レベリングインデザート

 ——砂漠を港の方面に進む。


 オケアノスの首都セレベスまでイリアスを送り届けるためだ。

 話の流れと雰囲気から、もしかしてと尋ねたミューエに翔は首裏に手をやって目を逸らした。


「一緒に来てくれるの?」

「……ことのついでだ」

「ダンジョンに向かうんじゃなかったのか?」


 首を傾げたのはユースピリアである。


「ダメか?」

「いや、ダメって訳じゃないが……」


 いきなり話が飛んだことについていけなかっただけだ。

 翔がナハトたちと行動することを避けたがっているのは見て取れたし、ここで別れてどこかのダンジョンに向かうものとばかり思っていた。


 ……それに、行き先を決めるなら1言ぐらいあっても良かったろう。

 申し訳なさそうな顔をしながら、ユースピリアがダメだと答えてもオケアノスに向かうのを取りやめるつもりはないに違いない翔の、そういうところを卑怯だと思う。


 だって、そうだろう。

 ここでダメだと答えたら彼はどうするか?

 答えは決まっている。

 ユースピリアを置き去りにしていくだけだ。

 仕方ない、そう言って簡単に別れを告げる。

 置いて行かれたくなかったらその背中を追いかけ続けるしかないのである。


 正直に言うならほんの少しの不満はある。



「そういえばツロモアはどうしてサイベリアにいたんだ?」


 ナハトから投げ掛けられた不意の質問にツロモアはパチパチとまばたきを繰り返した。

 移動にあたって予測される戦闘のために翔の腕から降りた彼女はナハトを見上げる。


 ……随分と親しげに話し掛けてくるのね。

 まるで無垢な隣人に接するかのような態度だ。

 ツロモアを死都の烏と知ってなお、こうも気後れする様子を見せない相手というのは珍しい。


 質問に答えないまま見つめていると「どうした?」と首を傾げられた。

 肝が座っているのか。


「ドルチェを取り返しに行ってたの」

「ドルチェ?」


 鸚鵡返しに聞き返したナハトは視線を翔に向ける。

 恋人をそう呼ぶこともあると何処かの誰かが言っていた気がして……。


「武器のことだ。愛用してる鎌をツロモアはそう呼んでる」


 向けられた視線に応えて説明を足した翔がナハトの考えを否定する。

 よくよく考えなくても、翔がサイベリアに足を運んだのはまったくの偶然にすぎないのだから、彼に会うために地下牢に仕掛けたとすると話の辻褄が合わなくなる。


「勝てないからって酷いことするわ」


 ツロモアは嘆息する。


「10匹! ナハト、交代」


 前衛でモンスターの相手をしていたミューエが声を張り上げながら後衛に下がってきた。

 疲れを滲ませる猫を追い掛けてきたハイエナのような敵を斬り伏せたナハトは待ち侘びた交代に目を輝かせながら前線に駆けていく。


 ……翔もツロモアも不足の事態に備えて臨戦態勢は取っているが基本的に襲ってくるモンスターの相手を引き受けているのは主人公組だ。

 今後のことを考えるなら戦闘に慣れておくに越したこともない。

 できるなら離脱したいという気持ちに変わりはないし……。

 そういった意味でも彼らには力を付けてもらわねば困る。 


 ナハト、ミューエ、イリアスの3人にはローテーションを組ませた。

 2人は前衛で戦い、1人は後衛で休む。

 交代の条件はモンスターを10匹討伐すること。


 ユースピリアを前衛のサポートに置いて、回復や補助魔法などの支援はツロモアに任せてある。

 銃使いの翔は彼らが手に負えない状況に陥らないようモンスターの数を後方から調整している。



「話の邪魔しちゃったかな」


 言いながら、休憩に入ったミューエはダガーを軽く回して汚れを払うと雌雄1対のそれを腰の鞘に収めた。

 後衛といっても危険がない訳じゃないんだがな……。


 ダガーは小回りが利く分、どうしても1撃が軽くなるので交代条件を満たすのにも時間が掛かる。

 息を切らしている猫に後方でも気を張っておけ、なんて言っても前衛に戻った時に注意力が散漫になるだけだろう。

 今はまだいい。


「いいえ。大したことは話していないから」

「そう?」

「ええ。大したことのない話を私とできるあなたたちの気安さには驚いているけれど」

「はは、確かに。あなたよりもっと規格外の存在を見たから感覚が麻痺しちゃってるのかもね」


 感覚が麻痺してなくてもお前ら結構気安いぞ、と会話には加わらないまま翔は思う。


「それでも、私があなたたちを殺せることに変わりはないわ」

「怖がらせたい?」

「どうかしら」

「例えそうだとしても怖いのはあなたじゃなく死ぬことだよ」


 言っている意味の違いが分からないと顔をしかめるツロモアにミューエは笑う。

 可笑しそうに笑う猫に唇を尖らせる彼女が、けれど、満更でもない気持ちでいることを翔は知っている。

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Empty refrain.——彼は空虚を愛してる—— 探求快露店。 @yrhy

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