ヘルプ!

タッチャン

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喫茶店の中は暖かく、コーヒーの匂いが店内を覆っていた。

BGMが大きくも小さくもなく、店内にいる客の耳のなかへ心地よく流れていった。


僕は大好きなカフェ・オ・レを飲もうと口に近づけたとき、BGMが変わった。

それはビートルズのhelp!だった。

原曲ではなくLOVE PSYCHEDELICOがカバーしたものだった。

ややアップテンポでボーカルのkumiの歌声が透き通って聴く者の心を掴んでいた。


僕はカフェ・オ・レを戻し、両手で顔を覆った。

曲が終わるまでそうしていた。


この曲を聴くとこれまでの人生で失った者達を思い出してしまう。

思い出したくない過去。忘れる事が出来ない過去。


僕が記憶の渦の中でもがいていると隣の椅子が軋む音が聞こえた。

気を紛らわそうと隣に座った人を見てみる。

ナオコが座っていた。

僕の目を覗きこむ様に見つめて頬笑む彼女の姿に僕は頭が痛くなる。

あり得ない。彼女は5年前に死んだんだ。

僕が産み出した幻想にすぎない。

目を閉じてゆっくりと息を吐く。


目を開けて隣を見るとそこには誰もいなかった。



ここまで読んで北村は一言。

「盗作じゃん。」


その言葉に東出は顔を赤くして憤りを露にする。

「何処が盗作だ!?俺が考えたストーリーだぞ!」

北村は言い返す。

「いやいや、これ完全に村上春樹のノルウェイの森

じゃん。出だしが飛行機の中から喫茶店の中に

変わっただけでしょ。」

東出は言い訳をしようと身を乗り出すが、

北村が先に口を開いた。

「ビートルズってのも一緒だし、ノルウェイの森か

らhelp!に変えただけだし、なんならナオコって

ヒロインの名前も一緒だしさ。

どうしたのよ?半年に1冊本を出すペースだったの

にこの1年間は1冊も出てないよ。」


恋愛小説家として有名で、本を出せばすべてがベストセラーになる程の実力と名声を東出は持っていた。だが今、彼は苦しみのどん底にいた。

東出は両手で顔を覆った。

先程のストーリーの様に。

「スランプなんだよ。」


東出の言葉に北村は深いため息をついた。


「僕が東出さんを焦らせる原因なら謝るよ。

でも僕の出版社としての立場も解ってもらいたいな

。まぁ時間が必要なんだね。きっと。

1週間くらい気晴らしに旅行でもしたら?」


「ありがとう。でも大丈夫だ。1ヵ月以内に本を出す

よ。絶対に。」


東出の目の中に薄い光が灯るのを感じると北村は安堵の表情を浮かべた。

「それじゃ来月また来ます。おやすみ。」

そう言って北村は部屋を出た。


1人部屋に残された東出はパソコンの前に腰を下ろし文字を打ち始めた。新しい生命を作る為に。



1ヵ月後、北村は東出の前に居て、新しい原稿を受け取っていた。

自信満々な表情をした東出を横目に、最初の1枚をめくる。出だしにはこう書かれていた。


「恥の多い人生を送ってきた。」


北村は最初の一行を読んで原稿を机に置き、言った。


「盗作じゃん。」

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