺が怪訝に構えていると、


「チョコ……私が口つけてたほう……」


 あっ、と思った。

 勢い任せに全部食べてしまった。

 チョコスティックの、凛珠が口にくわえていたほうも。

 つまり、間接キス的なアレが……発生してしまいました……。


「しょしょしょしょ翔ちゃちゃちゃちゃ」

「バグらないで凛珠! ええと、ほら、あれだ!」


 凛珠は顔を真っ赤にしていまにも沸騰しそうな気配。

 俺はどうにかこの空気を破壊すべく、凛珠が持ってきたもうひとつのお盆に目をつける。


「あ、そっち! そっちのお盆! それはなんなのかなーって!」

「えっ、あ、はい。こっちはその……本命というか」


 少しだけ平静を取り戻した凛珠が、おずおずといった態度でお盆に被せていた布を取る。

 そして姿を見せたのは、マグカップ。

 中に入っていたのは、甘い香りを漂わせる茶色い飲み物だった。


「……ココア?」

「ううん、ホットチョコレートドリンク。さすがに切っただけの板チョコはどうかなって思って。こっちは普通に用意してみたの」

「へえ……あ、おいしい」


 香りに誘われるがまま口にしたそれは、程よい甘さでするっと飲めた。

 普通においしい。こういうのってもっと甘ったるいのを想像していたんだけど、予想以上に口に合う。ひょっとして凛珠が俺の好みに合わせてくれたのだろうか。

 こんな凝ったものを、凛珠が手作りしてくれて、俺に……。


「……なんか、急にバレンタインって実感が湧いてきた気がする」

「えー、なにそれー」


 おかしそうに笑う凛珠を見て、俺は安堵する。

 幼なじみのヘタレ化を回避できた今日は、きっと将来も語れるようないい思い出になる。


「ありがとう、凛珠」

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神アプリ曰く、私たち相思相愛らしいですよ? 真野真央/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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