特別短編『もしも○○○が幼なじみだったら』 第四話
第四話「『もしも○○○が幼なじみだったら』という話を火澄凛珠にしたら」
「――っていう夢を見てさ」
「私は!?」
今朝見た夢の話をしたら、幼なじみの凛珠が不満たっぷりにテーブルを叩いた。
朝食の並んだテーブルだった。幸いにも朝食そのものには被害はなかった。
朝、いつものように凛珠が俺を起こしに来て、一緒に朝食を食べることになって、その席でなんとなく話す流れになった、他愛もない雑談……のはずなのに、凛珠は涙目になりながら猛抗議してくる。
俺は努めて冷静に、モーニングコーヒーを飲みながらこう答えた。
「私はもなにも、おまえはもともと幼なじみじゃん。もしもでもなんでもなく」
「そうだけど……みんなのことは夢に見たのに、私のことは夢に見てくれないの!?」
どうやら俺の見た夢に自分が出てこなかったのが不満らしい。
今朝は三人の女の子が順番に幼なじみになるifストーリー的な夢を見たのだが、その三人というのがことごとく俺と相性度の高い女の子たち――凛珠にとっては恋敵だったのが、不満の原因だろうか。
……いやまあさすがに、夢の詳細までは語ってないですよ。
花楽が俺のネクタイを直してくれたりだとか。
裕子の制服エプロン姿に照れまくったりだとか。
ルナにベッドの中に引きずり込まれたりだとか。
そんなやきもち必至のエピソードを語ろうものなら、目の前の幼なじみは涙目になって対抗しようとするだろう。たとえ夢の中の出来事が相手だとしても、全力で張り合うだろう。それはそれで見てみたい気持ちはあるが、この場はグッと願望を堪える。
「夢に見るまでもなく、凛珠は年中無休で幼なじみだし。別にいいだろ」
「そうだよ! 翔ちゃんのためなら365日休まず幼なじみだよ! ブラック幼なじみだよ!」
「そんなブラック企業みたいに」
「翔ちゃんの幼なじみならブラックでもやり遂げてみせるもん!」
なんだかわからないが嬉しいことを言ってくれている……気がする。
凛珠は朝食がまだ残っているにかかわらずテーブルから離れ、リビングのソファにダイブした。
ちょうどよい大きさのクッションを胸に抱きながら、ふてくされるように言う。
「はあ~っ、ショックだなあ。翔ちゃんってば、幼なじみなら誰でもいいんだ」
「なに言ってんだ。そんなわけないだろ」
「でも、みんなが幼なじみになる夢見て楽しかったでしょ?」
うん。楽しかった。
……思わず即答してしまいそうになった言葉を、胸の中にしまう。よく耐えたぞ俺。
俺はソファに寝転がる凛珠を眺めながら、沈黙を貫く。
「どんな夢だったのかな~? たとえば花楽ちゃんが朝起こしに来てくれたり……」
「……!」
「裕子ちゃんが朝ごはんを作ってくれたり」
「……!?」
「ルナちゃんは……逆に翔ちゃんが朝起こしに行ってあげたり?」
「っ!?!?」
無言の俺に、ジト目を向けてくる凛珠。
遠回しに問い詰められている――っていうか、当たってるし! 怖っ! リアル幼なじみの勘、怖っ!
それでも俺は懸命に、どうにかはぐらかそうと言葉を探した。
といっても隠し事は得意じゃないので、絞り出したコメントがこれだ。
「ゆ、夢の内容なんてそんな細かく覚えてるもんでもないだろ」
「いい夢なら覚えてるよ。今朝だって私、翔ちゃんと――」
「えっ?」
「あっ」
しまった、という表情の凛珠と目が合う。
凛珠の発言。おそらくは失言。
その意味を考えるのは簡単だった。
「なに? ひょっとして俺、凛珠の夢に出てきたの? 凛珠の夢の中で俺、凛珠となんかしたの?」
「えっ、あっ、ええと……そ、空耳じゃないかなー」
「空耳なわけないだろ。バッチリ聞こえたよ」
凛珠は露骨に視線をそらし、徐々に顔を赤らめていった。
これは……恥ずかしくなるような夢を見たってことだな。
俺が夢の中で他の女の子たちといろいろやったように、凛珠は凛珠で、夢の中で俺といろいろやった。
その内容まではわからない。わからないが。
…………ものすごく気になる。
俺はテーブルを離れ、凛珠のいるソファに近づく。
すると寝転がっていた凛珠が三角座りの体勢で座り直したので、俺はその隣に腰を下ろした。
「凛珠。俺たち、うんと小さい頃から一緒にいた幼なじみだよな?」
「そ、そうだね。レベル99くらいはある幼なじみだと思うよ」
「なんレベルでもいいけど、だとしたら俺たちの間に隠し事は無駄だと思うんだ」
「そんなことはないんじゃないかな? 翔ちゃんが隠し事してるときとか、けっこうバレバレだし」
「え、マジで?」
「マジマジ」
マジか……いや、ついさっき自分で隠し事は得意じゃないって認めたばっかりだけど。
なんにしてもリアル幼なじみ、やっぱり怖い。怖いっていうか、強い。
「って、いまは俺の隠し事がバレバレとかどうでもよくて。本題は凛珠が見た夢の話。俺が話したんだから、凛珠もどんな夢を見たのか教えてくれよ」
「気にしすぎだよ翔ちゃん。ホント、大した夢じゃないから……」
「ふーん。幼なじみの俺にも話せないくらい、恥ずかしい夢だったと」
「は、恥ずかしくなんてないから!」
凛珠は顔を真っ赤にして否定する。
つまり恥ずかしい夢だったんだな。俺が出てくる恥ずかしい夢……。
ますます気になってしまった俺は、意地悪く凛珠に問い続ける。
「あのさ、凛珠。俺は別に、凛珠がどんな夢を見たとしても何も思ったりはしない。夢の内容なんて自分の意思でどうこうできるもんでもないし、恥ずかしい夢を見たとしても不可抗力ってやつだ」
「ううっ……」
「だけどほら、純粋に、ええと、知的好奇心? 気になってしょうがないっていうか……うん。それだけだから。というわけで、ほら、な?」
「しょ、翔ちゃんがそこまで言うなら……」
お、説得成功か?
凛珠は前髪をいじりながら、きょろきょろとあたりを見回す。
かと思えばちらちらと俺の顔を覗き込んだりもして、さらに口をもごもご動かしたりも。
なんだなんだ、なんの予兆だ――と怪訝に思う一瞬の間。
俺の身体は、不意に横倒しになった。
「あ、あれ? 凛珠さん?」
ソファの上に、仰向けに寝かされる。
なぜそうなったかといえば、凛珠が俺の身体の上に覆いかぶさっていた。
もっとわかりやすく言えば、押し倒されていた。
「翔ちゃん……」
俺の上にいる凛珠の顔が、熱っぽく上気している。
俺はその様子を見て、すぐに状況を理解した。
これは攻撃力全振り幼なじみ特有の、超攻撃的アピール。
いつものスイッチが入ったのだ、と。
「夢の中で、私と翔ちゃんが何をしたのか……実際に同じことして、教えてあげる」
凛珠はいつもとは違う色っぽい声で、そんな誘惑的なセリフを口にした。
その上で、腕立て伏せをしようとする。
すぐ下に俺がいるわけだから、そんな体勢で腕立て伏せをしようものならどうなるか――あっ、そういうことか?
夢の中で俺と凛珠がしたことというのが、これなのか?
それが、いまから現実でも体験できる――このままおとなしく待っていれば。
頭ではそう理解していたのだが、
「凛珠……」
「ひゃっ!」
俺は思わず、凛珠の腰に手を回してしまっていた。
本能的に抱きしめたかったのだと思われる。
しかしその行動は反撃に弱い凛珠にとっては不意打ちもいいところで。
さっきまでの色っぽい雰囲気はどこへやら、大慌てで俺の上から飛び退いてしまう。
ソファからも離れ、手を伸ばしても届かないほどに距離を取られ、俺は察した。
いまの凛珠は、すでにヘタレ状態だと。
「あの、凛珠さん? 夢の中でしたことの再現は――」
「夢は夜に見るものだよ! そして私たちは夢の中じゃなくて現実を生きてるから!」
急に哲学的なようなそうでないようなことを叫んで、リビングの出入り口まで移動。
「じゃ! 私は先に学校に行くね! 翔ちゃんも夢ばかり追いかけてないで現実を生きてね! じゃ! じゃ!」
わざとらしいくらい別れの挨拶を連呼して、出ていった。
……あとに残された俺は、ソファの上で頭を抱える。
「今度は幼なじみがヘタレじゃないifストーリー的な夢が見たい……」
切実にそう願った。
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