第158話 ミーナの何度目かのお説教
「シャーリーさんがいるでしょ? この国に長くいるならそういう伝手があるかも知れないし、私は協力してくれると思うけどな?」
「うぐっ」
今度は俺が言葉を詰まらせる番だ。考えていた否定的な言葉を先に封じられてしまう。そして、何より驚いたのは──。
「え? シャーリー? 隻腕の?」
「は? え、ネア、お前知ってるのか?」
ネアも知っているようなのだ。隻腕でシャーリー。可能性は非常に高い。だが、更に驚くべき事実に──。
「いやいや、それがあのシャーリさんならこの国で知らない人はいないと思うよ? だってその人、特級職人で今の職人ギルドマスターの奥さんだもん」
「「え? えぇぇぇええええ!?」」
俺とミーナは絶叫してしまう。は? 特級職人で? 現職人ギルドマスターの奥さん? シャーリーが? 俺はひどく困惑する。可能性は非常に高いのは分かっているが、にわかには信じられない。
「ネア、ちなみにそのシャーリーさんの年齢はいくつくらいだ?」
「え、知らないよー。でもお兄さんやお姉さんと同じくらいじゃなーい?」
「髪の色は?」
「ん」
俺が髪の色を聞くと、ネアはミーナの髪を指さす。栗色。いや、これは本当にあのシャーリーじゃないか?
「シャーリーが、特級職人? 想像できないな」
「いや、それより結婚していることに驚こうよ」
「いや、それもそうなんだが」
俺とミーナはしばし呆然としながらそんな会話を続ける。そしてようやく落ち着いたところで──。
「せんせー、そのシャーリーさんとはどういう知り合いなんですか?」
ミコが純粋な疑問としてだろう。そう尋ねてくる。
「……あぁ、先生の学生時代の同級生だ」
嘘はついていないし、間違ってもいない。別に特別な関係にあったことは今、ここで言わなくてもいいだろう。無表情を装いながら短くそう答える。
「ほほぅ、ただの同級生? 仲はよかった?」
こちらは邪推しまくりだ。アマネがいやらしい聞き方で詰めてくる。
「……微妙なところだな。少なくとも別の道を歩くことになった時には仲が良かったとは言えない。そういう意味では会いに行っても知らないヤツ扱いされる──」
今更会いに行って、快く協力してくれるかだろうか考えたが、それはいくらなんでもムシが良すぎるし楽観的すぎるだろう。下手をしなくとも、その場で本人に殴られかねないし、旦那さんに俺の正体がバレれば烈火の如く怒りを買うだろう。そしてそのまま軍へ引き渡されるなんてことだって考えられる。
「ジェイド先生は女性を見くびりすぎです。シャーリーさんは本当にジェイド先生のことが好きだったからこそ──」
「ちょ、ミーナっ」
俺は慌ててミーナの口を手で塞ぐ。だが遅かった。アマネの顔は意地悪く口角が釣り上がり、ミコは頬を染めてワクワクしだしたのだ。
「せんせー詳しくっ!!」
「センセイの恋バナはよ」
「…………お前ら。いいか、今はそんな状況じゃない。ネア、それで──」
「うん、それで? なになにー? お兄さんは告られたのー? フったのー? それとも付き合ってチュッチュしたのー?」
「…………ハァ」
頭が痛かった。ネアまで興味津々に話を聞こうとしてくる。
トントン。
そんなとき、じっと黙ったままだったミーナが指で俺の手のひらをつついてくる。口を塞いだままだった。俺は慌てて手をどかし、謝るが──。
「すまない。いや、でもミーナ、お前」
普段だったらこういう話を生徒の前でするのは嫌がるはずのミーナがなんでこの時ばかりはバラしたのかが俺にはよく分からなかった。
「意地悪でバラしたわけじゃありません。でも、関係性を隠そうとしたまま会話をして、十数年ぶりに合うシャーリさんに元同級生という立場で接しようなんて許せません」
「「わぁお」」
そんなミーナの言葉にアマネとミコはわざとらしい声を上げる。その目は爛々と輝いており、俺の口から説明するまでは引き下がらないだろう。それにミーナの言うことは確かにその通りで、みんなの前だからという理由で逃げて、同級生として久しぶりなんて言うのは不誠実極まりないし。どちらにせよそんな器用に自分を偽われる自信もない。
「……先生は学生時代シャーリーと付き合っていた。それで先生がバカだったからひどい別れ方をして、そのままになっていた。だから今会っても協力してくれるかは分からない。以上、質問は受け付けないぞ」
俺がそう説明するとアマネとミコはパチクリとまばたきをし、目配せをする。
「えーと、せんせー、どんまいっ」
「うんうん。鈍感だっていいじゃない。異世界だもの」
そしてすごく納得されて、励まされた。これはこれで非常に遺憾だ。
宮廷魔法師クビになったんで、田舎に帰って魔法科の先生になります 世界るい @sekai_rui
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