遺跡へ

 その男は、丈高く肩広く、尻も四肢も頑強である。筋肉隆々ながらしなやかで、驚くべき硬さを、強さを、速さを具える。一日中走り回っても疲れを知らない。心身頑強な放浪の部族の中でも一際秀でた戦士である男の運動能力を伝え聞けば、都市部に住む者達の多くは笑い飛ばしただろう。


 その頑健さに引き換え、男の武装は都市部の物から見れば貧弱の一言である。鉄製の武器が主流となりつつある今の時世に皮の鎧も纏わず、動物の毛皮を腰に巻き、手斧、それに長大な剣が一本携えた姿は賊か蛮族だ。


 放浪の部族は蛮族と蔑まれる事もあるので、それは正い評価であるかも知れないが、男を含めた放浪の部族には軟弱な連中の評価など如何でも良い事であった。戦となれば、大枚を叩いて放浪の部族を雇い入れるのも、軟弱な連中なのだから。


 さて、その部族一の戦士である男、ダモアが一人寂れた渓谷を歩いているのには訳があった。放浪の部族と馴染みのあるトマと呼ばれる人々の困窮を知り、手助けするためである。トマとは森に住む人と言う意味で、部族とは昔から交流がある。そのトマの住む森を通りかかった際に、助けを求められたのだ。何でも森を荒らし、年若い娘を浚う魔物が出て、それを討伐に向かった射手たちが戻らぬと言う。


 だが、助けを請われた放浪の部族は、戦に向かう途中であった。多くの男は戦に赴き、残る老人や女子供は留守を守る必要がある。戦は部族の大事な収入源である、如何に交流ある人々の困難とは言え、部族総出で解決できる状況にはない。その現状を知り悲嘆に暮れるトマの長老と、娘を浚われ嘆き苦しむ母親の姿に、ダモアは憐れみを覚え、自分一人で解決する旨を申し出た。


 ダモアが抜けるのは、戦力の低下を招く。だが、交流ある人々を見捨てる事は放浪の部族はしなかった。都市部の連中の戦であれば、ダモアの武勇が無くとも部族の勇猛さを示せると戦士達は請け負ったのだ。



 トマの射手達が魔物を追いすがった先がこの渓谷の向こうにある古びた遺跡。追った八人の内一人だけ場所を知らせに戻り、残り七人が遺跡に入り込むが、未だ帰らない。その様な場所に一人で突き進むのは蛮勇以外の何物でもなかったがダモアには恐れも何もなかった。


 だが、程なくして見えてきた遺跡の異質さにダモアは息を呑んだ。放浪の部族は多くの場所を見てきた。多くの異文化を。しかし、この遺跡はどれにも当てはまらぬ全く未知の物。都市部からも然程遠い訳でも無いこの地に、この様な異質な遺跡があるとは……。


 ぽいっかりと空いた黒々とした入り口が、まるで魔物の口のように感じたがダモアは意を決して中へと足を踏み入れた。


「魔物であれば、腹から食い破れば良い」


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【自主企画参加作品】血煙慕情一人旅 キロール @kiloul

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