第52話 幽霊船で宴
「うるさい奴等が一掃できた事を祝して乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
船長の乾杯の言葉と共に酒を呑み始めるイモータル、そしてファントム一同。イモータルと比べ、血の気のない真っ白な肌をしたファントムの船員だが、うちの団員と同様に酒を呑んで馬鹿騒ぎを始める。同じ不老不死なら酒の飲みすぎで死ぬ事はないのだろう。そう考えると普段よりも酷い飲み会になりそうだ。
ちなみに会場は幽霊船…………いや、正直こんなところで酒飲んで騒いでいいのかと思ったが、ファントムの船員は船から降りられないそうなので、いつもイモータルと飲む時は幽霊船と決まっているらしい。
ただ、「あ、そういえば、前にもここで飲んだな」とファントムと酒盛りをした過去を今まで忘れていた団員が見られた。幽霊船で酒を呑むなんて経験を忘れるなんて、どんな酷い飲み方をしたのだろうか…………なあ、ユーマ。前の飲み会は覚えてるか? 覚えてる……そうか。どうだったんだ? ……三日三晩意識を何度も失いつつ、飲んでた? …………これは今までの飲み会と格が違うぜ。
俺は端の方に移動し、できるだけ目立たないようにした。俺はこれまでの飲み会で気付いた事がある。酔っ払いは視界に入った奴に絡んで来る。視界に入らなければ、気にされる事はない。酒によって誰かを思い出せるほど頭は回らないからだ。
だから俺は見つからないようにこっそり……。
「あら、ケルベロスどうしたの?」
「…………」
「本当にどうしたの? まるで敵と遭遇したみたいな顔つきよ?」
落ち着け俺……酔っ払いとエンカウントした訳じゃない。
大丈夫だ、先手必勝で相手の意識を奪う必要なんてないんだ……。
「悪い、マリア。酔っ払いを警戒しててな」
「酔っ払いですか? ああ、この前は酷い目に遭いましたからね。特に今日は船の上ですから、気を付けないと……」
「ああ、もう漂流なんかしたくない……。ところでマリアは飲まないのか?」
マリアは体が弱いものの酒を飲む。海へ飛び込むのを見て、つられて飛び込むほどには飲まないが。常人並みには飲むので、酒を口にしない事は少なくとも今まではなかった。
「ええ……私、ここでは飲まないようにしてるの」
「ここって……幽霊船って事か?」
「船長とか船員には悪いけど、ここって私にとって最悪の環境なのよ」
「最悪の環境?」
「ええ……まずは海の上に浮かんでいるから船酔いが酷くて…………正直さっきから吐きそう、うっぷ」
「喋るな! 横になってろ!」
船員で見慣れてしまっていたせいか気付かなかったが、彼女の顔からも血の気が引いていた。がっつり体調不良である。
「だ、大丈夫……正直喋っていた方が気が紛れるの」
「マリアがそれでいいなら……」
「う、うん……本当に大丈夫よ。それで、次に問題なのが……この船って言ってみれば魔力の塊なの。知ってた?」
「魔力の塊?」
「そう……膨大な量の魔力が船としての形を形成してるの。だから結構自由に形を変えられたりできるし、一切傷もつかないの」
なるほど、クレアの包丁で斬れなかったのはそのせいか。一つ謎が解けた。
「それでね、私はちょっと魔力に敏感みたいで、こんな魔力が目に見えるぐらい濃いと…………すっごく気持ち…………おえっ」
「おい!?」
「あ、うん、大丈夫……もうさっき全部吐いたから、空餌付きよ」
「もう船から降りろ!」
どうして、そこまで無理して乗船したんだ!?
俺はマリアに肩を貸して船を降りた。まあ、ちょうどいい。これで飲み会に参加しないで済む理由ができた。マリアを宿に連れて行ったら、船には戻らないようにしよう。三日間もぶっ通しで飲んでいられるか。
こうしてマリアを理由に、俺は幽霊船から脱出したのだった…………そんなふうになれば良かったなぁ……。
マリアを連れて船を降りようとしたところ、他の団員に見つかれ身柄を確保されたのだった。
「おい、ケルベロスを連れて来たぞ」
「こいつ、折角の酒盛りを抜け出すなんて何考えてんだ?」
「くそっ! 放せぇぇぇぇぇぇ!」
マリアを介抱する為に抜け出せたと思ったのだが、両腕をがっちり体格の良い団員達に掴まれて、あっという間に連れ戻されてしまった。俺の酔っ払いの視界に入らなければ大丈夫という経験則は誤りだった。
くっ……まさか、こんなにも早く連れ戻されるなんて……。
今日も無理矢理飲まされてとんでもない目に遭うのだろうか。船の上という事もあって直近の漂流が頭を過ぎる。
ま、万が一、船から落ちても今回は大丈夫だ! 俺にはサーペントが居る。サーペントさえ居れば海面を歩く事ができるし、何も心配はいらない。
そう思い、ついサーペントを探す。だが、サーペントの姿が見当たらない。はて……いったい何処に…………ん?
見つけた、といっても船の上には居なかった。
港にタロスが座っていて、そのすぐ近くにサーペントが彼を見上げながら立っていた。互いに身振り手振り、言葉を発さずにコミュニケーションを取っている。言葉を語らない者同士波長があったようだ。うん、俺は嬉しいぞサーペント。イモータルで気の合うお友達を見つけられて…………俺は今落ちたら確実に沈むだろうけど。
グラスを持たされ、酒を注がれる。もう飲むしかなかった。
……それから、どれだけ時間が経ったか、どれだけ飲んだか…………覚えていないが、団員から、船員から次々と注がれる度に飲んだ為に幾度も意識を失った。途中、ダンやユイカ、フェルが来た気がするが覚えていない。
どんな酷い飲み方をしたのだろうかと思いながら俺は目を開ける。
俺は何度目か分からないが、再び失っていた意識を取り戻した。だが、意識が覚醒していくにつれ、これまでと違う事に気付く。
意識を取り戻した直後、酒を満たしたグラスを差し出されたり、口に酒を注がれたりしていたのだが…………来る気配がない。酒が切れたのか? まあ、寝起きで酒を飲まなくて済むから良かった。
だけど変だな……静か過ぎる。酒で全員が酔い潰れてしまったとしても、寝息やら聞こえても良いはずだ。だが、そのような音も一切聞こえない。唯一聞こえるのが、波の音。
…………なんか嫌な予感がする。
鼓動が早まり、意識が一気に覚醒した。すぐさま上半身を起こして周囲を見渡す。すると船の上には誰も居ない。
「…………いや、きっと買い出しにでも行ってるんだ。うん、きっとそうだ」
そろそろ船へ戻って来る皆の姿が見えるんじゃないか? そう思って俺は立ち上がり、船の縁に近付いて皆を迎えようとした…………海だった。
あっはっは。そうかそうか、逆だったか……………………海だった。
船は出航していた。
「どういう事じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
誰も居ない甲板で俺は絶叫した。状況の意味不明さに、一気に酒気が吹き飛ぶ。
俺一人幽霊船に乗せられて出航? 身一つで漂流するよりかはマシかもしれないが、漂流というか、遭難というか…………この状況なんて言えばいいの?
「起きたか」
「おおっ!?」
床から何か生えて来た!? ……あ、船長だ。
「驚かすなよ……」
「すまない。この船は私の体のようなものだから、こんなふうに自由に移動できるんだ。船員は慣れているから、つい慣れた移動をしてしまった。だが、君も慣れておいてくれ……暫く私達と共に行動するのだからな」
「は?」
意味不明。この状況も意味不明だが、船長の言っている事も意味不明だった。
「悪い、どういう事なんだ? まるで、俺が船長達と行動を共にするような言い方だが……」
「だからそうのように言っている。これから暫く君はイモータルではなく、このファントムの船員になるんだ。分かったか?」
「……分かった。でもな…………分かったけど、分からねえよ!っ」
船長が言っている事は理解した。
次はどうしてそのような事に至ったのか説明を! ご説明を! プリーズ!
船長は俺が何も知らないのかと僅かにだが表情に驚きの色を見せ説明をしてくれるのであった。
死なない奴等の愚行 山口五日 @itsuka26
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