脳裏をよぎる記録
「一応、お礼は言っておきます」
声を掛けてきたイリアスに視線を向ける。
戦場にでも赴かんとしているかのような彼女にしては勇ましい面持ちで、こちらを映す目はほとんど睨んでいると言ってもいいくらいに鋭い。
賊相手にお礼なんて本当は言いたくない、といったところだろう。
「……ただのエゴだ。気にするな」
アクベンスの言っていた【守り】とはラグドールを訪れるにあたってバリエナの彼女に施された保湿魔法のことを指している。
命にも関わる【守り】の耐久値が翔の呼び出したレグルスによって急激に削がれたため彼女は息苦しさを覚えることになったのだ。
もう少し保つ計算でいたんだが……。
サイベリアの地下牢で鉄網に穴を開けた際。
レグルスはほとんど最大の火力を用いていた。
そうしなければ間に合わなかったのだから仕方がない。
けれど、紅鏡の王の最大火力が相手じゃ、どんなに防いでも持っていかれるものは持っていかれる。
アクベンスの石盤をしまった翔は魔石だけを手の内に残してイリアスに歩み寄る。
水属性の魔力の塊とも言えるそれを差し出すと胡乱気な目を向けられた。
「アクベンスの魔石だ」
「……施しのつもりですか?」
「詫びだよ。あなたを不用意な危険に晒したい訳じゃない」
持っているだけでも随分と違うだろう。
沈黙が落ちてしばしの間。
イリアスは目を伏せた。
翔は彼女の答えを待つ。
再び翔と目を合わせた彼女はただ静かに口を開いた。
「あなたはどうしてコソ泥になったのですか」
真っ直ぐな少女の質問にすぐには答えられなかった。
胸に詰まる感情はいつだって言葉にならない。
翔は目をそらす。
「……成り行きだよ。旅をして回るうちに今の場所まで来ていた」
「ご友人はさぞ心配していらっしゃることでしょう」
「さあ、どうかな」
「もしも私があなたの友人だったなら心配します」
優しくも残酷な言葉に胸が軋んだ。
ようようにして魔石を受け取った彼女に心の中で同意を返しておく。
……ああ。
あなたなら心配してくれるだろう。
実際、心配して気に掛けてくれていた。
あなたは『彼女』じゃないけれど同じ『イリアス』なのだから。
空っぽになったはずの手がやけに重たく感じた。
「ところでこれどういう集まり?」
話に区切りが付いたとみて口を開いたツロモアの声で我に返る。
……気を遣わせたらしい。
「ド素人2人とバリエナの王女様がカケルの新しい仲間、なんてことはないでしょう?」
「よくコイツが王女だって分かったな」
驚くナハトに当然だという顔をしてツロモアは答える。
「羽織ってるマントは薄汚いけど中の服は上等だもの。耳にしてる龍のピアスもバリエナでは王族にしか許されてないんじゃなかったかしら?」
これでも一応、指折りの殺し屋だ。
東ガトビエナ砂漠の町でそうだったように標的に王侯貴族の名が挙がることもあれば、どれだけ完璧に身なりを偽装していようと言葉遣いや仕草で自ずと知れる。
たった1枚のボロ切れなんてあってないようなものである。
「……さすがですね。死都の烏ともなれば他種族のこともよく知っている」
顔をしかめたイリアスにツロモアはニコリと笑ってみせた。
「あなたたちが話して聞かせてくれるから自然と覚えてしまうだけよ」
酷い皮肉だ。
是非とも他所でやって欲しい。
腕を揺らすと乗っているツロモアの視線が翔に戻ってくる。
「降ろしていいか」
「ダメに決まってるでしょう!」
降ろされまいとして抱き着き直してくる彼女のその様は駄々を捏ねる子供と変わらない。
結構いい年になってると思うんだがな……。
こっちの世界で何百年という時を過ごしても10代のままの翔とは違う。
設定された通りに年を重ねて、いずれは老いて亡くなり、代替わりを繰り返す。
「……質問の答えだが、成り行きで仕方なく一緒に行動してただけだ」
「仕方なくって言う割には気に掛けるのね」
「突っかかるなよ」
「条件次第かしら」
……何だって?
身構えた翔の肩に手をついてお互いの顔が見える位置まで離れたツロモアは微笑む。
「簡単よ。私も同行させてちょうだい」
「…………来ない気だったのか?」
何も言わなくてもついてくるものだとばかり思っていた。
肩透かしをくらった気分で首を傾げるとムッと唇を尖らせた彼女に鼻を摘まれる。
ちょ、痛い痛いっ!
「さっき嫌がったのはあなたじゃない!」
そりゃあ、まあ……。
ナハトたちのことを押し付ける気でいたからな。
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