第12話 エピローグ

 洋介は、大宮駅のホームで午前4時30分始発の京浜東北線を待っていた。

 駅の時計に習慣の様に眼がいった。

 まるで都会に通勤するいつもの通過儀式の様だ。 

 さっきまでの出来事が遥か昔の様に思えてくる。  

 あれほどの出来事でさえも日常に埋もれていくのか。

 意味の重さに対して不誠実な気がする。

 不意にキリのトランスが届いた。

 さっきまで触れていたのに、無性に懐かしく感じる。

『シクラのクレ第8管区調査官キリです。無事帰還船に搭乗しました。地球滞在中、任務への協力に感謝します』

 無事、帰還船に搭乗出来た事が分かり、ホッとする。

『如月結衣さんから最期のメッセージを託されました。上官にこれまでの経緯を報告し、特別な許可を得ましたので転送致します』

 結衣からの暖かいメッセージが届いた。

『洋ちゃん、お元気ですか。帰りは寒いから風邪をひかない様に気を付けてください。そして又、一緒に暮らしてくれてありがとう。前と同じように作ってくれたオムレツも美味しかった。それなのに最期に我儘を言ってごめんなさい。キリさんにも悪いことをしたわ。荻窪駅で再会してからは夢のような日々でした。一緒にご飯を食べたり、泣いたり、笑ったり。レストランで共稼ぎまでして。でも、もうすぐ私は消えてしまいます。もう再会するチャンスはありません。だからどうか私の事は忘れて下さい。忘れるというのは、私たちが前を向くために神様が果たした定め。それに逆らってはいけないわ。だけど最後に一つだけお願いがあります。それは、あのオムレツを食べた時だけは、私を想い出して下さい。そして私の名前を呼んで! それから心に花束を添えて下さい。それだけです。病院で命を閉じる時、もう会うことないと諦めていたのにキリさんのお陰で奇跡の様に会えて本当に嬉しかった。それなのに又、先に逝ってしまいごめんね。どうか身体に気を付けて私の分まで生きて下さい。さようなら、愛してる。ありがとう、洋ちゃん』

 結衣のメッセージが終わるとキリに変わった。

『メッセージは以上です。洋ちゃん本当にありがとう。たとえ愛する人の記憶でさえも忘れる事の大切さに気付かされました。それがあるから人は前に進めるんですね。憎しみも忘れなければ平和は来ない。シクラには、必ず報告をします。そして平和の実現に向かいます。奇跡は動かせるんだから。川島洋介さん、いつまでもお元気で。この件は、誰に話されても構いません。但し、信じてくれればだけど。敬礼』

 メッセージは終わった。

 天気予報通り、空は雪空に変わった。

 ホームには、この季節2度目の雪が吹き込み始めた。

 両手に息を吐きかけながらベンチに腰を下ろした。

 短く切ない再会だった。

 やっと想い出にした記憶だったのに、掘り起こしてしまった。 

 人はこうして、何度も新しい出会いや別れを紡いでいくのか。

 そして記憶を想い出に変えていくのか。

 その為に生きていくのか。

 それが人の定めなのか。

 結衣の言葉が胸に蘇った。

『忘れるというのは、私たちが前に向くために神様が果たした定め』

 人は、同じ所に留まってはいけない。

 前に進んで行かなければならない。

 そう言っていた。

 別れのメッセージなのに何故か微笑んでしまった。

 ベンチから立ち上がりホームの先に向かった。

 ホームの先にはまだ明けきらぬ稜線に向かって延びるレールが見えた。

 レールは雪雲に吸い込まれ、行き先は見えない。

 雪雲の切れ間からひとつ星が見えた。

 その輝きは暖かく、微かに滲んでいるように見えた。                                                                               (了)                        


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宇宙人のレシピ「オムレツの記憶」 結城 てつや @ueda1192

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