第2話 友と名前
とまぁ殺されるもんかと自分自身に誓いを立てた後、気を緩めてあたりを再度見渡すと依然豚は自分からかなりの距離をとっていた。やはり警戒しているんだろうか。当然だ。
そんな中、一匹の小さな豚が自分の元に少しだけ近づいてきた。
「大丈夫?」
勿論今最も近くにいるこの豚は日本語を喋った訳じゃない。唯、人間のときは分からなかっただろう、豚の言いたいことが分かった。そしてそれはそう聞こえた。
「あぁ、大丈夫になった。」
自分が思ったことを伝えようと声を出した。自分の鳴き声の意味がどれほど相手に伝わっているか分からないが、だからといって無視するのはこの重い空気の中手を差し伸べてくれたこの豚にしたくないと思った。
「いきなり大声出してどうしたの、ソー」
その返事を聞いていくつかのところで驚いた。
まず、大丈夫ぐらいならまだしもさらに複雑な返事、人間みたいな返事が返ってきたこと。
それに最後に聞こえたソーって何だ。もしかして自分の名前なのか、名前なんてあるのか。豚である自分、正確には自分の意識が生まれる前のこの豚の名かも知れない。ソーと言うのか・・・
それに豚の鳴き声でソーなんて音、何で聞こえるんだろう。人間には聞こえないのか。分からん。
それと同時に、自分が鳴いているのを自分の耳で聞いて、自分が豚であることを改めて実感した。
「ごめん、もうなんでもないよ。」
「そう、ならよかった。」
ならいいのか。すんなり納得しすぎな気もするが、納得してくれたならそのままにしておこう。
「ソーが突然叫んだから吃驚したよ。」
「うん。」
こいつはおそらく前のソーを知っていたんだろう。最初に話しかけてきてくれたのを見てソーとは仲がよかった友達だったのかもしれない。だがもう自分はソーじゃない。名は覚えていないが前は人間だと思ってる。もうこいつが言ってるソーじゃない。
言うべきか、もう自分はソーじゃない。少なくともソーとは思えないということを。
でもこの豚に言って何になるんだ。唯こいつが友を失ったことを知るだけだろう。誰も得をしない。唯ショックを与えてこの豚の寿命から言ったとしても本当に短すぎる生の中で無駄に傷を負わせるだけだ。
昨日、否、さっきまで普通だった友が突然叫んで、もう前の自分じゃないと言う。お前なんて知らないと。そんなこと普通はありえない。悪い冗談だと思うのが普通で相手にしないかも知れない。でも勘だが、この豚は最終的には信じてくれる気がする。だが言っていいのか。否、言わなければならない。ソーが戻ってくるかどうかは全く分からないしどこに言ったのかも分からないが、自分が健在である限り、ソーが戻ってくることはない気がする。ソーであること、友であることを偽って、こいつが殺されるまで演じ続けるのも一つの選択肢としてはある。だが、自分はこいつの名すら知らない。こいつがショックを受けるのは仕方ない。自分は自分として生きていきたいんだ。自分はソーじゃない。
「あのさ、大事な話がある。」
「うん、何?」
「ソーじゃない。」
「えっ?」
「自分はソーじゃないんだ。さっき目覚めて豚であることに驚いて絶叫した。少なくとも自分はソーの記憶、ソーである意識がない。」
「嘘、冗談?」
「嘘でも冗談でもない、本当だ。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「本当に・・・本当にソーじゃないの?」
「あぁ・・・」
「・・・・・・」
「それで、お前に二つ頼みがある。」
「・・・何?」
「お前の名前を教えてほしい。それと自分、否、俺の友になってくれ。」
「・・分かったよ。僕の名前はスー。友達になろう。」
「スー、ありがとう。」
「うん。」
いきなり目の前でさっきまで喋ってた奴が自分はそいつじゃないと言って自分の名前を尋ねる。スーの心の中は分からないが辛い筈だ。でもこのままソーになりきり続けるのは嫌だった。早めに暴露できてよかったんだろう。多分ソーだと偽っていたとしても結局いつかソーじゃないと暴露してしまうだろうし、ソーじゃないとばれたときの方がより悪い。
急変した自分を頑張って受け入れてくれたスー。自分の初めての友だ。でもスーも自分も数ヵ月後には殺されるのか・・・あっそうだ。ソーじゃないといったんなら自分の名前は何だ。よし、この際だ。
「スー、もう一つ頼みがある。」
「何だい?」
「俺の名前をつけてくれ」
「いいの?」
「あぁ、ぜひ頼む」
「うーんどうしようかなぁ、悩むなぁ。」
「別にゆっくりでもいいぞ。」
「うーん。そうだねー。うー。」
「今すぐじゃなくていいぞ。」
「ううん。もう決まったよ。ソーという名前に似ちゃうけどいい?」
「長過ぎなかったらそれでいいぞ。」
「うん、ありがとう。じゃあ言うね。君の名前はソーム。」
「・・・」
ソーム。新しい自分の名前だ。かっこいいな。もしかしたら自分よりスーの方がネーミングセンスあるかもしれない。
「ごめん、やっぱり嫌だった?」
スーが少し落ち込みながら聞いてくる。あぁどうだったか言ってなかったな。
「否、そうじゃないよ。ソーム、ありがとう。結構好きだ、この名前。」
「よかったー。名前考えたのなんて初めてだから緊張しちゃったよ。」
「そうだろうな。ありがとう。」
こうしてこのときから自分は"ソーム"になった。
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