人間マーケット
影山洋士
第1話
浦野タカキは友人である桜井に電話をかけた。
「俺だけど今日飯はどう?」
「・・・すいません浦野さん、友人契約はもう切れてますが」
「・・ああ、そうだった、忘れてました。すみません」
浦野は電話を切った。そうだった昼にメールが来てたな。あれが期限切れのメールだったか。
脳の一部を機械化して電子機器に接続出来るようになった「電脳化」時代。
一番の流行りのビジネスになったのは、脳内メモリの設定を変更して人間同士の関係性を売る「関係性ビジネス」だった。
期間限定で脳に疑似的な人間関係の設定プログラムを入れる、そういうビジネスだ。
ネットには友人、恋人、親子、様々な関係性自体を売る、そういうマーケットがある。公称は「関係性マーケット」だが俗称は「人間マーケット」と言われていた。
サイトを見ると関係性を売りたい人、買いたい人を自由に閲覧できる。
顔写真、全身写真と共に簡単なプロフィールが載っている。それらを見て申し込む訳だ。
契約が成立するとお互いが機器を介して脳をコードで繋ぐ。そして売る方は恋人であったり友人であったりの設定プログラムを入力され、買う方には、契約者に対して法律違反を犯さないようにするプログラムを入力されられる。
お金があれば電脳化以前の時代でも似たことは出来たが、電脳化時代の場合完全に違うのは、演技ではなく本当の恋人関係、友人関係と遜色ない関係性が築けるというところだ。期間中、埋め込まれたプログラムによって脳がそう認識する。
今では友人関係を一ヶ月ワンコインで売る人もいる。
当然魅力的な人間は高く、そうでない人間は安くなる。
たまに借金ができた芸能人なんかもマーケットに出てくることがある。そういう時はオークションシステムになり、法外な値段がついたりもする。
浦野はスマホのアドレスを眺める「しょうがない。リリカに電話をするか」
リリカこと金原リリカは、有料じゃない本当の俺の恋人だ。先週ケンカをしてからまだ連絡を取ってない。
浦野はリリカの番号をクリックする。
しかし繋がらない。
どうやらその電話番号からブロックされてるらしかった。
えっ、どういうことだ? そんな関係性が終わるほどのケンカではない筈。浦野はすぐさまリリカにメールを送った。
返信はすぐに来た。しかし内容は衝撃的なものだった。
「恋人の関係性は終了しました」
いやいやいやリリカはマーケットで買ったわけじゃない。普通にSNSを介して知り合って付き合った仲だ。
「悪い冗談は止めろ」浦野はメールを送る。
返信がきた。「電話のブロックを解除したので電話を下さい」
浦野は直ぐに電話をする。「おい、リリカどういうことだ?」
「浦野さん、申し上げ難いことですが、あなたは境界曖昧症にかかってると思われます」リリカは応える。
浦野はそこで金縛りにあったかのように硬直した。
「境界曖昧症」とは関係性売買を繰り返すうちに脳が誤認識を犯し、ビジネスの関係性が終わっても本当の関係性だと思い込んでしまう病気だ。
「浦野さん、マーケットの購入履歴を確認してみて下さい」
浦野は震える手でサイトにログインする。
するとそこには「金原リリカ」の恋人関係購入履歴があった。
「・・・すいません。確認しました」
「お大事になさってください」リリカの声は冷静だった。
そこで電話は切れた。
浦野の震えは止まらない。境界曖昧症の奴らのことを馬鹿にしてたのに、まさか自分がそうなるとは。しかし今だに購入したという記憶は戻らない。右の側頭部にある電脳部の接続口をさする。
暗澹たる思いで浦野は自宅に帰ってきた。
すると突然暗闇の中からパンッ! というクラッカーの音がした。
「ドッキリ大成功!」部屋のライトが灯されそこにはリリカがいた。
「驚いた? 全部ドッキリよ」リリカが柔らかな笑みを浮かべる。
「・・・いやでも履歴に」
「ああ、あれはあなたが寝てる時に勝手にログインして購入履歴を作ったのよ。覚えてる? 今日は二人が付き合いだして一年目よ」言いながら抱きついてくる。
「・・・ハハハ」浦野は乾いた笑い声をあげた。
しかしその日以来、浦野の心は靄がかかったかのようなままだった。
もしかしてあのドッキリを含めて、全て自分が購入した関係性なんじゃないのか・・・。
結果的に浦野はリリカと別れることにした。
本当の恋人関係なんて信用出来ない。購入した関係性じゃないと安心出来ない。
そして浦野は人間マーケットを閲覧するのだった。
了
人間マーケット 影山洋士 @youjikageyama
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