トーキング・イン・ユアウォレット!

ちびまるフォイ

ああ、どうか二つ折りにはしないで!

『オツリ 5000 エン ニ ナリマス』


「あ、しまった。お釣りを現金にしちゃった。

 もーーボタン押し間違っちゃった」


財布が膨らむのが嫌でいつも買い物は電子マネー決済。

場所によってはお釣りを現金でも返すことができるので、選択を間違えた。


「……やで」


「ん? 今、なにか声が……?」


「姉ちゃん、ワイや。しっかし、この財布えらい寂しいなぁーー」


「うそ!? 5000円が喋ってる!?」


「そらしゃべるわ。あんたワイをなんや思ってるんや」

「ただの紙じゃないの……?」


「アホか。ワイは人間や!」


「わぁぁ! 気持ち悪い! 早く預けよう!!」


「おいコラまたんかい! なに口座に預けようとしてんねん!

 久しぶりのシャバの空気くらい吸わせろや!」


「私、疲れてるのかな……」


「アホぬかせ。姉ちゃん、ワイの持ち主なら

 もっと財布にたくさん金いれんかぃ。活気がなさすぎて死んでまうわ」


「ええ……」


「賑やかになれば、あんたの葬式帰りみたいな

 湿気たツラも少しはまともになる思うで?」


お札の言うようにお金を現金でおろしてみた。


「ぬぅ、ここはなかなかに快適に候」


「あかーん! なに昔に作られたお金おろしてんのや!

 こんなに年代差があるお札と仲良うできるはずないやろ!」


「せ、製造年月日!?」


引き出したお金に印字されている製造年月日は、5千円札と大きな差があった。

今度は銀行で新しいお金を手に入れる。


「はじめまちて、わたち、ぞうさんがすき~~」


「あほーー! これじゃ小さすぎやろ!

 あんたどんだけ融通きかないねん!」


「おじちゃん、おさいふで、おおきーこえだすの、めっ、だよ」


「あ、ああ……すまん」


お金とのおしゃべりは私の日常を色鮮やかに変えた。


現金を下ろすたびに新たな家族が増えるようで、

気がつけば自分の部屋にはお金がびっしりと広げられていた。


「みんな、ただいまーー」


「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」


1円玉たちが合唱のように声をあげる。


「今日はずいぶん遅かったね。カフェのバイト、忙しかったの?」


1万円札が大人っぽく優しい声で尋ねる。


「だって、もっと家族を増やしたいんだもん、頑張らなくちゃ」


「あんまり無理しないでね。君が元気なのが一番さ」


家族への挨拶をひとしきり終えると、工場見学の申込書を記入する。


「自分なにしとるん?」


「ああ、お金の製造工場見学の応募シート。

 無料公開されるらしいから応募しようと思って」


「なんや、ついに金に困って偽札づくりかいな」


「ちがうよ。みんなのこと、もっと知りたいと思ったの。

 どう作られたのか。覚えてないんでしょ?」


「当たり前やがな。あんたやって、自分がどうこの世界に生まれたか覚えとるんか?」


「私はほら、コウノトリが運んできてくれたから」

「その体重やったらコウノトリも不時着するわ」


翌日、ポストに応募用紙を投函してバイトに向かった。

その日のバイトのとき、客のひとりが手を滑らせてお金を落としてしまった。


「ア、スミマセン」


「あ、いえいえ。お会計ゆっくりで大丈夫ですよ」


客が会計を済ませた後、レジの下には拾いそこねたお金が落ちていた。

見ると海外の硬貨だった。


「ナイストゥーミーチュー! アイム、ジョン!」


「わっ! びっくりした!」


外国のお金は日本のお金とはまた違ったコミュニケーションが楽しめた。

コレは手放したくないと、そのままお金を持って家に帰った。


「みんな、家族が増えたよ」


すぐに外貨は沢山の友達をつくって幸せに私の家で暮らした。

お金たちと暮らしているとこっちまで幸せになってくる。


日本のお金はあらかた集めてしまった私には、

外国のお金もまた集めたい思いが日に日に強くなっていく。


けれど、お金を外国のお金に換金してしまえば家族が減ってしまう。

そんなことはできない。


「家族を売って、新しい家族を迎えるなんて、そんなの間違ってる」


私はけして家族には手を出さないと誓った。

ファミリーが増えることがあっても減ることはない。そのためなら。




「……ちょっと、大丈夫?」


やつれた私の顔を見てバイトの先輩が心配した。


「あんまり食べてないんで……」

「なにか食べたら?」


「いえ、このあとパパ活つながりの人にご飯おごってもらうんで。

 そのときにでも食べようかと」


「危ないよ。そんなにお金に困ってるの? バイト代は?」


「家族を減らすわけ無いでしょ……」


「ホント無理しないほうがいいよ。

 それに、この近くで外国人を狙ったひったくりとか出てるから

 そんなにフラフラだと盗ってくださいって言ってるようなものだからね」


「それに関しては私は大丈夫です」


「……? まぁ、外国人じゃないけどさ。わからないじゃん」


もし私の家にいる家族が1円でも減ったら。

その恐怖がある限り、私が自分のために家族を減らすことはない。


フラフラで帰宅すると、郵便ポストには1通の通知が届いてた。


「うわっ……」


公共料金の支払だろうか。こういう避けられない出費が一番怖い。

お金に困っていると言って支払いを肩代わりするアテを考える。


「家族を減らすものか……」


おそるおそる封を切ってみると、予想に反したものだった。


「うそ?! 私が工場見学に当選!? やったー!!」


以前に応募していたお金の製造工場見学。

私のようなお金収集家がこぞって応募するので倍率が高かった。


ついに、家族のことをもっと深く知ることができる。

より深い関係になれると思うと嬉しくてたまらない。


工場見学当日、私の他にも何十人の人が参加した。


「みなさん、それでは工場見学をはじめたいと思います。

 なお、こちらでも対応はしますが

 中で見たものは今後けして口外しないでくださいね」


スタッフに促されて工場見学に向かった。

扉が開かれると私の知らない世界が広がっていた。


もっとお金のことに詳しくなれる――。



 ・

 ・

 ・



工場で生産されたお金は巡り巡って、たくさんのお店へと流通される。

そのお金が誰のどこの手に渡るかはわからない。


「お返しが5000円になります」


親が製造年月日が近いお金を受け取る。

それを見ていた子供がお札を指さした。


「ねぇ、ママ。このお金の人笑ってるよ。すごく嬉しそう!」


「あら、キレイな女性ね。なにかいいことでもあったのかしら」




「こんにちは。また新しい家族と知り合えて、すごく嬉しいな」


私は新しい家族に向けて挨拶した。

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