特別短編『もしも○○○が幼なじみだったら』 第三話
第三話「もしも石動ルナが幼なじみだったら」
「おーい、ルナ。朝だぞ起きろ」
部屋の扉にノックをし、それでも返事がないので一分待ってから勝手に入る。
二人の間で事前に決めていた約束だ。
起きろと呼びかけても返事がない――ということはつまり、起きられていないということ。そういったとき、幼なじみである俺には次なる仕事が回ってくる。
部屋に入って可愛い幼なじみを直接起こす、という。
「んん……」
案の定、俺の可愛い幼なじみ――自称ではあるが、内心俺も認めている――はベッドの中にいた。
お気に入りの枕を抱きながら、これまた可愛らしいパジャマ姿を晒している。寝相が悪く掛け布団は真横に追いやられていた。
一応、熟睡状態からは脱しているようで、目元をこすりながら俺のほうに視線をやってくる。
「あー。翔だ。んあっ……おやすみ……」
「おはようだよ」
「おは……おは……おはすみ……」
「惜しい」
ねぼすけ全開な言動を取りつつ、まぶたを閉じたり開いたりする幼なじみ――石動ルナ。
起きているときは「え、あの子可愛くない!? モデルかなんかかな?」とよく言われる容姿しているのに、寝起きは見る影もない。
「おまえって普段はしっかりしてるのに、朝はてんでダメなのな」
「そうそう。だから昔から、可愛い幼なじみに起こしてもらわないと起きられないんだよねー」
「それ、普通は男の願望だぞ」
「でも実際に可愛い幼なじみが起こしに来てくれてるんだから、ルナちゃんってば果報者だなー」
「誰が可愛い幼なじみだ」
ルナはベッドの上で上半身だけを起こし、俺を指さした。
男子高校生として、可愛いは不名誉な肩書きではあるが、不思議と悪い気はしない。
……なんて、間違ってもこいつの目の前では言わないが。
「謙遜しなくてもいいってばー。翔は十分に可愛い幼なじみですよ。あたしにとってはね」
「謙遜もなにも男として不名誉なので拒否したい肩書きなんだよ」
「だーめ。幼なじみは宿命だよ。君はこの宿命からは逃れられない」
「まあ確かに、幼少時代のご近所付き合いに左右されるものだからな。こればっかりは……ってそっちじゃなく。可愛いのほうがいらないの」
「えー。もったいないの。あたしだったら、翔に『可愛い幼なじみ』なんて言われただけで大喜びなんだけどなー」
「…………」
んなもん四六時中思ってるっちゅーに。
と、これもまた、間違っても本人の目の前では言わないが。
俺は長年の付き合いですっかり見慣れてしまったルナのパジャマ姿にドギマギすることもなく、幼なじみの務めとして朝の準備をさせようとするのだが――
「ってなわけで、おやすみー」
「おやすむな。起きろ」
この幼なじみは、意識を覚醒させてからが長い。
ベッドから離れさせるには、いろいろ試行錯誤する必要があるのだ。
俺はルナが再び布団を被ったので、その端を持って引っ剥がそうとする。
が、ルナも当然のように布団を引っ張り、抵抗された。
「うう、ルナちゃんの幼なじみがこんなに厳しいわけがない」
「現実を見ろ。そして甘えるな」
「お願いだからあと五分。それがダメならあと二十分」
「妥協案と思わせて本命の要求を通そうとするな。騙されねえぞ」
「二十分は二度寝に最適な時間なんだって。この前ネットで見たもん」
「ネットの情報に踊らされるんじゃありません」
「手強い……じゃあ翔。こっち見て」
「ん?」
「好き」
掛け布団から顔だけを出したルナが、頬を赤らめながら告白してきた。
好き――という、極めてシンプルでダイレクトな、愛の告白。
起き抜けらしからぬ情熱的な眼差しは俺に向いていて、一度目を合わせてしまったら最後、掛け布団を引っ剥がそうとしていた手に力が入らなくなる。
「好き。好き好き。大好き。愛してる!」
「は……なっ!?」
「好きだから。愛してるから。だからお願い……ねえ、こっち見て?」
そう言いながら、ルナはゆっくりと掛け布団をめくり始めた。
その中にはもちろん、なまめかしいルナの肢体が隠れており――いやいやいや! なまめかしい肢体ってなんだ! 見慣れた幼なじみのパジャマ姿だろう!? なに考えてんだ俺!
「隙あり!」
一瞬の油断。
その隙をつかれ、俺はベッドの中に引きずり込まれた。
柔らかい感触と、自分のベッドでは味わえない女の子っぽい匂いにクラっとして、意識を持っていかれそうになる。
目の前には、ほくそ笑む幼なじみの顔があった。
超、近い。
「ふっふっふ。ひっかかったね翔」
「お、おまえなあ!」
「怒らないの。せっかくのルナちゃんからのお誘いなんだからさ」
「お……お誘いって……」
「レッツ二度寝」
ルナは遠慮も恥ずかしさもなく、俺に抱きついてきた。
俺は身じろぎして脱出を試みる。
「やーだー。逃げちゃだめー。あたし枕がないと寝られないんだから」
「幼なじみを抱きまくらにするな! じゃなくて、本当に起きないとまずいだろ!」
「ふーん。じゃあもし今日が休日で、この後の予定とかなんにもなくて、二度寝もお昼までオーケーだとしたら? 翔はそれでもルナちゃんのベッドから逃げる?」
「それは……」
別にいいかも。
別にいいかもだけど……あれ、そうだっけ? 今日って休日だったっけ?
俺、制服に着替えたし……平日で、これから学校だったような?
いや、それでなくても昼まで二度寝はよろしくないだろ……怠惰だろ……。
ああ、でも。
……なんというか、心地良いな、この時間。
「……むう」
「ふふふ。翔おとなしくなった」
俺は謎の誘惑に抗いきれず、言葉をなくす。
俺を抱いてご満悦のルナは、より一層腕の力を強めてきた。
「ああもう、わかった。わかりました。俺の負けです。あと二十分だけな」
「えっ? そこは五分じゃないんだ……」
「なんだよ。なんなら三分にするか?」
「んーん。あと二十分ね」
我ながら甘い判断だったような気がする。
でも仕方ないんだ。
ルナではなく俺自身が、この時間を『あと五分』ではなく『あと二十分』、欲しいと思ってしまったのだから。
「……ねえ、翔」
「なんだよ」
「あたしってホント、昔から朝、弱くてさ」
「うん」
「高校生になってもこうだから、たぶんこの先も……社会人になってからもきっと一人じゃ朝起きられないと思う」
「苦労しそうだな」
「だから、これからも翔に朝起こしてほしいな、って」
「ずっと?」
「ずっと」
それは、つまり。
そういう、ことで。
「ダメ?」
抱きつきながらの上目遣いで訊いてくるルナに、なんて返そう。
俺はしばらく考え込み、こう答えを出した。
「……就活するときがきたら、一緒に昼からの仕事探してやるよ」
「そうじゃないんだよなあ」
情けない逃げの返答だったが、ルナは満足そうに微笑んでいた。
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