第157話 笑えばいい

「……分かりました。うーん、とんでもない、とんでもない。あ、飛んでもないなら、地中を掘っていくとか!」


「!?」


 ミコはニパッと笑い、すごく面白いことを思いついたかのようにそう言ってのけた。ダジャレだ。おっさんが酒場で得意げに披露する類のアレだ。俺の頬は僅かに引きつってしまう。


「……ごめんなさい」


 ミコはすぐに空気を察し、頭を下げた。今は真面目な話をしているのだからふざけるんじゃない、と真っ向から否定するのは簡単だろう。だが、とんでもない案を出せと言ったのは俺だ。そして考えた末の勇気と行動に対しては称賛すべきだろう。俺はポンッとミコの頭の上に手を乗せ──。


「いや、見上げたもんだ。これは土産話に丁度いいな。地中を掘るだけに……なんてな、ハッハッハ──」


 豪快に笑いながらおどけてみせた。

 

「センセイ、さむい。こんな時どんな顔すればいいか分からない」


「ママー、せんせのどういう意味?」


「ん? あれはね、見上げると土産の音の韻を掛けているの。それとお土産っていうのは例えばその土地を掘って採れた産物のことを言って、土産話っていうのは旅先での体験した話を言うから、旅先で地面を掘ったっていう意味も掛けてみたってところね。フフ、何が言いたいかって言うと、今先生は面白いことを言ったってこと。ほら、エル笑ってあげて? あとアマネちゃんも笑えばいいと──って、ジェイくんどうしたの?」


「……いえ、なんでもないです」


 アマネからは白い目で見られ、キューちゃんからは純粋にわけがわからないよという顔をされ、フローネさんには懇切丁寧にギャグを説明され、更に気を使って笑ってあげてという同情のフルコンボを食らってなんでもないわけがない。俺は心の中でそっと泣いた。


「コホン、ジェイド先生、今はふざけている場合ではないのでそのくらいにしておいて下さい。あとみんなもあまりジェイド先生をいじめないであげて下さい」


「……はい。すみません。そうだぞ、みんな! 先生だって傷ついたり──いえ、なんでもありません」


 謝ったあと、便乗して反撃に出ようとしたら、当のミーナにものすごい笑顔で睨まれたため、スンッとなる。


「ガッハッハ、ジェイド貴様女の尻に敷かれまくって、ほんっとに情けないな」


 黙れヴァル。これ以上傷口を広げるんじゃない。


「……で、ミーナ先生は何かないのか?」


 話の流れが非常に良くない方向に流れそうなため、俺は話を戻すためにもミーナの案も聞いてみた。


「うーん、いや実はさっきから偉そうなことを言ってる手前、案の一つも出そうとずっと考えてるんだけど、中々思いつかなくて……。ごめんなさい」


 だがミーナは困り顔になり、案が出ないと頭を下げるばかりである。


「いや、うん、しょうがない。しょうがない。じゃあ年の功に頼るとしよう。ヴァルさんやい?」


 そんなミーナを責められるわけもなく、ヴァルに話を振る。齢何千年のドラゴンだ。地下牢に忍び込んだことだって一度や二度じゃないはず。その経験を活かして是非──。


「フンッ。まぁ現実的な案で行くならば陽動だな」


「陽動……。まぁ確かに基本ではあるな。一応聞くが誰がどうやって?」


「決まっている。我が城で大暴──」


「「却下」」


 食い気味にミーナとハモった。よく考えなくても分かる。そんなことをしてみろ。一体何人の死者が出ると思っているんだ。まさか手加減して誰一人殺さず時間を稼ぐなんていう器用なマネは──。


「な、なんだその目は。おいちょっと待て。貴様ら我のことを殺戮快楽者か何かと勘違いしていないか? 我だって別に殺す必要がなければ殺さないぞ?」


 そう言い張るヴァル。俺とミーナはチラリと目を合わせ、一つ頷くとジトーっと疑惑の眼差しを向け続ける。


「うぐっ、き、貴様ら」


「はいはいはーい。真面目に話すんじゃいのー? もう」


 結局、脱線ばかりの会議になってしまい、ネアに待ったを掛けられる始末。俺とミーナ、ヴァル、大人三人は少々いたたまれない気持ちになり、ネアに頭を下げる。


「うんうん。でも、内通者かぁ。城の設計に携わる人、上級職人とかに知り合いがいればいいんだけどなぁ。ボクはいないんだよねー。お兄さんたちはこの国に知り合いとかいないの?」


 上級職人。魔帝国には職人ギルドがあり、その中でも確かAランク以上の職人ギルダーのことを上級職人と呼んでいるのだったと思う。だが、しばし逡巡しても知り合いなどとんと思い浮かばなかった。


「……悪いな、ネア。俺たちはそもそも魔帝国に知り合いなんて──」


 と、そこまで言葉を出して、一人だけ思い浮かんでしまう。だが、彼女が帝都のどこにいるかなど分からないし、何をしているのかも知らない。だがミーナには俺の考えていることが分かってしまったようで──。

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