第3話 同じ飯を食うもの

 ずっとスーとしか喋ってないけど同じ柵内に豚は他にもいる。


 自分とスーの事をじっと見てる奴や何か話してる奴、こちらに全く興味を示さず隅にいる奴、数えて四はいる。ちなみに豚の数え方だが、自分達豚を頭とか体とかで数えるのも癪で、でも一人二人や一豚二豚と数えるのも変な感じがして単位はもう撤廃した。まぁ気分の問題だ。言うときは言う。


 自分はそこまで他者に興味を抱かない人間だった・・・と思う。記憶はないが今の自分は少なくともそうだ。だがそうも言っていられない。これから同じ餌ではなく飯を食う奴らの名前、性格ぐらいは知っておこう。豚としての経験は自分は赤ん坊並だ。豚として教わることはいくらでもあるはずだ。


 まずは謝罪しよう。全員に向かって大きな声を出して謝ろうとしようと思ったが、それだと、突然叫んだ奴である自分が大きな声を出してまた警戒されるだけだ。二の舞にならないように個別に挨拶しよう。


 最初は誰にしようか、会話の中に入るのは苦手だし、隅のほうに顔を向けてる奴は取っ付きにくそうだ。消去法でじっとこちらを観察している奴からにしよう。


 話しかけるとき、向こうはソーだと思ってるんだし、丁寧すぎるのもどうかと思い、あえて崩していこうと決める。


 「その、話、してもいいか。」


 「えっ、あっはい。」


 「さっきは突然叫んですまなかった。」


 「ええいやっ、はい・・・そうですね本当に怖かったです。」


 「真に申し訳ございませんでした。」


 「あぁ、そんなに謝らないで。今さっきスーと話しているのは聞こえてましたから。」


 「聞こえてたのか・・・」


 「はい。あなたがソームさんであることも。」


 「そうか、じゃあこれからよろしく頼む。」


 「はい。どうせ短い生ですけどね。」


 「・・・知っているのか。」


 「当然ですよ。ある程度大きくなればみないなくなりますから、生まれたての頃は知りませんが少し大きくなれば誰でも知ってますよ。」


 「そうか・・・そういえば名前聞いてなかったな。」


 「サーサといいます。」


 「その、サーサは殺されることについてどう思う?」


 「まともに向き合えませんよ、そんなの。短い生を悔いなくとかこんな閉ざされた空間で、そんな次元の話じゃないですからね。自分の体が大きくなって死期が迫ると情緒不安定になる奴や、完全に諦めちゃう奴もいますけど、私は狂うことも諦めることも怖くて何もできないです。」


 「・・・そうなのか。」


 「結局、あなたも私もいずれ殺されますからね。考えるだけ無駄なのかもしれませんが。」


 「・・・」


 「ソームとサーサ、暗い話ばっかりしないでいこうよ、しんどいよ。」


 「そうだな。ありがとう、スー。」


 「えぇ、何回したか分からない話ですからね。」



 サーサの話を聞いて、知っているという当たり前といえば当たり前のことに強い衝撃を受けていた。


 殺されることが分かっていながら成長して、生きていく。みんなこれを知っている。


 よく人間は閉鎖空間にずっと入れられたら気が狂うとか、太陽の光を浴びられなければおかしくなるとか言うがそんなもんじゃない。殺されると分かってて、逃げ出せない柵の中を食われるために生きていく。


 これで気がおかしくならないほうがおかしいのではないか。人間から見れば仕方ないで済んでも、自分が豚になってしまえば当然仕方ないで済まない。かといって逃げられるとは思えないし、逃げたところで捕まえられて逆戻りか、麻酔銃ならやさしいほうで射殺される可能性もある。何の策もなく逃げ出しても悪い方向にしか転ばない。で、都合よく策が思いつく訳もなく。


 そもそもこの柵越えられないしなぁ。それに自分だけ逃げられたとしてもスーやサーサはどうするんだ。見捨てるのか。スーやサーサとは今知り合ったばっかでそんな義理はないだろうとはなぜか言えない。多分生まれた初めてできた仲間だからだろう。親とは少し違うが、捨てられない縁がある。はぁ、さっきスーに言われて話は切り上げたのに、一人で考えてしまっては意味がない。横にでもなろうか、暇だし。でも下の床、汚いしな、やめておこう。何かすること・・・特にないな。あぁ、そうだ、挨拶するんだった。あいつらコンビはまだ喋ってるし、隅の方にいる奴に話しかけよう。ゆっくり近づいて顔を覗いてみると見事熟睡、寝顔がそこにあった。うげ、こいつ寝てたのか。もしかして自分が叫んでたときも寝てたのか。すごい寝つきがいいんだな。


 そんなことを考えているとまたスーから声をかけられる。


 「もうそろそろ、あれの時間だよ。」


 「あれ?」


 「あっそうか、分からないんだ。ご飯だよご飯。もう少しでご飯を持ってきてくれるんだ。」


 「あぁご飯か。」


 豚になって初めてのご飯だ。興味はあるが、味は期待しないでおこう。バリエーションは恐ろしく少ないかもしれない。大丈夫かな、まずかったらどうしよう。うん、生きていくためだ。


 それから数分後、建物の扉が開く音がし、おっさん一人と若い女の人一人が入ってきた。

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家畜転生 雨村友斗 @saturnignition

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