消失、混乱、後悔
翔が初めてプレドマを手にしたのは中学1年の春。
発売されてからまだ間もない頃のことで、入学祝いに父に買ってもらったものだった。
胸を躍らせたことを覚えている。
緊張したことを覚えている。
————夢を夢に。
謳い文句の通りに広がった世界には驚いた。
「わあ!」
あの頃の自分は、今よりずっと素直だった。
たった数年前のことを『あの頃』なんて言うのも可笑しな話だけれど、イスタルスで過ごした時間分、感覚がズレるのだ。
たった数年前のことでも随分と昔のことのように感じる。
翔がエンプになるのは早かった。
……と、言うより、今でこそ通信機器やパソコンの代替機としての機能が主体とされているプレドマだが当初は『ゲームの世界に入って遊ぶこと』を目的にしていた。
読書や音楽鑑賞、動画鑑賞、それからコミュニティツールといった機能はあくまでもオマケだったのだ。
いくつもの作品、世界を巡るプレイヤーももちろんいるが、気に入る作品を見付けて隅々まで遊び倒そうと1つの世界にこもるプレイヤーも珍しくはなかった。
輝いていた日々、なんて言い回しがあるけれど、純粋にゲームをゲームとして楽しめていた当時は本当に輝いていたように思う。
キラキラと。キラキラと……。
希望に満ちて輝かしいばかりの時間が終わりを告げるのも、翔の場合は早かった。
悪夢とでも呼ぶべきか。
全てをゲームと割り切れなかった……。
いや、割り切っていたはずなのに、気付けば割り切れないようになっていた。
よくある感情移入。
翔にもあるのだ。
物語に介入し、当事者の1人として世界を巡る。
エンリフの醍醐味とも言える時間を繰り返していた時期が……。
イスタルスにおける翔の記録は主人公の隣から始まる。
ミューエとは別の、彼の幼馴染という設定で。
カケルの記憶は始まる。
正直に言って足を引っ張るくらいのことしかできなかったが、カケルという足手纏いが1人加わってもストーリーは順調に進んだ。
そう、順調に……。
物語も中盤を迎えてあとはクライマックスまで駆け抜けるのみ、となった時。
————ナハトが死んだ。
どんどんと強くなっていく敵に、苦戦を強いられることも増えてきた中でカケルを庇った結果だった。
戦闘中に一時停止でセーブデータのリロード、なんて思考は働かない。
驚きと焦りで慌てている内にカケルも死んだ。
初めての【死】に、オートセーブ頼りのゲームの仕様を理解し切れていなかったことも理由としては大きかった、と先に述べておこう。
コンテニューを選んだ。
しかし、再開した世界にナハトはいないかった。
より正確に述べるなら存在はしていた。
——死体として。
彼の死はコンティニューじゃ覆せなかった。
どうして、と混乱している内にミューエも死んだ。
今度はすぐにリロードしたが、ミューエの死は、やっぱり覆せなかった。
2人の命とツロモアの左目、それからイリアスの右腕を代償に辛勝を収めて戦闘は終わる。
勝利とは呼べない勝利だった。
ツロモアに大鎌の柄で殴られた。
たった1発の、戦闘直後の疲労した体で、大した威力もなかったそれの痛みを翔は今でも覚えている。
「何を考えてたの!」
怒りを露わにした彼女が続けた言葉は残念ながら思い出せない。
翔を責めていたことだけは分かるが……。
酷く混乱していて言葉が耳に入っていなかった。
そう言った方が多分、正しい。
気付いた時には背を向けられていた。
……そこで記録は1度途切れている。
ゲームの設定を見直すとデフォルトで開始したのが問題だったようだ。
難易度調整やセーブ方法の見直し。
1から設定し直したそれに切り替えるには新たなデータで新たな物語を始める必要があった。
新しく始めた物語は今度こそ、本当に順調に進んだ。
彼らが死んでもリロードをすればやり直せる。
思ったまま。
描いた通りの結果を得られるまで。
何度でもやり直せる……。
そんな時間を重ねれば重ねるほどに虚しさが積み上がった。
ナハトとミューエの死が、翔に背を向けたイリアスとツロモアの後ろ姿が頭から離れなくなっていった。
耐えかねて、ついにはイスタルスの世界に足を運ばなくなった。
その時期とゲーム大会で荒稼ぎをしていた時期は重なる。
忘れたかったのだ。
とにかく他のことに頭を使って彼らのことをなかったことにしたかった。
……できなくて、結局、翔は戻ってきた。
1から設定し直した世界じゃない。
ナハトを亡くしてミューエを亡くした初期の世界にだ。
戻ってきたからと言って彼らが蘇る訳じゃない。
記録された死は覆らないまま。
ただ、後悔を重ね続ける苦しみから逃れたかった。
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