しずかに、そーっと
「そーっと、そーっとだぞ……」
「わかってるから声出さないで、お父さん」
「メア姉もうるさい!」
遺跡に突入したアリアン家は、少し進んだところのやや広い空間の端っこを縦一列になって歩いている。
可能な限り足音を殺し、声を押し殺してゆっくりと前へと行く。
「起きてないよね……」
「見るな、気づかれるかも知れないだろ」
彼らの視線の先にあるのは、二匹の獣。大型の狼だ。さしずめこの遺跡の番犬、番狼と言ったところか。シェキラが言うには雄と雌。
熊と見間違うほどのサイズで、高さだけでも一メートルはある。襲われれば無事では済まない。母ヒーサというヒーラーが少ない現状では逃げるのが得策だ。
それは広間の真ん中で体を丸めて寝ており、顔は向こう側だが背中は目と鼻の先にある。
なので全力で気配を殺して回避をしている途中である。
だが明かりを抑えての移動は難しく、遅々とした進行に苛立ちが目立ってきた。
「もう大丈夫じゃないか? 走っても」
先頭を歩くシェキラが業を煮やして言う。
「駄目だ、もう少し……」
メーアーが静止し、彼女も渋々承諾する。真ん中にいるグレイが後ろ二人、ピリとジェイブを見た。
ピリは険しい顔でもとより小さい背をさらに低くしている。一方ジェイブと言えば……。
「父さ――」
間抜け面、鼻をふくらませ顔をのけぞらせている父親の姿が目に入った。
「みんな早く……!」
メーアーの背を押して促すが時すでに遅い。
「ばっしゃあああ!!」
「ひゃあ!」
そこまでかと言うほどの大きなくしゃみ。近くにいた人間が飛び退くほどの勢いに全員が振り返った。
そしてジェイブ自身を含む皆が状況を確認するために一方向を見た。
「あ」
手前で丸まって寝ていた方の狼とシェキラの目が合った。狼はスックと立ち上がり、身震いした。
「は、走れー!」
ジェイブが号令をかけると全員が一斉に走り出す。走るのが苦手なピリはグレイに担がれている。
目指すのは正面にある細い通路、どこに繋がっているかもわからないがそこしかない。距離は五メートル。だが狼はすぐ横にいる。
一息どころか半息で攻撃される距離だ。
わずか数秒が圧縮され、一歩が遅い。しかも滅多に転ばないシェキラが石畳の隙間に足を取られ姿勢を崩した。
「ふぎゃ!」
先頭が倒れればそれにつまずいて後ろも転ぶ。五人が将棋倒しとなり、身動きが取れなくなった。
倒れたまま五人は顔を狼に向ければ、すでに跳躍して爪と牙を立てているのが見えた。
「ふおおお!」
青ざめているジェイブが杖を掲げ、まばゆい光を発生させた。
「ぎゃん!」
狼は目をつむり悲鳴を上げ、ジェイブの鼻先に前足を振り下ろした。
ジェイブの鼻と爪先ほどの位置に、ナイフのような爪が落ちてきた。
「い、い、今だ!」
ジェイブが立ち上がると順番にそれぞれも動き出し、再び走り出す。
「うおお!」
だが狼も顔を振り、もう一度追いかけてきた。今度は怒りも連れている。牙を剥き、一撃で仕留める腹積もりだ。
しかし五人のほうが一瞬早い。シェキラが道に飛び込むと、続々と中に入っていき最後にジェイブが潜ったところでその背中に狼に爪が掠った。
髪の毛を数センチ散らしただけで当たってはいない。そして数メートル進んだところでまたシェキラが転んだ。
「うぎゃあ!」
また積み重なって倒れ、やがて立ち上がる。
全員が振り向くと、来た道の向こうから狼が睨みつけていた。
「グルルルル……!」
「ひええ」
グレイが体をこわばらせ、後ずさった。だが狼は入れないので、それを確認すると全員は早足でその場を離れていった。
そうしてまた進みだすと、小さな部屋に行き着いた。遺跡全体に言えるが石でできたここは常にジメッとして、明かりも差さないので陰鬱とした空気が漂っている。
そこで一度立ち止まり、呼吸を整える。するとメーアーが声を荒げる。
「この馬鹿親父! なにしてくれてるの!」
「ご、ごめんなさい」
「まあまあ姉さん、父さんも悪気があったわけじゃ……」
仲裁するグレイだが、自分も死にかけたので語気は弱い。
「うるさい! まったく父さんは――」
それからしばらくメーアーの説教が続き、やがては関係のない日常の不満も飛び出していく。すると他の姉妹も便乗し、静かになる頃にはジェイブは二回りほど小さくなっていた。
「先に進みましょうか……」
「いいからキリキリ歩く!」
「……はい」
威厳の欠片もないジェイブだが、概ねいつものことである。
だが遠くから狼の遠吠えが聞こえ、全員そそくさと奥へと向かう。
前途多難だが、アリアン家の冒険は始まったばかりだ。
自主企画 作例 バルバロ @vallord
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